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《幕間9》思わせぶり(2)ひかり視点
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「こちらにおかけください」
スタジオ横にあるパイプ椅子に座ってもらい、着物が汚れないように肩にタオルをかけた。
「少しだけヘアメイクさせていただきますね」
そう言って文太郎の前髪をピンで留め、ファンデーションで肌を整える。
本来は自身でヘアメイクをお願いしてきてもらうのだが、なにせ職人の文太郎は見た目に疎い。
よく寝癖がついたままだし、ケチャップが口の端についている、なんてこともよくある。
「照明で飛んでしまいますので、少し血色良くします」
唇に色つきのリップクリームを塗る。
メイクが終わったら、次は髪型だ。
前髪のピンを外し、整髪剤を手のひらに伸ばして髪に馴染ませる。くるくると波打つ癖っ毛が艶がでて、まとまってきた。
櫛を使い、跳ねる髪の位置を整えていく。
「ふふ。昔よくひぃちゃんに寝癖を直してもらっていたよね。懐かしいなぁ」
「大人なんだから、いい加減自分で整えられるようになってよね」
「うーん、これでも頑張ったほうなんだけどな」
カメラマンの邪魔にならないように、小声で会話する。
「ねぇ、クリスマスに一緒にいた人と、付き合ってるの?」
「えっ……」
思いもよらない発言に、思わず動揺してしまった。
クリスマスは押田とディナーに行っていた。家まで送ってもらったから、そのときにでも見られていたのだろうか。
「福本さんには、関係、ありません」
ひかりは文太郎に振られたのだ。それもこっぴどく。
それにどうして何ヶ月も経ってその会話を持ち出してくるのか、それも理解できない。
「ひぃちゃんに彼氏ができたら、寂しいな。……いや、だよ」
その言葉にハッとして、文太郎の表情を見つめた。
垂れ目の可愛らしい目は、真っ直ぐにひかりを見ている。その真剣な表情に、大きく心臓が跳ねた。
(えっ、どういうこと? ……いやいや、どうせ妹に彼氏ができるみたいな感覚だよね。もう、文ちゃんは本当に思わせぶりなことばっかり言うから……)
「世界で一番可愛い」とか「ひぃちゃんがお嫁さんになってくれたら素敵だね」とか、今まで散々思わせぶりな言葉を言われてきた。当時は真に受けて馬鹿みたいに喜んでいたけれど、もうひかりは初心な少女ではない。社交辞令というものを知ったのだ。
「私がどうしようと、私の自由です。あと、もうマカロンは持ってこないでください。今までありがとうございました」
揺れる心を隠すように、マカロンの話題を持ち出す。あまり会話を長引かせたくなくて、肩にかけていたタオルを取った。
「準備できました! 撮影お願いします」
カメラマンのほうを向いて声をかける。今は文太郎の顔を見る勇気が、なかった。
たくさんの光が当たる立ち位置に移動した文太郎は、困ったように視線を彷徨わせている。
「照明チェックしまーす」
カメラマンが機材を調整している合間をぬって、文太郎の前髪が目にかからないように直す。
「あの、ひぃちゃん、僕どうしたら良いんだろう……撮影なんて、したことないから……」
「上半身しか写らないから、下半身はリラックスして。足を交差すると肩の力が抜けるよ。あとはカメラマンに任せていれば大丈夫」
「わかった。ありがとう、ひぃちゃん」
「……頑張って」
パシャパシャとシャッターがおりる。
初めはガチガチに緊張していた文太郎も、カメラマンと会話しながら何枚か撮影すると、朗らかな表情になっていった。
映りを確認するフリをして、画面上に映る文太郎を見つめる。
(好きじゃないくせに、そんなこと言わないでよ。文ちゃんのあほ……)
せっかく前を向いて歩き始めたのに、後ろを振り返りたくなってしまう。
「文ちゃんは何も考えてない。文ちゃんは私のこと好きじゃない」と何度も何度も呪文のように心の中で呟いた。
スタジオ横にあるパイプ椅子に座ってもらい、着物が汚れないように肩にタオルをかけた。
「少しだけヘアメイクさせていただきますね」
そう言って文太郎の前髪をピンで留め、ファンデーションで肌を整える。
本来は自身でヘアメイクをお願いしてきてもらうのだが、なにせ職人の文太郎は見た目に疎い。
よく寝癖がついたままだし、ケチャップが口の端についている、なんてこともよくある。
「照明で飛んでしまいますので、少し血色良くします」
唇に色つきのリップクリームを塗る。
メイクが終わったら、次は髪型だ。
前髪のピンを外し、整髪剤を手のひらに伸ばして髪に馴染ませる。くるくると波打つ癖っ毛が艶がでて、まとまってきた。
櫛を使い、跳ねる髪の位置を整えていく。
「ふふ。昔よくひぃちゃんに寝癖を直してもらっていたよね。懐かしいなぁ」
「大人なんだから、いい加減自分で整えられるようになってよね」
「うーん、これでも頑張ったほうなんだけどな」
カメラマンの邪魔にならないように、小声で会話する。
「ねぇ、クリスマスに一緒にいた人と、付き合ってるの?」
「えっ……」
思いもよらない発言に、思わず動揺してしまった。
クリスマスは押田とディナーに行っていた。家まで送ってもらったから、そのときにでも見られていたのだろうか。
「福本さんには、関係、ありません」
ひかりは文太郎に振られたのだ。それもこっぴどく。
それにどうして何ヶ月も経ってその会話を持ち出してくるのか、それも理解できない。
「ひぃちゃんに彼氏ができたら、寂しいな。……いや、だよ」
その言葉にハッとして、文太郎の表情を見つめた。
垂れ目の可愛らしい目は、真っ直ぐにひかりを見ている。その真剣な表情に、大きく心臓が跳ねた。
(えっ、どういうこと? ……いやいや、どうせ妹に彼氏ができるみたいな感覚だよね。もう、文ちゃんは本当に思わせぶりなことばっかり言うから……)
「世界で一番可愛い」とか「ひぃちゃんがお嫁さんになってくれたら素敵だね」とか、今まで散々思わせぶりな言葉を言われてきた。当時は真に受けて馬鹿みたいに喜んでいたけれど、もうひかりは初心な少女ではない。社交辞令というものを知ったのだ。
「私がどうしようと、私の自由です。あと、もうマカロンは持ってこないでください。今までありがとうございました」
揺れる心を隠すように、マカロンの話題を持ち出す。あまり会話を長引かせたくなくて、肩にかけていたタオルを取った。
「準備できました! 撮影お願いします」
カメラマンのほうを向いて声をかける。今は文太郎の顔を見る勇気が、なかった。
たくさんの光が当たる立ち位置に移動した文太郎は、困ったように視線を彷徨わせている。
「照明チェックしまーす」
カメラマンが機材を調整している合間をぬって、文太郎の前髪が目にかからないように直す。
「あの、ひぃちゃん、僕どうしたら良いんだろう……撮影なんて、したことないから……」
「上半身しか写らないから、下半身はリラックスして。足を交差すると肩の力が抜けるよ。あとはカメラマンに任せていれば大丈夫」
「わかった。ありがとう、ひぃちゃん」
「……頑張って」
パシャパシャとシャッターがおりる。
初めはガチガチに緊張していた文太郎も、カメラマンと会話しながら何枚か撮影すると、朗らかな表情になっていった。
映りを確認するフリをして、画面上に映る文太郎を見つめる。
(好きじゃないくせに、そんなこと言わないでよ。文ちゃんのあほ……)
せっかく前を向いて歩き始めたのに、後ろを振り返りたくなってしまう。
「文ちゃんは何も考えてない。文ちゃんは私のこと好きじゃない」と何度も何度も呪文のように心の中で呟いた。
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