7 / 51
つまり、セフレってこと?(5)
「愛ちゃんは可愛いよ?」
至極真面目な顔で言われて、思わず固まってしまった。
可愛い、なんて言われ慣れてなくて、どう返せばいいのかわからない。視線を右往左往させてしまう。
「そんな、うそ……っ、いつも怒ってるとか冷たそうって言われるから」
「そんなことないよ。愛ちゃんは可愛い!」
「…………ねぇ、適当に言って揶揄ってるだけでしょ」
修哉の言う「可愛い」と、愛の認識する「カワイイ」には齟齬があるとわかると、茹だった頭が落ち着いた。
修哉のは赤ちゃんやペットなどに向ける「可愛い」の意だ。完全に揶揄わられているだけである。
「うん、ちょっとね。でも照れてる愛ちゃんが可愛いなって思ったのは本当」
「修哉、実は遊び人……?」
女性の扱いが上手い。女性を褒めて喜ばせて、気持ち良くなる言葉をかけてくれる。それなりに女性経験が豊富でなければできない所業だ。
「女を取っ替え引っ替えしたことはないし、浮気もしたことはないよ」
「でも彼女はずーっと途切れずいそうなタイプだね」
「いや? 忙しいときとかはフリーの期間が長いこともよくあるよ」
嘘っぽい……と疑心暗鬼の目を向けると、修哉はカラカラと笑った。
「俺のことそんな風に言うけど、恋人が途切れないのは愛ちゃんのほうでしょ」
「私、恋人は作らない主義なの。最後に彼氏がいたのも、大学生のときだし」
「へぇ、それは意外だったな。結婚願望がないってこと?」
「そう。結婚したくないの」
恋人を作ってしまうと、変に相手に期待させてしまって申し訳なくなる。だから今までいいなと思う人がいても、食事に誘ってくれる人がいても、頑なに断り続けてきた。
結婚というゴールがないのに、恋人を作る意味もない。
「仕事に生きる女性、か。愛ちゃんはかっこいいね」
「まぁ、仕事一筋にしたいというよりは、結果としてそうなってしまっただけで。今週も仕事で嫌なことばっかり……」
ついぽろっと口から愚痴がこぼれた。慌てて唇を引き結ぶ。
せっかく楽しく飲んでいた気分を、台無しにしたくないし、修哉につまらない話を聞かせたくなかった。
「愛ちゃんは一人暮らしで、恋人もいないんでしょう? 気分が落ち込んだときどうするの?」
「うーん……ひたすら、寝る、かな。特にこれといった趣味もないし……」
「じゃあさ、そんなときは俺とここで飲もうよ。美味しい鶏と酒で、少しは気が紛れるでしょ」
修哉はポケットからスマホを取り出し、連絡先のQRコードを提示した。
「修哉も……またやけ酒したい気分になったら連絡して。付き合ってあげる」
愛も鞄からスマホを取り出し、コードを読み込んだ。愛のスマホの中に、修哉の連絡先が保存される。
そしてそろそろ閉店時間が近づき、愛がお手洗いへ行って戻るとすでに会計が支払われていた。
慌ててコートと鞄を持って、店の外へ出る。火照った体を冬の夜の風が冷ましてくれた。
「修哉、お金……っ」
「俺のやけ酒に付き合ってもらったからいいよ」
「だめだよ、病院でのお礼なのに……」
「気にしない気にしない。愛ちゃんの連絡先がお礼だよ。ところで家はこっち? 遅くなったから送っていくよ」
「連絡先なんて、お礼にならないよ……」
「ははは」
シャッター街となった商店街を、修哉と並んで進む。
暗い路地に入り、二つ角を曲がった先にあるのが愛の住むマンションだ。
エントランス前まで来ると「じゃあまたね。おやすみ」と修哉が手を振る。
「修哉、ちょっと待って……!」
上着の裾を掴んで、思わず修哉を引き留める。
「愛ちゃん?」
「……」
なんだろう。
この気持ちをなんと言えばいいのだろう。
自分のことなのに、よくわからない。
寂しい。
心細い。
癒されたい。
人肌恋しい──。
「あの……えっと……」
もう少しだけ一緒にいたい、なんて。恋人でもなく、さっき友達になったばかりの相手に、それを望むのは間違っているという自覚はあった。
修哉の迷惑になるかも、と最後まで言葉を紡げない。
「ねぇ、愛ちゃん。まだ時間ある? もう少し一緒にいたいな。愛ちゃんといると、振られたことを忘れられる……迷惑、かな」
「……ううん、迷惑なんて……」
愛の言葉の先を察してか、修哉から誘われて心臓が飛び跳ねる。
恋人と別れたばかりの修哉も、きっと心寂しいのだろう。
「こう……するのはどうかな?」
「……?」
修哉は向かい合って、真っ直ぐに愛を見下ろした。
「互いが必要だと思うときだけ、一人で居たくないと思ったときだけ、こうして今日みたいに会ったり……愛ちゃんが嫌でなければ触れ合ったりする、そんな関係になるのはどう?」
「ふ、触れ合うって……」
愛の手を取り、指を絡めて繋ぐ。修哉のゴツゴツとした関節に、男らしさを感じて胸が高鳴った。
「もちろん、外ではできないような……大人な触れ合い」
「……つまり、セフレってこと?」
「端的に言うと、そうだね。ただし、愛ちゃんの嫌がることは絶対にしないし、もちろん避妊もする。どちらかに恋人ができたら、すぐに関係は解消する。要するに、身体だけの契約関係ってこと」
修哉の提案は悪くない、と思ってしまった。結婚はしたくない。だから恋人は作れない。でも、やはり今日みたいに心寂しい時はある。無性に誰かと一緒に過ごしたくなる。
同世代の友人たちには家族や恋人がいて、頻繁に誘うのも気が引ける。かといって会社の人の前では取り繕ってしまって、むしろ疲れが増してしまう。
修哉と愛の距離感は、ものすごく都合が良かった。
一方的に利用するのは良心が痛むが、この条件ならお互い様だ。後腐れなく、気兼ねない、身体だけの関係。
でも、愛には一点だけ気掛かりがあった。
「その提案は私にとって悪くないんだけど……」
「なにか問題でもある?」
「私、修哉を満足させてあげられる自信がないの。最後にそういうことしたのもずっと前だし。経験豊富な修哉じゃ、役不足かも……」
「じゃあ、試してみる? 愛ちゃんも、俺のこと受け入れられないかもしれないし、相性もあるし」
愛はおずおずと顔を上げて、修哉を見つめた。
「……うん、試してみる……」
今きっと自分の顔は真っ赤になっている。多分、アルコールのせいだ。
そんな愛の姿を見て、修哉は嬉しそうに口端を吊り上げた。
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
✽全28話完結
✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
✽他誌にも掲載中です。
✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。
→表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。