トップアスリートはセフレを可愛がりたくてたまらない

鶴れり

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コーヒーとクッキー(4)



 愛はラッピングしたアイシングクッキーを紙袋に入れ、帰路につく。
 最寄り駅に到着し、いつも使う南改札とは反対の北改札から外へ出た。
 ほぼ毎日利用する駅なのに、別の改札口を出ると違う駅かと錯覚するくらい街並みが変わる。

 愛は辺りを見渡して、目的地へ足を向けた。
 いくつものトレーニングマシーンが並ぶジム。下半分はガラス張りになっていて、通りから中の様子が窺える。

「すみませーん……」

 愛は入り口の扉を開けて、受付台で作業している従業員らしき人に声をかけた。
 黒い半袖Tシャツを着た筋骨隆々で若々しい青年と目が合う。

「今日はそろそろ閉まりますよ。何かご用ですか?」
「あの、雪川さんはいらっしゃいますか? これを渡したいんですけど……」
「あぁ、修哉選手のファンの方でしたか」

 選手? ファン? トレーナーの世界にも、某予備校みたいに人気講師とかがいるのだろうか?
 よくわからないまま、クッキーの入った紙袋を青年へ手渡す。

「あー、すみません。食べ物の差し入れはご遠慮いただいているんですよ。これは受け取れません」
「そうなんですね」

 ただの友人への差し入れのつもりだったのだが、どうやらジムにも決まりごとがあるらしい。
 せっかく修哉に作ったけれど、仕方ない。家で一人で消費するか。

「時間をとらせてすみません、私は帰りますので……」
「愛ちゃん?!」

 奥からタオルを肩にかけた修哉が出てきた。シャワーを浴びていたのか、髪が濡れている。

「どうしたの、ジムに来るなんて……何かあった?」
「ううん。クッキー作ったから、修哉食べるかなぁと思って。ほら、見て見て!」

 愛は揚々とラッピングしたクッキーを掲げた。そこにはアイシングで描いたダンベルと、上半身の筋肉を描いたクッキーが入っている。

「ぷはっ、何この筋肉クッキー!」
「上手に描けていると思わない?」
「うん、すごい! リアル!」

 細やかな筋肉をアイシングで陰影までこだわって描いた力作だ。
 まじまじとクッキーを見つめながら、修哉が出来映えを誉めてくれる。

「すごい、愛ちゃんにこんな特技があるなんて……!」
「余ったアイシングで作っただけなんだけどね。よかったら小袋にしてラッピングしたから、ジムの皆さんにもお裾分けはどうかなと思ったんだけど、食べ物は迷惑だったみたいで……」
「なんだぁ、ファンの方じゃなくて、彼女さんでしたか! 失礼しました」

 受付の青年に恋人と勘違いされている。修哉の迷惑になってはいけないと、愛は口を開いた。

「私、彼女じゃ……」
「うん、俺の彼女お手製だから、変なものは入ってないよ。不破くん、スタッフルームに置いておいて」
「わかりましたー!」

 不破(ふわ)と呼ばれた青年は紙袋を受け取って、スタッフ専用と書かれた扉の向こうへ行ってしまった。

「修哉、ちょっと……」
「いいのいいの。このほうが都合がいいから」
「うーん、修哉がいいならいいけど……」

 連絡もなしにいきなりジムへ顔を出してしまったことを後悔する。修哉に迷惑をかけてしまった。邪魔者はさっさといなくなったほうがいい。

「ごめんね、邪魔して。私はもう帰るから」
「待って! 俺ももう帰るところだから。送ってくよ。荷物取ってくる!」

 そう言われると勝手に帰るわけにもいかず、受付で修哉が戻ってくるのを待つ。

「お待たせ」
「送るなんて。近いからいいのに……」
「気にしない気にしない」

 いつものようにラフなスポーツウェアに着替えた修哉と、並んで見慣れた道を進む。

「クッキーありがとね。みんな愛ちゃんの力作に感動して写真撮ってたよ」
「あははっ、お遊びで描いたやつだけど。喜んでもらえたなら嬉しいな」

 まさかこんなに笑ってもらえるとは思っていなくて、遊び心で作ったクッキーだったけれど渡しにいってよかった。

「修哉はすごいね。ジムのトレーナーにファンがつくんだね。受付の人が言ってた」
「あー、まぁ……」

 確かにどうせトレーナーを頼むなら筋肉イケメンがいいし、修哉なら人気が出てもおかしくない。
 じっと修哉の顔を覗き込む。奥二重の切れ長の眼に艶々な肌。顎のラインもスッとしていて男性なのに小顔だ。

「うん。修哉は俗にいう、塩顔だね」
「よく言われる」

 誉められ慣れていないのか、修哉は気まずそうに視線を逸らした。

「ファンがつくほど人気なら、そりゃあ女の子に困らないよね。女性の扱いに慣れてるのも納得だよ。前の彼女と別れてから結構時間が経ったけど、いい人はいないの?」
「……いないよ」

 修哉の声がワントーン低くなった気がした。

「私のことは気にしなくていいからね。恋人ができたら即関係解消するし。もちろん新しい彼女にも言わないから」
「愛ちゃんは、俺が彼女作ってもいいの?」
「え?」

 まさかの返しにきょとんと目を丸くする。

「もちろんだよ。私がどうこう言う問題じゃないし」
「俺がいなくなったら、愛ちゃんはどうするの? 別のセフレを作るの?」

 真剣な眼差しで問われて、心臓がざわざわする。

「そんな……わかんない、よ……」
「……ごめん、変なこと言って。今の忘れて!」

 修哉はくるりと表情を一転して、笑みを作った。

 今の、なんだったんだろう……。

 愛はあまり深く考えないようにした。

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