トップアスリートはセフレを可愛がりたくてたまらない

鶴れり

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完璧すぎて憎たらしい(2)



「この度は弊社をお選びいただき、誠にありがとうございます。主に映像プロモーションを担当します。大井と申します」
「っ、ウェブデザイナーの雪原です。よろしくお願いいたします」
「同じくデザイン担当の蘭木です」

 大井の声に、慌てて愛も頭を下げ、名刺を渡す。

「よろしくお願いします。僕は雪川龍我(ゆきかわりゅうが)です」
「弟の修哉です。お願いします」

 チャコールグレーのスーツを着た男性は、修哉のお兄さんだ。
 修哉ほど体格は大きくないけれど、長身ですらっとした出立ち。よく見ると二人とも顔のつくりが似ている。塩顔系男子だ。

 修哉とパチッと目が合う。してやったり、という意地悪な目線を感じて、思わず手のひらを握りしめた。

 そういえば、クライアントは愛を担当指名してきたと聞いている。そういうことか、と納得した。

「ご兄弟で会社を設立されたんですね~」と蘭木が愛想よく笑いかけながら、席へ案内し、資料を手渡した。

「さすがスポーツクライミングの日本代表選手なだけあって、立派な体格をされていますね」
「ありがとうございます。海外の選手に比べれば、まだまだヒヨッコですけどね」
「こないだの日本大会、テレビで拝見しましたよ! とてもかっこよかったです。優勝おめでとうございます!」
「嬉しいです。ありがとうございます」

 大井と修哉の会話をなんとなく聞いていた愛は、またしてもピシリと固まってしまった。

 しゅ、修哉が日本代表選手?

 勝手にジムのトレーナーだと思っていた。けれど、修哉はそんなこと一言も言っていない。愛が一方的にそう勘違いしていただけだ。

 いやいや、だってまさかトップアスリートが白い煙がモクモク蔓延する、焼き鳥屋の常連だとは思わないじゃない?! こんな冴えないアラサー会社員に、セフレ契約を持ちかけてくるアスリートなんてありえない!

 バクバク、と心臓が変な音を立て始めて、愛は落ち着かせるように細く長く息を吐いた。今は仕事中なのだから、集中しないと。

「この会社は兄弟で合同経営するつもりです。経理関係は僕が、実質的な運営は弟に担当してもらって──」

 修哉の兄、龍我が会社設立の経緯から、コンセプト、経営方針などを説明していく。
 愛はタブレットにメモを取りながら、真剣に話に耳を傾ける。
 龍我はスポーツの道には進まず、経営コンサルタントとして長年勤めていたという経歴もあり、事業計画は完璧だった。

「スポーツクライミングは認知度が上がり、競技人口が増えてきたとはいえ、まだまだ環境整備が整っておりません。未来に活躍する才能ある選手を育てるためには、環境はとても大切です。今回新設するスポーツ施設は、未来に希望が溢れるような、そんなビジュアルデザインをお願いしたいです」
「ご期待に添えるよう、精一杯努めさせていただきます」

 龍我と修哉の瞳を真摯に見つめながら、ウェブデザイナーとして職務を全うすることを約束する。

 クライアントとの顔合わせと、イメージの共有は無事にできた。具体的なデザイン案の決定は後日となる。
 スケジュール日程を再度調整して、本日の打ち合わせは終了だ。

 クライアントをエントランスまで見送る。

「すみません、お手洗いに行きたいのですが」
「……それではご案内しますね」

 ちょうど大井と蘭木と龍我が話し出したところで修哉にそう切り出されて、愛は営業用の笑顔を張り付けながら廊下を進む。
 角を曲がったところで、後ろから抱きしめられた。逞しい太い腕に包まれる。

「ちょっと、ここ会社……っ!」
「ねぇ、びっくりした?」
「したよ……なんで教えてくれなかったの!」
「愛ちゃんの驚いた顔が見たくて」
「ただ意地悪したかっただけでしょ……もう……」

 ペシペシと腕橈骨筋を叩く。
 いつの間に愛の勤務先を知ったのだろう。ウェブデザイン会社など、都内には山ほどあるのに。

「愛ちゃんの鞄に入ってた資料に、会社名が書いてあったのチラッと見ちゃった。会社を作るなら、デザインは愛ちゃんに任せたいなぁって思ってたから。あの筋肉クッキーも最高だったし」
「いつの間に……お願いだから、会社の人たちにはバレないようにしてね?」
「もちろんだよ」

 ちゅっ、とこめかみにキスされて、本当に大丈夫かと不安になった。

「それにすごいアスリート選手だなんて……私全然知らなかったよ」
「クライミング界ではそれなりに有名なんだけどね?」
「私にとってはただの焼き鳥のつくねが大好きな、筋肉ムキムキ塩顔男子だったのに……」
「はははっ」

 ぎゅうっと抱きしめられて、会社内なのに胸がときめく。修哉のぬくもりに包まれると、安心して気が緩んでしまう。

「俺がアスリートなの、いや?」
「そんなことないよ。修哉は修哉だし」
「うん。つくねが好物で、愛ちゃんを可愛がるのが趣味な雪川修哉だよ。何も変わらない」
「なに、その悪趣味」

 ふふ、と笑ってチラリと後ろに目線を向けると、修哉と目が合った。

「ねぇ、今日は仕事何時に終わる?」
「今は……十六時だっけ。十八時には、終わらせられるかな」
「今夜、鳥このみじゃない別の焼き鳥屋へ行くのはどう? 焼き鳥じゃなくてもいいけど」

 ドキン、と大きく心臓が騒いだ。
 "焼き鳥屋に誘う"ということは、夜を共に過ごそうというお誘いだ。

 愛が返答に迷っていると、修哉が畳みかけるように愛の耳元で低く囁く。

「さっき、俺のスーツ姿に見惚れてたでしょう? いつもと違う俺と、シてみたくない?」
「…………っ」

 バレてる。修哉の凛々しいスーツ姿に目を奪われていたことに。
 カァっと体温があがった。

「仕事が終わったら、裏のチョコレート専門店の前で集合、ね」
「……うん」
「楽しみにしてる」

 修哉はもう一度こめかみに唇を落とすと、エントランス方面へ向かって行ってしまった。

 今日は、修哉にしてやられてばっかりだ……。

 愛は両頬をパチンと叩いていつもの仮面を被り、足早に修哉の後ろを追いかけた。


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