トップアスリートはセフレを可愛がりたくてたまらない

鶴れり

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背中を押して(修哉視点)(4)



 急いで帰路に着く。思ったよりも時間がかかってしまい、愛の迎えにも間に合わせることができなかった。
 守る、と言っておいてそばにいてあげられないなんて。腕につけたスマートウォッチで時間を確認すると、愛の帰宅時間から一時間ほど経ってしまっている。

「ただいま! ごめんね、迎えにいけなくて……」

 玄関を開け、足早に部屋に入る。ソファの上に座って、グラス片手にスマホを見ていた愛と視線が合った。

「あっ! 修哉、おかえりぃー」

 ふにゃりと笑う愛の頬が赤くなっている。

「部屋着、修哉の勝手に借りちゃった」
「あ、うん。それは別にいいんだけど……」

 サイズが合ってなくてぶかぶかだ。袖や裾をめくって、腰紐で縛ってたくし上げているけれど、今にもずり落ちてしまいそうでドキリとする。

 そしてローテーブルに置かれた瓶に視線がいった。

「ウイスキーなんて……愛ちゃんが珍しいね」
「えへへ。修哉も、飲も?」
「いいけど、帰ってきて何か食べた?」
「ううん」
「空きっ腹にウイスキーは良くないんじゃない? 悪酔いするよ」

 愛はチェイサーもなしに、ウイスキーを原液のままグラスに注いで飲んでいる。こんな飲み方をしていては、あまり酒に耐性のない愛はすぐに酔っ払ってしまうだろう。
 酒の入ったグラスを取り上げて、水のペットボトルを差し出した。

 ありがとうと礼を言って、水を飲む様子を見守る。今日の愛はなんだか変だ。

「愛ちゃん、何かあったでしょ」
「ん……。修哉、ここ座って」

 ソファの横に座るよう促されて、素直に従う。
 酔って顔は赤らんでいるものの、意識ははっきりとしているようだ。

「あのね、色々と考えてみたんだけど、こうするのが一番いいかなって……」

 一枚の紙を手渡される。愛の分まで記載がされている婚姻届を確認して、丁寧に畳んで机に置いた。
 まさか昨日の今日で返事がもらえるとは思っていなかったから、正直驚いた。
 愛の細い手を握る。

「これは、愛ちゃんの気持ち?」
「うん。修哉が……好き、だから」

 瞳を涙で潤ませながらも、一生懸命言葉にして伝えてくれる愛に胸打たれる。

「酔った勢いでサインした……とかじゃないよね?」
「シラフのときに、書いたよ?」
「そっか。でも愛ちゃんあんなに結婚したくないって言ってたのに。別に夫婦という関係じゃなくたって、俺は愛ちゃんと一緒にいられたらそれで……」
「本当はね……今でも少し、怖いの。結婚に良い印象がないから」

 握られた手に力が込められる。心なしか、震えているような気がした。

「でも、修哉と離れたくない。一緒に、いたい。……なかなかあと一歩勇気が出なくて、お酒飲んだら素直に気持ちを言えるような気がしたの。いい歳してアルコールの力を借りるなんて情けないけど……」
「愛ちゃん」

 華奢な身体を抱き寄せる。ぎゅうっと心臓を掴まれたように苦しくて幸せだった。
 頑なに結婚を嫌がっていたのに、あんなに一定の距離を置かれた関係だったのに。婚姻届にサインをするほどまで心を通わせられたことが嬉しくてたまらなかった。

「嬉しい。すごく、嬉しいよ」
「うん……。ひねくれてて、ごめんね」
「そんな愛ちゃんも好きだから」
「ひねくれてるのは、否定してくれないの……?」

 むす、と唇を尖らせる愛に愛おしさが湧き起こる。
 こんなふうに感情をさらけ出して、甘えて、寄りかかってくるのは、自分の前だけ。弱さも認めて理解した上で、自分に向き合ってくれる。そんな愛の全てが可愛くて仕方なかった。

「ひねくれ愛ちゃんも可愛くて大好きだよ」

 そう言って軽く唇を重ねると、愛は安心したようにふにゃりと頬を綻ばせる。

「しゅうや……」

 肩に額を乗せて寄りかかってくる愛を抱き留める。お風呂上がりの石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。

「きらいにならないで……」

 か細い声でそう呟くと、愛は小さく寝息を立てて眠ってしまった。

「何がそんなに怖いのかな。こんなに好きって言ってるのに」

 愛をこんなに怖がらせているものは一体なんなのだろう。男と女では恋愛に関する感性が異なるから、自分には理解できないのかもしれない。

「愛ちゃんが安心するなら、何度だって言うよ」

 おそらくもう聞こえてはいないだろうけど、耳元で囁いて頭を撫でてやると、愛が小さく頬を緩ませた。
 無防備な愛らしい姿に、ドキッと胸が跳ねる。

「はぁ……可愛すぎ……」

 小柄な体を抱きかかえて、寝室へ運んだ。

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