トップアスリートはセフレを可愛がりたくてたまらない

鶴れり

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乗り越えて(修哉視点)(4)


 黒いスーツに身を包み、前髪は上げて整髪剤で整えた。

「行ってくるね」

 赤く腫れた目を閉じて眠っている愛に小さく声をかけて、マンションから出る。すでに迎えに来てくれていた兄、龍我の車に乗り込んだ。

「おはよう。雪原さん、大丈夫だった?」
「うん。ショックは受けてたみたいだけど」
「そりゃそうだよね。あの記事はひどいよなぁ」

 車が発車する。まだ朝の早い時間帯だが、車の往来は多い。

「そういえば、こないだ愛ちゃんの迎え頼んだとき、愛ちゃんに何か言った?」
「いや? 世間話しかしてないよ。何か言われた?」
「……いつもは飲まない強い酒飲んでた」
「はははっ! 雪原さんって可愛いね。仕事のときと印象違いすぎ」

 ケラケラ笑う兄をジロッと睨む。愛の可愛いところを知っているのは自分だけでいい。

「第三者からの意見を実直に伝えただけだよ」
「変なことじゃないだろうな?」
「弟の大切な人に変なこと言わないよ~」

 昔から頭が良くて口が上手い兄だ。スポーツ以外では、全て兄には敵わなかった。尊敬はしているが抜け目のない兄はいつも一枚上手だ。

「不破くんはこの先の駅で待ち合わせだったね」
「そう。もう着いてるって連絡来てた。資料は忘れてない?」
「トランクに入ってるよ」
「よし、いよいよだな……」

 ビジネスバッグを覗き、『記事掲載禁止の申立て』と書かれた書類を確認する。

 週刊スポーツゴシップ誌──スポーツ業界でのゴシップを取り上げる週刊誌だ。今までにはアスリートの不貞や不倫、スポンサーとの契約金やドーピング疑惑……様々なスキャンダルを報じてきた。アスリートにとって一番関わりたくない相手だ。

 しかしこの週刊誌はあまりにも事実とかけ離れた記事が多いと、以前からスポーツ界では有名だった。挙げ句の果てには、金で雇った見目麗しい若い女性を送り込み、スキャンダルを作り上げるという暴挙にも出ている。

 そして昨年、アスリート仲間である不破が週刊誌の餌食となり、ドーピング疑惑をかけられ一ヶ月間の活動停止処分になった。
 そのときに本格的にこの週刊スポーツゴシップ誌を発売する出版元へ、訴訟を起こすことを決意したのだ。

 龍我の親友である優秀な弁護士に依頼し、過去に発売した記事を含めて名誉毀損やプライバシー侵害にあたる事例を裁判所へ提出する。

 時間はかかってしまうが、今後被害を受けるアスリートを救うためにも、もちろん自身のためにも、徹底的に戦わなくてはならない。



 愛との関係を縮めたくて、でもどうすればいいか悩んでいたとき、修哉の周辺をうろつく記者の姿が目についた。
 目ざとく愛の存在を嗅ぎつけていたのだろう。

 愛に迷惑になってはならないと、初めは距離を置こうかと思ったが、このピンチをチャンスに変えたいと修哉は考えた。
 ──週刊誌に写真を撮られれば、セフレという関係は終わらせられる。
 上手くいくかいかないかは、完全に賭けだったけれど、結果として修哉の望む方向へ導くことができた。

 記者のいる自宅マンションの前に愛を連れてきて、写真を撮らせた。それが記事となる前に、必ず出版元を法的手段で叩く算段だったから。

 一年もかけて訴訟の準備をした。事実確認を怠った記事を販売したという事実を、何件もまとめてある。もちろん今回の愛と修哉の記事も世の中に撒かれないように、書類を作成した。根も葉もない、嘘の情報で名誉毀損をして売上を稼ぐような、卑劣な週刊誌なんてこの世から消えるべきだ。

「愛ちゃんには申し訳ないことをしちゃったな……」

 まさか愛が枕営業で修哉を誘惑したという内容の記事になるとは予想していなかった。てっきり、修哉の女性スキャンダルとして取り上げられると思っていたから。矢面に立つのは自分だけだと思い込んでいた。

「これだけ証拠を揃えることができたから、この雑誌が廃刊になるのは間違いないよ。これでアスリートが安心して活動できるようになる」
「そうだね」

 心の中で愛に謝罪の言葉を呟いて、大きく息をついた。

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