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エピローグ
何万人も収容できる広大なスタジアムは、満員の観客で埋め尽くされている。中心には高く聳える壁に、大小さまざまなカラフルなホールドが設置されている。
大きな画面モニターには、各国から勝ち抜いてきた屈強なクライマー選手が名を連ねている。
日の丸マークの隣には『SHUYA YUKIKAWA』の文字。
愛は関係者席と書かれた席に座り、手を組み勝利を祈った。
修哉は日の丸とスポンサー名が印字されたスポーツウェアに身を包んでいる。タンクトップから鍛え上げられた逞しい上腕二頭筋がのぞく。
十五メートルの壁の下に立ち、手に滑り止めのための粉をつけながら、真っ直ぐに頂上を見つめていた。
隣には外国人ライバル選手が同様にスタートを待ち構える。
愛のいる関係者席のすぐ近くに集結しているマスコミ陣が、決定的瞬間を逃すまいとみな息を呑んでカメラを構えていた。
ピッ、ピーン。
甲高い機械音の合図と共に、一目散に上を目指す。重力を感じさせない身のこなし。まるで浮遊魔法のようにあっという間に頂点へ辿り着く。
一瞬の出来事だった。
修哉が先に完登ボタンを叩くと、あらかじめ腰についていたリードが、ゆっくりと修哉を地上へと導いていく。
『さぁ! 注目のタイムは……──!』
選手、観客、関係者、カメラ……会場の全てが大画面モニターに表示されるタイムに注目する。ざわついていた喧騒が嘘のように静まり返る。
"四秒九五 SHUYA YUKIKAWA JAPAN"
『出たああああぁー! 初の四秒台! 雪川選手、世界新記録と日本新記録、同時更新です!!』
キャアアァという歓声がスタジアムを包み、地が揺れたように全身の皮膚が痺れる。
愛は感動を声にできず、ほろほろと涙を流した。
修哉は拳を高く掲げ、ベンチにいた仲間のところへ飛び込んで熱い抱擁を交わす。
その歴史的な場面をカメラが追いかけていた。
表彰式で最も高い場所へ上がった修哉は、黄金に輝くメダルを首から下げ、スタジアムに集まった観客の声援に応えている。
修哉、すごいなぁ……。
以前動画で見て、そのときもアスリート雪川修哉の姿に胸を打たれたが、実際にその場面に立ち会うと感動もひとしおである。
優勝者インタビューに応える修哉を見つめながら、愛は何度も目頭をハンカチで押さえた。
「雪川選手、優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「初の四秒台という大記録を達成しました! 今の心境は?」
「素直に、とても嬉しいです!」
「今回の優勝を誰に一番に伝えたいですか?」
「僕一人の優勝ではありません。コーチ、仲間、みんなで勝ち取ったメダルです。でも……一番は愛する人にこのメダルをかけてあげたいですね」
一瞬修哉と目が合った気がして、心臓が跳ねた。けれど涙でぐしゃぐしゃでよくわからない。
「次の大会へ向けて、意気込みをお願いします」
「今後も引き続き、頂点を目指していきたいと思います」
「雪川選手、ありがとうございましたー!」
ヒーローインタビュー、そして記念撮影を終え修哉が控え室へ戻っていく。
愛のいる関係者席の前まで来ると、「愛ちゃん!」と大きな声で呼ばれた。
ざあっと波が引くように、修哉と愛の間に道が開かれる。
観客、関係者、警備員、そしてマスコミのカメラまで二人の様子を見守る。
修哉は愛のもとへやってくると、下げていたメダルを取り、困惑して固まってしまった愛の首にかける。ずしりと重みを感じて、また感涙してしまう。
「しゅ、や、おめで、と」
途切れ途切れになってしまったけれど、なんとか声を絞り出した。修哉は「ありがと」と小さく微笑んで、愛の手を握り、その場で片膝をついた。
──え?
「愛ちゃん、俺と結婚してください」
いつもの穏やかな微笑みを浮かべて、凛とした低音の声が響く。背後できゃああっと歓声が上がっていたが、愛の耳には届かなかった。
そんなの、答えは決まっている。
「──はいっ……!」
「よっしゃあっ!」
泣き崩れそうになった愛を、修哉が抱きしめてくれた。
そして左手を取られて、指になにかを入れられる。
呼吸を整えて自分の手を見ると、透明な宝玉が輝いていた。
「こんなの……っ、ずるいよ修哉……っ」
「ふふ、愛ちゃん大好きだよ。一生可愛がってあげるからね」
ちゅ、と額に口づけされて、修哉の腕に囚われる。
いつからだろう。
慰め合うだけの関係だったのが、かけがえのない存在に変わっていたのは。
きっとこの先も修哉のぬくもりからは離れられない──。
完
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