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六章 思ってたよりも愛されてたみたい(1)
真っ白な世界。上も下も右も左もない、無の世界。
もしかしたらこれが、噂の天国へ逝く途中にある景色なのだろうか。
何も見えない。けれど中低音の耳心地の良い、どこか落ち着く声が聞こえてくる。
父が迎えにきてくれたのかもしれない。
『シャーリーは自慢の娘だ』
いつもと変わらない優しい声。シャーリーは涙声になりながら、父へ訴えた。
──ううん、そんなことないわ。お父様みたいに人格者にも、最高の医師にもなれなかったもの。お父様の「身分に関係なくすべての人が医療を受けられるように」という夢も、絶対に私が叶えると約束したのに……叶えられなかったわ。本当にごめんなさい。
『魔力がなくたって、シャーリーは可愛い我が娘だよ』
──お父様とお母様の娘じゃないと疑ったことは一度もないの。けれど、本当は回復魔法を使いこなしてたくさんの人を救いたかった。魔力があったら、もっとロッドにも素直になれていたかもしれないもの……。
『自分を大切に。シャーリーが苦しむ姿を父に見せないでおくれ』
──本当にごめんなさい。頑張ったけれど、無理だったわ。せっかくお父様がロッドと結婚させてくれたのに、せっかくロッドとの子を授かったのに……。
『シャーリー、いつまでもお幸せに』
──もし生まれ変わっても私はまたお父様の娘に生まれたいわ。そしたら今度こそ、私の結婚式で一緒にバージンロードを歩いてね。
父が目尻を下げて穏やかに微笑む。
ああ、この笑顔に何度救われてきたのだろう。この愛に何度満たされただろう。
こめかみの横を静かに涙が伝い落ちていく──。
「おと……さま……?」
ふと目を開けると見慣れた天井が見えた。
小ぶりなシャンデリアが視界の端に映る。ここはファーカー家のシャーリーの部屋だ。
今のは…………夢?
「先生!? シャーリー先生! ああっ、誰か来て! シャーリーせんせいぃ……!」
今にも泣き出しそうに眉間に皺を寄せて、ラナが手を握ってきた。シャーリーの両腕にはそれぞれ点滴が差し込まれており、チューブがぶらりと揺れている。
「目が覚めて本当に良かったです。先生、安心してください。お腹の子も無事です!」
「えっ……」
朧げな記憶を必死に手繰り寄せて、この状況を理解しようと努める。
シャーリーは五大公爵家から稀に生まれる、すべての毒を無効化する『浄化の血』の持ち主だった。そして妊娠は気のせいではなく、事実だった。
「私たち……助かったのね」
そっとお腹に手を乗せる。
極度の貧血で倒れる寸前で、マンクッバ三体に噛まれたけれど、浄化の血によってシャーリーも赤ちゃんも助かったのだ。まさに奇跡としか言いようがない。
シャーリーは間違いなく生きている。
全身をめぐる血液。魔力も何も持たない普通の人間だと思っていたのに、まさかこんな不思議な血を持っていただなんて驚きだ。
ふと、ああそうか、と腑に落ちた。
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父はカルテを改ざんしてまで、シャーリーが『浄化の血の乙女』であることを隠そうとしていた。
不可解な点がすべて繋がり、一本の真っ直ぐな線となる。
「シャーリー! ああっ、シャーリー! 大丈夫か!」
「ロッド……」
ラナの呼びかけにすぐ気づいたロッドが、ものすごい勢いで部屋に入ってくる。
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