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街の名前はシュメラジェード
白髪赤目のベルベルちゃん(1)
しおりを挟む実は、私パスポートを発行したことがない人間である。
旅行に行く時間がなかったというのもあるが、仮にどこか旅をするとしても国内で済ませたい性分だからである。
わざわざ海を越えてどこかに行くという発想すらない。卒
業旅行や、友人との旅行でも、上手に話を持って行き、国内ですませた。
だからこそ、私の例えに具体性だとか、納得してもらう力だとかはないのだけれど。
町中は中世ヨーロッパのように洒落た感じであった。外観が可愛らしく、黄色や青い屋根の建物だったり、ベランダの柵一つ一つが凝っていて写真を撮りたいほど素敵だった。
レンガの道路も目新しく、浮かれてスキップしたい程気分が高揚した。
「こんな異世界なら、来てよかったかもしれない……」
つい独り言をつぶやいてしまうほどである。
街の規模は結構大きいようで、人通りも多い。
ほとんどが人間だけど、耳の長いエルフだとか、がたいのいいオークだとかがちらほら、当たり前のように歩いている。
猫耳娘だとか、獣人だとか、本当に普通に生活しているから、いちいち驚くのは失礼なのだろう。
たぶん、街の住人さんたちとしては、メイド服を着て外を歩いている人間の方が珍しいのかもしれない。
時折チラチラと視線を感じた。
それにしても、なんとなく、街の人間が沈んでいる気がする。
市場を通っても、皆淡々と仕事をしているだけだ。
残業80時間を超えた社畜のような顔……は言いすぎか?
街の人に笑顔はなかった。
「……なんで?」
頭をかしげながら歩いていれば、路面店が目に留まった。
道路の隅に敷物を敷いて、その上に小さいガラス玉やら、組みひもやらが置いてある。雑貨屋さんだろうか。
敷物の上に膝を抱えて座っているのは真っ白い髪の少女だった。
長く白いまつ毛が、真っ白な肌に薄く影を落としていた。
絵になる光景で、思わず見とれてしまった。
「……」
じぃっと見つめていたのがばれたのか、少女はこちらを見つめ返してくる。
「なぁに?」
鈴の鳴るようなか細い声で、少女が言った。よく見れば耳がとがり、目は赤い。アルビノという奴だろうか。
肩も腕も細く、風が吹けば飛んで行ってしまいそうな印象を受ける。
アルビノのエルフ、なんていかにもファンタジーの存在と言う感じだ。少女ながら美しすぎる容姿に目が奪われてしまう。
白髪、赤い眼って……どこかで聞いたような覚えがするけれど、思い出せない。
少女の目はまっすぐに私を捕らえている。
「えっと……何を売ってるのか気になって」
「魔法具」
「未来視できる懐中時計とか……?」
「そんな国宝級の物売ってないよ。お姉さん、天然?」
小首をかしげて少女は聞いた。
そんな凄いものを持っているクラウスさんは一体何者なのだろうか。今深く考えるのは止めておくことにする。
「ここは、好きな人と多く出会えるリボンとか……三年間ずっと見続けてたら好きな人を呼び出せる鏡とか……
えっと、そんな感じの魔法具を売ってるの。私が作ったの。……一つどう?」
かわいらしく売り込みをする少女。
笑顔はなく、声も小さいが、守ってあげたくなる雰囲気と言うか「私がこの商品を買ってあげなければ、この子は飢え死にするのではないか」という放っておけなさがある。
退屈そうに少女は口を開いた。
「じゃあ、一つちょうだい? この赤いリボンが可愛いから、これを一つ」
「うん。まいどあり。一つ500ティア」
通貨の単位が解らず、クラウスさんから貰った金貨を差し出せば、少女が突然せき込んだ。
「ちょっと、大丈夫?」
「お姉さんさ、どこかの国のお姫様なの? お金はもういいから、早くそれを隠して」
少女に言われた通り、金貨をすぐさまポケットにひっこめた。
「深窓の令嬢とか? それで、物の価値を知らないの?」
呆れたような少女の顔から、私がとんでもない価値のある金貨を渡そうとしたことが理解できた。
「これ、『ティア』でいうといくらくらいになるの?」
「一千万ティア。魔法使いが、自分の資産として置いておくようなコインだから、普通のコインじゃないし、市場じゃ使えないよ」
クラウスさん、あなたとんでもないものをポンと渡したのですね……。しかも取り出した場所は、ポケットって。目頭を押さえ、うなる私を少女は不審そうに見つめた。
しかし、今ので一つ、確かなことが分かった。
「あなた、良い子だね」
「へ?」
「いや、コインの価値を偽らないで、しかも私を騙して奪おうとしない。……私みたいな鴨、なかなかいないと思うんだけど」
「馬鹿にしないで。そんなことするわけないじゃない」
少女は顔をそらし、頬を膨らませた。
大人びた子ではあるけれど、動作は少々子供らしい。
自分の価値観をしっかり持っていて、善良で誠実で、真っすぐ。
「うん、いい子だ。それに可愛い!」
衝動で少女を抱きしめた。
「知り合いが、ふわふわした店長と、ツンデレ鎧男しかいないから、嬉しくて」
「な、なにそれ……」
うっとうしがりながらも、彼女はなされるがままである。
「お姉さんは何者なの? 本当にお姫様?」
「いや、姫ではないはずなんだけど」
「ではない、はず?」
少女は首をかしげる。
「あー私、最近記憶喪失になって、貴方さえ良ければ、この国のこと教えて欲しいなぁって」
窺うように見れば、少女は無表情から、にんまりといたずらっこのように口角をあげた。
「なるほどね」
「えっと……?」
「だから、こんな私に話しかけてきたんだ」
少女が小声でつぶやいた。
「あ、大丈夫。怒ってないの。むしろ、嬉しい」
少女の言おうとしていることがわからず、首をかしげる。
「私、暇だったの。だから遊んで? 遊びながら教えてあげる」
その一言を言うが早いか、広げていた商品を風呂敷の中に器用にまとめ、慣れたように背中にしょい込んだ。
旅人のような恰好になるエルフの少女。
いつのまにか私の手は握られており、少女はにこやかに微笑んでいる。
「じゃあ、行こうか、お姉さん」
唐突だが、かわいらしい道づれができてしまった。
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