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本格始動!喫茶店!

ハーメルンの社畜(1)

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 陽気な音楽が街を流れる。
それはどこか懐かしさを感じさせるメロディであり、なんとなく私がこの街にあっていると思った音楽でもあった。

 音源はもちろん私の抱える箱の中から。キコキコとハンドルを回しながら、テクテク歩き続ける。
 街の真ん中を微笑みながら。メイド服で。

 猫耳をはやした女の子も、エルフも、蛇の頭をした男性も、人間も誰も彼も、動きを止め、私を見つめ、口を開いている。人々は私を見つめている。

 いや、私と、私が背負っている看板を見つめている。

 頭の中は音楽を思い浮かべ、舌先だけで宣伝文句を喋る。

『喫茶 グリッサム オープンいたしました。 どうぞよろしくお願いします』

 あたりさわりのない、言葉。
 だけど、人の目は離れない。

『どうぞ、一曲おつきあいをお願いいたします』

 おなかに力を込めて、できるだけ多くの人に届くように、私は歌う。
 
 歩きながら、歌う。
 
 一分ほど足を進めれば、後ろには数人ばかり人がついてきていた。
 歌に耳を傾けて。
 
 もう少し歌を聞きたいから、だとか。
 私について来れば、さらに面白いことがある―ーーとか、なんて思って。

 計画通りだ、と笑って集中力を切らしてしまわないように、私は歌い続けた。





 時は少し遡る。

 店頭に置く看板、私が背負うための看板をクラウスさんと一緒に作った後のこと。

 目の前には看板が二つ。クラウスさんの魔法による手助けもあり、遠くからでも文字が見えやすいようなものができたと思う。

 喫茶グリッサムとしてもデザインが合っていて素敵だ。
 インスタ映え……なんかはしないと思うけれど、目に留まるものであることは間違いない。

「で、これをどういう風に使うの?」

「ハーメルンの笛吹男作戦ですよ。えーっと、シュメラジェードの箱鳴らし女とでも言うのでしょうか」
 この街と、状況的に言うのならば。

 首が折れ曲がってしまうんじゃないかと言うほど、クラウスさんは首をかしげていた。
 グリム童話がない世界なら、話が通じないのもごもっとも。

「クラウスさんが今触っている箱で、音楽を鳴らして、私が歌ったり、宣伝文句を言ったりして往来で客引きをするのです。それで、娯楽にホイホイされて連れた人は、そのままグリッサムにご案内、という寸法です」

 かみ砕いて言えば、こういうことだ。

「な、なるほど……あくどい」
「今何か言いました?」
「な、なにも」

「それでいいのです」
 ふっふっふ。

 と、あくどい魔王のような声が漏れ出てしまった。

「女性向けということは変わりませんが、まず、女性含めて多くの人に『喫茶 グリッサム』がありますよ、ということを知らしめなければなりません。そのための街頭宣伝です」

「なるほど。まぁ、サクラさんが楽しそうならいいけれど……それは、止めないか?」
「この箱を使うこと、ですか?」

 音の出る箱。

 キツネさんから、奪って……もとい、間違って持って帰ってきてしまったもの。

「確かに、これは私のものではありませんけれど……あるものは使えと、私のなかの私が言ってるんですよね」

 使うたびに価値が減るものでもないらしいため、壊さなければきっと大丈夫だ、と思っていたのだけれど。
 クラウスさんは違う見解みたいだ。

「ああ、別に、これが誰の物であるかとか、サクラさんが人の物を勝手に使おうとしてるとかは今は関係なくて。なんだろう、簡単に言うと、まだ、解析できてないんだよね」

「解析、ですか」
「そう。これが、誰が作ったものなのかがわからない」

「そういうものなんじゃないですか?」

 自分が使ってる日用品。
 それらを作ったメーカーは解るけれど、回路だの部品だのを組み立てた人の名は解るまい。

 クラウスさんが言いたいのはそういうことじゃないらしい。

「魔法具を作れる人には限りがある。そして、そんなにも複雑な機構を持った魔法具が作れるのは―――この世界にはあまりいないんだ。なのに、その制作者が特定できない」

「……この箱、実は危険なものってことですか?」

「そういうことじゃないけれど」

「なら、いいじゃないですか。音楽は重要ですよ。今回のハーメルン作戦の要でもあるんです。問題がないなら、使いたいです! 使いましょう!」

 頭の中に音楽のストックがある限り、たくさんの音色を奏でることができる。肩にラジカセを担いであるくラッパーのごとく、箱を持って音楽を鳴らして歩き回る。

 こう考えると、ハーメルン作戦というより、さお竹屋、焼き芋屋、ラーメン屋作戦と言える……のかな? 「い~しや~き芋~~ おいも」のリズムで喫茶店を宣伝する。

 古きよきハーメルン作戦である。
 その要、魔法の箱。
 キツネさんの忘れ物。

「でもねぇ」

「使いましょう! 箱があった方が成功しますよ!」
「……わかった。じゃあ、一つ条件があるんだけど、これは聞いてくれるよね?」

 返事をしないうちに、クラウスさんはポケットからベルを取り出して、鳴らした。キラキラと光り輝いて澄んだ音を鳴らすベル。

「何をしたんですか?」

「今から呼ぶ人と一緒に、宣伝に行ってね」

 ベルに呼ばれて、十分ほどでやってきた人間と、一緒に街を練り歩くこと。
 これがクラウスさんの条件だった。

「誰が来るんですか?」
「誰でしょうか」

 クラウスさんと私の共通の知り合いと言えばソルしかいないわけだけど。
 まぁさか、あのツンデレがベルに呼ばれてくるはずない。
 
 仮にほいほい来たとしても、大人しく一緒に街を歩いてくれるわけはない、だろう。

 ……た、多分ね。
 
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