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第四章 友人との、取るに足らない会話

次郎丸の話(1)

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「多重人格って知ってるか?」

 唐突な言葉は次郎丸三郎(じろうまる さぶろう)から発されたものだった。

 多々良さんの、鈴の様な声とは違う、無骨な男の声。僕の友人の一人である。

 風邪ひき多々良さんを見てから、月曜日。
 隣の席の三郎は、授業と授業の合間に話しかけてきた。

 彼とは高校入学時からの付き合いで、入学式前の教室待機の際、隣の席に座っていたことから交流が始まった。割と良い奴である、というのは教師に当てられそうになった僕を静かに起こしてくれるという日常的情景から裏付けされる。

 そんな彼の言葉に僕は、知っているとだけ言い、話を聞くことにした。


「多々良の事なんだけど……」


 三郎は教室を見渡す。授業合間の休憩時間、教室は騒がしく、僕らの声も掻き消えるだろうから、話が漏れることはないぞ、と言おうとしたけれど、どうやら多々良さんがいるかどうかを確認したかったらしい。

 彼女がいつもいる席は空席になっていた。

 トイレか、何かか、なんにせよ、三郎にとっては都合がいいみたいである。

 僕以外の口から多々良さんの名前が出てくることに違和感を覚えながら、話の続きを促す。

「この間の土曜日に多々良に会ったんだ。会ったって言うより見かけたんだけど。駅前近くの通りでさ。で、話しかけようと思ったら、オレの方を見たんだ。目も確かにあった。オレを見たはずなんだ。なのに、まるで何事もなかったかのように、どっかに言っちまったんだ」

「三郎の影が薄かっただけじゃ」

「お前ぐらいの身長だったら、そうも考えられるけどな」

 何気に自慢されたか? いやいや、彼にその気はないだろう。
 
 彼のコンプレックスは、百八十九センチの高身長である。―――ということを前に聞いた。
 
 僕としては大いに羨ましいのだが、三郎的はうんざりしているらしい。
 
 日本家屋の梁に頭をぶつける、だとか。映画館では深く椅子に腰かけるか、一番後ろの席に座らなければいけない、だとか。べつに日常生活はしっかり送れるだろうと言うほどの事ばっかりである。
 
 他人のコンプレックス等、どうでもいい。
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