例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

文字の大きさ
5 / 20

4)5年前④

しおりを挟む


 「おかしい……。」


 ユーリアは屋敷にある自分の机の前で腕を組んで考えていた。


 机の近くにある大きな窓から下を覗くと、イザークが黙々と庭の掃除をしていた。



「どうして……。」



 あの日、イザークは一緒にルメールを茂みに隠して、近くの村へ助けを乞うた。
 村の人は、ユーリアのビリビリで真っ赤に染まったドレスに驚きながらも、すでにシュナイン家のお嬢さんが襲われたこと、また、身につけていたシュナイン家の紋章を模った指輪をつけていたこともあって信用してくれた。

 村から馬を走らせもらい、屋敷へ助けが来るのを待っている間、イザークは隣で何も言わずに座っていた。



 兄はというと、「もっと上手くやりなさい。」とだけ言って、何も聞いてこなかった。
 ルメールは反逆者として内々に処理された。
 兄はもしかして何か勘づいていたのかもしれない。


 それより問題はイザークだった。


 彼はあの日にどこかへ行くものだと思っていたのに、結局は一緒にシュナイン家へ帰ってきた。いなくなるものだと思っていたから、を見られてもどうってことない気持ちだった。
 だけど、こうなると話しが違う。


 屋敷でのユーリアは、剣こそ習っていたが、それはただのお転婆なだけで、根は何も知らない無垢なお姫様として通っていた。


 ユーリアは頭を抱えた。


 あれから何事もなかったように普段通りの日常が流れた。しかも、何とイザークはユーリアが挨拶をすると、こちらの目を見ながら挨拶を返すようになったのである。
 
 もしかしてユーリアの弱みを握ったことで、自分より優位に立った余裕だろうか。今は策略を巡らしているのか。
 
 相変わらずユーリアはイザークに付き纏っていたが、遠くから見ているだけになった。
 相手の思惑がわからないのに近づくのが怖かったのだ。

 兄に相談してもよかったが、迂闊なことを言えばイザークがどうなるかわからない。
 


 しかし、イザークと否応なく接する機会があった。ルメールがいなくなった後、イザークと2人でイザークの父ホルスに剣の稽古をつけてもらうようになった。
 

「姫様!へばっていては困りますぞ!」

「はあはあはあはあ」


 ユーリアはふらふらになりながら、もう一度剣をホルスに振る。が、うまく避けられそのまま前につんのめって転ぶ。


「ううっ…………。」

 ホルス、全然手加減がない……。


「大丈夫ですか?」

 地面に頬をつけたままうつ伏せで寝転んでいると、イザークが腕を引っ張って起こしてくれた。

「あ、ありがとう……。」

 こちらを見てくる彼の目に対してユーリアの目はウロウロした。


 ホルスはやれやれと言った感じで、
「姫様はもう今日は終わりにしましょう。イザークは続きをやるぞ!」
 と言った。


 ユーリアはその言葉をありがたくいただき、ふらふらとその場を去った。後ろでホルスとイザークがさっきよりも力強く刀を交えてた。彼らは全然疲れてない。体力の怪物だ……。


—————


 屋敷の外れにある庭の倉庫裏に寝そべっていた。辺りは青紫のリンドウや赤いワレモコウが咲き始めていた。

 ユーリアは人の表情を読み取ることに少し自信があった。だけど彼の心は全くわからなかった。

 胸にかかる小さな十字のネックレスを握りしめながら呟いた。
 
「イザーク、何なのよ……。」

「何かありましたか?」


 びっくりして横を向くと少し離れたところにイザークが座っていた。この場所ほとんど誰もくることがないのに、何でいるって分かったの……。呟きを聞かれた恥ずかしさから耳が赤くなる。


「な、何でもないのよ……」

 いや何でもないというのは嘘か。今が聞くべき時なのか。でも何をどう聞けばいいのか――。


 考えあぐねていると、声がした。


「俺は別におまえを出し抜こうなんて思ってない。」


 ハッとした顔でイザークを見ると、真っ直ぐした蒼い瞳でこちらをみていた。

 嘘をついてるとは思えなかった。


 ただ――。
「私はあなたの一族をちりぢりにした敵でしょう」 


「そんなこと気にしたこともない」
 
 こちらを向いていた目を前に戻し、淡々と続けた。
 
「一族は理解できないことを全て悪だと嫌い、周りを疎外していた。変わらないといけないこともあるのに。当然の報いだ。」

「そうは言っても家族でしょう。」

「家族?」

 小さくハッと乾いた笑いをあげ、すぐに真顔に戻る。
 
「母親が亡くなって、母の実家だった一族に引き取られただけだ。一族では散々な目にあった。今は食事があって、寝床もある。ここでの生活はずいぶん人間らしくていい。」

「他の家族は?」

「弟がいたが死んだ――。」

 まつ毛を伏せ、彼は言葉を続けることなく口をつぐんだ。

 出過ぎたことを聞いてしまったとユーリアは反省した。

「ごめんなさい―。」

「俺にも聞かれたくないことはある。だからお前のことは何とも思ってない。」


 そういう彼の顔をぼんやり眺めながら、彼女は過去のことを思い出していた。
 


 血と汗の匂い。泥でぐしゃぐしゃになった顔、生きることに必死で駆けずり回ってた日々。
 


 彼はいろいろ私に話してくれたし、自分を出し抜こうと思っていないことも本当だろう。


 ユーリアは喉の奥につかえるものを感じた。
 全て吐き出したい衝動に駆られた。


「わたしも――」
 彼女は少し口を開けたが、また静かに閉じた。


 イザークはそんな思いも知らずまた元の淡々とした口調に戻り、

「だから変な目で俺を見ながら、遠くでじっと見るのはやめてくれ。」

と言った。
 

 ユーリアは静かにイザークに歩み寄り、ひざまずいて彼の左手を仰々しく握った。そして、怪訝そうな顔をするイザークの手におでこをつけた。まるで神に祈るような仕草だった。
 
 それが彼女の精一杯の親愛の情を示す方法だった。

 イザークはのけぞり、ユーリアの手を振り払った。
 
 彼は面食らった顔をしながら、
 
「本当によくわからない人だな。君は。」

 と言った。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...