例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

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3)5年前③

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 ザブザブと水飛沫をあげながら2人は縦に並び進んでいた。今歩いている場所は膝まで水に浸かっていた。前を歩くイザークは右へ左へと迷いがなくひたすら突き進む。
 

「イザークは出口を知ってるの?」
「……。」
 

 彼は先日併合した遊牧民の一族だ。この辺り一体は遊牧民が活動していた地域に近い。知っていてもおかしくないかもしれない。
 
 ユーリアより少し小さい背中を眺めながら、置いていかれないよう必死に歩く。


 トンネル上部ののひび割れから覗く日差しはまだ明るいが、奥底は薄暗くて先は見えない。暑い夏の季節でも、トンネルの中はひんやりしている。


 襲われたのがお昼前でよかった。これが夜に近い時間だったら真っ暗な上、寒くて身動き取れなかっただろう。


ユーリアは呟く。
「誰が何で私たちを襲ったのかな。」


「……。」

 そうは言ってみたものの、思い当たる節はいくらでもあった。
 シュナイン家は古東西戦争で戦績を積みあげ、小さい所領と男爵の位を授かった。だが、長く続いた戦いの影響で父は帰らぬ人となり、騎士である長兄も病で亡くなった。

 その跡を継いだ次兄のアルベルは医師であったが、商才もあった。領地でたくさん採れるが、不要な産物としてみられていた石を、国中から集めた鍛冶職人によって、硬いだけでなく、しなやかで折れにくい剣を作ることに成功した。そして、その技術や剣の販売をシュナイン家で徹底的に管理し、専売とした。
 しかもそれだけにとどまらず、その商売で得られたお金で高利貸しまで始めた。
 この行動が騎士道に反すると周りの諸侯たちから反感を買ったが、兄は全く意にも介さなかった。



「ここに入る。」


 イザークは四つん這いになってやっと入れる小さな穴を指差した。穴からちょろちょろと水が流れ落ちていた。


 2人は狭い空間にぎゅうぎゅうになりながらもザブザブとさらに進んだ。もう話したり考えたりする気力もなく、ひたすら前に進んだ。


 どれくらいそうしていたか、前を進むイザークが立ち上がった。見ると広い空間に出てきた。上を見ると丸い扉のようなものがあり、そこに向けて長い梯子が伸びていた。

「やっと……。」
と喜んでいるユーリアを尻目に、イザークは広い空間の横にある別の穴に進んでいく。

 驚きながらも、急いでついていくと、イザークは前を向いたまま言った。

「この先に人が通れるくらいの穴がある。そこを出て、見える崖を下って少し歩けば、シュナイン領のはずれにある村に出る。そこで助けを求めればいい。」


 イザークは止まると、先に出ろと言わんばかりに体をひねり、ユーリアを先に行かせた。
 

 先には彼が言ったとおり、やっと1人通れる隙間が見えた。隙間から見える地面は、もう夕暮桃色に染まっていた。

 頭だけ出して、辺りを見回す。シンとした空気が流れる。


 とりあえずホッとながらも、ゆっくり水路から這い出て、近くの茂みに隠れる。


 そこからイザークが言っていた崖の下を見ると、人の手が加わっている小道が見えた。きっとこの道を辿れば村に出るのだろう。
 その小道をゆっくり歩く男性が見えた。ピンっと神経を張り詰め、身体を固くしてその人物をよく見た。亜麻色の髪を後ろに束ね、スラリとした長身、腰には剣を差している。


「ルメール!」


 男性は驚いて声のする方を見た。


「ユーリア様!」


 ユーリアはルメールの方へ崖を小走りに下る。


「ユーリア様……ご無事でよかったです。ユーリア様が襲われたと聞いて、屋敷中が騒然となっています。私も急いで駆けつけました……。」


 ルメールはユーリアの肩を持ち優しく抱き寄せる。

 ユーリアはその大きな腕に抱きしめられると、張り詰めていた糸が切れ、脱力した。彼の胸の中で大きく息を吸って吐いた。
 

 その瞬間、ユーリアは息を止め、再び身体を硬くした。


 自分の鼻に残る違和感を感じた。
 


 汗の匂いと……その奥にツンと血の匂い。
 


「ルメール、歩いてここまで来たの?」

「いえ、馬は近くの村に置いてきました。」

 服は綺麗に整えられたが、足を見ると靴には泥や草がこびりついている。
 彼を見つめると、いつもの甘い笑顔を向けてきた。ただ、灰色の目の奥底には焦燥感が漂っていた。


「ユーリア様、日が暮れる前に村へ行きましょう。」


 ルメールは彼女の腰に手を置こうとする。身体を捻って避け、彼の手を握った。促されるままユーリアは彼について歩き始めた。

 前を歩く彼は少し左足を引きずっているような気がした。



「…痛っ」


「ユーリア様どうなさいましたか?!」


 後ろを振り向いてこちらを見るルメールに言う。


「足が歩くと痛くって……。」
 

 思えば地下水路で裸足になっていたのだった。足には細かい傷ができていて、赤くなっていた。

「気づかなくて申し訳ございません……。」

 ルメールはしゃがんでユーリアの足をさする。

「しかし今は手当するものもありません。失礼とは思いますが、私が背負って早く村まで行きましょう――」

 そう言って立ちあがろうとした彼は、首にひんやりした感覚を覚えた。次に張り裂けるような傷みが首から全身に駆け巡る。


「…………はっっ。」


 声にならない声が出る。


 ルメールの首から血が噴水のように噴き出ていた。

 彼はかろうじて瞳をぐるりと動かし、ユーリアを見た。


 彼女の顔は夕焼けを背にして読み取ることができない。


 彼女はもう一度小刀を振り上げ彼の首を突き刺す。


 血が彼女のドレスを鮮やかな赤に染め上げる。

 ドサッとルメールは桃色に染まった地面に倒れ込んだ。


「………………。」
  

「……ふふふ。」
 

 ユーリアはその様子を見て不意に笑い始めた。
   

 久しぶりの感触だった。


 胸の奥から高揚感みたいなものが微かに広がっていた。
 

 どんなに貴族のように振る舞っても、綺麗に着飾っても、自分は何も変わってない。
 本質はそうそう変わらないかあ、頑張ってるんだけどな。そう思うと、何だか滑稽で笑ってしまっていた。


 ガサッ


 音のした方を見ると、さっき駆け下りた崖にイザークが立っていた。彼の蒼い瞳はまっすぐこちらを見ていた。

 

 ユーリアは手をゆっくりとあげ、人差し指を突き出し「シー」っと自分の口元にあてた。
 

 彼女は微笑んでいた。
 

 

  
 

 
 

 

 


 

 
 

 

 
 
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