例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

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2)5年前②

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「はああああ。」
 

 ユーリアはガタガタと揺れる馬車の中で大きくため息をついた。

 フレンドリー作戦が効かないのであれば、荒技だが、剣を交じれば少しは近づけないかと模索したのだが、さらに関係が悪化しただけだった。


 そもそも一か八かの賭けだったが、終わりも非常に良くなかった。ルメールの登場と……場を納めるためと思って出した涙も拍車をかけたように思える。きっと私をいけ好かない女とでも思ってるだろう。


 あの試合からもうすぐ一週間経つが、イザークは私を見ると逃げるように去って行く。


「せっかく今日は一週間に一度の楽しみにしている日なのに……」
 ユーリアは馬車の窓に頭をコツンとぶつけ、目を瞑った。今日は教会へ礼拝に行く日だった。仕事で兄もいないし、余計に楽しみにしていた。


 首にかけられた小さな十字のネックレスを襟から取り出しぎゅっと握った。

 馬車の窓から外を見ると斜め前方にイザークが荷物を抱えて歩いている。今日彼は護衛の小間使いとしてこの一団にいる。


 「とりあえず早く気持ちを切り替えなきゃ。」



 再び目を瞑って考えていると、突然馬のヒヒーンという鳴き声と共に馬車がガタンと大きく揺れて止まった。



 驚いて目を開けると、すぐ近くでパチパチと音がした。馬車の床が燃え始めていた。
 急いでドアを開け飛び出ると、外では怒号が飛び交い、剣先が荒々しくかち合う音がした。馬は激しく暴れ、鳴いていた。足を一歩踏み出すと、ガッと何かにぶつかった。敵か味方か、血を流して倒れている。


「ユーリア様こちらへ!」


 護衛の1人がユーリアの手を取り、道の横にある林へ駆け込む。すぐに気づいた敵が追いかけ、剣を振り上げる。その姿の後ろでは馬車が燃えている。護衛がユーリアを押して寸前のところで敵の攻撃を食い止めた。倒れたユーリアの前で、メラメラ燃える炎の中たくさんの人が入り乱れ、その影が彼女の顔にかかる。呆然と眺めていると後ろから大きな腕がユーリアを抑え込み、林のさらに奥へ引きずり込んだ。
 

「きゃっ」
 

 反射的にその腕を思いっきり噛んだ。それでも怯まない大きな腕は、さらに強くユーリアを締めた。太ももに巻き付けていた小さなナイフを手繰り寄せ、一心不乱に思いっきり刺した。どこに刺さったが分からないが、腕の力が緩んだ隙に這い出し、ユーリアはそのまま林の奥底にグルングルンと転げ落ちた。


 気づいた時にはレンガ造りの古びた壁にぶつかって止まっていた。さきほどユーリアが転げ落ちた木が生い茂る崖の向こうでは、怒号がまだ聞こえ、チラチラと赤い光が木の上から微かに見えた。
ユーリアは急いで立ちあがろうとすると、ぐいっと腕を引っ張られた。


 声を上げようとする口は塞がれ、古びた壁に空いている子供しか入れないような小さな隙間に引き入れられた。


 その中は坂だったのか、再びゴロゴロと転がるように落ちたかと思うと、次の瞬間体が宙を浮く感覚がした。ぎゅっと目を閉じる。
 ―もこんな感じ落ちたな。―呑気に考えている自分がいた。
 深い深い闇の中、真っ逆さまに落ちた。無限に落ちていくような感覚がした。
 

—————




「う……」

 薄く目を開く。目の前はぼんやりと明るかった。
 眼をしばたたかせ、今度は目を大きく開くと、天井のそこかしこから細く日差しが差し込んでいるのが見えた。

 視界がまだぼんやりしていた。体がひんやりとする。
 
 教会に行こうと馬車に乗って……そしたら……

「あ!」
 
 ばっと上半身を起こすと目の前にイザークがいた。
 体中がズキズキする。でも動けない訳ではなかった。
 

「やっと目覚めたか。」


 周りを見回すと、レンガで囲まれた大きなトンネルのような場所だった。髪の毛から顔をつたい、ポタポタと水が滴り落ちる。地面についた手や足は水に浸されていた。見るとその水はトンネルの奥深くまで広がっているようだった。
 
 「ここは……。」
 

「ここは古い地下水路だ。入り組んでいるから敵もここまでなかなか来れない。」
イザークは腕を組んで上を見ながら続けた。


 イザークの目の先には、天井近くに小さい穴が空いていた。そこから滑り落ちてここまで来たのだろうか。無限に落下したような感覚だったが、その穴は、身長が高くない彼でも手を伸ばせば届くような高さだった。
  
「ここで時間稼ぎをしていれば、お嬢様のお兄様も大隊を組んで助けに来てくれるだろう。」


 そう言って彼は立ち去ろうとする。


「えっ待って!どこに行くの?」

「……どこでもいいだろ?」

「つまりシュナイン家には帰らないということ?」

「気づいたらいなかったとか、死んだとか適当に言っといてくれ。」

 バシャバシャとトンネルの奥に向かおうとするイザークの腕をユーリアはすがるように掴んだ。


 今は昼間だから天井の隙間から日差しが差し込んで中は明るいが、夜になったらきっと真っ暗だ。出口が見つけられたとしても、敵がいるかもしれない。だけどここで1人で待っても何の生産性もない気がした。
 

「お願い一緒に行かせて。」


 そう言うユーリアの手はわずかに震えていた。イザークは目を細めて彼女を見返した。彼の目は冷たく、明らかに好意的ではなかった。
 先日のルメールと私のやりとりを思い出してるのかも知れない。


 ユーリアは手を下ろし、下を俯いて口を真一文字に結んだ。自分の無力で未熟なところが悔しい。でもこんなところで死ぬ訳にはいかない。まだやるべきことはたくさんあるのだから。
 

 イザークはしばらく間をおいて、
「かなり歩くし、水路は水が深いところもあるからそのドレスでは難しい。」
 と彼はユーリアの足首の下まで大袈裟に広がる、濃い緑色のドレスを指差した。すでに水を吸い込んで重たくなっている。



「わかったわ。」



 そう言ってユーリアは履いていた靴を脱ぎ捨て、手元にまだ握っていた小さなナイフでおもむろにドレスを裂き始めた。


 イザークはぎょっとした様子で、すぐにユーリアから目を背き、深いトンネルの奥底へ顔を向けて言った。


「そんなことしなくても直にアルベルン様が来るだろ。」
 
「来ないわ。だってそこまでする価値はないもの。」
 
 ユーリアは真顔でドレスを一身に切りながら言った。
 
「代わりを見つければいい話だし。」
 

「……?」


「だからなるべく見つけやすい場所まで行きたいの。出口近くまで連れて行ってくれたら、そのあとはどこへでも行ってちょうだい。お兄様に聞かれたら何とかうまく言っとくわ。」


 ビリッ ビリッ とドレスを割く音がトンネルに木霊する。布の破片がパラパラと水路の水に落ちる。
 


「できた!これなら一緒に行けるでしょう?」
 


 ユーリアはナイフを腰に差し、膝まで裾がなくなったビリビリのドレスをイザークに見せて満面の笑顔で言った。
 


「さあ!日が暮れる前に行きましょう!」
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