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9)華麗なるフォンラン侯爵家
しおりを挟むフォンラン侯爵家に嫁いだ日、初夜が当然あるものだと気合いをきれて部屋で待っていると、夫のディートリヒ・フォンランは「まあまあ」と言いながら広い大きなベットに寝転んだ。そしてユーリアをベット脇に座らせると、手を握るよう促された。
「僕が寝たら、部屋を出ていってくれていいからね。」
「は…い…?」
「僕はね、そういうの飽き飽きしてるんだ。」
「……。」
「ちょっと若い頃に遊びすぎちゃったね。だから今は手を握るだけで十分なんだ。」
と目尻にシワを寄せてハッハッハと笑った。
—————
-パタン
護衛に会釈して夫の部屋を後にする。
ん?
んんんん?
これは???
後から話を聞くと、フォンラン侯爵はただただ看取ってくれる若い女が欲しかったらしいのだ。
また、戦乱がない影響で、騎士として生業を立てているフォンラン家はお金に困っていた。そこで現れたのが新興貴族で成金のシュナイン家だった。
急いで兄に手紙をしたためると、「そんなの前から知ってるよ」と一掃されてしまった。
子を産むことが使命と思っていたのだが、どうやら兄には違う思惑があるようだ。
—————
「あの…書斎はどこでしょう?」
今日は夫に頼まれて、夜寝る前に読み聞かせをすることになっていた。
しかしフォンラン侯爵のお城は広い。部屋がたくさんあって、どこに何があるかまだ把握しきれていない。
近くにいた待女に聞くと、
「申し訳ありません。わたしはその担当じゃありませんので…。」
と教えてくれない。
「そうでしたね。まだ何も知らなくてすみません。」
と屈託がない笑顔を見せた。
確かにこのお城ではみんなそれぞれ仕事が細かく分担されていた。だからと言って道案内くらいはしてもいいだろうと思うが。
やっと書斎を見つけ入ろうとすると、前に立っていた従者に止められた。
「あの…入りたいのですが…。」
「奥さまと言えど入れる訳にはいけません。」
「夫に頼まれたのです。」
「聞いておりません。」
「…。」
「必要であれば執事のフェルナンドにお申しつけください。」
ユーリアはフォンラン家全体で舐められていた。手段を選ばず金儲けをするシュナイン家から来た、頭が悪い顔だけの女だと裏で罵られていた。
しかも初夜どころか、それ以降も何もないということも、貴族全体で格好のネタとされていた。
悔しいが、まだこの城で自分の地位が低い。まず自分は害のない人間だと思ってもらうことが1番だ。
諦めて戻ろうとすると、
「あら?何をしているの?」
と女性が歩いてきた。
フォンラン侯爵の娘フリエだった。
「書斎に入れるようフェルナンド様にお願いに行くところです。」
「もう書斎の前まで来てるのに?」
とフリエは扉の前に立つ従者を見る。
「フ、フリエ様、わ、私は通常の手順を申し上げただけでして…。」
従者が明らかに動揺した様子で口籠もる。
「あら、じゃあ私も入れないのかしら?」
「そ、それは…。」
「お開けなさい。」
「はい…。」
扉を開けるとフリンはユーリアを手招きし、ドレスの裾を翻して、腕を組みながら
中に入った。
—————
「ありがとうございます。フリエ様。」
書斎の椅子に座る彼女にユーリアはお辞儀をした。
「いいのよ、いいのよ。それより私、あなたととーってもお話ししたかったの。」
「そうなんですか!嬉しいです。」
フリエは両手で机に頬杖をついて話し始める。
「…ねえ、あなたシュナイン家から来たということはイザークを知ってる?」
「え?ええ。」
「彼元気?」
「元気だと思いますが…。」
「そう、最近連絡をくれなくてほんとどうしちゃったのか心配してたのよ。あなたからも伝えてくれない?」
と上目遣いでフリエはユーリアを覗いた。
ユーリアはまじまじとフリエを見た。金髪の髪は綺麗に結い上げられ、パックリ開いた胸元から豊満な胸がこぼれ落ちそうになっている。ぷっくりした唇は真紅に塗られ、その下のホクロが彼女はの艶めかしさを引き立てている。
年が近いが、まだ結婚はしていない。どうやら全部蹴散らしており、夫も匙を投げていた。
イザークはこういう女性が好みだったのか…。そりゃあんなに一緒にいても何も起きない訳だ。と妙に納得する。
「あなたは彼となにもないの?」
思わせぶりな態度でフリエは言う。
「なにか…とは…?」
「いやねぇ!あれよあれ!」
ユーリアは首を傾げる。
「んもう!まあ、さすがに普通だったら結婚前のお嬢様は貞操を守ってるか!」
ユーリアは今やっと事態が分かったかのように顔を真っ赤に赤らめる。
フリエはその顔を見て、
「それなのに、結婚してもなーんもなくてかわいそうね。まああんな老ぼれジジイの餌食にならなくてよかったんじゃない?あーおもしろい!そんな恥ずかしがっちゃって。」
と顔を上げて大声で笑った。
ユーリアは顔全体を赤らめながら照れた…フリをした。
—————
「ユーリア様、このままでは今度着て行くドレスがありませんよ!」
シュナイン家から着いてきてくれた待女ノーラが剣幕になる。
「お食事会言っても家族ぐるみのものじゃない。そんな豪華なドレスじゃなくても大丈夫よ。」
「それだけではありません!!」
ノーラが怒るのもしょうがない。フォンラン家にからドレスを買うお金も渡されず、シュナイン家から持ってきた服も不思議と破れたり、泥だらけになったりしていた。
それだけじゃなく、夕食の時間を間違って教えられ、ご飯が食べれなかったことも幾度もあった。
気持ち良くない出来事がここに来てから数え切れないくらい起きていた。
「いい加減侯爵様にこの事態を言いましょう。」
さすがに身をわきまえているノーラも堪忍袋の尾が切れていた。
夫は家庭のことは無頓着なので、何も知りはしないだろう。
状況を探ると、全てを取り仕切っている執事のフェルナンドが裏で糸を引いているようだった。
「ノーラ、わたしは事を荒立てたくないの。」
ユーリアは読んでいた兄の手紙を机に置いて続けた。
「だからと言って、私がこのまま引き下がる人じゃないって知ってるでしょう?」
手紙に入っていた押し花を大切に取り出す。修道院で咲いているムラサキツメクサを見て、ユーリアは微笑んだ。
その時—、
「きゃあっ!」
と玄関ホールで金切り声が聞こえた。
ノーラと顔を見合わせ、急いで階下の玄関ホールに向かった。そこにはすでにたくさんの人が集まっていたが、誰もそれ以上声をあげず押し黙っている。
人だかりの中心を階段の踊り場から覗き込むと、そこには鋼のような体躯の男性が剣をぶらんと片手で持ちながら立っていた。
そのすぐ下は血の海となっていて、
執事のフェルナンドが横たわっていた。
後から事態を見に来た従者が息をのんでつぶやいた。
「クリス様…。」
それはフォンラン侯爵の息子だった。何番目か分からないが、1番剣の腕が立つと有名だった。
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