例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

文字の大きさ
10 / 20

9)華麗なるフォンラン侯爵家

しおりを挟む

 フォンラン侯爵家に嫁いだ日、初夜が当然あるものだと気合いをきれて部屋で待っていると、夫のディートリヒ・フォンランは「まあまあ」と言いながら広い大きなベットに寝転んだ。そしてユーリアをベット脇に座らせると、手を握るよう促された。


 「僕が寝たら、部屋を出ていってくれていいからね。」


 「は…い…?」


 「僕はね、そういうの飽き飽きしてるんだ。」


 「……。」


 「ちょっと若い頃に遊びすぎちゃったね。だから今は手を握るだけで十分なんだ。」

 と目尻にシワを寄せてハッハッハと笑った。

 

—————


 -パタン


 護衛に会釈して夫の部屋を後にする。

 ん?
 んんんん?
 これは???


 後から話を聞くと、フォンラン侯爵はただただ看取ってくれる若い女が欲しかったらしいのだ。
 また、戦乱がない影響で、騎士として生業を立てているフォンラン家はお金に困っていた。そこで現れたのが新興貴族で成金のシュナイン家だった。



 急いで兄に手紙をしたためると、「そんなの前から知ってるよ」と一掃されてしまった。

 子を産むことが使命と思っていたのだが、どうやら兄には違う思惑があるようだ。



—————



 「あの…書斎はどこでしょう?」


 今日は夫に頼まれて、夜寝る前に読み聞かせをすることになっていた。

 
 しかしフォンラン侯爵のお城は広い。部屋がたくさんあって、どこに何があるかまだ把握しきれていない。

 
 近くにいた待女に聞くと、

 
 「申し訳ありません。わたしはその担当じゃありませんので…。」
 と教えてくれない。


 「そうでしたね。まだ何も知らなくてすみません。」
 

 と屈託がない笑顔を見せた。


 確かにこのお城ではみんなそれぞれ仕事が細かく分担されていた。だからと言って道案内くらいはしてもいいだろうと思うが。


 やっと書斎を見つけ入ろうとすると、前に立っていた従者に止められた。


 「あの…入りたいのですが…。」
 

 「奥さまと言えど入れる訳にはいけません。」


 「夫に頼まれたのです。」


 「聞いておりません。」


 「…。」


 「必要であれば執事のフェルナンドにお申しつけください。」
 

 ユーリアはフォンラン家全体で舐められていた。手段を選ばず金儲けをするシュナイン家から来た、頭が悪い顔だけの女だと裏で罵られていた。
 しかも初夜どころか、それ以降も何もないということも、貴族全体で格好のネタとされていた。


 悔しいが、まだこの城で自分の地位が低い。まず自分は害のない人間だと思ってもらうことが1番だ。


 諦めて戻ろうとすると、


 「あら?何をしているの?」


 と女性が歩いてきた。


 フォンラン侯爵の娘フリエだった。
  

 「書斎に入れるようフェルナンド様にお願いに行くところです。」


 「もう書斎の前まで来てるのに?」

 とフリエは扉の前に立つ従者を見る。



 「フ、フリエ様、わ、私は通常の手順を申し上げただけでして…。」
 従者が明らかに動揺した様子で口籠もる。


 「あら、じゃあ私も入れないのかしら?」
 

 「そ、それは…。」


 「お開けなさい。」


 「はい…。」


 扉を開けるとフリンはユーリアを手招きし、ドレスの裾を翻して、腕を組みながら
中に入った。



—————



   「ありがとうございます。フリエ様。」


 書斎の椅子に座る彼女にユーリアはお辞儀をした。


 「いいのよ、いいのよ。それより私、あなたととーってもお話ししたかったの。」


 「そうなんですか!嬉しいです。」


 フリエは両手で机に頬杖をついて話し始める。


 「…ねえ、あなたシュナイン家から来たということはイザークを知ってる?」


 「え?ええ。」


 「彼元気?」
 

 「元気だと思いますが…。」


 「そう、最近連絡をくれなくてほんとどうしちゃったのか心配してたのよ。あなたからも伝えてくれない?」


 と上目遣いでフリエはユーリアを覗いた。


 ユーリアはまじまじとフリエを見た。金髪の髪は綺麗に結い上げられ、パックリ開いた胸元から豊満な胸がこぼれ落ちそうになっている。ぷっくりした唇は真紅に塗られ、その下のホクロが彼女はの艶めかしさを引き立てている。
 年が近いが、まだ結婚はしていない。どうやら全部蹴散らしており、夫も匙を投げていた。


 イザークはこういう女性が好みだったのか…。そりゃあんなに一緒にいても何も起きない訳だ。と妙に納得する。



 「あなたは彼となにもないの?」

 思わせぶりな態度でフリエは言う。


 「なにか…とは…?」


 「いやねぇ!!」


 ユーリアは首を傾げる。


 「んもう!まあ、さすがに普通だったら結婚前のお嬢様は貞操を守ってるか!」


 ユーリアは今やっと事態が分かったかのように顔を真っ赤に赤らめる。
 

 フリエはその顔を見て、
 「それなのに、結婚してもなーんもなくてかわいそうね。まああんな老ぼれジジイの餌食にならなくてよかったんじゃない?あーおもしろい!そんな恥ずかしがっちゃって。」
 と顔を上げて大声で笑った。


 
 ユーリアは顔全体を赤らめながら照れた…をした。



—————


 「ユーリア様、このままでは今度着て行くドレスがありませんよ!」


 シュナイン家から着いてきてくれた待女ノーラが剣幕になる。


 「お食事会言っても家族ぐるみのものじゃない。そんな豪華なドレスじゃなくても大丈夫よ。」


 「それだけではありません!!」


 ノーラが怒るのもしょうがない。フォンラン家にからドレスを買うお金も渡されず、シュナイン家から持ってきた服も不思議と破れたり、泥だらけになったりしていた。

 それだけじゃなく、夕食の時間を間違って教えられ、ご飯が食べれなかったことも幾度もあった。


 気持ち良くない出来事がここに来てから数え切れないくらい起きていた。


 「いい加減侯爵様にこの事態を言いましょう。」
 さすがに身をわきまえているノーラも堪忍袋の尾が切れていた。
 夫は家庭のことは無頓着なので、何も知りはしないだろう。
 状況を探ると、全てを取り仕切っている執事のフェルナンドが裏で糸を引いているようだった。


 「ノーラ、わたしは事を荒立てたくないの。」


 ユーリアは読んでいた兄の手紙を机に置いて続けた。

 
 「だからと言って、私がこのまま引き下がる人じゃないって知ってるでしょう?」


 手紙に入っていた押し花を大切に取り出す。修道院で咲いているムラサキツメクサを見て、ユーリアは微笑んだ。


その時—、


 「きゃあっ!」


 と玄関ホールで金切り声が聞こえた。


 ノーラと顔を見合わせ、急いで階下の玄関ホールに向かった。そこにはすでにたくさんの人が集まっていたが、誰もそれ以上声をあげず押し黙っている。



 人だかりの中心を階段の踊り場から覗き込むと、そこには鋼のような体躯の男性が剣をぶらんと片手で持ちながら立っていた。


 そのすぐ下は血の海となっていて、
 執事のフェルナンドが横たわっていた。



 後から事態を見に来た従者が息をのんでつぶやいた。

 「クリス様…。」

 それはフォンラン侯爵の息子だった。何番目か分からないが、1番剣の腕が立つと有名だった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...