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10)華麗なるフォンラン侯爵家

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 彼は血溜まりの中立っていた。


 「俺は卑怯な真似をする輩が許せないんだ。」

 玄関ホールにフォンラン家のクリスの声が低く響き渡る。


 「みんなもそれを心しておくように。」


 周りにいた待女や従者はみんな下を向く。


 クリスは布で剣の血を拭き取り、鞘に収めた。

 
 ユーリアがじっとその様子を見ていると、それに気づいたクリスがこちらを睨みつけた。


 「もし卑怯なことをする奴がいれば、誰であろうと許さない。」

 まるでこちらに言ってるようだった。




 「あーあ、やりすぎよねえ。」



 気づいたらフリエがユーリアの横に腕を組んで立った。
 

 「クリスに教えたこと、ちょっと罪悪感感じるなあ。ここまでやるとは思わなかったから。」


 ユーリアはフリエを見た。確かクリスはフリエと母親が一緒の弟だ。


 「あ、勘違いしないでよ。私はあなたのこと好きじゃないけど、イジメは大っ嫌いなの。ほら、私って一応騎士の娘じゃない?だから陰湿なことってほんと許せないのよ。」


 彼女はユーリアをニヤニヤしながら見返した。
 

 「純真無垢なお姫様には刺激が強かったんじゃない?」
 


 ユーリアはハッとして下を向いた。



 正直怖くなかった。自分の出自もあるし、それよりも兄の方がよっぽど恐ろしかったからだ。
 むしろフォンラン家の方が分かりやすく、清々しかった。

 兄が邪魔だと思った人は、なぜだか知らないうちに次々に亡くなっていた。彼はそのかんいつもにこにこ微笑んでいた。
 


 下を向いているユーリアを、怯えていると勘違いしたフリエはバンバンと背中を叩き、


 「こんなので怯えていたらいつまでもフォンラン家の一員になれないわよ。」


 と笑った。




 —————

 
 今日はフォンラン家の息子たちが、王国騎士団の奉公から帰ってくる日だった。


 その日に予定されていた食事会は滞りなく開催された。



 フォンラン侯爵の第一夫人の長男はもう45歳で、妻と子がいて、

 他にも第一夫人の次男、三男、長女

 第二夫人の長女、長男、次女

 そして第三夫人の長女フリエと長男クリス…
 

 ふう、なにせ多い。

 
 すでに結婚してこの場に来れていない人もいるが、侯爵の子の子どもたちも含めると随分大所帯だ。


 みんな何事もなかったのように長いテーブルを囲んで食事をした。
 ユーリアのことも無関心なので、婚礼も誰も来なかったし、今も話しかけられる訳でもない。



 食事が終わると音楽を聞きながら、みんなそれぞれソファに座ったり、壁にもたれかかったりしながら、談笑を始めた。


 夫のフォンラン侯爵は長男と一緒に奥に引っ込んで行ってしまった。


 ユーリアは1人で壁にもたれ、ワインで口を湿らながら家族の様子を見ていると、


 「お父様ったら、新婚なのに妻を1人にするなんて。嫌になっちゃうわねぇ。」


 とフリエが話しかけてきた。


 「まあでも、最近王の後継者争いが起きているから大変ね。侯爵家としてもどちらにつくか立場を決めないといけないし。」


 なるほど、確かに最近王の後継者がもう1人現れたと騒ぎになっていたのを思い出した。シュナイン家にいた頃はさして気にしなかったが、王と距離が近い侯爵家ともなると話は違うか…。


 ユーリアのそんなことを考えていると、


 「そ、ん、な、こ、と、よ、り!こっち来て!」


 と腕を掴み、部屋の外のバルコニーへ連れてこられた。


 そこには、手すりに腰掛けているクリスが月夜に照らされていた。フォンラン家の特徴である整えられた金髪と灰色の目。鼻は高くスッと伸びている。ガッチリした体つきだが、貴族らしい上品な佇まいだ。


 「じゃーん。この子が先ほどみんなを恐怖に陥れた弟でーす!」


 フリエはクリスに向けて両手をひらひらさせる。クリスはムッとした顔で彼女を見るが、構いなしでフリエは続けた。


 「クリス、あなた新しい母親には挨拶したの?」


 クリスはユーリアを見て鼻で笑う。


 「…母親ねぇ。あの親父のことだ。いつまでその立場でいられるかね。」


 今日玄関の踊り場で見た時は騎士道を重んじる冷酷な人と思ったけど、この人、生意気なガキだ。年も確かユーリアより1つ下だ。


 「しかも俺の嫌いなシュナイン家の出だ。用はない。」


 クリスは冷たく突き放した。
 

 そういうことね。
 『手段を選ばない成金主義、だから嫌い』
 よく聞いた言葉だった。
 


 そう思っていたら思わぬ言葉がでた。



 「そうよねえ、イザークがいるシュナイン家ですもんね。」


「イザーク?」


 「この子、俺は強いって威張ってるくせに、一度もイザークに勝ったことがないのよ~。何度も挑んでるのにね!」


 「う、うるさい!俺だってもっと大きくなれば…。」


 「そうね、3歳も年が違うものね。もう少ししたら、今度こそ手加減されずに相手してもらえるんじゃない?」


 フリエはクスクス笑う。


 「しかも彼、王国騎士団に正式に所属したっていうじゃない。ますますあなたより強くなっちゃうかもね~。」
 

 「…そうなんですか?」


 「あら?知らなかった?」


 ユーリアは頷いた。


 つまり彼はシュナイン家を出て行ったのだ。今までは、要請があれば出征する形だが、騎士団に入ればますます戦いの機会が増えてしまうだろう。兄は許したのだろうか。
 彼の蒼い瞳を思い出して胸が痛んだ。


 ユーリアは気を取り直して、
 

 「はじめまして。ユーリアと申します。母親は難しいと思うので、イザークと同様に私も友達になれたらと思います。」

 よろしく、と微笑みながら握手の手を差し出した。


 すると、クリスとフリエが顔を見合わせ言った。


 「友達、ねえ。」


 「ユーリア、さん?私は構わないけど、あなた友達になる相手をよく考えた方がいいわ。」


 フリエがユーリアに近づいてコソコソと話し始めた。


 「私たち家族みんな仲良しこよしに見えるかもしれないけど、とーんでもなく仲が悪いのよ。家庭内権力闘争が起きてるの。」


 「権力闘争?」


 「1番上の子は、この侯爵家の跡取りだから関係ないけど、その他の男どもはみんな残りの地位に生き残るのに必死よ。お父様の覚えめでたき人が勝ち。」


 フリエはクリスを見る。


 「クリスはほら強いでしょう?しかも昔のお父様と剣技も似てるからって1番下なのに1番お気に入りなの。お父様は年功序列とか関係なく強い人が大好きだからね。」
 

 フリエはバルコニーから見える部屋の窓へ顎をしゃくる。


 「それで1番の敵はあいつ。」

 見ると、第二夫人の長男がワイングラスを片手にこちらを睨みつけていた。


 「グランも剣はそこそこ強いんだけど、性格がなんせネチネチしてるから陰湿なのよ。おっさんのくせして。ずいぶん酷い目にあったわ。」


 フリエはしかめっ面をした。


 「みんなあなたに興味がないフリをしてるけど、仲間にするに越したことはないと思ってる。だって一応お父様の妻だしね。」


 肩をすくめてフリエは続ける。


 「だから私たちと仲良くすると、それは私たちの派閥になったことを意味するわ。グランとの争いにも巻き込まれることになる。」


 クリスは「だからやめとけ。」と言いたげな雰囲気で首を振った。


 
 「……。もし私があなたたちの側に立てば、味方になってくれますか?」


 フリエとクリスが揃ってユーリアは見た。


 「味方?」


 クリスが怪訝そうに聞く。


 「その…味方というか、協力しあう仲間になれますか?」
 

 「本気?」


 フリエは両手を肩まで上げて聞く。


 ユーリアはフリエとクリスの両手を握り、
 「ええ本気です!この勝負勝ちましょう!」

 と言った。
 
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