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13)胸騒ぎ
しおりを挟む「せっかくパーティに参加するというのにまだ仕事をしているの?お父さまもあなたに仕事を任せすぎよ。」
馬車にユーリアと乗ったフリエが不満げに言った。
「好きでやってるからいいのよ。それに参加するのは婚礼とそのパーティよ。私たちが楽しむものではないわ。」
ユーリアは本に目を通しながら答えた。
彼女がフォンラン侯爵に嫁いでからもうすぐ4年が経とうとしていた。その間にユーリアは随分と家のことを任せてもらうようになっていた。
今日も夫であるフォンラン侯爵の代わりに、夫の弟の息子と、王の遠戚の伯爵家娘との婚礼に参列することとなっていた。
「それよりフリエ、あなた今後どうするつもりなの?結婚するつもりがないならないで、商売をしたいのか、修道院に入るつもりなのか、どうするか決めないと。あなたのお父さまも嘆いていましたよ。」
フリエは、苦虫を噛み潰したような顔で反応した。
「いやだっっ!お友だちみたいな関係でいたいて言いながら、結局お母さんみたいな発言して!そもそも出会った頃は純真無垢の何も知らないお姫様かと思ってたら、全然違うんだから。もう。」
フリエは腕組みをしながらブツブツ文句を言う。彼女は豊満な胸を強調する真っ赤なドレスを着ていて、今日のパーティにも気合十分だ。
フリエは椅子にもたれ掛かってため息をついた。
「もう皇女の女官になろうかしら。」
「フラインアイズナッハ王の娘の?」
「そう。噂によると今日第一皇子がパーティに参列されるらしいわ。」
「まさか。伯爵家の結婚式に?」
「たくさんの豪華絢爛な馬車がこの町に入ったらしいわ。持ち主は王族に間違いないって噂よ。今日は妹である皇女の女官候補が複数出席予定だから、兄自ら品定めに来るという話よ。」
「へ~そうなの。本当なら初めて拝見するし、楽しみだわ。」
「私も随分久しぶりだわ。冷たい感じだけど、ハンサムだから、見るだけでもとっても楽しみ!」
そんな話をフリエとしながら、ユーリアは別のことに気が向いていた。自分とは程遠い王族の話より、目下の問題はユーリアの今後の身の振り方だったからだ。
フォンラン侯爵家ではそこそこの地位は築けたと思う。シュナイン家もフォンラン家の繋がりで貴族間で格式が上がったのも間違いなかった。しかしユーリアに子どもがいないからには、夫亡き後この地位も危うい。自分に魅力がなさすぎるのか…何度か夫にあの手この手で誘ってみたが、無駄だった。
となると別の方法を考えねばならない。
「そろそろ着くわね!」
フリエは窓から顔を出して、婚礼が開かれるお城を見た。たくさんの馬車が並日、ごった返していた。
「雨が降らなくてよかったわ。」
ユーリアは読んでいた本の間にしおりを挟んだ。そのしおりには押したての野花がが貼り付けられていた。
—————
「やっぱり男性の参加が少ないわね。」
フリエは会場の中心で繰り広げられるダンスを見ながらワインを飲んだ。
西国との境界線でいざこざはよく起きていたが、末端の傭兵の勝手な行動や、反乱因子によるものだった。
だがここに来て、その動きに西国自体が加担しているのではという話が出てきた。
そのため、王国騎士団だけでなく、東国中の騎士も召集がかけられていた。
だから今日の婚礼パーティも若い男性の参加は少なく、ダンスに誘われない女性が何人も会場の壁でつまらなさそうに立っていた。
「こんなの私がモテないみたいじゃない!」
カーッとフリエはワインを飲み干した。
ユーリアはフォンラン侯爵代理としてひとしきり挨拶やダンスを終えて、仕事が終わった気分だった。
「私、ちょっと自分から話しかけに行ってみるわ!」
フリエはテーブルにワイングラスをカンッと置き、もう待ってらんない!と言わんばかりにドレスの裾を両手であげて、どすどすと歩いて行った。
ユーリアはその様子を見ながらふと考える。
フォンラン侯爵夫人でなくなった後の、次の夫候補を探す絶好のタイミングでは?
ユーリアは会場を見回す。
ほとんどが騎士を引退したばかりの男性だ。しかも侯爵より爵位が高い者はいない。
いるとしたら…パーティにはいないが、結婚式に出席していた第一皇子くらいだ。
第一皇子は噂通り婚礼に参列していた。後ろ姿しか見えなかったが、輝く銀色の髪を持っていた。
「うーん。」
ユーリアが周りを見回していると、視線を感じた。
パッと見ると、目の前に王国騎士団の正装と青いマント、ガタイが良く、オールバックで濃い茶色の髪を肩まで流した男性が立っていた。
彼は目が合うとツカツカと近づいてきて、
「初めまして、王国騎士団で団長をやっておりますアダン•ルキオスと申します。フォンラン侯爵夫人ですよね…?」
ユーリアの手を取り、会釈をした。 目尻を優しく下げて、柔らかい笑顔だった。眉毛は凛々しく、目鼻立ちはすっきりとした男ぶりの良い顔だった。
ユーリアはすぐピンときた。
「ああ!アルベル兄様と一緒に戦った。」
アルベル兄様が古東西戦争に従事した時に、同じ部隊にいた人だった。兄はあまりその時の話をしないが、唯一名前を口にしたことがある人だったので、記憶に残っていた。まだ30歳にもなっていないはずだが、確か王国騎士団の双璧の1人だ。
「そうです。そうです。」
「初めまして、フォンラン侯爵の妻、ユーリア•フォンランと申します。兄がお世話になりました。」
ユーリアはドレスの裾を持って会釈をした。それに返事もせず、ルキオスはニコニコ笑いながらユーリアをジロジロ見て、小さい声で独り言のように呟く。
「ふーん。どうりで綺麗な子でもなびかない訳だ。そうか、アイツは可愛い小動物みたいな子が好きだったのか。」
「あの…私の顔に何かついてますか?」
ユーリアは怪訝そうな顔ルキオスを見る。
「失礼しました。侯爵夫人にご無礼を…。あまりに美しいので見惚れていました。」
「そんな社交辞令を…でもありがたく頂戴します。」
ユーリアはとりあえずニコッと流していると、ドスドスと真っ赤なドレスを着たフリエが近づいてきた。
「ルキオス様!探しましたよ!」
「フリエ様、ご挨拶遅れて申し訳ありません。ご無沙汰しております。」
フリエは会釈するルキオスにお構いなしに鼻息荒く話しかける。
「人妻じゃなくて、今度こそ私とダンスしてちょうだい!」
「侯爵夫人とはお話しさせていただいていただけですよ。それにあなたとダンスでもしたら、フォンラン侯爵に殺されてしまいますから…。」
「もうルキオス様!いつもそうやって逃げる!」
グイグイとフリエに言い寄られているルキオスの後ろを、スッと部下が現れ、耳元で何かをささやいた。
ルキオスは表情を変えず頷いた。
「それは…皇子も知っているのか?」
「はい。先ほどお伝えしました。任せると仰せでした。」
「そうか。わかった。」
ルキオスはユーリアとフリエに向き直り、
「申し訳ありません、緊急の仕事が入りましたのでこれで失礼します。」
と会釈をして、ツカツカと部下と共に会場の出口と向かった。
だがふと何かを思い立ったのか、再びこちらに近づき、ユーリアの手を取って耳元に話しかけた。
「東西の境界でドラゴンが現れました。」
ユーリアは目を見開いた。
「…それは…。」
敵である西国は、東国よりかなり小さい領土だった。国民の人数も比べものにならないはずだ。それでも苦戦を強いられていたのは、彼らがドラゴンの使い手だったからだ。そのドラゴンが現れたということは、西国がいよいよ本格的に戦を仕掛けてきているということだった。
ルキオスは続ける。
「夫人はシュナイン家の方だからお伝えします。」
「…?」
「その近くに配置されていた部隊と連絡がつかない状態です。」
「それは…。」
「そして、その部隊にイザーク•ホルスがいます。」
ユーリアは動きを止め、ルキオスを見た。
ルキオスはじっとユーリアを見て、再度会釈をした。そしてそのまま立ち去った。
「イザーク…。」
ユーリアは微かに震えていた。
久しぶりに聞いた名前だった。でもまさかこんなことで…。
彼女は祈るような気持ちで、胸に根を置き、目をぎゅっとつぶった。
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