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12)華麗なるフォンラン侯爵家
しおりを挟む今日は馬上試合にうってつけの晴天だった。
開催を示す二色旗が青空をバタバタとはためく。観客席はごった返しており、久しぶりの派手な催しに熱狂していた。
試合は一対一で、馬に乗りながら剣で撃ち合い、剣を打ち落とされるか、落馬した方が負けという単純なルール。もちろん剣は試合用で、身体は全身甲冑で覆う。しかしそれでも怪我人は後を経たない。
「落馬のため青の勝ち!」
青旗はためく下で青の覆面とマントをつけた馬に乗る騎士が腕を突き上げる。
ワァー!!!
大きな歓声が沸き起こる。
その反対側では黄色のマントの馬の下で、騎士が地面に倒れ込み救護班が駆けつけていた。
試合開場を囲うように観客席が設けられ、そのちょうど真ん中、すこし高台になっている席にユーリアはいた。
すでに試合は中盤を過ぎていた。
「ワッハッハ。ずいぶん盛り上がってるようだ。」
夫のフォンラン侯爵はご満悦だ。
「グランもクリスも本当に強くてびっくりしたわ。」
ユーリアは歓声に声が負けないよう声を張り上げる。
「私の息子だからな。驚かれては困るよ。ワッハッハ!」
実際強かった。2人とも瞬殺で相手を片付けていった。
クリスは素早さと技能を兼ね備えており、グランはどちらかというと力で押すタイプだった。
横に座っていたフリエがそっとユーリアにささやく。
「この日まで無事に辿り着けたのが不思議だわ。ほんとうに何もなければいいのだけれど。」
クリスは、試合準備の名目でこの日まで別の場所で過ごした。そこでの生活に危険がないよう、フリエはずいぶん配慮していた。
それでもやはり、試合を迎えるまで陰湿な妨害されていた。フリエは知らないが、クリスの馬の餌に毒を混ぜようとしたり、剣を取り替えられそうになったり…。しかし、全てユーリアの兄アルベルの根回しによって阻止されていた。
ユーリアはため息をつく。
「今日は正々堂々と戦ってくれたらいいのだけれど。」
ユーリアは自分たちの反対側にある観客席を見た。ユーリア側の観客席には夫と彼の娘たちが座っていた。
その反対側にはそれ以外、つまりグランを除く全ての敵対する息子たちが肩を並べて座っていた。
席は最前列の真ん中を陣取っており、試合開場の方だけ幕があげられたテントが設けられていた。
「ふんっこっちに座らずわざわざ別で作らせるなんて偉そうね。」
フリエが扇を仰ぎ、オエっとした口で反対側を見る。
ユーリアはその話を聞きながら、別のことを気にしていた。
時々反対側の息子たちの席がキラッと光り、次の瞬間試合上の馬が驚いたように前足を上げたり、あらぬ方向に走り出したりしているからだ。
ユーリアは息子たちのいる観客席を指差し、フォンラン侯爵に言った。
「ねぇあなた。こんなに楽しいことは初めてだわ。せっかくだから私も近くで見たいのだけれど…。」
「そうかそうか。初めて見るものな。私は主催者だから、この場を離れる訳にはいかないが、ユーリアは行っといで。…護衛!わが妻を席まで案内しなさい。」
「あなた。子供たちに囲まれては緊張するので、フリエにもついてきてもらっても良いかしら?」
フリエはユーリアの言葉を聞き、明らかに嫌そうな顔をする。そのほかの周りに座る夫の娘たちも、嫌がる顔をするのをユーリアは見逃さなかった。
フリエはユーリアに手を繋がれ、なされるがまま一緒についていく。
「敵陣に乗り込むなんて何か訳があるんでしょうね?」
フリエは扇で口を隠しながら、小声でユーリアに聞く。
「確認したいことがあるの。フリエはみんなと話して気を逸らしてくれる?」
「えええ~!!」
大声をあげたフリエに護衛は驚き、私たちの方を振り向く。フリエは何でもないというそぶりを見せて、再び小声で話す。
「あなた、私があいつらをどんだけ嫌いで、あいつらもどんだけ私が嫌いか知ってるでしょう?」
「少しだけだから。」
そうこうしてるうちに彼らの観客席のテントが見えた。周りの観衆は試合に夢中で私たちを気にしていない。
息子たちのテントにいる護衛は私たちを入れることに渋ったが、フォンラン侯爵の命だと聞くと渋々中に入れてくれた。
息子たちは怒りと焦りが含んだ顔つきでこちらを睨みつける。その中でもすぐに平静を取り戻した第一夫人の長男が、
「どうされましたか?」
と聞いてきた。
「私こういったもの初めてで。わー近い!」
ユーリアは息子たちの真ん中に駆け寄り、ふわっと座って興奮した声を上げる。前を向くと手を振るフォンラン侯爵が小さく見えた。ユーリアも笑顔で振り返す。
その様子を見てどこからとなく「チッ」と音聞こえた。
ワーーー!
ひときわ大きな歓声があがる。
ちょうど最終試合が始まるところだった。
青旗はクリス、黄旗はグランと、会場の左右から馬に乗って出てくる。
「フリエは昔ここにいるお兄様たちの有志を見たことあるの?」
ユーリアの質問で、最初は所在なさげに立っていたフリエも、投げやりな気持ちで話に加わった。
「そうね、お父さまもまだ若かったし、今より多く開催してたわ。そのたびに連れ出されて、正直退屈だったわ。とくにお兄様が…。」
場の空気が苛立ちでピリッとする。
ユーリアは確かに気を逸らして欲しいと言ったが、こういう形とは思ってなかった。
まあいい。
ユーリアはテントの中を見回す。
すると護衛に混じって、死角にしゃがんでる男性がいた。彼は長細い棒を持っていた。顔は褐色で黒い髪と瞳。このあたりの人ではなさそうだった。どちらかと言うとシュナイン領近くの遊牧民のような…。
ユーリアがじっと見ると、彼は急いで目を逸らした。
「アンファー!(はじめ!)」
その声にテントの中にいるフォンラン侯爵の息子たちはハッとする。
試合開場では、左右からクリスとグランが剣を構えながら駆け出した。
ガッ!
一打目、
お互いの剣先がぶつかり合い、そのまますれ違い、離れる。
クリスとグランは馬を鎮めながら、お互い見つめ合う。
グランが剣を上段に構えるのを見て、クリスは剣をぶらりと下に下げた。
唾を飲み込む音が聞こえるくらい、会場はシーンとしていた。観客は見逃すまいと、食い入るように試合を見ていた。
次で決めるつもりなのだろうか?
ワーーー!!!!!
ついにクリスとグランが左右から駆け出した。
褐色の男性は汗を滲ませながら、焦った様子で息子たちを見る。
気づいた息子の1人が、
「はやくやれ!!」
と叫ぶ。
その声を待っていたとばかりに、褐色の彼は、クリスの馬に照準を合わせ、長い棒の端を口元にあて、空気を吸って頬を膨らませた。
次の瞬間ー
カバっ!
…フリエと息子たちは訳もわからず目を見開く。
ユーリアが棒を素早く叩き落として、男性に抱きついたのだ。
テントの中は時が止まったようだった。
呆然としてるみんなを呼び戻すようにユーリアが叫んだ。
「く、蜘蛛が!!!」
指を指して、涙目で訴える。
カサカサと蜘蛛が素早くみんなを横切った。
「私、蜘蛛、だめなんです。」
そういうユーリアの背後では大きな歓声が上がっていた。青い旗の下、クリスが高揚した顔で剣を突き上げていた。
————-
そこはフォンラン侯爵のお城の庭。
低木に囲まれた真ん中には池があり、満月が映っていた。
その池を椅子に座りながら暗い瞳で眺めるグランがいた。顔は傷つき、首から胸元にかけて包帯を巻いていた。
ガサッ
音のした方を見ると、ユーリアがアーチを潜って中に入ってきていた。手には小さな紫色の花束を持っていた。
グランは暗い瞳のまま口角を上げた。
「…ククク。敗者を笑いにきたか?」
ユーリアは小さく首を振った。
「当然の勝利ですから。何も面白くありません。」
グランは眉間に皺を寄せた。
「くそが…成金ペテン師の兄でも頼ったか?ことごとく私の邪魔をしやがって…。」
「こちらは正々堂々と戦っただけです。あなたも弱くはないんだからそうすればいいものの。…まあでも結果は決まってましたけどね。」
グランの頭からブチッという音が聞こえた気がした。
「貴様あ!誰に向かってそんな口をっっ!下賤貴族出のくせに。おまえらは大人しく俺ら様の言うことを聞けばいいんだ!!」
ユーリアは何かに気づき、黙る。
それでもお構いなしにグランは続ける。
「これで勝ったと思うなよ?所詮一試合に過ぎない。これで何が変わる?下賤の母親から生まれた貴様らも所詮下賤。そんな奴らに我がフォンラン家を穢される訳にはいかない!」
「…つまり私がこの家から出て行けと言うことですか?」
「出ていく?そんな生ぬるいもので許す訳ないだろう。フェルナンドに言いつけて、少し嫌な目に合わせれば城から出ていくと思ったのに…。フェルナンドもしくじってクリスにやられやがって…。あの時チャンスは与えてやったが、俺の我慢も限界だ。泣き喚いて謝っても絶対に許さないからな!!」
「執事のフェルナンドの件、あなたがやらせたのですか?」
グランは眉間に皺を寄せたまま、そんなのどうでもいいだろうといった風に首を振る。そして大きな笑顔を作ってユーリアに言う。
「私を怒らせたからには、お前はあと死ぬしか道はないんだよ。」
そう言ったグランは何かに気づき、顔がみるみる歪む。
「ち、父上…?!」
ユーリアの後ろに先ほどまでいなかったガウン姿のフォンラン侯爵が立っていた。
「なぜ…?もう寝室にいるものかと…。」
フォンラン侯爵の夜は早い。いつもなら寝ていた。
彼はユーリアの肩を優しくもつ。
「ユーリア、大丈夫だからね。」
そして怯えた表情のグランをフォンラン侯爵は見る。それは長い戦地を戦い抜いてきた彼だからこそできる恐ろしい顔だった。
「負けた者には興味がない私だが…、ユーリアが君の有志も讃えたいと言うから、妻に免じて来たものの…。……非常に気分が良かったのに台無しだ…。」
「父上…。しかしユーリ、は、母上が…。」
「グラン、私はつねづね言っていたよな?信念のあるやつになれと。だがまさか
これがおまえの信念なのか?」
グランは眉毛をハの字にさせ懇願するような顔つきでフォンラン侯爵を見つめる。
その願いを打ち砕くように、フォンラン侯爵は静かに冷たい声を放った。
「私は貴様を許さん。」
池に映る月が風で揺れ、ユーリアの手に持っていたオダマキの花びらがサラサラと飛んだ。
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