例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

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16)宴

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 「私、宴に行きたくない。」

 皇女のベアトリス•フラインアイズナッハは口を尖らせた。

 前髪を両サイドに流し、編み込んで後ろにまとめた輝く銀色の髪、金色の大きな瞳をもつ14歳の少女だ。

 「そうですよね。てすが、陛下のお顔をを立てると思って。」

 ユーリアはまあまあと、ベアトリスの重いスカートの裾を持ちながら、一生懸命ヨイショをしていた。

 「にこにこして座ってるのめんどくさい。」

 「わかります。ですが宴に華を添えられるのはベアトリス様しかいません。陛下もそのために今日の出席をお願いされたのでしょう。」

 王には他にも娘がいたが、ベアトリス以外は嫁いで城にはいなかった。王妃は…ずいぶん前から空席となっていた。
 第一皇子や第二皇子も出席予定になかった。政治的背景もあるのか、2人とも表に出ることは少なかった。

 なんなら、第一皇子の決定によってユーリアが女官になったはずだが、一度も顔を合わせたことがなかった。

 何か不思議な力が働いたのだろうか。
 まさか兄が…?
 いや、兄でもそれは難しいとユーリアは思った。いくらシュナイン家がユーリアの結婚で侯爵家と縁ができたとはいえ、王族との繋がりにはまだまだ遠く及ばない。


 ユーリアはベアトリス一緒に廊下を歩いていると、前からひんやりとした空気を感じた。


 気づいたユーリアは急いで膝を折って、こうべを深々と垂れた。ベアトリクスも無言でスカートの裾を持ち上げて会釈した。


 禍々しい空気の中いたのは、カール•フォン•フラインアイズナッハ皇王だった。

 
 チラッとこちらを見ると、何も言わずに宴の会場に入って行った。
 先ほどまで嫌がっていたベアトリクスも、無言で王である父の背中について行く。ユーリアはその背中を頭を下げたまま見送った。

 2人の後ろを全身黒づくめの細く背の高い騎士が付き従っていた。彼はユーリアを見ることなく会場へ入った。

 男は王国騎士団の双璧のもう片方、団長のジュノ•アルザスだ。公爵家の息子であり、彼の部隊は格式高い家柄が集まり、王領や周辺領国の警護にあたっている。


 大きい豪華なドアがバタンと閉まると、やっとユーリアは頭を上げた。


 「ふう。」


 ユーリアはおでこを腕で拭った。


 女官になってからそんなに経っていないが、会った時から王を恐いと思った。口数も少なく、何かがあった訳でもない。ただ、身体全体からとてつもなく恐ろしい「何か」を感じた。

 王の後ろについていた団長のアルザスは常に王の傍らにいて、まともに会話を交わしたことはない。

 気安い雰囲気だったもう1人の団長ルキオスとは大違いだった。
 
 女官になって初めて知ったが、ルキオス師団は主に国境沿いを警護しており、戦いの最前線だった。
 ルキオスは伯爵家の息子だが、部隊自体は男爵家かもしくは騎士爵の集まりで、そこにイザークは所属しているらしかった。


 イザークが無事だったと知ったのは皇女の女官になってすぐだった。
 その日までは大切な友人を助けたい焦燥感と、絶対大丈夫だという気持ちで揺れていた。
 なので無事と知った時は飛び上がって喜んだものだ。すぐにでも会いたかったが、まだ女官として務めたばかりで自由に動けない。


 今日の宴も、騎士団を労うものだが、イザークは出席しないだろう。
 というのも、彼はほとんどこういった行事に顔を出さないと待女たちが噂していたからだ。イザークは王城の待女たちの間でも、愛想はないが、剣がめっぽう強くて、整った顔立ちの騎士として知られていた。
 

 どちらにせよ今日の宴にユーリアは参加する予定はなかった。皇女付きの女官とはいえど、出席を求められることもなかったし、宴中に仕事があるわけでもない。新参者であるし、目立った行動はやめた。


 ユーリアはこの後の皇女の予定を確認し、待女たちと打ち合わせをした後、しばらくは会場のそばにある王城の庭を歩きながら、宴が終わるのを待つことにした。

 宴の入り口をみると、給仕人がひっきりなしに出入りして、ワインを運んでいる。
 中からは騒がしい声と、美しい弦楽器の音色と歌声が聴こえた。

 庭には、酔いを覚ますためか、お手洗いのためか、出席者らしき人がぽつりぽつりといた。中には、貴婦人と談笑している騎士らしき男性もいた。その様子を横目で見ながら、庭の奥へとユーリアは進んだ。

 庭は綺麗に整えられ、真ん中には噴水があり、流線を描いていた。王の庭というだけあって、見たこともないお花が色とりどりに咲き乱れている。


 にも見せたいなあ。


 あの子がいる修道院からはずいぶん
離れたところに来てしまった。兄を介して手紙でやりとりしているが、会いたい気持ちが募るばかりだ。

 でも、今やっていることが彼女の幸せにつながると思うと胸が満たされた。

 ユーリアは、周りの女性たちが言う、誰が好きやら愛しているという話を聞いても分からなかったが、もしかしたらあの子に感じるこの気持ちがそうなのかもしれない。

 そう思う反面、そんな簡単な言葉で片付けられない気もした。彼女は自分にとって神聖な存在だった。
 
 

 しばらく庭を歩くと、低木に囲われた一角に庭小屋があった。その周りは野花が綺麗に咲いていた。そこはシュナイン家の庭と似ていたので、ユーリアの大好きな場所になっていた。

 ユーリアはその周りをゆっくり歩いていると、庭小屋に大きな人影がいた。
 人がいるのを見て、静かにその場を離れようとしたが、どこか懐かしさを感じる後ろ姿に、後ろ髪を引かれた。

 その人影はこちらの気配を感じたのか、ゆっくりと振り向いた。


 漆黒の髪は無造作に流れ、褐色がかった肌、蒼い瞳。


 こちらを鋭く睨みつけた瞳は、ユーリアを捉えるとゆるゆると緩み、驚きの色があらわれた。


 「イザーク…!よくぞご無事で…!!」


 ユーリアは高鳴る胸を抑えきれず、駆け寄りおもいっきりイザークを抱きしめて胸に顔を埋めた。彼の鎧が冷たく頬にあたったが、ユーリアの顔は熱くなっていたのでちょうどよかった。


 イザークと会うのは4年ぶりだった。
 

 ユーリアは21歳、イザークは23歳になっていた。
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