例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

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17)彼の宴

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 宴はひどいものだった。

 
 フォンランアイズナッハ王が娘ベアトリス皇女を伴い、王家の紋章が金色の糸で編み込まれたビロードの垂れ幕の前に配置された長テーブルで騎士団に向けて労いの言葉を述べた。

 イザークも予想していた通り、王は奨励の際にドラゴンを食い止めた英雄として彼を祝福した。

 その間彼はずっと下を向いて目の前の酒杯を見つめた。
 
 玉座から見て左右の壁沿いに長テーブルが配置され、それぞれにルキオス団とアルザス団が分かれて座る形となっていたが、
イザークの反対側のテーブルからは冷ややかな視線を感じた。

 横にいた仲間の騎士が
 「ふんっザマーミロ。あいつら自分たちに最近目立った結果がないから焦ってんだ。王様のスカートの中に隠れてるだけのくせに。」
 と悪態をついた。

 イザークは正直そんなことどうでもよかった。

 ひと通りの挨拶が終わり、王が「今日はとにかく楽しむように。」との一言で食事が始まると、食欲旺盛で酒好きが集まった一団だ。給仕によって運び込まれたソーセージやローストビーフにかぶりついた。

 前を向くと、王とアルザス団長は静かに食事をとっている横で、ルキオス団長は微笑むベアトリス皇女にニコニコと話しかけていた。
 

 「ケッ。結局家柄でしか俺たちを見てねぇ。みんなしけたツラをしてやがる。」

 仲間がソーセージをかぶりつきながら、悪態をつく。

 テーブルには騎士たちの間にぽつりぽつりと貴婦人が座っていた。一応は話をしていたがほとんどがつまらなさそうだった。

 「それに比べて見てみろ。あっちのテーブルは楽しそうなこって。女どもがワーキャー言ってやがる。」

 見ると爵位の高い貴族が集まったアルザス団のテーブルは色めき立っていた。

 「俺は落ち着いて飯が食べれるからこっちでよかったよ。」

 イザークはまわりを眺めた。他に女性といえば、宴の中心でで楽師の間で歌っている者、そして宴を手伝う何人かの待女くらいだった。


 「いつもそんな恐い顔してるの?」


 気がつくと、隣にいたはずの仲間がトイレにでも行ったのか、その席を詰めて女性が座っていた。
 
 「そうですね。もともとこんな顔です。」
 
 「そう。まあいいわ。」

 女性は酒杯をぐるりと回しながら続けた。
 「それより私、あなたにとっても興味があるの。」

 イザークはそう話す女性の顔を見た。確か、名前は忘れたが伯爵夫人だったはずだ。

 「一度あなたとゆっくりお話ししたいから、私の邸宅に来てくださらない?私たち仲良くなればあなたにもとってもメリットがあると思うの。」

 「…。」

 「大丈夫。主人と私はお互いを干渉しないわ。」

 彼女の口からは葡萄酒なのか、すっぱい香りがした。不快なにおいだった。

 女性はつまり、自分に愛人にならないかと言っていた。大した家柄出身でもない自分だからが、こんな話は初めてではなかった。
 いつもなら軽く流していたが、今日は腹の虫の居所が悪かった。


 「夫人、私は家柄もこんなですし、剣ばかり振ってきた身なので、あなたみたいな高貴な方と楽しいお話ができると思えません。」
 

 「楽しい話なんて求めてないわ。」
 

 イザークは鋭い瞳で女性を見た。
 

 「それに、あなたの情夫になるメリットが見当たりません。」


 伯爵夫人の顔がピクッと揺れた。


 イザークはそう言うとさっさと席を立ち上がって、会場のドアに向かった。
 給仕が出入りしている横をすり抜け、回廊を抜けてその先にある庭へ出た。


 伯爵夫人は夫にこのことを話して、大ごとになろうとどうでもよかった。


 庭の風にあたりながら歩いている間も、1人、2人ついてくるひとがいたが、睨みつけるとそれ以上は追いかけてこなかった。

 しばらく歩くとどこか懐かしいものを感じさせる場所に出た。庭は綺麗に整えられていたが、花は野生のものだった。
 

 イザークはフーッと息を吐くと、クシャクシャと髪を掻いた。


 何を期待していたのだろうか。


 心をかき乱されるのは久しぶりだった。そして勝手に失望している自分が不甲斐なかった。

 


 そんな時だった。彼女が現れたのは。




 「イザーク…!よくぞご無事で…!!」


 彼女は何の躊躇いもなく、イザークの胸に飛び込んだ。
 

 彼女はいつもそうだった。


 胸の中にいる彼女の小さなつむじを眺める。彼女から甘い花のにおいがした。

 いろんな衝動が込み上げたが、やっとの思いで抑えた。

 胸から離れた彼女は笑顔でこちらを見る。


 相変わらず彼女は美しかった。
 
 
 
 
 

 
 
 

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