機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

文字の大きさ
92 / 103
Episode 10 《再装填乱舞》

#92《嫌な予感》

しおりを挟む
 時を少しだけ遡り、あお達は拠点である丘の上でルナを待っていた。
 双眼鏡で観察している藍凛あいりが言うには、今は変身を解いてゴミの山にいるらしい。

 あれからあおは一歩も動いていない。
 傍に居てくれる黒斗の左腕を抱きしめたまま、魔法を発動し続けている彼にポーションを渡す事ばかりだった。
 月城組のアジトに宿す邪気の力は計り知れず、ルナの浄化魔法を持ってしても、あお宝石コアは刺激に襲われ続けている。
 身体が拒絶反応を起こす程の魔力のせいで、あおはこれ以上先に進む事が出来なかった。


「オイ、黒斗! すぐにルナちゃんの元へ行くぞ! 近くまでなら行けるだろ!? 早く乗れ!」

「ダメだって。何の為にルナが戦略を立ててくれてると思ってんだよ」

「んな事言ってる場合じゃねぇって! 魔石が闇の影響を受けやすいんだったら、ルナちゃんだって危険だろ!? 怖いのはわかるけど、オレが何とかするから来てくれ!」


 はやてが血相を変えて訴えてかけているが、黒斗自身はポーションで魔力を回復させているにも関わらずぐったりしている。


「……ごめん。怖いってのもあるけど、ここから先には行けねぇんだ」


 黒斗は黙り込み、これ以上の言葉を発する事はなかった。
 彼は拠点と宝石達を守る為、あおを護る為にここにいてくれている。
 これ以上黒斗に負担をかけさせる訳にはいかない。
 あおは自分の不甲斐なさを思い知りながら、黒斗の額に滲み出る汗をハンカチで拭き取ってあげた。


「へっ!?」


 拭き取った直後に黒斗が身体をビクつかせたので、あおも思わず叫んでしまった。
 身体を震わせた黒斗が指さした方向から、何かがこちらへ飛んでくるのが見える。


「うわぁぁ! こっち来んなぁ!!」


 黒斗が無我夢中で前方に防壁魔法を張り、涙を零して身を守る体勢を取るので、必然的にあおの身体も強く引き寄せられる。
 あおは目を瞑って必死にしがみついた。
 何かを振るう音が聞こえる。恐る恐る目を開けると、大きくて柔らかい、麻紐で細かく編まれた網を持つ瑠璃の姿があった。


「さっすが瑠璃! 桜結みゆの見込んだ通りキャッチ出来たわね!」

「そ、そんな……偶然だよ……」

「身体を光らせておいてそれ言うー? あんな勢い良すぎるのを受け取れるのは瑠璃か藍凛あいりくらいだと思うよー?」


 重い空気を振り払うように桜結みゆと瑠璃がじゃれ合い、その横で藍凛あいりが掴まえたそれを確認している。


「……これ、恐らくルナが持っていた物ね。役目を終えたから投げたってところかしら」


 藍凛あいりが隅々まで観察している様子をぼんやりと見ていた。
 あおの位置からでは彼女が持つ小さな小型カメラはよく見えない。


「それは俺が暇つぶしに作った《小型カメラ》だ。まさかこんな形で活躍するとはな」


 知らない男性の声が後ろから聞こえたので、あおは驚いてゆっくりと視線を向けた。
 ガタイの良い、髭が特徴的な壮年が腰に手を当てて立っている。


「……おい、奏。また仕事をサボったのかよ」

「やる事はちゃんとやってるさ。これでも兄さんの仕事と併せてやってんだぜ? それくらい許してくれよ」


 会話を聞く限り、奏は湊音みなとの弟のようだ。
 奏は魔女のアトリエの敷地を管理する、キサラギグループの次期社長だと説明された。


「……久しぶりだな。再会出来て本当によかった。向こうが騒がしくなったけど、あれは琉奈ちゃんか?」

「そうらしい……。相手はおそらく僕が作ったもう一人のロボットだよ」


 奏は藍凛あいりから小型カメラを受け取って湊音みなとの隣りに座った。
 後はルナがソレイユと一緒に戻ってくれば作戦は成功する。
 早く帰ってきて欲しい。あおは両手を組んで祈りをルナへと届けた。
 身体から溢れ出た、淡い光を放つ魔法がルナのいるアジトへと飛んでいくところを見届ける。


「お前ら、本当にあねさんと同じ《魔石》なのか……?」


 奏に驚いた顔で見つめられたので、あおは離していた黒斗の腕にもう一度しがみつく。
 露骨に表情を歪ませてしまったが、どうやら能力の影響を受けているようで、奏や湊音みなとは恐らく見えていないのだろう。
 あおは小さく安堵のため息をついた。


「姐さん……って、ソレイユさんの事ですか?」

「あぁ、そうだよ。もしかして君は黒斗君か?」

「へ? なんで知って……」

「話は聞いてるぜ。琉奈ちゃんから『ここに来る時は黒斗君を頼れ』って言われてな」


 一度は座った奏が徐に立ち上がり、所謂『お仕事モード』の顔つきへ切り替わる。


「兄さんの安否確認は勿論だが、会社を代表して挨拶に来たんだ。俺達の問題に巻き込んでしまって本当にすまない。詫びは必ずする」


 頭を下げている奏の姿をあおはジッと見つめた。
 奏が話す《人間側の作戦内容》とは、ルナを率いる潜入組が装着していた小型カメラを配布し、撮影された映像を生中継で政府に見てもらう環境を整え、証拠として提出する事。
 他にも必要な機材等を提供してサポートする役割を担っているそうだ。
 あおには理解出来ない事が多かったが、大事になっている事だけは確かなようだ。

 奏の話を聞いている最中、突然あおの前方から何かが光った。顔を向けるとそこには瑠璃が立っている。


「ねぇ、何か嫌な予感がするの」


 困惑した表情で助けを求めている。
 理由はわからない。ただ、瑠璃のがそう警告しているようで、彼女はルナが居る方向へ視線を向けている。
 現場を覗き込んでいた桜結みゆが驚いた顔で指をさした。
 そこにはどす黒いものが広がっていく様子が見える。
 あおは作戦開始時に邪気がどういうものなのかを黒斗から聞いているが、今見えている黒いものはその話の通りのものだ。
 それをこの場にいる全員が把握出来ているのはであると黒斗が説明してくれた。

 明るく振る舞っていた桜結みゆも、魔導具の微調整をしていた藍凛あいりも、クリスタや蛍吾達も、アジトを見つめて不安を剥き出しにしている。


「ねぇ、瑠璃……」

「……うん。わかるよ」


 瑠璃はあおの隣りに座って魔法を発動させ、その光が届くまで祈りを捧げ続けていたので、あおはもう一度魔法をルナへ付与する為に祈り続けた。


 ◆


 状況が一変した月城組の集積場の中。
 ルナは月城を蹴り飛ばして目の前にいるソレイユの姿を見上げた。
 その姿は太陽と対になるブラックホールのように、吸い込まれてしまえば二度と戻れない。
 そんな末路を思い描いてしまう程の威圧感に圧倒される。
 藍凛あいりの時に戦ったぬいぐるみや、クリスタから聞いた思念体以上の強い魔力を宿している彼女に名称を付けるのであれば、《邪神》という言葉が当てはまるように思えた。


「……」


 呼ばれているような気がする。
 ルナは邪神と化してしまったソレイユの元へ一歩歩み寄った。

 ――これ以上、独りにさせるわけにはいかない。
 ルナはソレイユの名を呼んで手を差し出した。

 ――もう一度。今度は一緒に……。
 ルナの身体が邪気に吸い込まれていく。

 ソレイユとの思い出がおぼろげに再生される。

 ようやっと再会出来たのだ。
 今度こそ、ゆっくり――

 ソレイユが纏う邪気はルナの思考さえも吸い込もうとしているようで、だんだんと意識が遠のいていった。


「……え?」


 その時、ルナの身体に二つの光がベールを纏うように付与され、我に返って自身の身体をまじまじと見つめた。


「これ……あおと瑠璃の魔法だ……」


 ――危ない……。本当に闇に飲み込まれるところだった……。
 ルナは二人の魔法を強く抱きしめると、一度自身の両頬を手のひらで叩いて、邪神と化したソレイユを見上げた。
 表情一つ変えずに見下しているソレイユはルナの知っている師匠ではない。


「出来ることなら安全第一で浄化したかったんだけど……」


 仕方がない。
 ルナはそう言って自身の身体を風魔法で宙に浮かせると、停止させた機械少女と月城に向かって突風を吹かせてみせた。
 彼らは瞬く間に、かろうじて攻撃が当たらないであろう場所まで吹き飛び、痛々しい音を立てて地面に着地したようだ。


「こうやってババアと闘うのは初めてだねぇ」


 邪神化したソレイユは様子を伺っているのか微動だにしない。


「勝手にボクに魔力を注いで、勝手にどこかに消えていってさぁ……一蹴り入れなきゃ気が済まないんだよねぇ!」


 ルナは最終ボスとの戦いに備える。
 視線を逸らしてしまえば不意をつかれ兼ねないので、ルナは禍々しい目を睨みつけた。


「ボクや黒斗達がどれだけ苦労したと思ってんの!? ちゃーんと責任はとってもらうからね!」


 最後の闘い。これに勝てば全てが終わる。全てが解決し、ルナ達に平和が訪れる。
 大切な人達がルナの帰りを待っているのだ。


「さぁて、はじめようか」


 ルナは不敵な笑みを浮かべてみせると、邪神・ソレイユが反応し、同時に動き出したところから戦闘が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

処理中です...