機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

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Last Episode《Timeless》

#103《音色の先へ》

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 すみれの葬儀は親族のみで行われ、ルナと珀姫たまきは人里まで赴く事になった。
 二人が機械少女である事は母方である水嶋家の親族は知らないので、気付かれないように振る舞い、食事の際は不調と称して退席するようにした。
 その後はすみれが望んた通り、キサラギグループ配下にある墓地に埋葬される事になる。

 あれから二十年程が経つ。
 変わらない日常の中で変わりゆく生物の老い。
 ルナは日を追う事に思い知る事となる。
 湊音みなとの身体は皺が増し、すみれのように補助が無ければ遠出が叶わなくなってしまった。
 彼の場合は電動車椅子である為、大抵の物事は一人で行えるが、もう機械少女のメンテナンスを行う事が出来ない。

 昔、ソレイユやクリスタから聞かされた話を思い出した。
『積極的に人と交流を続けていれば、嫌でも思い知らされる事になる』
 ルナは色々な思いを馳せて目を瞑った。


「琉奈お姉ちゃん、久しぶり」

「その声は……律輝?」


 三色屋根の倉庫から東にある小川を見ていたルナが顔を上げた先には、奏の息子であり、現社長となった律輝の姿があった。
 今日は音羽はいないようだ。彼女は今、かつての湊音みなとと同じように副社長として律輝を支えながら働いているらしい。
 出会ったばかりの名残りはあるが、律輝はすっかりおじさんの顔だ。


湊音みなとさんは今何処にいるかわかる?」

「えーっと……。今は本館にいるよ。どしたの?」

「大変なんだ……父ちゃんが……!」

「奏兄ちゃんが……!?」


 ルナは律輝と共に急いで本館へと向かった。
 魔力感知で把握する限り、本館には湊音みなととソレイユ、そして黒斗とあおがいる。
 全力で走り、本館の扉を乱暴に開け、その場にいる者からの視線が注がれる中で荒れた息を整えた。


湊音みなとさん! 大変なんだ……父ちゃんが……! 一緒に来てもらえませんか!?」


 律輝の瞳が大きく揺らぎ、この場の空気が氷のように固まった。


「ソレイユ、荷物を取りに戻るから手伝ってくれるかい?」

「あぁ、わかった!」


 湊音みなととソレイユは急いで本館を出て行った。


珀姫たまきも連れて出かけるから、黒斗、後はよろしくね!」

「解った」


 ルナは珀姫たまきを探した後、湊音みなと達と合流して奏が搬送された病院へと急いだ。
 到着した時にはベッドの上、音羽が奏に寄り添っていた。


「音羽、父ちゃんの様子は!?」

「さっき検査が終わったところなの……」


 音羽は胸の前で両手を握って祈り続けているようだった。
 奏の身体には幾つかの医療器具が装着されている。ルナはこの光景と似た場面を鮮明に覚えている。


「お父さん、律輝が帰って来たよ」

湊音みなとさんと琉奈姉ちゃん、珀姫たまきちゃんを連れてきた……父ちゃん……」


 扉が開く音が鳴り、全員が出入口へと顔を向ける。医者は奏の状態を確認すると、首を大きく横に振った。

 数日後、この場にいる全員で彼を看取り、告別式を終えた後になって、灯火が消えてしまった事の重さがルナの心に伸し掛る。

『父は幸せだったと思います。私達がこうして看取ったのですから』

 音羽の台詞が頭から離れなかった。生物における老衰での最期は自然な形だとルナの中でインプットされている。
 大切な人を喪う事ほど怖くて辛いものはないと、まるで心が抉られたかのように、痛かった。

 ◆


 それから数年。いつも通りの日常生活を送っている筈なのに、今までとは比べ物にならないほどのモヤがルナの中にあるのを感じ取っていた。
 日に日に湊音みなとが弱ってきている。そろそろ覚悟を決めなければならない。
 解ってはいてもそうそう上手くいくはずがない。それが心というものだと、この数十年で沢山思い知らされた事だ。
 宝石達はそれを知っていて尚、普段通りに――何も言わずに接してくれている。


「琉奈、久しぶりにあの花畑を見に行かないか?」


 ルナは家の中でぼんやり座っていると、湊音みなとから外出に誘われる。
 珀姫たまきは今、藍凛あいりの所にいる。父と二人で過ごすのは久しぶりだった。


「いいよ。今日は父さんとデートだねぇ」

「ははっ、そうだね」


 ルナは湊音みなとが乗る車椅子を押して、あの日――すみれとピクニックをした花畑へと向かった。
 当時とは季節こそ違うが、この季節にしか見られない花が沢山咲いている。


「ここはいつだって緩やかで過ごしやすいな。一度味をしめるともう戻れないよ」


 優しい風が目の前から流れてくる。その風は音を奏でながら花畑を掠って甘い匂いを放った。
 見上げれば虹色の光が遠くの方に広がっている。
 ルナは湊音みなとの隣りに立つと、風魔法で自身の身体を座るように浮かせてみせた。


「凄いな……もう空だって飛べるんじゃないか?」

「えへへぇ。ボクはもう空も飛べちゃうんだよ!」

「せめて見えない服装で箒に乗ってくれよ? 父さん、心配だ」

「もぉー、大丈夫だってぇ! 見た奴は一発蹴りを入れてやるからさぁ」


『そういう事ではない』と指摘されてしまったが、確かに箒に乗って飛ぶのは悪くないと思った。


「琉奈は何か夢はあるかい?」

「夢?」

「あぁ。やりたい事や叶えたい事とか」


 ルナは顎に手を当てて考えた。やりたい事なんて山ほどある。それはワクワクさせるものばかりだ。


「……簡単にはいかない事の方が多いけど、琉奈がやりたいと思う事をやりなさい」


 ふと湊音みなとを見ると、彼は天を仰いでいる。
 今はもう、彼の顔も手もしわくちゃだ。


「君ならきっと良い人に巡り会える。……あ、でも父さんに適う奴は何処にもいないな、うん」

「父さんったら、ボクの初恋が奏兄ちゃんだったの、まだ拗ねてるの?」

「そ、そんな事はないよ……?」


 ルナも同じように空を見上げた。綿雲が空を泳ぎ、木々からは鳥や虫の声が聞こえる。
 大地の芽吹きが五感に染み渡るような安心感を感じ取っていた。


「……琉奈、どうした?」


 ふと、手を繋ぎたくなった。彼の右手を取って優しく握るととても温かい。


「えへへぇ。デートだから、手を繋ぎたくなったの!」


 ルナはニンマリ顔で身体を揺らす。最初は照れていたけれど、増幅するのは幸福感だ。


「だったら父さんとハグしようか。デートだからね」

「えぇ!? 恥ずかしいよぉ」

珀姫たまきはハグしてくれるのになー」

「もぉー、仕方がないなぁ」


 車椅子越しに父を優しく抱きしめると、優しく頭を撫でてくれた。
 温かい。それは体温だけではなく、心が。
 もう少しだけこのままでいたい。ルナは生涯、このぬくもりは忘れないと心に誓った。

 ◆

 それから数ヶ月。
 湊音みなとの身体をいたわり、すみれや奏が入院した病院へと入院させる事になる。
 律輝と音羽が援助してくれたおかげで、ルナと珀姫たまきとソレイユは、人目を気にせずに寄り添う事が出来た。
 いつしか寝たきりとなった彼の身体に重い病気は特になく、医者によると奏と同様、老衰だそうだ。


「……ソレイユ」


 湊音みなとが力の抜けた声でソレイユを呼んだので、彼女は手を握って受け答えをする。


「君と出会えて本当に良かった。娘達の事、よろしく頼んだよ」

「あぁ。……も、湊音みなとと出会えて本当に良かった」


 ソレイユは涙を浮かべ、言葉を続けようとしていた口を閉ざしていた。


「……珀姫たまき

「……なぁに? 父さん」


 今度は珀姫たまきの手の上に重ねられた。


「君の笑顔は誰かの心を元気する。忘れずに、大切にするんだよ」


 優しい声で想いを伝える湊音みなとはもう、手を動かす力がないようだった。


「琉奈……」


 ルナはすかさず湊音みなとの手を握る。彼の虚ろな目の様子から、もう見えていなように思えた。


「ありがとう……。これからは、自分の為に生きなさい」


 ルナは必死で涙を堪えた。もう時間がない。


「うん……。父さん、ボクと珀姫たまきを創ってくれてありがとう」


 《愛してるよ》

 そう伝えると、湊音みなとが微笑んだような気がした。
 握った手が力なく寄りかかり、彼の意識が無くなってしまう。

 そうして、湊音みなとは帰らぬ人となった。
 生命の灯火が幾度も消えていくところを見届けたルナが得たもの。生物の生命とはなんて儚く、美しいものなのだろうと――

 そして、三年ほどの月日が流れた――


 ◆


「父さん、母さん、聞いてよ。珀姫たまきがさ、とうとう魔力感知能力を習得したんだよ」


 ルナはいつもと違う衣服を身に纏って両親の墓参りに来ている。
 体型カバーのポンチョとミニワンピースは、フリルがいっぱいの、より一層女の子らしい衣装となっている。
 これらはソレイユと桜結みゆが合同で作ってくれたものだ。


珀姫たまきの魔法は魔力操作が必要なものだったから修行させてるんだよ。まだまだこれからだけど、格闘技も型に嵌るようになってきたし、そろそろ此処を任せられそうなんだ。はやて藍凛あいりだけじゃ心細いからさぁ」


 髪も少しだけオシャレをした。髪留めは瑠璃と藍凛あいりのお手製だ。


「黒斗の防壁魔法もより一層強力なものになってるんだ。よっぽどの事が無い限りはあの敷地は安全だよ。本当の事を言うとビビるだろうから、皆の前では三番目に強いなんて言ってるけどさぁ。本当はとうの昔にボクやと並ぶレベルに達してるんだよねぇ」


『流石、見込んだだけはある』と語って空を仰いだ。今日も天気が良い。風も心地よく、日向ぼっこには最適な日だ。


「《魔導通信機》も持たせてあるし、情報の共有もすぐに行える。ここの大半の判断は黒斗に任せてあるんだ。交易や会社とのやり取りは桜結みゆが居るから心強いし、蛍吾の魔法は皆の心身を癒して、瑠璃のおかげで皆が支えられてる。だから心配はしてないの」


 ルナは首にぶら下げているネックレスを手に取った。
 これは瑠璃の魔力で満たした《幸運のお守り》にあおはやての魔法を、それらの効能が衰えないように黒斗の魔法でコーティングされている。


「だからそろそろ、姉貴と一緒に旅に出ようと思うんだ。このセカイの事、魔法の事をもっと沢山知って、学びを得ようと思うの。……あっ、もちろん帰ってくるよ。皆に心配かけちゃうしね」


 今度は手の中に丸いカプセルを召喚した。これは蛍吾の治癒魔法が組み込まれた、ルナ専用のポーションだ。
 それを空へ向けて確認すると、内側に白い煙が蠢いている。
 気の済むまで見つめた後、ソレイユが創ったルナ専用の異空間ポーチにカプセルを入れた。


「ボク達はもう大丈夫だよ。皆、前を向いて歩いてる。ボク達は限りある生命の元で、永遠とわに生きていくんだ。魔石族の灯火は誰にも消させやしないよ」


 ルナは胡座をかいていた足をほぐし、ブーツの紐を締め直す。


「ルナー、挨拶は終わったか? そろそろ行くぞ!」

「終わったよぉ! ……つーか姉貴は挨拶しないの?」

「お前より先に挨拶した」

「嘘ぉ!?」


 二人分の箒を持ってソレイユが入口で待っている。
 そろそろ出発の時間だ。


「……父さん、母さん。行ってきます!」


 砂埃を払ってソレイユの元へ駆け寄り、箒に跨って空高く飛び上がる。
 まだ見ぬセカイへ想いを馳せて大地を見下ろした。
 機械少女・ルナの旅がここから始まっていく。

 今日もこの大地は、綺麗だ――





















 ――――これにて、この物語はおしまい。
 完走するまでの距離は長いようであっという間だったと思っている。
 わたし達のはじまりと出会いと別れの物語。
 皆で話し合った結果、この物語を小説として書き記す事になった。
 写真や映像のアルバムと同じ記録、日記のようなものだと考えるととても緊張したよ。
 正直、この話を湊音みなとさん達に持ち掛けるのはとても勇気のいる事だったけど、快く承諾してもらえた事を今も感謝している。
 わたしが書いた日記と皆の話を書いたメモを架け合わせて、文章として書き起こして仕上がったこの小説は、まだしっかりと形には出来ていないけど、文庫本七冊ぐらいの分量があるんじゃないかな?
 そんな大役を任せてもらえることになって、初めて書いたこの小説は至らないところが沢山あるけど、これを読み返した時にみんなに懐かしんでもらえるような、笑顔に繋げられるように想いを込めて書いている。

 そうそう、ルナはあれから一度だけ帰ってきたよ。彼女が言うには、どうやら日ノ国を囲んだ海の先には大きな大陸がいくつも広がっているらしい。
 ここ数十年で人間が魔獣と遭遇する事が増えたとも聞くし、これから先の魔族の在り方が変わっていくような予感がする。
 時代が変わろうとも、わたし達・魔石族の起点は、初心は変わらない。
 この先もずっと笑顔で生きていられるように、わたし達は今を一歩ずつ歩んで行こうと思います。

 ××〇〇年、瑠璃――――

 fin.
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