機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

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Last Episode《Timeless》

#102《満開の花畑》

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 黒斗達がアトリエを出てからいくつもの年月が過ぎ、ルナ達は生物の老いを痛感する事が多くなった。
 人間との接点が少ないとはいえ、身近な人の皺や衰えが増えると、何一つ変わらないこの身体に何とも言えない感情が湧き上がってくる。


「母さん、調子はどう?」


 ルナは一杯の麦茶をトレーに乗せてすみれがいる介護用ベッドのある部屋へと向かった。
 数ヶ月前、すみれが突然倒れてしまい、街まで下りて入院していたが、つい先日退院したばかりだ。


「ありがと。今日は凄く調子がいいよ」


 すみれはもう、長くはないらしい。一命を取り留めはしたものの、ルナ達はショックを隠しきれなかった。
 それでもここに引っ越してきたおかげで延命出来ていたのだと、後に湊音みなとから聞かされる事になる。


「ねぇ、琉奈。今日は散歩に行きたいから連れてってくれる?」

「うん、いいよ」


 部屋の隅に置いてある車椅子をベッドまで運ぶと、それに座る補助を行う。
 ルナ達は家を出ると真っ先にアトリエへ向かう事にした。
 水車小屋と川を通り過ぎて本館の横を歩くと、暖かい日差しと冷たい風が二人を横切っていく。
 前方に籠を持った瑠璃が陶芸部屋へ歩いていく姿が見えたので、先ずはそちらへ足を運ぶ事にした。


「こんにちはー」


 開きっぱなしの扉をノックして部屋に入ると、作業をしている蛍吾の口にわらび餅を運んでいる瑠璃の姿があった。
 叫び声が部屋中に響き渡る。瑠璃と蛍吾は顔を真っ赤にして顔を逸らしてしまった。


「「ふむふむ……。なるほどぉー?」」


 ルナはすみれと同じようにニヤニヤ顔を二人に向ける。


「ち、違いますよ!! 蛍吾さんは今両手が塞がってますし、そんなんじゃ……!」


 瑠璃が首と両手を振っている横で、蛍吾がほっぺを落とした様子でわらび餅を食べている。
 来訪者にからかわれている最中でも作業を止めないところは彼らしさが滲み出ていた。

 この部屋に置かれている物の全ては翔平からのお下がり。土等の材料は街で購入したものを使っているらしい。
 今は試作品を作っているらしいが、目の前にあるのは奇抜な形をした人形のように見える。
 本人曰く、売れるかどうかはさておき、抽象的な芸術作品を作りたいらしい。


「そういやぁ、珀姫たまきは?」

「多分、藍凛あいりちゃんのところじゃないかな?」


 蛍吾の作業風景を堪能した後、ルナはすみれを連れて藍凛あいりがいる別館の作業部屋へと向かった。
 開いたままの扉の中から藍凛あいり湊音みなとの活き活きとした声が聞こえてくる。


「わ、私でいいんですか……!?」

「あぁ。君が適任だと思うから」


 会話が続く最中、ルナは風魔法で車椅子を浮かせ、段になっている玄関を越えて中へと入った。
 そこには椅子に座って楽しそうにしている珀姫たまきと、目を輝かせて立ち話をしている藍凛あいり湊音みなとが居た。


「こんにちはー。何の話してんのー?」


 いつもの調子ですみれが話しかけると、目の前にいる二人が目を輝かせたままルナ達に顔を向けた。


「実は僕の技術を藍凛あいりちゃんに引き継いでもらおうと思ってだね」


 湊音みなとがドヤ顔を決め込んでいる。
 話を聞くと、今回伝授するのは『ルナと珀姫たまきの定期検診』に関してらしい。
 その技術は製造者おやである湊音みなとしか知らない特殊なものだそうだ。


「実は奏にも教えていないんだよ。頼もうとしたんだけど、『適任な奴が他にもいるだろ』って断られちゃってさ」


 如月家の一室には機械少女のメンテナンス部屋が設けられており、キサラギグループ専用の特殊な機材が置かれている。
 今後は藍凛あいりの来訪が増えるようだ。


「……あ、そうだ。珀姫たまき


 湊音みなとは唐突に鞄を漁り、一つの箱を取り出して珀姫たまきに渡した。
 ルナはその箱に見覚えがある。


「遅くなったけど誕生日プレゼントだよ。開けてみて」


 珀姫たまきが言われた通りに箱を開ける。彼女の手の中にはルナが装着しているものと同じ《拡張型集音器》があった。唯一違うのは耳だ。


「わぁー! ネコさんの耳だー!」


 珀姫たまきはご機嫌な様子で拡張型集音器を装着していた。


「ギリギリまで悩んだけど作る事にしたんだ。琉奈の話からして、現状なら問題なさそうだしね」


 これも黒斗とあおのおかげだとルナは心底感謝している。
 引っ越したばかりの頃、二人に音の悩みについて打ち明けたところ、防音効果のある魔導具が完成し、それらを各個室に取り付ける事で問題が解決したのだ。
 ――父さんと母さんがイチャついてるのもだけど、珀姫たまきが歌ってるとことか、桜結みゆとババアの会話とか、はやてと蛍吾の会話とか、聞かないようにするの大変だったんだよなぁ……。
 思い出すだけでげんなりしてしまうが、当人が目の前に居るので平常心を保つ事にする。


「いいかい? 猫耳を使う時は父さんと琉奈の言う事をちゃんと聞くんだよ?」


 珀姫たまきが満面の笑みを浮かべている姿を見ながら、ルナは色んな想いを巡らせていた。


「ねぇ。今度さ、家族でピクニックに行こうよ。ソレイユも一緒にさぁ」


 すみれが天を仰いで言った。
 綿雲が広がる草原で、大切な人達と花畑を見たい。
 そう語るすみれは儚げで幸せそうだった。


「そうだね。行こうか」


 この時のルナは、湊音みなとが頷いている姿をただただ見つめる事しか出来なかった。

 ◆

 夕餉の時を迎え、如月家はルナを残して帰宅して行った。
 ルナは椅子に座ったままでんきあめを見つめて、止まらない思考に襲われ続けている。


「おい、ルナ。どうした?」


 片付けを済ませたソレイユに声をかけられる。
 今はあまり、誰かと話したい気分じゃない。ルナは颯爽とこの場を去ろうとしたが、手首を掴まれ、そのまま彼女の部屋へ連行されてしまった。

 ソレイユの部屋は何処か艶やかさを纏ったシックな家具が揃っている。
 散らかり具合は相変わらずだが、多少目を瞑っていれば大人な気分に浸らせてくれるだろう。

 ルナは椅子に座らされ、ソレイユは自身のベッドに腰を下ろしていた。

 秒針が動く音がやけに大きい。静寂なのは有難いが、出来れば今は雑音が欲しかった。


「これはオレのひとりごとなんだが……」


 ルナはおもむろに顔を上げると、ソレイユが一冊のアルバムを捲っている姿があった。
 彼女が語ったのは数十年前――まだルナが誕生する前の事だ。


 ――それは湊音みなととすみれが入籍した後の話。
 二人の新居に招かれ、手土産を摘んで他愛もない会話が弾む中、その話題が突如現れたのだ。


『あのさ。さんに聞いて欲しい事があるんだ』


 未だに外で『さん』と呼ばれるのは慣れず、むず痒い想いを隠して話の続きを待つ。


『実は娘を創ろうと思ってるんだ』

『そうか……は!?』


 最初は耳を疑った。ソレイユは事情を知っている。それ故に何を言い出すのかと驚いたのだ。
 理由を聞こうとするとはぐらかされてしまったが、少なからず湊音みなとの探究心も理由の一つだろうと推察すると、案の定湊音みなとがバレたという顔をする。


『これから製作に入るみたいでさ。少しの間、湊音みなとがあんまり会えないかもって』

『少しの間って、どのくらい?』


 早く見積もっても三年程だろうと言われて寂しくなったが、今日は二人を祝福しに来たのだと心を上書きして応援する事にした。
 何も、会う頻度が減るのはソレイユだけではない。会えなくなる分、すみれに会いにいけばいい。


『……それでさ。改まってさんにお願いがあるんだ』

『お願い……?』


 すみれから切り出されたとは『自分達がこの世を去った後、機械少女をよろしく頼む』というもの。
 その意味に気付いた時、ソレイユは涙が溢れて止まらなくなったという――


からって……本当、自分勝手な奴らだって思ったよ」


 気付いた時にはルナの瞳から涙が零れていた。
 ただのロボットにすればいいものを、魔力を注いでもらえばいいだけの事を、どうして機械の身体に鉱石を入れたのだろうかと、ずっと疑問視していた事だ。
 感情が高ぶり、涙が止まらなくなる。拭っても拭っても涙が止まらないルナの身体を、ソレイユが強く抱き締めてくれた。


 ◆


 時は過ぎ、ルナは今、家族とソレイユと共にピクニックを堪能している。
 ソレイユのお手製サンドウィッチが絶品だと両親が絶賛する横で、ルナと珀姫たまきはソレイユのお手製でんきあめを口いっぱいに頬張った。
 場所は本館から南南東。黒斗の家より手前ではあるがそれなりの距離がある。
 花畑が見える拓けた草原で風の声を体感した。
 ――風って、こんなに気持ち良かったっけ……?
 小さな疑問と大きな不安を胸に今を大切にする。今のルナが出来る事といえばそれくらいだ。


「はぁー! 幸せだなぁ!」


 すみれはレジャーシートの上で大きな伸びをする。それは清々しい程の満面の笑みを浮かべていた。


「あたし、魔女のアトリエここで暮らせて本当に良かった」


 今度は嬉しそうに天を掴もうとしている。


「琉奈と珀姫たまき、ソレイユと――まさか如月家がこんな大家族になるとは思ってもなかったけどさ」

「おいおい、オレはお前らの子供になるつもりはないぞ」

「あはは、ごめんごめん」


 すみれの視線がルナと珀姫たまきに向いたので、ルナの身体が少しだけピクっと動いた。


「ルナはいつの間にか立派な魔女になったしねぇ」

「……えへへぇ」


 すみれに頭を撫でてもらい、ルナは嬉しくなった。
 髪を結ってもらったり、服を選んでもらったり。すみれと過ごした時間はどれもかけがえのないものだ。


「ねぇ、母さん」

「んー?」

「ボク、母さんの娘として生まれて、幸せだよ」


 ルナは母を優しく抱きしめた。


 人の身体はこんなにも柔いものだったのか。
 人の身体はこんなにも温かかったのか。
 人の身体はこんなにも軽いものだったのか。

 人の心はこんなにも愛情深いものだったのか。


 珀姫たまきが続いて抱きついたので、三人でそのまま倒れ込んだ。
 少し痛そうな声を漏らしていたが、それ以上の笑い声が覆い隠してしまう。


「嬉しいなぁ……! すっごく、嬉しいなぁ……!」


 すみれが泣きながら笑うので、ルナ達も涙して笑った。


 日が傾こうとしたので、帰宅の準備をする。
 ルナと珀姫たまきでピクニックセットを、湊音みなとは大きなレジャーシートを片付けた。


「すみれ、立てるか?」

「うん、ありがと。……あのさ」


 ルナがふと目をやると、すみれがソレイユの耳元で何かを囁いている。


「……」


 ルナは何も聞かない事にした。


 ◆


 数日後。
 すみれの容態が急変した。
 急遽病院へと搬送されたが、意識が戻る事はなく、暫くして生命の灯火が消えてしまった。
 死因は彼女が生まれつき抱えていた持病によるもの。
 数十年前に余命を宣告されていたが、ここまで生き長らえたのは奇跡だと医師が驚いていたらしい。
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