102 / 103
Last Episode《Timeless》
#102《満開の花畑》
しおりを挟む
黒斗達がアトリエを出てからいくつもの年月が過ぎ、ルナ達は生物の老いを痛感する事が多くなった。
人間との接点が少ないとはいえ、身近な人の皺や衰えが増えると、何一つ変わらないこの身体に何とも言えない感情が湧き上がってくる。
「母さん、調子はどう?」
ルナは一杯の麦茶をトレーに乗せてすみれがいる介護用ベッドのある部屋へと向かった。
数ヶ月前、すみれが突然倒れてしまい、街まで下りて入院していたが、つい先日退院したばかりだ。
「ありがと。今日は凄く調子がいいよ」
すみれはもう、長くはないらしい。一命を取り留めはしたものの、ルナ達はショックを隠しきれなかった。
それでもここに引っ越してきたおかげで延命出来ていたのだと、後に湊音から聞かされる事になる。
「ねぇ、琉奈。今日は散歩に行きたいから連れてってくれる?」
「うん、いいよ」
部屋の隅に置いてある車椅子をベッドまで運ぶと、それに座る補助を行う。
ルナ達は家を出ると真っ先にアトリエへ向かう事にした。
水車小屋と川を通り過ぎて本館の横を歩くと、暖かい日差しと冷たい風が二人を横切っていく。
前方に籠を持った瑠璃が陶芸部屋へ歩いていく姿が見えたので、先ずはそちらへ足を運ぶ事にした。
「こんにちはー」
開きっぱなしの扉をノックして部屋に入ると、作業をしている蛍吾の口にわらび餅を運んでいる瑠璃の姿があった。
叫び声が部屋中に響き渡る。瑠璃と蛍吾は顔を真っ赤にして顔を逸らしてしまった。
「「ふむふむ……。なるほどぉー?」」
ルナはすみれと同じようにニヤニヤ顔を二人に向ける。
「ち、違いますよ!! 蛍吾さんは今両手が塞がってますし、そんなんじゃ……!」
瑠璃が首と両手を振っている横で、蛍吾がほっぺを落とした様子でわらび餅を食べている。
来訪者にからかわれている最中でも作業を止めないところは彼らしさが滲み出ていた。
この部屋に置かれている物の全ては翔平からのお下がり。土等の材料は街で購入したものを使っているらしい。
今は試作品を作っているらしいが、目の前にあるのは奇抜な形をした人形のように見える。
本人曰く、売れるかどうかはさておき、抽象的な芸術作品を作りたいらしい。
「そういやぁ、珀姫は?」
「多分、藍凛ちゃんのところじゃないかな?」
蛍吾の作業風景を堪能した後、ルナはすみれを連れて藍凛がいる別館の作業部屋へと向かった。
開いたままの扉の中から藍凛と湊音の活き活きとした声が聞こえてくる。
「わ、私でいいんですか……!?」
「あぁ。君が適任だと思うから」
会話が続く最中、ルナは風魔法で車椅子を浮かせ、段になっている玄関を越えて中へと入った。
そこには椅子に座って楽しそうにしている珀姫と、目を輝かせて立ち話をしている藍凛と湊音が居た。
「こんにちはー。何の話してんのー?」
いつもの調子ですみれが話しかけると、目の前にいる二人が目を輝かせたままルナ達に顔を向けた。
「実は僕の技術を藍凛ちゃんに引き継いでもらおうと思ってだね」
湊音がドヤ顔を決め込んでいる。
話を聞くと、今回伝授するのは『ルナと珀姫の定期検診』に関してらしい。
その技術は製造者である湊音しか知らない特殊なものだそうだ。
「実は奏にも教えていないんだよ。頼もうとしたんだけど、『適任な奴が他にもいるだろ』って断られちゃってさ」
如月家の一室には機械少女のメンテナンス部屋が設けられており、キサラギグループ専用の特殊な機材が置かれている。
今後は藍凛の来訪が増えるようだ。
「……あ、そうだ。珀姫」
湊音は唐突に鞄を漁り、一つの箱を取り出して珀姫に渡した。
ルナはその箱に見覚えがある。
「遅くなったけど誕生日プレゼントだよ。開けてみて」
珀姫が言われた通りに箱を開ける。彼女の手の中にはルナが装着しているものと同じ《拡張型集音器》があった。唯一違うのは耳だ。
「わぁー! ネコさんの耳だー!」
珀姫はご機嫌な様子で拡張型集音器を装着していた。
「ギリギリまで悩んだけど作る事にしたんだ。琉奈の話からして、現状なら問題なさそうだしね」
これも黒斗と碧のおかげだとルナは心底感謝している。
引っ越したばかりの頃、二人に音の悩みについて打ち明けたところ、防音効果のある魔導具が完成し、それらを各個室に取り付ける事で問題が解決したのだ。
――父さんと母さんがイチャついてるのもだけど、珀姫が歌ってるとことか、桜結とババアの会話とか、颯と蛍吾の会話とか、聞かないようにするの大変だったんだよなぁ……。
思い出すだけでげんなりしてしまうが、当人が目の前に居るので平常心を保つ事にする。
「いいかい? 猫耳を使う時は父さんと琉奈の言う事をちゃんと聞くんだよ?」
珀姫が満面の笑みを浮かべている姿を見ながら、ルナは色んな想いを巡らせていた。
「ねぇ。今度さ、家族でピクニックに行こうよ。ソレイユも一緒にさぁ」
すみれが天を仰いで言った。
綿雲が広がる草原で、大切な人達と花畑を見たい。
そう語るすみれは儚げで幸せそうだった。
「そうだね。行こうか」
この時のルナは、湊音が頷いている姿をただただ見つめる事しか出来なかった。
◆
夕餉の時を迎え、如月家はルナを残して帰宅して行った。
ルナは椅子に座ったままでんきあめを見つめて、止まらない思考に襲われ続けている。
「おい、ルナ。どうした?」
片付けを済ませたソレイユに声をかけられる。
今はあまり、誰かと話したい気分じゃない。ルナは颯爽とこの場を去ろうとしたが、手首を掴まれ、そのまま彼女の部屋へ連行されてしまった。
ソレイユの部屋は何処か艶やかさを纏ったシックな家具が揃っている。
散らかり具合は相変わらずだが、多少目を瞑っていれば大人な気分に浸らせてくれるだろう。
ルナは椅子に座らされ、ソレイユは自身のベッドに腰を下ろしていた。
秒針が動く音がやけに大きい。静寂なのは有難いが、出来れば今は雑音が欲しかった。
「これはオレのひとりごとなんだが……」
ルナはおもむろに顔を上げると、ソレイユが一冊のアルバムを捲っている姿があった。
彼女が語ったのは数十年前――まだルナが誕生する前の事だ。
――それは湊音とすみれが入籍した後の話。
二人の新居に招かれ、手土産を摘んで他愛もない会話が弾む中、その話題が突如現れたのだ。
『あのさ。燦に聞いて欲しい事があるんだ』
未だに外で『燦』と呼ばれるのは慣れず、むず痒い想いを隠して話の続きを待つ。
『実は娘を創ろうと思ってるんだ』
『そうか……は!?』
最初は耳を疑った。ソレイユは事情を知っている。それ故に何を言い出すのかと驚いたのだ。
理由を聞こうとするとはぐらかされてしまったが、少なからず湊音の探究心も理由の一つだろうと推察すると、案の定湊音がバレたという顔をする。
『これから製作に入るみたいでさ。少しの間、湊音があんまり会えないかもって』
『少しの間って、どのくらい?』
早く見積もっても三年程だろうと言われて寂しくなったが、今日は二人を祝福しに来たのだと心を上書きして応援する事にした。
何も、会う頻度が減るのはソレイユだけではない。会えなくなる分、すみれに会いにいけばいい。
『……それでさ。改まって燦にお願いがあるんだ』
『お願い……?』
すみれから切り出されたお願いとは『自分達がこの世を去った後、機械少女をよろしく頼む』というもの。
その意味に気付いた時、ソレイユは涙が溢れて止まらなくなったという――
「一人にさせたくないからって……本当、自分勝手な奴らだって思ったよ」
気付いた時にはルナの瞳から涙が零れていた。
ただのロボットにすればいいものを、魔力を注いでもらえばいいだけの事を、どうして機械の身体に鉱石を入れたのだろうかと、ずっと疑問視していた事だ。
感情が高ぶり、涙が止まらなくなる。拭っても拭っても涙が止まらないルナの身体を、ソレイユが強く抱き締めてくれた。
◆
時は過ぎ、ルナは今、家族とソレイユと共にピクニックを堪能している。
ソレイユのお手製サンドウィッチが絶品だと両親が絶賛する横で、ルナと珀姫はソレイユのお手製でんきあめを口いっぱいに頬張った。
場所は本館から南南東。黒斗の家より手前ではあるがそれなりの距離がある。
花畑が見える拓けた草原で風の声を体感した。
――風って、こんなに気持ち良かったっけ……?
小さな疑問と大きな不安を胸に今を大切にする。今のルナが出来る事といえばそれくらいだ。
「はぁー! 幸せだなぁ!」
すみれはレジャーシートの上で大きな伸びをする。それは清々しい程の満面の笑みを浮かべていた。
「あたし、魔女のアトリエで暮らせて本当に良かった」
今度は嬉しそうに天を掴もうとしている。
「琉奈と珀姫、ソレイユと――まさか如月家がこんな大家族になるとは思ってもなかったけどさ」
「おいおい、オレはお前らの子供になるつもりはないぞ」
「あはは、ごめんごめん」
すみれの視線がルナと珀姫に向いたので、ルナの身体が少しだけピクっと動いた。
「ルナはいつの間にか立派な魔女になったしねぇ」
「……えへへぇ」
すみれに頭を撫でてもらい、ルナは嬉しくなった。
髪を結ってもらったり、服を選んでもらったり。すみれと過ごした時間はどれもかけがえのないものだ。
「ねぇ、母さん」
「んー?」
「ボク、母さんの娘として生まれて、幸せだよ」
ルナは母を優しく抱きしめた。
人の身体はこんなにも柔いものだったのか。
人の身体はこんなにも温かかったのか。
人の身体はこんなにも軽いものだったのか。
人の心はこんなにも愛情深いものだったのか。
珀姫が続いて抱きついたので、三人でそのまま倒れ込んだ。
少し痛そうな声を漏らしていたが、それ以上の笑い声が覆い隠してしまう。
「嬉しいなぁ……! すっごく、嬉しいなぁ……!」
すみれが泣きながら笑うので、ルナ達も涙して笑った。
日が傾こうとしたので、帰宅の準備をする。
ルナと珀姫でピクニックセットを、湊音は大きなレジャーシートを片付けた。
「すみれ、立てるか?」
「うん、ありがと。……あのさ」
ルナがふと目をやると、すみれがソレイユの耳元で何かを囁いている。
「……」
ルナは何も聞かない事にした。
◆
数日後。
すみれの容態が急変した。
急遽病院へと搬送されたが、意識が戻る事はなく、暫くして生命の灯火が消えてしまった。
死因は彼女が生まれつき抱えていた持病によるもの。
数十年前に余命を宣告されていたが、ここまで生き長らえたのは奇跡だと医師が驚いていたらしい。
人間との接点が少ないとはいえ、身近な人の皺や衰えが増えると、何一つ変わらないこの身体に何とも言えない感情が湧き上がってくる。
「母さん、調子はどう?」
ルナは一杯の麦茶をトレーに乗せてすみれがいる介護用ベッドのある部屋へと向かった。
数ヶ月前、すみれが突然倒れてしまい、街まで下りて入院していたが、つい先日退院したばかりだ。
「ありがと。今日は凄く調子がいいよ」
すみれはもう、長くはないらしい。一命を取り留めはしたものの、ルナ達はショックを隠しきれなかった。
それでもここに引っ越してきたおかげで延命出来ていたのだと、後に湊音から聞かされる事になる。
「ねぇ、琉奈。今日は散歩に行きたいから連れてってくれる?」
「うん、いいよ」
部屋の隅に置いてある車椅子をベッドまで運ぶと、それに座る補助を行う。
ルナ達は家を出ると真っ先にアトリエへ向かう事にした。
水車小屋と川を通り過ぎて本館の横を歩くと、暖かい日差しと冷たい風が二人を横切っていく。
前方に籠を持った瑠璃が陶芸部屋へ歩いていく姿が見えたので、先ずはそちらへ足を運ぶ事にした。
「こんにちはー」
開きっぱなしの扉をノックして部屋に入ると、作業をしている蛍吾の口にわらび餅を運んでいる瑠璃の姿があった。
叫び声が部屋中に響き渡る。瑠璃と蛍吾は顔を真っ赤にして顔を逸らしてしまった。
「「ふむふむ……。なるほどぉー?」」
ルナはすみれと同じようにニヤニヤ顔を二人に向ける。
「ち、違いますよ!! 蛍吾さんは今両手が塞がってますし、そんなんじゃ……!」
瑠璃が首と両手を振っている横で、蛍吾がほっぺを落とした様子でわらび餅を食べている。
来訪者にからかわれている最中でも作業を止めないところは彼らしさが滲み出ていた。
この部屋に置かれている物の全ては翔平からのお下がり。土等の材料は街で購入したものを使っているらしい。
今は試作品を作っているらしいが、目の前にあるのは奇抜な形をした人形のように見える。
本人曰く、売れるかどうかはさておき、抽象的な芸術作品を作りたいらしい。
「そういやぁ、珀姫は?」
「多分、藍凛ちゃんのところじゃないかな?」
蛍吾の作業風景を堪能した後、ルナはすみれを連れて藍凛がいる別館の作業部屋へと向かった。
開いたままの扉の中から藍凛と湊音の活き活きとした声が聞こえてくる。
「わ、私でいいんですか……!?」
「あぁ。君が適任だと思うから」
会話が続く最中、ルナは風魔法で車椅子を浮かせ、段になっている玄関を越えて中へと入った。
そこには椅子に座って楽しそうにしている珀姫と、目を輝かせて立ち話をしている藍凛と湊音が居た。
「こんにちはー。何の話してんのー?」
いつもの調子ですみれが話しかけると、目の前にいる二人が目を輝かせたままルナ達に顔を向けた。
「実は僕の技術を藍凛ちゃんに引き継いでもらおうと思ってだね」
湊音がドヤ顔を決め込んでいる。
話を聞くと、今回伝授するのは『ルナと珀姫の定期検診』に関してらしい。
その技術は製造者である湊音しか知らない特殊なものだそうだ。
「実は奏にも教えていないんだよ。頼もうとしたんだけど、『適任な奴が他にもいるだろ』って断られちゃってさ」
如月家の一室には機械少女のメンテナンス部屋が設けられており、キサラギグループ専用の特殊な機材が置かれている。
今後は藍凛の来訪が増えるようだ。
「……あ、そうだ。珀姫」
湊音は唐突に鞄を漁り、一つの箱を取り出して珀姫に渡した。
ルナはその箱に見覚えがある。
「遅くなったけど誕生日プレゼントだよ。開けてみて」
珀姫が言われた通りに箱を開ける。彼女の手の中にはルナが装着しているものと同じ《拡張型集音器》があった。唯一違うのは耳だ。
「わぁー! ネコさんの耳だー!」
珀姫はご機嫌な様子で拡張型集音器を装着していた。
「ギリギリまで悩んだけど作る事にしたんだ。琉奈の話からして、現状なら問題なさそうだしね」
これも黒斗と碧のおかげだとルナは心底感謝している。
引っ越したばかりの頃、二人に音の悩みについて打ち明けたところ、防音効果のある魔導具が完成し、それらを各個室に取り付ける事で問題が解決したのだ。
――父さんと母さんがイチャついてるのもだけど、珀姫が歌ってるとことか、桜結とババアの会話とか、颯と蛍吾の会話とか、聞かないようにするの大変だったんだよなぁ……。
思い出すだけでげんなりしてしまうが、当人が目の前に居るので平常心を保つ事にする。
「いいかい? 猫耳を使う時は父さんと琉奈の言う事をちゃんと聞くんだよ?」
珀姫が満面の笑みを浮かべている姿を見ながら、ルナは色んな想いを巡らせていた。
「ねぇ。今度さ、家族でピクニックに行こうよ。ソレイユも一緒にさぁ」
すみれが天を仰いで言った。
綿雲が広がる草原で、大切な人達と花畑を見たい。
そう語るすみれは儚げで幸せそうだった。
「そうだね。行こうか」
この時のルナは、湊音が頷いている姿をただただ見つめる事しか出来なかった。
◆
夕餉の時を迎え、如月家はルナを残して帰宅して行った。
ルナは椅子に座ったままでんきあめを見つめて、止まらない思考に襲われ続けている。
「おい、ルナ。どうした?」
片付けを済ませたソレイユに声をかけられる。
今はあまり、誰かと話したい気分じゃない。ルナは颯爽とこの場を去ろうとしたが、手首を掴まれ、そのまま彼女の部屋へ連行されてしまった。
ソレイユの部屋は何処か艶やかさを纏ったシックな家具が揃っている。
散らかり具合は相変わらずだが、多少目を瞑っていれば大人な気分に浸らせてくれるだろう。
ルナは椅子に座らされ、ソレイユは自身のベッドに腰を下ろしていた。
秒針が動く音がやけに大きい。静寂なのは有難いが、出来れば今は雑音が欲しかった。
「これはオレのひとりごとなんだが……」
ルナはおもむろに顔を上げると、ソレイユが一冊のアルバムを捲っている姿があった。
彼女が語ったのは数十年前――まだルナが誕生する前の事だ。
――それは湊音とすみれが入籍した後の話。
二人の新居に招かれ、手土産を摘んで他愛もない会話が弾む中、その話題が突如現れたのだ。
『あのさ。燦に聞いて欲しい事があるんだ』
未だに外で『燦』と呼ばれるのは慣れず、むず痒い想いを隠して話の続きを待つ。
『実は娘を創ろうと思ってるんだ』
『そうか……は!?』
最初は耳を疑った。ソレイユは事情を知っている。それ故に何を言い出すのかと驚いたのだ。
理由を聞こうとするとはぐらかされてしまったが、少なからず湊音の探究心も理由の一つだろうと推察すると、案の定湊音がバレたという顔をする。
『これから製作に入るみたいでさ。少しの間、湊音があんまり会えないかもって』
『少しの間って、どのくらい?』
早く見積もっても三年程だろうと言われて寂しくなったが、今日は二人を祝福しに来たのだと心を上書きして応援する事にした。
何も、会う頻度が減るのはソレイユだけではない。会えなくなる分、すみれに会いにいけばいい。
『……それでさ。改まって燦にお願いがあるんだ』
『お願い……?』
すみれから切り出されたお願いとは『自分達がこの世を去った後、機械少女をよろしく頼む』というもの。
その意味に気付いた時、ソレイユは涙が溢れて止まらなくなったという――
「一人にさせたくないからって……本当、自分勝手な奴らだって思ったよ」
気付いた時にはルナの瞳から涙が零れていた。
ただのロボットにすればいいものを、魔力を注いでもらえばいいだけの事を、どうして機械の身体に鉱石を入れたのだろうかと、ずっと疑問視していた事だ。
感情が高ぶり、涙が止まらなくなる。拭っても拭っても涙が止まらないルナの身体を、ソレイユが強く抱き締めてくれた。
◆
時は過ぎ、ルナは今、家族とソレイユと共にピクニックを堪能している。
ソレイユのお手製サンドウィッチが絶品だと両親が絶賛する横で、ルナと珀姫はソレイユのお手製でんきあめを口いっぱいに頬張った。
場所は本館から南南東。黒斗の家より手前ではあるがそれなりの距離がある。
花畑が見える拓けた草原で風の声を体感した。
――風って、こんなに気持ち良かったっけ……?
小さな疑問と大きな不安を胸に今を大切にする。今のルナが出来る事といえばそれくらいだ。
「はぁー! 幸せだなぁ!」
すみれはレジャーシートの上で大きな伸びをする。それは清々しい程の満面の笑みを浮かべていた。
「あたし、魔女のアトリエで暮らせて本当に良かった」
今度は嬉しそうに天を掴もうとしている。
「琉奈と珀姫、ソレイユと――まさか如月家がこんな大家族になるとは思ってもなかったけどさ」
「おいおい、オレはお前らの子供になるつもりはないぞ」
「あはは、ごめんごめん」
すみれの視線がルナと珀姫に向いたので、ルナの身体が少しだけピクっと動いた。
「ルナはいつの間にか立派な魔女になったしねぇ」
「……えへへぇ」
すみれに頭を撫でてもらい、ルナは嬉しくなった。
髪を結ってもらったり、服を選んでもらったり。すみれと過ごした時間はどれもかけがえのないものだ。
「ねぇ、母さん」
「んー?」
「ボク、母さんの娘として生まれて、幸せだよ」
ルナは母を優しく抱きしめた。
人の身体はこんなにも柔いものだったのか。
人の身体はこんなにも温かかったのか。
人の身体はこんなにも軽いものだったのか。
人の心はこんなにも愛情深いものだったのか。
珀姫が続いて抱きついたので、三人でそのまま倒れ込んだ。
少し痛そうな声を漏らしていたが、それ以上の笑い声が覆い隠してしまう。
「嬉しいなぁ……! すっごく、嬉しいなぁ……!」
すみれが泣きながら笑うので、ルナ達も涙して笑った。
日が傾こうとしたので、帰宅の準備をする。
ルナと珀姫でピクニックセットを、湊音は大きなレジャーシートを片付けた。
「すみれ、立てるか?」
「うん、ありがと。……あのさ」
ルナがふと目をやると、すみれがソレイユの耳元で何かを囁いている。
「……」
ルナは何も聞かない事にした。
◆
数日後。
すみれの容態が急変した。
急遽病院へと搬送されたが、意識が戻る事はなく、暫くして生命の灯火が消えてしまった。
死因は彼女が生まれつき抱えていた持病によるもの。
数十年前に余命を宣告されていたが、ここまで生き長らえたのは奇跡だと医師が驚いていたらしい。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる