機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

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Episode 6【碧-Ao-】

#44《避雷蓄電塔のお話》

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 一週間程が経過した頃、ルナは藍凛あいりを連れて避雷蓄電塔へ来ていた。
 宝石達をアトリエに迎えてから今日までの間、この設備には近付くなと厳しく忠告している。
 ここには雷属性の魔力――元い電力エネルギーが地下深くに貯蓄されている。
 雷雨はもちろん、大地の魔力や、生活ゴミが電力変換されたものが全てこの塔の中にあった。
 橙色の煉瓦が積み上がったこの塔はおおよそ十階建ての建築物と似た高さを持ち、更にその上に避雷針が備え付けられている。
 その塔を分厚い塀が囲ってあるほど危険な場所なのだ。


「実はね、この数ヶ月の間で不具合が増えていってるんだ。今までは師匠がメンテナンスをしていたから方法がわからなくてさぁ」


 彼女が教えられたのはのみで、修理自体はソレイユ自らが行っていた。
 気軽に頼める事ではないからと躊躇していたが、そうこう言っている場合ではなくなった為、こうして藍凛あいりに来てもらったのだ。


「ボクはこの身体だから上にも下にも行けなくてさぁ。電力が強いから身体がショートするって、師匠からも『絶対に入るな』ってキツく言われてるんだよねぇ……」

「あー……。そうね、確かにルナは行かない方がいい。それだけ電磁波の影響も受けやすいって事だろうから……」


 藍凛あいりは塔を見上げながら魔法を発動させている。
 扉を開けると六畳ほどの大きさの部屋があり、手前一畳分は入口と内部を隔てる強化ガラスと内扉、その奥には沢山の機械が壁側に置かれていた。
 突き当たりまで進むと両側に扉が付いており、右扉には《充電室》、左扉には《蓄電室》と白いドアプレートに書かれている。
 この部屋の壁や床、天井は絶縁ゴムで覆われていた。
 機械にあるスイッチ全てに小さなランプが左隣に付いており、それらのいくつかは緑色に点灯している。


「消灯しているランプがあるでしょ? これが不具合が出ている証拠なんだけど、この不具合の多さは初めて見るんだ。師匠が居ない今、頼れるのは藍凛あいりしかいないんだよ……」

「なるほど……」


 藍凛あいりは一つずつ機械を確認していく。
 機械は扉に合わせ左右に分けて設置されている。
 後ろの配線の方向から、右側の機械は充電室、左側の機械は蓄電室を指しているのではないかと推察した。


「確認してみないと何とも言えないわね……。防護服を着るの、手伝ってもらってもいい?」


 藍凛あいりは予め持ってきていた防護服を専用の鞄から取り出し着用する。
 この防護服は黄色屋根倉庫の異空間に保管されており、この塔の為に作られたそれは専用の鞄に入れられている。
 それは鞄を開けた人のサイズに変換される為、藍凛あいりの身体にジャストフィットした。
 全身に纏った姿は宇宙服のようだ。


「それじゃあ一度確認してくるから、ルナは扉を閉めて待っていてくれる?」

「うん、お願いー」


 ルナは指示通り内扉の先にある玄関へ移動して扉を閉めると近くに置いてある椅子に座った。
 今までのメンテナンスの際も、終わるまではこの場所で待機するように指示されている。
 魔女になりここで暮らし続ける為には必要な事だと教わっていたからだ。
 ――待っている間は暇だけど、内部の点検中は外にも出るなって言われてるからどうしようもないんだよねぇ。
 自分がソレイユや藍凛あいり達と同じ身体だったら――そんな悔しさに苛まれる。
 ロボットとも魔石族とも言い切れない、どっちつかずのこの身体は、確かに双方良い所がある。
 極力長所しか見ないようにはしているが、出来ない事と直面すると揺らいでしまうのだ。
 大きなため息を吐くと少し高い位置にある窓ガラスから外を眺めていた。

 ◆

 ルナが扉を閉めたのを確認すると、藍凛あいりは左右の扉の前で立ち止まったまま顎に手を当てている。
 どちらから見に行くべきかを悩んでいると、身体が淡く光り魔法が発動する。
 ――そうね、今は晴れているから、先に上に行こう……。
 藍凛あいりは充電室から確認する事にした。
 扉を開けると壁伝いに沿った螺旋階段があり、内側に機械が敷き詰められている。


「これ、本当に魔法で創られたものなのかしら……?」


 疑問を抱いてしまう程、設備は人が作った機械にしか見えない。
 まずは全体の構造を知る必要がある。
 藍凛あいりはまず最上階へ向かう事にした。
 よく見ると機械には一階にある物と同様のランプが付いており、点灯している物とそうでない物がある。
 ランプの隣りには数字が書かれてあった。


「そういえば、入口の機械のスイッチの横にも数字が書かれてあったわね……」


 管理室にある機械の数字と同期しているのだろう。
 充電室内にある機械はどれも鍵がかけられている。
 パズルピースの様な変わった形が左端に描かれていた。
 鍵は預かっていないので、中を確認するには一度ルナの元へ戻らなければならない。
 ――ひとまずは頂上ね。
 藍凛あいりは歩みを止めることなく上り続けた。

 そうして上り続ける事おおよそ五分、天井が見えた。
 中心部にある円柱の物体が天井を突き抜けており、その先に大きな避雷針が備え付けられている。
 円柱はよく見ると橙色の光を放っていた。


「……なるほど、付加エンチャントされているのね」


 藍凛あいりは魔法を発動させながらポツリと呟いた。
 頂上から中心部を見下ろすと橙色の光が機械の後ろにある配線と繋がるように流れているのが見える。
 避雷針が受け取った雷は円柱を伝い、付加エンチャントされた雷属性の魔法が機械を通じて蓄電室へ送られる仕組みであると藍凛あいりは結論付けた。


「鍵をもらう前に地下を確認しておこう……」


 煉瓦の壁を伝って降りる。
 手摺がないのは不便だなと心の中で嘆いた。
 ――今後も任せてもらえるのなら勝手に取り付けてしまってもいいかしらね……?
 自身の魔法を頼りに行動すれば何とでも出来ると、自信あり気な笑みを浮かべながら想像を膨らませていた。
 数分かけて一階へ辿り着き、蓄電室の扉を開けながら出入口にいるルナへ視線を向ける。
 外壁のガラス窓から空を眺めている姿を横目にそのまま地下へ潜った。


「わっ……!」


 少し下った先の中心側は充電室とは違い、ガラスと機械が交互に積み重なったかのような形状をしている。
 機械は充電室のものと同じ見た目をしているので、数字さえ把握していれば作業は何とかなるだろう。
 機械の間に挟まっているガラス達は二メートル程の高さをぐるりと一周しており、中心部の様子が見える創りとなっていた。
 充電室の円柱にあった橙色の光が液体に混ざったかのようにうごめいて見える。


「魔法を混ぜる事で蓄電を可能にさせているって事かしら……。凄い……」


 藍凛あいりは目と身体を輝かせながら奥深くへ潜航する。
 未知のセカイへ足を踏み入れるような高揚感が彼女を包み込んだ。
 そうして到着した奥底には数十個あると思われるパイプが中心部から三百六十度に広がって外壁と繋がっている。
 ここから敷地一体に電気を送っているのだろう。


「なるほど……」


 藍凛あいりは機械を確認すると北東へ二つのパイプラインのランプが点灯している。
 アトリエと管理人の家へと電力を届けているのだろう。
 全てを確認し終えた藍凛あいりは数分かけて一階へと戻り、玄関側の内扉を開けた。


「あっ、どうだったー?」

「面白い創りをしているのね。興味をそそられるものだらけだったわ」


 藍凛あいりはやる気に満ちたオーラを放っている。


「不具合の内容にもよるけれど、箇所が多いから一日では終われそうにないわね。機械の中を確認した上で計画を立てない事にはなんとも……」

「うん、藍凛あいりのペースでお願いするよ。ボクにはどうする事も出来ないし、現時点では生活に支障はないっぽいから」

「最終確認だけはルナにも居てもらわないといけないけれど……」

「大丈夫だよ! 藍凛あいりの作業中はボクもここに居るから」


 ルナはそう言って椅子の背もたれ側の上部に設置されている手のひらサイズの円形型スイッチを指さした。
 それは誤って押してしまわぬようにガラスで囲われている。


「これ、避雷蓄電塔のブレーカーなんだ。藍凛あいりにもしもの事があったら電源を切って助けに行くから」


 電源を切ると停電するけどねと苦笑する。
 そうして今度は持ってきていた防護服の入った鞄からもう一着、作りが違う防護服を取り出した。


「これ、師匠が作ってくれたボク専用の防護服なんだ。電源を切った時だけは、この服を着れば中に入れるから、すぐに助けにいけるよ!」


 過去に試したから大丈夫だとルナは言う。
 今までは歴代の管理人がここで待機していたらしく、ルナが住み込み修行を始めるまでの間は翔平がこの役割を担っていたのを遠くから見ていたと語った。


「ところで……機械の鍵を借りたいのだけど、特殊な形をしているのよね?」

「うん。パズルのピースが鍵になってて、機械全部が違う鍵になっているハズだよ! 使うの大変だろうなぁ……」


 ルナは管理室に入ると、コンテナの中から大きな工具箱を取り出す。
 衣類召喚箱より一回り大きい工具箱は同じ構造をしている。
 両手で抱えて移動するには持ちにくいように見えた。
 よく見ると上部には取っ手がついている。
 工具箱を手渡され、想像以上に軽い事に藍凛あいりは驚いた。
 その場で工具箱を開けると見知った工具が沢山入れられている中、十センチ四方の黒いポーチが隅っこにあった。
 開けてみると先程話していたパズルのピースが沢山入っている。
 ピースは全てチェーンで繋げられており、ご丁寧にも裏側には数字が書かれている。
 探す手間が省けるのは助かると安心したのだった。


「あんなに軽いのにこんなに沢山入ってたんだねぇ……」


 交易用の荷車と同じだと、中身を初めて確認したルナが驚いている。
 彼女が言うには工具箱に入れられている物全てが魔導具のようだ。


「それじゃあ今度は機械の中を見てくるから、また待機してもらっていい? 調べるのは一箇所だけだからすぐ戻るわ」

「おっけー! 待ってるね!」


 ルナは二カッと笑うと部屋を出て待機場所へ座り、ガラス越しに手を振った。
 釣られて藍凛あいりも手を振り返すともう一度充電室へと入った。
 今度はここから最初に消灯している機械まで上ると、数字を確認し、同じ番号のパズルピースを探した後、それを鍵の凹みに合わせてかざす。
 機械にピースが引き寄せられると共にガチャッと開く音がした。
 ピースが嵌った左側の凹みを指に引っ掛け手前に引いて開けると、基盤と配線が沢山張り巡らされている。
 どれも人間が編み出した物と同じように見えるが、何かが違うと藍凛あいりの魔法がそれを示した。


「そうか……これ、全部なんだ……」


 藍凛あいりは感銘を受ける。
 正確にはこれらは全て魔法が付加されたパーツで組み立てられている。
 未知なるセカイとは正にこの事だ。
 藍凛あいりは基盤の隅々まで状態を確認した。


「なるほど……基盤やパーツの劣化が原因ね……」


 工具箱の中には各パーツと配線類が透明なケースに入れられている。
 ――さて、どこから手をつけていこうかしら……。
 藍凛あいりはルナに相談しに一階へ戻った。
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