45 / 103
Episode 6【碧-Ao-】
#45《いつものお出かけのお話》
しおりを挟む
ルナが藍凛を連れて避雷蓄電塔へ連れて行った頃、黒斗と碧はいつもの修行へと出かけていた。
今回はいつもと違い、南西の端へ向かっている。
『え? 敷地の外に私も行っていいの?』
『うん。ボクか黒斗が一緒なら構わないよ。絶対に離れないって約束してくれるならね』
唐突にルナから許しを得て、こうして今敷地外へと向かっている。
先日の師弟間でのやり取りがあった、魔晶石と無属性クリスタルの収集が目的だ。
日帰りで行ける範囲なら出ても構わない。
寧ろ目当ての探し物は敷地内だけで集めるには乏しいのだ。
魔力感知能力を習得した黒斗であれば道に迷う事もなく帰宅出来る。
彼の実力を認めているからこそのルナの決断だった。
「着いたよ。ほら、あれが境界線の目印」
二人は敷地の境界線へと到着する。
ツタを這わす大木は疎らに数箇所あり、それらは手では解けないほど不自然で固く縛られている。
碧は物珍しそうに触れたり見つめたりしていた。
「近くに探し物があるからそれ取ってからでいい?」
「いいよ。この前ルナが持ってた魔導具を使うんだっけ?」
「うん。でも俺には何処にあるか視えてるから、それが無くても見つけられるんだよな。碧、見てみる?」
そう言って黒斗は魔導探知機を差し出し、無くすなと念を押して首にかけるように指示をする。
「今ちょっとだけ光ってるのわかる? それが反応している証拠なんだけど、近付くと今より光るから、着いた時にもう一度見てみろよ」
「うん、わかった!」
碧は嬉しそうに探知機を見つめた。
そこからさらに南西へと進むと、十分程で目当ての場所に到着する。
碧がもう一度探知機を確認すると先程より光が強くなっていた。
「せっかくだしそれで探してみろよ」
「ふぇ、いいの?」
「いいよ。興味あるだろ?」
碧は張り切った様子で宝探しを開始した。
首からぶら下げた魔導探知機を見つめ、たまに躓きそうになりながらあちこち探し回っている。
黒斗は場所を把握しているが、本人の反応が見たいが為にニヤつきながら傍観していた。
その傍らで先日の颯達とのやり取りが頭の中で浮かび上がった。
友達と接している間柄には見えない。
皆と同じように交流していると思っていたが、周りからはそういう風には見えないらしい。
『オマエ、碧ちゃんの事好きなんだろー?』
やたら碧の話題を振ってくる颯に言われ。
『お付き合いしているものだと思ってたよー』
出会って間もない蛍吾に言われ。
『ボク達の間に割り込んで勝手にイチャイチャしないでよ!』
拗ねた様子のルナに言われ。
『二人って本当に仲がいいよね』
微笑ましいと言わんばかりの笑顔で瑠璃に言われ。
『……黒斗って碧には普通に触れるのね?』
不思議そうな顔をした藍凛に言われた事があった。
――あれ? 言われてみれば確かに……。
この数ヶ月間、黒斗は魔導図書室で天体以外の本にも手を出している。
その中の一つ二つに雑誌と漫画があり、颯と一緒に読む機会が度々あった。
颯の好みのジャンルである人付き合いもの――友達や恋人、家族等に纏わる内容のものによく目を通していた。
――好きってなんだろう?
黒斗は幅広く深い言葉にふと疑問を抱き考えてみた。
毎晩食べている料理は美味しい。
アトリエは本館・別館共に住み心地がいい。
別館では実質一人暮らしで何もないのが欠点だが……。
星空を見る日課は毎日の楽しみだ。
皆と過ごす時間は楽しい。
そして、目の前に居る彼女と過ごすのは居心地がいい。
きっとそれらは全て《好き》に該当するのだろう。
「……」
これ以上考えると普段通りで居られなくなりそうだと気付き、黒斗はここで考える事を止めた。
「黒斗ー……」
碧が涙目で黒斗に訴えかけている。
この様子だとわからないのだろうと察して思わず笑みが零れた。
「惜しいな。正解はここ」
黒斗は草むらに隠れた無属性クリスタルを収集すると、それを碧の持つ魔導探知機へと近付ける。
「「……」」
先程よりも輝いてはいたが威力は乏しい。
二人は探知機を見つめながら黙り込んでしまう。
木々の囁き声と快晴の日差しが時の流れを教えてくれる中で、突然糸が切れたかのように二人の笑い声が森中に響く。
「ちょ、こんなんわかんねぇって」
「もぉー。ちゃんと確認してなかったでしょ!?」
「だって、ここまで変化がないなんて思わなかったしさぁ」
哄笑が空気を和ませ、安心感を増幅させる。
今はこの愉しさに浸っていたい。
黒斗は先程の悩みを振り払い、共に過ごす時間を優先する事にした。
「この辺りにはもうないから行こっか」
二人はうわずった気分のまま未知の領域に足を踏み入れる。
木々が覆うだけの道を数分ほど歩いた先には草原が広がっていた。
目を細めた先には崖のような岩場が見え、所々に花が咲いているのどかな場所だ。
適当な場所を選び、碧が鞄から取り出したレジャーシートを敷くと、二人はそこに腰を下ろした。
足を伸ばして座っても余裕のあるレジャーシートの上で二人分の飲み物が注がれる。
微量のシロップが入ったアップルティーの香りと景色を堪能していた。
「綺麗な所だね」
景色に見惚れる碧の横髪が風に靡いた。
この辺り一帯は何処を見渡しても生物が居る気配がない。
黒斗が魔力感知能力を発動させてもそれらしいものは視つからなかった。
今この場には黒斗と碧の二人しか居ないのだと意識してしまい、思わず顔を背けてしまった。
「ふぇ……? どうしたの?」
「え、あ、いや、なんでもない……」
碧が首を傾げで見つめる中、目を合わせられず、顔が熱くなる。
――考えれば考えるほど調子狂うんだよなぁ……。
いつもの調子が出ないのは宜しくない。
黒斗は振り払うように首を振ると修行を開始した。
各々のペースで始められるこの時間は気楽でいい。
そう思いながら続けていく内に魔力感知能力が自然と発動する。
普段とは違い、魔力の地脈が流れている様子が黒斗には視えていた。
それをただただ感じ取っていくのだ。
「…………」
碧は鞄からスケッチブックを取り出し、中に挟んでいる画用紙をそれの上に乗せて絵を描く準備をする。
始めた頃と比べても碧の画力は格段に上がっており、今では鉛筆一本で風景画を描き上げてしまうほどに成長している。
遠出する時は鉛筆、近場の時は水彩絵の具を持ち出していた。
今回持ってきたのは缶の入れ物に入れられた三原色の色鉛筆だ。
碧は色鉛筆を取り出そうと入れ物を開けようとした。
「あっ……!」
強めの風が右斜め後ろから一瞬だけ通り過ぎ、その風はあっという間に画用紙を連れ去っていく。
画用紙は風の思うままに飛ばされ、遠くへ向かったかと思えば左側に曲がってふわっと落ちた。
「どうしよう……」
ルナの言いつけが脳内再生される。
『絶対に離れないって約束してくれるならね』
持ってきたスケッチブックは全て埋め尽くされており、未だ錬金術で創っていないので、今日の分を描く為に画用紙を持ってきたのだ。
幸い、画用紙が落ちた場所はここからでも十分確認出来る。
――すぐ戻るし、取りに行ってもいいよね。
集中している黒斗を横目に画用紙を取りに行った。
立ち上がって軽い足取りで走り、画用紙が落ちた場所へと向かう。
二分も経たない内に辿り着くと、息を整えながらしゃがみ込み画用紙に手を伸ばした。
「あっ!」
今度は左斜め後ろから風が吹き、手に取る寸前だった画用紙が宙を舞う。
風は画用紙を更に遠くへと連れ去ってしまった。
この位置から飛んで行った画用紙は見える場所にある。
「……戻ろう」
碧はしょぼんとした顔で来た道を引き返す。
どれだけ視野の広い草原でも、これ以上先へ行ってしまえば黒斗に迷惑をかける。
――待ってる間にこっそり忍ばせておいたおやつを食べてしまおう。
大好きなおやつを食べる自分を想像してニヤけた顔で戻ろうとした時だった。
「!?」
ガラスの割れた音が響いたと同時に碧は倒れ込んだ。
右手で胸を抑え、喘鳴が聞こえるほどの呼吸になる。
時間をかけて上半身を起こしたが、立ち上がるのは困難な程だ。
「や……だ……助け……」
過呼吸になる身体で声を発する事も難しくなり、そこから一歩も動けなくなってしまった。
「……碧?」
黒斗は魔力の異変を感知し修行を中断すると、再度魔力感知能力を発動させる。
――碧の様子がおかしい……!
急いで彼女の元へと向かった。
――魔力が弱まってる。……何かが割れる音も聴こえた。
黒斗は魔力感知能力を覚醒させた日の事を思い返していた。
突然視えるようになった魔力に混乱し、ルナに会うべく光の強い魔力の元へと走ったあの時。
別館へ向かう碧の魔力は著しく輝いていた。
黒斗が視た強い魔力はルナではなく、碧だったのだ。
今視えている彼女の魔力は、自分を含めたルナ達と同じ明るさの魔力だ。
――嫌な予感がする……。
心がざわめく中、全速力で走った。
「……え」
到着した黒斗の背筋が凍る。
碧は息を切らしながら地べたに座り込んでいた。
彼女の身体からは光り輝く羽衣のようなものが身体に繋がった状態で空高く泳いでいる。
その光り輝く羽衣のようなものを《ベール》と呼ぶとして、そのベールは先程まで碧を包み隠していたもの。
今まで視てきた輝きの強い魔力はおそらくこの《ベール》だ。
「…………」
黒斗の身体が強ばり、身動きが取れなくなった。
攻撃を受けたわけではない。
身体が怖いと叫んでいる。
座り込んだままの碧の顔色は悪く、この世の終わりを見ているかのような表情で怯えている。
先程までは無かった傷痕が両腕に沢山付いていた。
「やっと会えた……」
黒斗はポツリと呟く。
目の前に居る彼女は、黒斗が今まで視ていた本来の彼女だ。
魔力感知能力を発動している時と似てたまに二重に視える――という表現が近いのかもしれない。
そして師弟間で直接話題に触れた事はないが、ルナにも本来の碧の姿は視えている筈だ。
けれど宝石達には視えていない。
表面上の、ベールに包まれた彼女しか皆は知らない。
黒斗がその違和感を最初に抱いたのは、碧と初めて出会った時だった。
今回はいつもと違い、南西の端へ向かっている。
『え? 敷地の外に私も行っていいの?』
『うん。ボクか黒斗が一緒なら構わないよ。絶対に離れないって約束してくれるならね』
唐突にルナから許しを得て、こうして今敷地外へと向かっている。
先日の師弟間でのやり取りがあった、魔晶石と無属性クリスタルの収集が目的だ。
日帰りで行ける範囲なら出ても構わない。
寧ろ目当ての探し物は敷地内だけで集めるには乏しいのだ。
魔力感知能力を習得した黒斗であれば道に迷う事もなく帰宅出来る。
彼の実力を認めているからこそのルナの決断だった。
「着いたよ。ほら、あれが境界線の目印」
二人は敷地の境界線へと到着する。
ツタを這わす大木は疎らに数箇所あり、それらは手では解けないほど不自然で固く縛られている。
碧は物珍しそうに触れたり見つめたりしていた。
「近くに探し物があるからそれ取ってからでいい?」
「いいよ。この前ルナが持ってた魔導具を使うんだっけ?」
「うん。でも俺には何処にあるか視えてるから、それが無くても見つけられるんだよな。碧、見てみる?」
そう言って黒斗は魔導探知機を差し出し、無くすなと念を押して首にかけるように指示をする。
「今ちょっとだけ光ってるのわかる? それが反応している証拠なんだけど、近付くと今より光るから、着いた時にもう一度見てみろよ」
「うん、わかった!」
碧は嬉しそうに探知機を見つめた。
そこからさらに南西へと進むと、十分程で目当ての場所に到着する。
碧がもう一度探知機を確認すると先程より光が強くなっていた。
「せっかくだしそれで探してみろよ」
「ふぇ、いいの?」
「いいよ。興味あるだろ?」
碧は張り切った様子で宝探しを開始した。
首からぶら下げた魔導探知機を見つめ、たまに躓きそうになりながらあちこち探し回っている。
黒斗は場所を把握しているが、本人の反応が見たいが為にニヤつきながら傍観していた。
その傍らで先日の颯達とのやり取りが頭の中で浮かび上がった。
友達と接している間柄には見えない。
皆と同じように交流していると思っていたが、周りからはそういう風には見えないらしい。
『オマエ、碧ちゃんの事好きなんだろー?』
やたら碧の話題を振ってくる颯に言われ。
『お付き合いしているものだと思ってたよー』
出会って間もない蛍吾に言われ。
『ボク達の間に割り込んで勝手にイチャイチャしないでよ!』
拗ねた様子のルナに言われ。
『二人って本当に仲がいいよね』
微笑ましいと言わんばかりの笑顔で瑠璃に言われ。
『……黒斗って碧には普通に触れるのね?』
不思議そうな顔をした藍凛に言われた事があった。
――あれ? 言われてみれば確かに……。
この数ヶ月間、黒斗は魔導図書室で天体以外の本にも手を出している。
その中の一つ二つに雑誌と漫画があり、颯と一緒に読む機会が度々あった。
颯の好みのジャンルである人付き合いもの――友達や恋人、家族等に纏わる内容のものによく目を通していた。
――好きってなんだろう?
黒斗は幅広く深い言葉にふと疑問を抱き考えてみた。
毎晩食べている料理は美味しい。
アトリエは本館・別館共に住み心地がいい。
別館では実質一人暮らしで何もないのが欠点だが……。
星空を見る日課は毎日の楽しみだ。
皆と過ごす時間は楽しい。
そして、目の前に居る彼女と過ごすのは居心地がいい。
きっとそれらは全て《好き》に該当するのだろう。
「……」
これ以上考えると普段通りで居られなくなりそうだと気付き、黒斗はここで考える事を止めた。
「黒斗ー……」
碧が涙目で黒斗に訴えかけている。
この様子だとわからないのだろうと察して思わず笑みが零れた。
「惜しいな。正解はここ」
黒斗は草むらに隠れた無属性クリスタルを収集すると、それを碧の持つ魔導探知機へと近付ける。
「「……」」
先程よりも輝いてはいたが威力は乏しい。
二人は探知機を見つめながら黙り込んでしまう。
木々の囁き声と快晴の日差しが時の流れを教えてくれる中で、突然糸が切れたかのように二人の笑い声が森中に響く。
「ちょ、こんなんわかんねぇって」
「もぉー。ちゃんと確認してなかったでしょ!?」
「だって、ここまで変化がないなんて思わなかったしさぁ」
哄笑が空気を和ませ、安心感を増幅させる。
今はこの愉しさに浸っていたい。
黒斗は先程の悩みを振り払い、共に過ごす時間を優先する事にした。
「この辺りにはもうないから行こっか」
二人はうわずった気分のまま未知の領域に足を踏み入れる。
木々が覆うだけの道を数分ほど歩いた先には草原が広がっていた。
目を細めた先には崖のような岩場が見え、所々に花が咲いているのどかな場所だ。
適当な場所を選び、碧が鞄から取り出したレジャーシートを敷くと、二人はそこに腰を下ろした。
足を伸ばして座っても余裕のあるレジャーシートの上で二人分の飲み物が注がれる。
微量のシロップが入ったアップルティーの香りと景色を堪能していた。
「綺麗な所だね」
景色に見惚れる碧の横髪が風に靡いた。
この辺り一帯は何処を見渡しても生物が居る気配がない。
黒斗が魔力感知能力を発動させてもそれらしいものは視つからなかった。
今この場には黒斗と碧の二人しか居ないのだと意識してしまい、思わず顔を背けてしまった。
「ふぇ……? どうしたの?」
「え、あ、いや、なんでもない……」
碧が首を傾げで見つめる中、目を合わせられず、顔が熱くなる。
――考えれば考えるほど調子狂うんだよなぁ……。
いつもの調子が出ないのは宜しくない。
黒斗は振り払うように首を振ると修行を開始した。
各々のペースで始められるこの時間は気楽でいい。
そう思いながら続けていく内に魔力感知能力が自然と発動する。
普段とは違い、魔力の地脈が流れている様子が黒斗には視えていた。
それをただただ感じ取っていくのだ。
「…………」
碧は鞄からスケッチブックを取り出し、中に挟んでいる画用紙をそれの上に乗せて絵を描く準備をする。
始めた頃と比べても碧の画力は格段に上がっており、今では鉛筆一本で風景画を描き上げてしまうほどに成長している。
遠出する時は鉛筆、近場の時は水彩絵の具を持ち出していた。
今回持ってきたのは缶の入れ物に入れられた三原色の色鉛筆だ。
碧は色鉛筆を取り出そうと入れ物を開けようとした。
「あっ……!」
強めの風が右斜め後ろから一瞬だけ通り過ぎ、その風はあっという間に画用紙を連れ去っていく。
画用紙は風の思うままに飛ばされ、遠くへ向かったかと思えば左側に曲がってふわっと落ちた。
「どうしよう……」
ルナの言いつけが脳内再生される。
『絶対に離れないって約束してくれるならね』
持ってきたスケッチブックは全て埋め尽くされており、未だ錬金術で創っていないので、今日の分を描く為に画用紙を持ってきたのだ。
幸い、画用紙が落ちた場所はここからでも十分確認出来る。
――すぐ戻るし、取りに行ってもいいよね。
集中している黒斗を横目に画用紙を取りに行った。
立ち上がって軽い足取りで走り、画用紙が落ちた場所へと向かう。
二分も経たない内に辿り着くと、息を整えながらしゃがみ込み画用紙に手を伸ばした。
「あっ!」
今度は左斜め後ろから風が吹き、手に取る寸前だった画用紙が宙を舞う。
風は画用紙を更に遠くへと連れ去ってしまった。
この位置から飛んで行った画用紙は見える場所にある。
「……戻ろう」
碧はしょぼんとした顔で来た道を引き返す。
どれだけ視野の広い草原でも、これ以上先へ行ってしまえば黒斗に迷惑をかける。
――待ってる間にこっそり忍ばせておいたおやつを食べてしまおう。
大好きなおやつを食べる自分を想像してニヤけた顔で戻ろうとした時だった。
「!?」
ガラスの割れた音が響いたと同時に碧は倒れ込んだ。
右手で胸を抑え、喘鳴が聞こえるほどの呼吸になる。
時間をかけて上半身を起こしたが、立ち上がるのは困難な程だ。
「や……だ……助け……」
過呼吸になる身体で声を発する事も難しくなり、そこから一歩も動けなくなってしまった。
「……碧?」
黒斗は魔力の異変を感知し修行を中断すると、再度魔力感知能力を発動させる。
――碧の様子がおかしい……!
急いで彼女の元へと向かった。
――魔力が弱まってる。……何かが割れる音も聴こえた。
黒斗は魔力感知能力を覚醒させた日の事を思い返していた。
突然視えるようになった魔力に混乱し、ルナに会うべく光の強い魔力の元へと走ったあの時。
別館へ向かう碧の魔力は著しく輝いていた。
黒斗が視た強い魔力はルナではなく、碧だったのだ。
今視えている彼女の魔力は、自分を含めたルナ達と同じ明るさの魔力だ。
――嫌な予感がする……。
心がざわめく中、全速力で走った。
「……え」
到着した黒斗の背筋が凍る。
碧は息を切らしながら地べたに座り込んでいた。
彼女の身体からは光り輝く羽衣のようなものが身体に繋がった状態で空高く泳いでいる。
その光り輝く羽衣のようなものを《ベール》と呼ぶとして、そのベールは先程まで碧を包み隠していたもの。
今まで視てきた輝きの強い魔力はおそらくこの《ベール》だ。
「…………」
黒斗の身体が強ばり、身動きが取れなくなった。
攻撃を受けたわけではない。
身体が怖いと叫んでいる。
座り込んだままの碧の顔色は悪く、この世の終わりを見ているかのような表情で怯えている。
先程までは無かった傷痕が両腕に沢山付いていた。
「やっと会えた……」
黒斗はポツリと呟く。
目の前に居る彼女は、黒斗が今まで視ていた本来の彼女だ。
魔力感知能力を発動している時と似てたまに二重に視える――という表現が近いのかもしれない。
そして師弟間で直接話題に触れた事はないが、ルナにも本来の碧の姿は視えている筈だ。
けれど宝石達には視えていない。
表面上の、ベールに包まれた彼女しか皆は知らない。
黒斗がその違和感を最初に抱いたのは、碧と初めて出会った時だった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる