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Episode 6【碧-Ao-】
#51《雨上がりの奇跡》
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瑠璃は藍凛に水跡の掃除を任せると、碧を大浴場まで連れていった。
冷え切った碧の肩に触れて微笑むと、近くに置かれている小さな洗濯カゴを台の上に置く。
「まずは身体を温めよ? ホットココアを作って待ってるから、上がったら一緒に飲もうね」
「うん……ありがとう……」
瑠璃はショックを受けていた。
出かける直前までは元気だった碧が見た事のない表情を浮かべている。
先程の落雷が関係している――そう思いたいが、瑠璃の勘がそれは違うと訴えかけていた。
「じゃあ、リビングで待って……えっ!? 」
黒斗のパーカーを脱いだ碧の姿を目の当たりにし、瑠璃は驚きを隠せなかった。
撥水加工がされた黒斗の上着のお陰で後頭部と上半身は濡れてはいないが、問題はそこではない。
瑠璃が驚いたのは彼女の両腕だった。
両腕とも全体的に細かい傷跡が沢山残っており、右腕には何かに噛まれた後もある。
それはこの数時間で出来るものではないと一目で見抜いてしまった。
今まで碧と過ごしていた時はそんなものは確かに無かったのだ。
「碧……。わたしで良かったら、いつでも話を聞くから……」
瑠璃は後ろから優しく抱きしめ、涙を含んだ声でそう伝えた後、脱衣所から出て行った。
――どうして気付いてあげられなかったんだろう……。
胸が締め付けられそうな程の痛みを覚える。
瑠璃は涙を堪えながらリビングへと戻った。
玄関に視線を向けると、掃除が終わった藍凛と帰宅したばかりのルナの姿があった。
遠くからではあるが、ルナの身体はどこも濡れていないように伺える。
「ルナ、何かあった……?」
「え?」
「……冷たくなってる」
「何言ってるの? ボクはロボットなんだよ?」
「……ていっ!」
藍凛はぴょいっとルナに抱きつくと『うりうりー』と言いながら頬を擦り寄せている。
ルナは嫌がっている様子を見せてはいるがどこかぎこちなく、元気がないように思えた。
「……ねぇ、今日はルナの部屋で寝てもいい?」
「うぅぅぅ……わかったよぉ……」
ルナは力の抜けた声で瑠璃に挨拶をすると、抱きついたままの藍凛を引き摺りながら二階へと上がっていった。
瑠璃は二人が上がっていくのを見届けた後、キッチンの棚からケトルを取り出してお湯を沸かした。
二人分のマグカップを盆の上に乗せて調理台に置くと、定位置のダイニングチェアに座って碧を待った。
静まり返った室内からも重い雨音が微かに響いている。
瑠璃は大きなため息をつくとふと天井を眺めた。
気が付けば時刻は十九時と少し。元から暗かった外が更に暗闇と化していた。
暫しの間待っていると碧が大浴場から出てきたので、ココアの粉が入ったマグカップにお湯を注いで瑠璃の部屋へと向かう。
瑠璃の部屋はライトブルーの壁紙が一面に貼られた落ち着いた部屋だ。
棚には沢山の本とノートが入っている。
日記とは別に小説を書いているんだと、先日碧に話したばかりだった。
入ってすぐにあるローテーブルに二人分のホットココアを置いて座布団の上に座るように促す。
瑠璃は部屋の内鍵を閉めると変わらぬ様子でいる碧の隣に座った。
「少しお砂糖を多めにしてみたんだけど、どうかな?」
「美味しい……。ありがとう……」
「お口に合って良かった」
瑠璃も続いてホットココアを一口飲んだ。
温かくて甘いそれは心身を落ち着かせてくれる。
今は碧が落ち着くまで待とうと、少しばかり静かな時間が流れると、碧が小声で言葉を紡いだ。
「……あのね。私の宝石、クリスタさんと同じクラックストーンなんだって」
「えっ……」
「出会って間もない頃にルナに教えてもらって。目覚める前からそうだったんじゃないかって言われたの」
碧が目覚めてから今日までに何があったのか、自身の事を語り出した。
何度も言葉が詰まり、涙を流しながらゆっくりと言葉にしている。
両腕の傷は街中で逃げ回っていた時から今日まで、自らの手で付けていたものだと話していた。
「魔法の暴走……。気付いてあげられなくてごめん……ごめんね……」
瑠璃は碧を強く抱きしめ、彼女と同じく涙した。
そばにいながら、今日この時まで全く気付かなかった自分を酷く責めた。
そんな瑠璃に彼女は言う。
こうして話す事が出来るようになったのは、ルナと黒斗のおかげだと。
「黒斗くんは最初から気付いていたって事なのかな?」
「わかんない……。でも彼と出会った時、確かにそう呟いてたの。私の腕をじっと見ていた時もあったし、もしかしたら最初から全部視えていたのかも……」
「……もしそうだとしたら、碧にとって黒斗くんは王子様みたいなものだね」
「ふぇ!? お、王子様ってそんな……」
「異変に気付いていて、それでもずっと一緒に居てくれたんだよ。優しいよね」
「……うん」
耳を赤くして俯いてしまったが、ちょっぴり元気を取り戻したように見え、何より無事で良かった――それだけで瑠璃の心は安心する。
その後、落ち着きを取り戻した碧を部屋まで送ると、二人は寝床について一日が終わった。
◆
翌日。
今日は颯と蛍吾も来ている。
タイミングが良かったので、瑠璃は昨晩藍凛と一緒に作っていた野菜スープを全員に飲んで貰う事にした。
昨夜以来、瑠璃には碧の本来の姿が視えるようになっていたが、皆は変わらない様子で接しているようだ。
朝食を済ませてから二階へ上がると、いつもより遅く起きてきたルナとぶつかりそうになる。
「おはよう、ルナ」
「びっくりしたぁ……おはよー」
瑠璃は軽く挨拶を済ませると『話がある』と言ってルナを誘い、玄関側のベランダへ向かった。
「今日は全員が集まるなんて珍しい日だねぇ」
「そうだね。……あのね、ルナ」
「んー?」
「……碧から全部聞いたよ」
瑠璃に顔を向ける事なくベランダから皆の様子を眺めている。
彼女に続いて見下ろすと、碧と藍凛が別館の作業部屋に入っていく姿が見えた。
碧は少し元気がないようだが、藍凛の表情を見る限りは気付かれていないように見える。
何処か寂しげなルナの姿を、瑠璃はまじまじと見つめていた。
「碧はもう大丈夫なの?」
「そうだなぁ……現時点では問題なさそう、かな。これも黒斗のおかげだねぇ」
「ねぇ、もしかして今、本当の姿が視えてるのって……」
「そうだね。ボクと黒斗と瑠璃だけみたいだ」
ルナが天を仰いでため息を吐いている。
前日に豪雨があったようには思えない青空が優しく広がっていた。
昨日の出来事が嘘のようだ。
「黒斗のおかげでベールは消えたけど、宝石がクラックしている以上、完全とまではいかないみたいだね。魔法を自分に使う事が出来ないのもそのせいだから」
「じゃあどうしてわたしは視えるようになったのかな……?」
「それはきっと、ずっと話したかったんじゃないかな。瑠璃には一番にこの事を知ってもらいたかったんだと思うよ。今視えているもの自体、魔力感知能力を扱える者にしか視えないものなんだ。碧の希望と奇跡を呼び起こす魔法が発動した可能性もある。……じゃないとこんな奇跡、起こらないと思うんだ」
黒斗や蛍吾のような目に見えて解る魔法はともかく、瑠璃達のように見えない魔法は推察でしか答えられないとルナは語る。
石言葉はどの宝石も同じ効能を持っている事が殆どで、それらのどれに魔法が当てはまるのかは誰も解らないんだと、先日クリスタに教わったばかりだという。
「なぁ黒斗! 恋愛ゲームがやりてぇから代わりに操作してくれよ!」
「ごめん、調子悪いからパス。蛍吾にやってもらって……」
「珍しいねー。黒斗が疲れてるなんて」
「まぁ、風邪引きそうなくらい雨に濡れながら走ったからな……」
男子三人の会話が玄関前から、ドアノブを回して中に入る音と共に聞こえてきた。
昨晩の豪雨のせいで地面は泥濘が残っている。
話が一段落ついた瑠璃はルナと別れ、自室にノートと筆記用具を取りに行くと、図書室へまっすぐ向かったのだった。
◆
次の日。
一泊していた颯と蛍吾が早々に帰っていった。
碧は皆が居た手前、黒斗と折り行った話が出来ず、昨夜からむず痒い気持ちを心に抱いていた。
今日もいつもと変わらない一日が始まる。
「……よし。今のところは大丈夫そうだね」
「ルナ、いつもありがとう……。ごめんね、私なんかの為に……」
「もーそういう事言わないのっ! あっ、そうだ」
碧はルナに宝石の様子を視てもらっていた。
黒斗に救ってもらってからは調子が良い。
支えてもらえた事が碧の心を安定させているようだ。
「魔力が安定するまでは錬金作業はお休みしてね。錬金術は魔力があってこそ成り立つものだから」
「えぇー……」
「『えぇー……』じゃない! 楽しいのはわかるけど休むのも大事っ! ボクがOKを出すまでは禁止ねっ! しばらくの間、日課はボクか瑠璃が付き添うから」
用件を済ませるとルナはそそくさと一階に降りていき、ソファーに座って待っている藍凛を連れて設備の修理をしに外へ出てしまった。
碧はしょぼんとしたまま、お絵描きセットをショルダーバッグから取り出して過去の作品を眺めている。
「おはよう」
家事を済ませた黒斗が本館に入ってくる姿を見て、碧の表情は明るくなり、駆け足気味で彼の元へ駆け寄った。
「おはよう、黒斗」
「あれ、皆は?」
「ルナと藍凛ちゃんはついさっき修理をしに行ったの。瑠璃は当番で畑にいるよ」
そこで会話が途絶え、暫しの間無言の時間が流れる。
一昨日の豪雨で黒斗に抱きかかえられて帰路に着いた事を思い出し、意識してつい顔を背けてしまった。
「あ、あのさ」
「な、なぁに?」
「身体が落ち着くまでは出かけるのは止めよう。今遠出するのは危ないから」
「えぇー……行きたいー……」
「ダメ。自分を大事にしろ」
碧は『むぅー』と頬を膨らまして落ち込んでしまった。
する事がない。
楽しい錬金術は禁止令を出されている。
楽しみにしていた黒斗とのお出かけも暫くは中止だ。
一人でお絵描きは捗らない。
「……つー事で」
「ふぇ?」
黒斗はテレビの前に向かい、ローテーブルの上でテレビゲームのセッティングをして真ん前のソファーに座った。
「暇になったからゲームでもしよっかな」
「ゲーム……」
「今日こそ四面のボス倒すぞ」
黒斗は電源を入れ、アクションゲームを起動させた。
テレビに映されたトップ画面には、スタートの下に『1P』『2P』の表記がある。
碧はまじまじとその姿を見つめていた。
「碧もやる? レトロゲームだから順番に遊ぶ感じだけど」
「や、やるっ!!」
碧は黒斗の左隣に座ると嬉しそうに笑っていた。
冷え切った碧の肩に触れて微笑むと、近くに置かれている小さな洗濯カゴを台の上に置く。
「まずは身体を温めよ? ホットココアを作って待ってるから、上がったら一緒に飲もうね」
「うん……ありがとう……」
瑠璃はショックを受けていた。
出かける直前までは元気だった碧が見た事のない表情を浮かべている。
先程の落雷が関係している――そう思いたいが、瑠璃の勘がそれは違うと訴えかけていた。
「じゃあ、リビングで待って……えっ!? 」
黒斗のパーカーを脱いだ碧の姿を目の当たりにし、瑠璃は驚きを隠せなかった。
撥水加工がされた黒斗の上着のお陰で後頭部と上半身は濡れてはいないが、問題はそこではない。
瑠璃が驚いたのは彼女の両腕だった。
両腕とも全体的に細かい傷跡が沢山残っており、右腕には何かに噛まれた後もある。
それはこの数時間で出来るものではないと一目で見抜いてしまった。
今まで碧と過ごしていた時はそんなものは確かに無かったのだ。
「碧……。わたしで良かったら、いつでも話を聞くから……」
瑠璃は後ろから優しく抱きしめ、涙を含んだ声でそう伝えた後、脱衣所から出て行った。
――どうして気付いてあげられなかったんだろう……。
胸が締め付けられそうな程の痛みを覚える。
瑠璃は涙を堪えながらリビングへと戻った。
玄関に視線を向けると、掃除が終わった藍凛と帰宅したばかりのルナの姿があった。
遠くからではあるが、ルナの身体はどこも濡れていないように伺える。
「ルナ、何かあった……?」
「え?」
「……冷たくなってる」
「何言ってるの? ボクはロボットなんだよ?」
「……ていっ!」
藍凛はぴょいっとルナに抱きつくと『うりうりー』と言いながら頬を擦り寄せている。
ルナは嫌がっている様子を見せてはいるがどこかぎこちなく、元気がないように思えた。
「……ねぇ、今日はルナの部屋で寝てもいい?」
「うぅぅぅ……わかったよぉ……」
ルナは力の抜けた声で瑠璃に挨拶をすると、抱きついたままの藍凛を引き摺りながら二階へと上がっていった。
瑠璃は二人が上がっていくのを見届けた後、キッチンの棚からケトルを取り出してお湯を沸かした。
二人分のマグカップを盆の上に乗せて調理台に置くと、定位置のダイニングチェアに座って碧を待った。
静まり返った室内からも重い雨音が微かに響いている。
瑠璃は大きなため息をつくとふと天井を眺めた。
気が付けば時刻は十九時と少し。元から暗かった外が更に暗闇と化していた。
暫しの間待っていると碧が大浴場から出てきたので、ココアの粉が入ったマグカップにお湯を注いで瑠璃の部屋へと向かう。
瑠璃の部屋はライトブルーの壁紙が一面に貼られた落ち着いた部屋だ。
棚には沢山の本とノートが入っている。
日記とは別に小説を書いているんだと、先日碧に話したばかりだった。
入ってすぐにあるローテーブルに二人分のホットココアを置いて座布団の上に座るように促す。
瑠璃は部屋の内鍵を閉めると変わらぬ様子でいる碧の隣に座った。
「少しお砂糖を多めにしてみたんだけど、どうかな?」
「美味しい……。ありがとう……」
「お口に合って良かった」
瑠璃も続いてホットココアを一口飲んだ。
温かくて甘いそれは心身を落ち着かせてくれる。
今は碧が落ち着くまで待とうと、少しばかり静かな時間が流れると、碧が小声で言葉を紡いだ。
「……あのね。私の宝石、クリスタさんと同じクラックストーンなんだって」
「えっ……」
「出会って間もない頃にルナに教えてもらって。目覚める前からそうだったんじゃないかって言われたの」
碧が目覚めてから今日までに何があったのか、自身の事を語り出した。
何度も言葉が詰まり、涙を流しながらゆっくりと言葉にしている。
両腕の傷は街中で逃げ回っていた時から今日まで、自らの手で付けていたものだと話していた。
「魔法の暴走……。気付いてあげられなくてごめん……ごめんね……」
瑠璃は碧を強く抱きしめ、彼女と同じく涙した。
そばにいながら、今日この時まで全く気付かなかった自分を酷く責めた。
そんな瑠璃に彼女は言う。
こうして話す事が出来るようになったのは、ルナと黒斗のおかげだと。
「黒斗くんは最初から気付いていたって事なのかな?」
「わかんない……。でも彼と出会った時、確かにそう呟いてたの。私の腕をじっと見ていた時もあったし、もしかしたら最初から全部視えていたのかも……」
「……もしそうだとしたら、碧にとって黒斗くんは王子様みたいなものだね」
「ふぇ!? お、王子様ってそんな……」
「異変に気付いていて、それでもずっと一緒に居てくれたんだよ。優しいよね」
「……うん」
耳を赤くして俯いてしまったが、ちょっぴり元気を取り戻したように見え、何より無事で良かった――それだけで瑠璃の心は安心する。
その後、落ち着きを取り戻した碧を部屋まで送ると、二人は寝床について一日が終わった。
◆
翌日。
今日は颯と蛍吾も来ている。
タイミングが良かったので、瑠璃は昨晩藍凛と一緒に作っていた野菜スープを全員に飲んで貰う事にした。
昨夜以来、瑠璃には碧の本来の姿が視えるようになっていたが、皆は変わらない様子で接しているようだ。
朝食を済ませてから二階へ上がると、いつもより遅く起きてきたルナとぶつかりそうになる。
「おはよう、ルナ」
「びっくりしたぁ……おはよー」
瑠璃は軽く挨拶を済ませると『話がある』と言ってルナを誘い、玄関側のベランダへ向かった。
「今日は全員が集まるなんて珍しい日だねぇ」
「そうだね。……あのね、ルナ」
「んー?」
「……碧から全部聞いたよ」
瑠璃に顔を向ける事なくベランダから皆の様子を眺めている。
彼女に続いて見下ろすと、碧と藍凛が別館の作業部屋に入っていく姿が見えた。
碧は少し元気がないようだが、藍凛の表情を見る限りは気付かれていないように見える。
何処か寂しげなルナの姿を、瑠璃はまじまじと見つめていた。
「碧はもう大丈夫なの?」
「そうだなぁ……現時点では問題なさそう、かな。これも黒斗のおかげだねぇ」
「ねぇ、もしかして今、本当の姿が視えてるのって……」
「そうだね。ボクと黒斗と瑠璃だけみたいだ」
ルナが天を仰いでため息を吐いている。
前日に豪雨があったようには思えない青空が優しく広がっていた。
昨日の出来事が嘘のようだ。
「黒斗のおかげでベールは消えたけど、宝石がクラックしている以上、完全とまではいかないみたいだね。魔法を自分に使う事が出来ないのもそのせいだから」
「じゃあどうしてわたしは視えるようになったのかな……?」
「それはきっと、ずっと話したかったんじゃないかな。瑠璃には一番にこの事を知ってもらいたかったんだと思うよ。今視えているもの自体、魔力感知能力を扱える者にしか視えないものなんだ。碧の希望と奇跡を呼び起こす魔法が発動した可能性もある。……じゃないとこんな奇跡、起こらないと思うんだ」
黒斗や蛍吾のような目に見えて解る魔法はともかく、瑠璃達のように見えない魔法は推察でしか答えられないとルナは語る。
石言葉はどの宝石も同じ効能を持っている事が殆どで、それらのどれに魔法が当てはまるのかは誰も解らないんだと、先日クリスタに教わったばかりだという。
「なぁ黒斗! 恋愛ゲームがやりてぇから代わりに操作してくれよ!」
「ごめん、調子悪いからパス。蛍吾にやってもらって……」
「珍しいねー。黒斗が疲れてるなんて」
「まぁ、風邪引きそうなくらい雨に濡れながら走ったからな……」
男子三人の会話が玄関前から、ドアノブを回して中に入る音と共に聞こえてきた。
昨晩の豪雨のせいで地面は泥濘が残っている。
話が一段落ついた瑠璃はルナと別れ、自室にノートと筆記用具を取りに行くと、図書室へまっすぐ向かったのだった。
◆
次の日。
一泊していた颯と蛍吾が早々に帰っていった。
碧は皆が居た手前、黒斗と折り行った話が出来ず、昨夜からむず痒い気持ちを心に抱いていた。
今日もいつもと変わらない一日が始まる。
「……よし。今のところは大丈夫そうだね」
「ルナ、いつもありがとう……。ごめんね、私なんかの為に……」
「もーそういう事言わないのっ! あっ、そうだ」
碧はルナに宝石の様子を視てもらっていた。
黒斗に救ってもらってからは調子が良い。
支えてもらえた事が碧の心を安定させているようだ。
「魔力が安定するまでは錬金作業はお休みしてね。錬金術は魔力があってこそ成り立つものだから」
「えぇー……」
「『えぇー……』じゃない! 楽しいのはわかるけど休むのも大事っ! ボクがOKを出すまでは禁止ねっ! しばらくの間、日課はボクか瑠璃が付き添うから」
用件を済ませるとルナはそそくさと一階に降りていき、ソファーに座って待っている藍凛を連れて設備の修理をしに外へ出てしまった。
碧はしょぼんとしたまま、お絵描きセットをショルダーバッグから取り出して過去の作品を眺めている。
「おはよう」
家事を済ませた黒斗が本館に入ってくる姿を見て、碧の表情は明るくなり、駆け足気味で彼の元へ駆け寄った。
「おはよう、黒斗」
「あれ、皆は?」
「ルナと藍凛ちゃんはついさっき修理をしに行ったの。瑠璃は当番で畑にいるよ」
そこで会話が途絶え、暫しの間無言の時間が流れる。
一昨日の豪雨で黒斗に抱きかかえられて帰路に着いた事を思い出し、意識してつい顔を背けてしまった。
「あ、あのさ」
「な、なぁに?」
「身体が落ち着くまでは出かけるのは止めよう。今遠出するのは危ないから」
「えぇー……行きたいー……」
「ダメ。自分を大事にしろ」
碧は『むぅー』と頬を膨らまして落ち込んでしまった。
する事がない。
楽しい錬金術は禁止令を出されている。
楽しみにしていた黒斗とのお出かけも暫くは中止だ。
一人でお絵描きは捗らない。
「……つー事で」
「ふぇ?」
黒斗はテレビの前に向かい、ローテーブルの上でテレビゲームのセッティングをして真ん前のソファーに座った。
「暇になったからゲームでもしよっかな」
「ゲーム……」
「今日こそ四面のボス倒すぞ」
黒斗は電源を入れ、アクションゲームを起動させた。
テレビに映されたトップ画面には、スタートの下に『1P』『2P』の表記がある。
碧はまじまじとその姿を見つめていた。
「碧もやる? レトロゲームだから順番に遊ぶ感じだけど」
「や、やるっ!!」
碧は黒斗の左隣に座ると嬉しそうに笑っていた。
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