機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

文字の大きさ
51 / 103
Episode 6【碧-Ao-】

#51《雨上がりの奇跡》

しおりを挟む
 瑠璃は藍凛あいりに水跡の掃除を任せると、あおを大浴場まで連れていった。
 冷え切ったあおの肩に触れて微笑むと、近くに置かれている小さな洗濯カゴを台の上に置く。


「まずは身体を温めよ? ホットココアを作って待ってるから、上がったら一緒に飲もうね」

「うん……ありがとう……」


 瑠璃はショックを受けていた。
 出かける直前までは元気だったあおが見た事のない表情を浮かべている。
 先程の落雷が関係している――そう思いたいが、瑠璃の勘がそれは違うと訴えかけていた。


「じゃあ、リビングで待って……えっ!? 」


 黒斗のパーカーを脱いだあおの姿を目の当たりにし、瑠璃は驚きを隠せなかった。
 撥水加工がされた黒斗の上着のお陰で後頭部と上半身は濡れてはいないが、問題はそこではない。
 瑠璃が驚いたのは彼女の両腕だった。
 両腕とも全体的に細かい傷跡が沢山残っており、右腕には何かに噛まれた後もある。
 それはこの数時間で出来るものではないと一目で見抜いてしまった。
 今まであおと過ごしていた時はそんなものは確かに無かったのだ。


あお……。わたしで良かったら、いつでも話を聞くから……」


 瑠璃は後ろから優しく抱きしめ、涙を含んだ声でそう伝えた後、脱衣所から出て行った。
 ――どうして気付いてあげられなかったんだろう……。
 胸が締め付けられそうな程の痛みを覚える。
 瑠璃は涙を堪えながらリビングへと戻った。

 玄関に視線を向けると、掃除が終わった藍凛あいりと帰宅したばかりのルナの姿があった。
 遠くからではあるが、ルナの身体はどこも濡れていないように伺える。


「ルナ、何かあった……?」

「え?」

「……冷たくなってる」

「何言ってるの? ボクはロボットなんだよ?」

「……ていっ!」


 藍凛あいりはぴょいっとルナに抱きつくと『うりうりー』と言いながら頬を擦り寄せている。
 ルナは嫌がっている様子を見せてはいるがどこかぎこちなく、元気がないように思えた。


「……ねぇ、今日はルナの部屋で寝てもいい?」

「うぅぅぅ……わかったよぉ……」


 ルナは力の抜けた声で瑠璃に挨拶をすると、抱きついたままの藍凛あいりを引き摺りながら二階へと上がっていった。
 瑠璃は二人が上がっていくのを見届けた後、キッチンの棚からケトルを取り出してお湯を沸かした。
 二人分のマグカップを盆の上に乗せて調理台に置くと、定位置のダイニングチェアに座ってあおを待った。

 静まり返った室内からも重い雨音が微かに響いている。
 瑠璃は大きなため息をつくとふと天井を眺めた。
 気が付けば時刻は十九時と少し。元から暗かった外が更に暗闇と化していた。
 暫しの間待っているとあおが大浴場から出てきたので、ココアの粉が入ったマグカップにお湯を注いで瑠璃の部屋へと向かう。
 瑠璃の部屋はライトブルーの壁紙が一面に貼られた落ち着いた部屋だ。
 棚には沢山の本とノートが入っている。
 日記とは別に小説を書いているんだと、先日あおに話したばかりだった。
 入ってすぐにあるローテーブルに二人分のホットココアを置いて座布団の上に座るように促す。
 瑠璃は部屋の内鍵を閉めると変わらぬ様子でいるあおの隣に座った。


「少しお砂糖を多めにしてみたんだけど、どうかな?」

「美味しい……。ありがとう……」

「お口に合って良かった」


 瑠璃も続いてホットココアを一口飲んだ。
 温かくて甘いそれは心身を落ち着かせてくれる。
 今はあおが落ち着くまで待とうと、少しばかり静かな時間が流れると、あおが小声で言葉を紡いだ。


「……あのね。私の宝石コア、クリスタさんと同じクラックストーンなんだって」

「えっ……」

「出会って間もない頃にルナに教えてもらって。目覚める前からそうだったんじゃないかって言われたの」


 あおが目覚めてから今日までに何があったのか、自身の事を語り出した。
 何度も言葉が詰まり、涙を流しながらゆっくりと言葉にしている。
 両腕の傷は街中で逃げ回っていた時から今日まで、自らの手で付けていたものだと話していた。


「魔法の暴走……。気付いてあげられなくてごめん……ごめんね……」


 瑠璃はあおを強く抱きしめ、彼女と同じく涙した。
 そばにいながら、今日この時まで全く気付かなかった自分を酷く責めた。
 そんな瑠璃に彼女は言う。
 こうして話す事が出来るようになったのは、ルナと黒斗のおかげだと。


「黒斗くんは最初から気付いていたって事なのかな?」

「わかんない……。でも彼と出会ったあの時、確かにそう呟いてたの。私の腕をじっと見ていた時もあったし、もしかしたら最初から全部視えていたのかも……」

「……もしそうだとしたら、あおにとって黒斗くんは王子様みたいなものだね」

「ふぇ!? お、王子様ってそんな……」

「異変に気付いていて、それでもずっと一緒に居てくれたんだよ。優しいよね」

「……うん」


 耳を赤くして俯いてしまったが、ちょっぴり元気を取り戻したように見え、何より無事で良かった――それだけで瑠璃の心は安心する。
 その後、落ち着きを取り戻したあおを部屋まで送ると、二人は寝床について一日が終わった。


 ◆


 翌日。
 今日ははやてと蛍吾も来ている。
 タイミングが良かったので、瑠璃は昨晩藍凛あいりと一緒に作っていた野菜スープを全員に飲んで貰う事にした。
 昨夜以来、瑠璃にはあおの本来の姿が視えるようになっていたが、皆は変わらない様子で接しているようだ。
 朝食を済ませてから二階へ上がると、いつもより遅く起きてきたルナとぶつかりそうになる。


「おはよう、ルナ」

「びっくりしたぁ……おはよー」


 瑠璃は軽く挨拶を済ませると『話がある』と言ってルナを誘い、玄関側のベランダへ向かった。


「今日は全員が集まるなんて珍しい日だねぇ」

「そうだね。……あのね、ルナ」

「んー?」

「……あおから全部聞いたよ」


 瑠璃に顔を向ける事なくベランダから皆の様子を眺めている。
 彼女に続いて見下ろすと、あお藍凛あいりが別館の作業部屋に入っていく姿が見えた。
 あおは少し元気がないようだが、藍凛あいりの表情を見る限りは気付かれていないように見える。
 何処か寂しげなルナの姿を、瑠璃はまじまじと見つめていた。


あおはもう大丈夫なの?」

「そうだなぁ……現時点では問題なさそう、かな。これも黒斗のおかげだねぇ」

「ねぇ、もしかして今、本当の姿が視えてるのって……」

「そうだね。ボクと黒斗と瑠璃だけみたいだ」


 ルナが天を仰いでため息を吐いている。
 前日に豪雨があったようには思えない青空が優しく広がっていた。
 昨日の出来事が嘘のようだ。


「黒斗のおかげでベールは消えたけど、宝石コアがクラックしている以上、完全とまではいかないみたいだね。魔法を自分に使う事が出来ないのもそのせいだから」

「じゃあどうしてわたしは視えるようになったのかな……?」

「それはきっと、ずっと話したかったんじゃないかな。瑠璃には一番にこの事を知ってもらいたかったんだと思うよ。今視えているもの自体、魔力感知能力を扱える者にしか視えないものなんだ。あおが発動した可能性もある。……じゃないとこんな奇跡、起こらないと思うんだ」


 黒斗や蛍吾のような目に見えて解る魔法はともかく、瑠璃達のように見えない魔法は推察でしか答えられないとルナは語る。
 石言葉はどの宝石も同じ効能を持っている事が殆どで、それらのどれに魔法が当てはまるのかは誰も解らないんだと、先日クリスタに教わったばかりだという。


「なぁ黒斗! 恋愛ゲームがやりてぇから代わりに操作してくれよ!」

「ごめん、調子悪いからパス。蛍吾にやってもらって……」

「珍しいねー。黒斗が疲れてるなんて」

「まぁ、風邪引きそうなくらい雨に濡れながら走ったからな……」


 男子三人の会話が玄関前から、ドアノブを回して中に入る音と共に聞こえてきた。
 昨晩の豪雨のせいで地面は泥濘が残っている。

 話が一段落ついた瑠璃はルナと別れ、自室にノートと筆記用具を取りに行くと、図書室へまっすぐ向かったのだった。


 ◆

 次の日。
 一泊していたはやてと蛍吾が早々に帰っていった。
 あおは皆が居た手前、黒斗と折り行った話が出来ず、昨夜からむず痒い気持ちを心に抱いていた。
 今日もいつもと変わらない一日が始まる。


「……よし。今のところは大丈夫そうだね」

「ルナ、いつもありがとう……。ごめんね、私なんかの為に……」

「もーそういう事言わないのっ! あっ、そうだ」


 あおはルナに宝石コアの様子を視てもらっていた。
 黒斗に救ってもらってからは調子が良い。
 支えてもらえた事があおの心を安定させているようだ。


「魔力が安定するまでは錬金作業はお休みしてね。錬金術は魔力があってこそ成り立つものだから」

「えぇー……」

「『えぇー……』じゃない! 楽しいのはわかるけど休むのも大事っ! ボクがOKを出すまでは禁止ねっ! しばらくの間、日課はボクか瑠璃が付き添うから」


 用件を済ませるとルナはそそくさと一階に降りていき、ソファーに座って待っている藍凛あいりを連れて設備の修理をしに外へ出てしまった。
 あおはしょぼんとしたまま、お絵描きセットをショルダーバッグから取り出して過去の作品を眺めている。


「おはよう」


 家事を済ませた黒斗が本館に入ってくる姿を見て、あおの表情は明るくなり、駆け足気味で彼の元へ駆け寄った。


「おはよう、黒斗」

「あれ、皆は?」

「ルナと藍凛あいりちゃんはついさっき修理をしに行ったの。瑠璃は当番で畑にいるよ」


 そこで会話が途絶え、暫しの間無言の時間が流れる。
 一昨日の豪雨で黒斗に抱きかかえられて帰路に着いた事を思い出し、意識してつい顔を背けてしまった。


「あ、あのさ」

「な、なぁに?」

「身体が落ち着くまでは出かけるのは止めよう。今遠出するのは危ないから」

「えぇー……行きたいー……」

「ダメ。自分を大事にしろ」


 あおは『むぅー』と頬を膨らまして落ち込んでしまった。
 する事がない。
 楽しい錬金術は禁止令を出されている。
 楽しみにしていた黒斗とのお出かけも暫くは中止だ。
 一人でお絵描きは捗らない。


「……つー事で」

「ふぇ?」


 黒斗はテレビの前に向かい、ローテーブルの上でテレビゲームのセッティングをして真ん前のソファーに座った。


「暇になったからゲームでもしよっかな」

「ゲーム……」

「今日こそ四面のボス倒すぞ」


 黒斗は電源を入れ、アクションゲームを起動させた。
 テレビに映されたトップ画面には、スタートの下に『1P』『2P』の表記がある。
 あおはまじまじとその姿を見つめていた。


あおもやる? レトロゲームだから順番に遊ぶ感じだけど」

「や、やるっ!!」


 あおは黒斗の左隣に座ると嬉しそうに笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

処理中です...