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Episode 7 【結縁のチャームローゼ】
#52《第一回、皆でゲーム大会!》
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先日の一件があってから数週間が過ぎた頃。
黒斗と碧はいつもの修行という名ばかりの外出に出ていた。
ルナに許しを得てからの碧はいつにも増してご機嫌な様子だ。
「わぁ……!」
「綺麗だろ? ここも一人で歩き回った時に見つけたんだ」
「うん、綺麗!」
「あっちの岩に座ろ」
二人は平べったく大きな岩の上に座った。
小さな花畑があるこの場所は、木々が密集しているおかげで程よい日陰が生まれている。
ネオンライトに照らされたかのように舞台の上で華麗に舞い、観客である二人を魅了させていた。
心地よい時間を堪能しながら、碧はショルダーバッグからスケッチブックを取り出して絵を描き始めようとしている。
「……あ、待って。この前かけたコーティングが弱まってるからかけ直すわ」
「コーティング……?」
「碧の宝石を俺の魔法で包んだんだ。アレが出てくるのは困るだろ?」
「う、うん……」
黒斗はじっとするよう指示を出すと、魔力感知を発動させ、碧の胸の前に手を翳して宝石の様子を視る。防壁魔法の威力が弱まっている事を再確認した。
手を翳すことで対象物を集中して視られる。
今まではよくわからなかったが、ルナの行動がどういう意味を指していたのか、実際に経験した事で色々と理解出来るようになっていた。
「じゃあ今からかけ……!」
顔を上げると目の前に碧の顔があった。
距離が近い。照れが生じて顔を背けてしまう。
頬を撫でたそよ風がより一層熱を強調させる。
「あ、え、えっと……きっ、緊張するから……その……目、瞑っててくんねぇかな」
「ふぇ!? は、はい……!」
碧が必死に瞼を閉じている。
緊張した空気が漂っている中、黒斗は気持ちを切り替える為に一度深呼吸をした後、宝石に集中して魔法を発動させた。
それは今までの防壁魔法とは違い、ルナが浄化魔法を発動させた時の光に似ている。
自分の中の何かが変わった事を感じ取っていた。
「……ん。終わったよ。定期的にかけ直すから、違和感あったらすぐ教えて」
「う、うん……。その……いいのかな、私なんかの為に……」
「いいに決まってんだろ。ルナからも定期的に浄化してもらってんじゃねぇの?」
「ふぇ……なんでそれを……?」
「何となく。つーか、俺がやりたくてやってるんだ。力量も測れるし……その……やらせてほしい」
真っ直ぐ見つめながら言うと碧に視線を逸らされた。
顔が赤く染まっている。その顔にもう一度見つめられ、黒斗の胸はもう一度熱を帯びる。
「ありがとう……。なんか黒斗、お医者さんみたいだね」
「え、そう?」
「うん」
「……そっか」
二人は笑みを浮かべ、もう一度穏やかな景色を眺めていた。
ここは木々の陰影がくっきりと見える、風景画を描くのに最適な場所だ。
気に入ってくれた事に安堵しながら居心地の良さに浸ろうとする。
「……あっ!そうだ、確かルナが『今日は早く帰ってきて』って言ってた」
「ルナが?」
「なんか、蛍吾さんに新しいゲームソフトを買って来てって頼んだみたいで、皆で遊ぼうって。お昼に持って来るみたい」
◆
そうして時刻は正午を過ぎた頃。二人は帰宅すると、既に蛍吾が来ていたようで、瑠璃と藍凛が食材を冷蔵庫まで運んでいる姿があった。
「ごめん、ルナちゃん……」
「またぁ!? 移動中にスピーダーを触っちゃダメだって言ったよねぇ?」
「ずっと荷車の持ち手を握ってたし触ってないよー……」
「もー、探しに行ってくるから、終わったらそこのソファーで待ってて」
ルナが不機嫌顔を決め込んで、碧達の横を通り過ぎていった。
毎回という訳ではないが、蛍吾が物を落として来る度にルナが悲鳴を上げて探しに行く一連の流れは定番となっている。
蛍吾が苦笑しながら碧達の元へやって来ると経緯を話してくれた。
碧が錬金術で創り出した日用品の売れ行きが大きいらしく、資金に少し余裕が出てきているとの事で、食材以外の物資を買えるまでには増えている――つまりはテレビゲームのソフトを買いに行く事が出来るようになったのだそうだ。
何もしていなかった自分が誰かの役に立てている。
その事実に碧は嬉しくなり、彼女の自信に繋がっていった。
「今回はルナちゃんにお願いされたゲームを買ってきたよー」
「どんなやつ?」
「全員が揃うまでは言わないでって言われてるからー」
ルナが頼んだゲームの内容が気になる最中、碧は突然瑠璃に呼ばれてキッチンへと向かった。
洗いたての小瓶を拭きながらそれらをカウンターの上に置いて待っている。
「あのね、そろそろ茶葉と小麦粉が無くなりそうだから、明日は収穫して作ろうと思ってるの」
「わかった。私も手伝う!」
「ありがとう。良かったら黒斗くんにもお願いしててよ。麦茶も作っておきたいし」
「ふ、ふぇ!? う、うん……」
瑠璃が別のメッセージを交えた笑みを向けてきたので、碧の頬は熱くなり、思わず視線を逸らした。
小麦粉は青屋根倉庫に保管されている小麦を使い、それを水車で必要な分だけ加工して作っており、茶葉は青屋根倉庫にある小麦と、周辺に生えている低木から茶摘みをしたものを加工している。
茶葉に関しては頻繁に嗜んでいる飲料である為消費量が多く、貯蓄と交易分を含めて纏めて作っておきたいとの事だ。
碧にとって食が絡む作業は嫌いじゃない。
複数の紅茶とおやつを作って食べるという楽しみを涎を垂らしそうなニヤケ顔で妄想していた。
「たっだいまー!」
数十分程待っていると、ルナが勢いよく玄関扉を開けて帰ってくる。
回収してきたスピーダーを専用の籠の中に入れると、とてつもなくいやらしい顔つきで皆の前に立って話を切り出す。
「じゃじゃーん! 最新ハードのゲームを買ってきてもらったから皆で遊ぼー! 颯が居ないのは残念だけど、それは次回の楽しみにしてぇ……」
ルナはテレビの前へ行くと起動の準備をしている。
皆が来る前に予め用意されていたそれはあっという間に設置された。
「最初は是非黒斗に遊んでもらいたいんだよねぇ」
「へ? なんで?」
「いいから、いいから!」
黒斗は半ば強引に真ん前のソファーに座らされた。
――何か、嫌な予感がする……。
ゲームソフトは最新ハードの物なので本体の中に入れられている。
パッケージはルナの手の内にあるおかげで見えない。
ルナが全員に座るように指示すると、後ろにある二人掛けソファーのキッチン側から藍凛、瑠璃、玄関側のソファーに蛍吾が座っていた。
そして碧が黒斗の左隣に座るのを確認すると、ルナがニヤニヤしながらゲームを起動する。
目の前のテレビには重苦しいタイトル画面が現れた。
「へ、ま、まさかこれって……」
「ピンポーン! ホラーゲームだよ!!」
ルナが手に持っていたパッケージを見せびらかしている。
パッケージ裏を見る分には、子供も楽しめる難易度でやり込み要素が豊富だと書かれていた。
「え、俺、そういうのはちょっと……」
「えー! やろーよぉ! 皆と遊びたーい!」
逃げようとする黒斗をチラチラと伺いながら、目をうるうると輝かせて駄々を捏ねている。
ルナが仲間や友達と遊んだ事がないという話は幾度か聞いており、気持ちに答えてあげたい気持ちはあっても、黒斗にとってはジャンルが悪い。
逃げる事は出来るだろうが、なにぶん皆からの視線が熱い。
「いっ、一回だけだからな!? 一回やったらもうやらねーから!」
黒斗は全員の視線の圧力に負け、渋々トップバッターをやらさせる羽目になったのだった。
コントローラーを握り、ボタンを押してゲームが始まる。
それは暗闇の中を懐中電灯を持ちながら移動する一人称視点で操作するものだった。
黒斗の身体は操作する前から強ばっており、額に汗が滲んでいる。
映像内で懐中電灯を点けて視点を動かし進んでいくと、壁の所々に落書きが書かれていた。
それを見つける度に小さな悲鳴をあげ、既に泣きそうになっている。
「あのさ……これ、何したらクリアになんの?」
黒斗は声を震わせる――というより全身が震えている。
ルナがパッケージ内の説明書を確認する限りでは脱出ゲームらしく、敵から逃げながら必要なアイテムを入手して外に出るという流れだと書かれていた。
現に黒斗は今、開かない扉の前で右往左往している状態だ。
「あ、あった……。これで開ければいいんだよな……」
架空のセカイで鍵を拾い、懐中電灯の光しかない暗闇の中で閉ざされた扉へ向かう。
一歩、二歩と進んでいくと微かな音が何処からか聞こえてくる。
そうして数歩歩いた所で『ガシャン!』という大きな音が聞こえ、黒斗は音にビビりながら恐る恐る音の鳴る方へ振り向くと、映像が対象物の元へと吸い寄せられ、画面いっぱいに軽快な動きをするゾンビが映っていた。
「ああああああああぁぁぁ!!」
黒斗は大声で叫んで逃げようとしたが、操作を誤ってしまい、そこでゲームオーバーになってしまった。
このゾンビは子供に合わせたキャラクターデザインとなっているのでさほど怖くはない。
驚かされるという点が強いホラーゲームだ。
『逃げ足は早いのにゲームでは逃げ切れないんだね』とルナがからかってくるが、反応出来る余裕などなく意識消沈している。
「やぁー、最初は黒斗が適任だと思ってたけど正解だったねぇ! 反応が良いから面白かったなぁ!」
「そうだね。ホラーはやっぱりこれくらいじゃなきゃ」
ルナと蛍吾を筆頭に皆は笑っている。
少しだけ気力を取り戻した黒斗はもうやらないと言ってコントローラーをテーブルへ置いた。
さっさと退散しようと考えていると、左側から手がゆっくりと伸びてくる。
碧が両手を広げてコントローラーを取ろうとするので、黒斗はそれを彼女へ手渡した。
――あれ? 碧ってこういうの平気だったっけ……?
黒斗は疑問に思ったが、今はこの場から離れる事が大事だ。
席を譲ると言い訳をして立ち去ろうとした時だった。
黒斗の左腕に碧の腕が絡まっている。
顔を向けると首を振り、涙目で必死に訴えている姿があった。
彼女は離してくれそうにない。
――ちょ……勘弁してくれよ!
黒斗は半べそをかきながら暫くの間二択に苛まれる事になる。
時間が経てば経つほど周りの視線が痛い。
「……ん」
黒斗は渋々その場に座り直す事にした。
顔を逸らしてはみたが、背後の空気が明るくなっている様子が背中を伝ってくる。
恥ずかしさと怖さが合わさった複雑な気持ちを抱いていた。
そうして碧がゲームを開始して少し経つと、先程黒斗が負けてしまった場面に到着した。
碧はゲーム内で鍵を拾うと勢いよく走り、扉のある道を逸れた先まで走り続けた。
逃げている途中でゾンビの声が聞こえなくなった。振り返ってみると誰も居ない事に安心する。
碧は扉の前まで戻って鍵を使用すると、ガチャッという音が鳴り響いた。
扉にカーソルを合わせ、指定のボタンを押して扉を開ける。
ゆっくりと開いていく扉が突然、引き寄せられるかのような演出で勢いよく開くと、目の前には先程のゾンビが居た。
「「ああああああああぁぁぁ!!」」
黒斗と碧の叫び声がアトリエ中に響き渡り、あっという間にゲームオーバーとなってしまった。
二回目という事もあり、ぐったりしている二人はこれ以上遊ぶ事も観覧する事も厳しいだろう。
「じゃあ次、どうするー?」
「私は最後でいい。魔法が発動しちゃうし、隠し要素を探す係になる」
「そっかぁ。藍凛ちゃんの魔法は自在に発動出来るわけじゃないんだっけ……って、わたしも似たようなものかも」
藍凛と瑠璃は最後を希望し、蛍吾は右手を上げて控えめにアピールしている。
「じゃあ、次は蛍吾ね! さぁさぁ、二人は奥のソファーに移動してっ!」
ルナは強引に黒斗と碧を玄関側のソファーへ押しやると、蛍吾と一緒にテレビ前のソファーへ座った。
タイトルに戻った画面から、蛍吾は開始ボタンを押してゲームを始める。
緊張感を感じさせない笑みを見せながらゲームを開始して五分が経過する。
「えぇぇ!? どうやったらゲーム内でも迷子になるんだよぉ! 入り組んだマップじゃないでしょ!?」
「そ、そんな事言われてもさー……」
この五分間、蛍吾が一向に扉も鍵も見つけられないという衝撃にルナは嘆いた。
見る限りでは普通に操作し、移動している。
なのに辿り着けないのだ。
更に五分ほど彷徨ったが現状は変わらず、何かの呪いでもかかっているのではないかと、首を傾げながら蛍吾の番は終わってしまった。
「それじゃあ気を改めて、ルナ、やりまーす!」
ルナはご機嫌な様子で蛍吾からコントローラーを受け取るとタイトル画面に戻ったテレビ映像と向き合った。
「……ん? ルナ、どうしたの?」
先程まであんなに元気だったルナが動かなくなった。
正に電池切れの機械のように微動だにしない。
瑠璃は心配になってもう一度声をかけた。
「……こ、怖くないもん」
「えっ?」
「怖くなんかないもんっ! ほ、ホントだよ!?」
そう言って訴えかけるルナの瞳は揺らいで見えた。
黒斗と碧はいつもの修行という名ばかりの外出に出ていた。
ルナに許しを得てからの碧はいつにも増してご機嫌な様子だ。
「わぁ……!」
「綺麗だろ? ここも一人で歩き回った時に見つけたんだ」
「うん、綺麗!」
「あっちの岩に座ろ」
二人は平べったく大きな岩の上に座った。
小さな花畑があるこの場所は、木々が密集しているおかげで程よい日陰が生まれている。
ネオンライトに照らされたかのように舞台の上で華麗に舞い、観客である二人を魅了させていた。
心地よい時間を堪能しながら、碧はショルダーバッグからスケッチブックを取り出して絵を描き始めようとしている。
「……あ、待って。この前かけたコーティングが弱まってるからかけ直すわ」
「コーティング……?」
「碧の宝石を俺の魔法で包んだんだ。アレが出てくるのは困るだろ?」
「う、うん……」
黒斗はじっとするよう指示を出すと、魔力感知を発動させ、碧の胸の前に手を翳して宝石の様子を視る。防壁魔法の威力が弱まっている事を再確認した。
手を翳すことで対象物を集中して視られる。
今まではよくわからなかったが、ルナの行動がどういう意味を指していたのか、実際に経験した事で色々と理解出来るようになっていた。
「じゃあ今からかけ……!」
顔を上げると目の前に碧の顔があった。
距離が近い。照れが生じて顔を背けてしまう。
頬を撫でたそよ風がより一層熱を強調させる。
「あ、え、えっと……きっ、緊張するから……その……目、瞑っててくんねぇかな」
「ふぇ!? は、はい……!」
碧が必死に瞼を閉じている。
緊張した空気が漂っている中、黒斗は気持ちを切り替える為に一度深呼吸をした後、宝石に集中して魔法を発動させた。
それは今までの防壁魔法とは違い、ルナが浄化魔法を発動させた時の光に似ている。
自分の中の何かが変わった事を感じ取っていた。
「……ん。終わったよ。定期的にかけ直すから、違和感あったらすぐ教えて」
「う、うん……。その……いいのかな、私なんかの為に……」
「いいに決まってんだろ。ルナからも定期的に浄化してもらってんじゃねぇの?」
「ふぇ……なんでそれを……?」
「何となく。つーか、俺がやりたくてやってるんだ。力量も測れるし……その……やらせてほしい」
真っ直ぐ見つめながら言うと碧に視線を逸らされた。
顔が赤く染まっている。その顔にもう一度見つめられ、黒斗の胸はもう一度熱を帯びる。
「ありがとう……。なんか黒斗、お医者さんみたいだね」
「え、そう?」
「うん」
「……そっか」
二人は笑みを浮かべ、もう一度穏やかな景色を眺めていた。
ここは木々の陰影がくっきりと見える、風景画を描くのに最適な場所だ。
気に入ってくれた事に安堵しながら居心地の良さに浸ろうとする。
「……あっ!そうだ、確かルナが『今日は早く帰ってきて』って言ってた」
「ルナが?」
「なんか、蛍吾さんに新しいゲームソフトを買って来てって頼んだみたいで、皆で遊ぼうって。お昼に持って来るみたい」
◆
そうして時刻は正午を過ぎた頃。二人は帰宅すると、既に蛍吾が来ていたようで、瑠璃と藍凛が食材を冷蔵庫まで運んでいる姿があった。
「ごめん、ルナちゃん……」
「またぁ!? 移動中にスピーダーを触っちゃダメだって言ったよねぇ?」
「ずっと荷車の持ち手を握ってたし触ってないよー……」
「もー、探しに行ってくるから、終わったらそこのソファーで待ってて」
ルナが不機嫌顔を決め込んで、碧達の横を通り過ぎていった。
毎回という訳ではないが、蛍吾が物を落として来る度にルナが悲鳴を上げて探しに行く一連の流れは定番となっている。
蛍吾が苦笑しながら碧達の元へやって来ると経緯を話してくれた。
碧が錬金術で創り出した日用品の売れ行きが大きいらしく、資金に少し余裕が出てきているとの事で、食材以外の物資を買えるまでには増えている――つまりはテレビゲームのソフトを買いに行く事が出来るようになったのだそうだ。
何もしていなかった自分が誰かの役に立てている。
その事実に碧は嬉しくなり、彼女の自信に繋がっていった。
「今回はルナちゃんにお願いされたゲームを買ってきたよー」
「どんなやつ?」
「全員が揃うまでは言わないでって言われてるからー」
ルナが頼んだゲームの内容が気になる最中、碧は突然瑠璃に呼ばれてキッチンへと向かった。
洗いたての小瓶を拭きながらそれらをカウンターの上に置いて待っている。
「あのね、そろそろ茶葉と小麦粉が無くなりそうだから、明日は収穫して作ろうと思ってるの」
「わかった。私も手伝う!」
「ありがとう。良かったら黒斗くんにもお願いしててよ。麦茶も作っておきたいし」
「ふ、ふぇ!? う、うん……」
瑠璃が別のメッセージを交えた笑みを向けてきたので、碧の頬は熱くなり、思わず視線を逸らした。
小麦粉は青屋根倉庫に保管されている小麦を使い、それを水車で必要な分だけ加工して作っており、茶葉は青屋根倉庫にある小麦と、周辺に生えている低木から茶摘みをしたものを加工している。
茶葉に関しては頻繁に嗜んでいる飲料である為消費量が多く、貯蓄と交易分を含めて纏めて作っておきたいとの事だ。
碧にとって食が絡む作業は嫌いじゃない。
複数の紅茶とおやつを作って食べるという楽しみを涎を垂らしそうなニヤケ顔で妄想していた。
「たっだいまー!」
数十分程待っていると、ルナが勢いよく玄関扉を開けて帰ってくる。
回収してきたスピーダーを専用の籠の中に入れると、とてつもなくいやらしい顔つきで皆の前に立って話を切り出す。
「じゃじゃーん! 最新ハードのゲームを買ってきてもらったから皆で遊ぼー! 颯が居ないのは残念だけど、それは次回の楽しみにしてぇ……」
ルナはテレビの前へ行くと起動の準備をしている。
皆が来る前に予め用意されていたそれはあっという間に設置された。
「最初は是非黒斗に遊んでもらいたいんだよねぇ」
「へ? なんで?」
「いいから、いいから!」
黒斗は半ば強引に真ん前のソファーに座らされた。
――何か、嫌な予感がする……。
ゲームソフトは最新ハードの物なので本体の中に入れられている。
パッケージはルナの手の内にあるおかげで見えない。
ルナが全員に座るように指示すると、後ろにある二人掛けソファーのキッチン側から藍凛、瑠璃、玄関側のソファーに蛍吾が座っていた。
そして碧が黒斗の左隣に座るのを確認すると、ルナがニヤニヤしながらゲームを起動する。
目の前のテレビには重苦しいタイトル画面が現れた。
「へ、ま、まさかこれって……」
「ピンポーン! ホラーゲームだよ!!」
ルナが手に持っていたパッケージを見せびらかしている。
パッケージ裏を見る分には、子供も楽しめる難易度でやり込み要素が豊富だと書かれていた。
「え、俺、そういうのはちょっと……」
「えー! やろーよぉ! 皆と遊びたーい!」
逃げようとする黒斗をチラチラと伺いながら、目をうるうると輝かせて駄々を捏ねている。
ルナが仲間や友達と遊んだ事がないという話は幾度か聞いており、気持ちに答えてあげたい気持ちはあっても、黒斗にとってはジャンルが悪い。
逃げる事は出来るだろうが、なにぶん皆からの視線が熱い。
「いっ、一回だけだからな!? 一回やったらもうやらねーから!」
黒斗は全員の視線の圧力に負け、渋々トップバッターをやらさせる羽目になったのだった。
コントローラーを握り、ボタンを押してゲームが始まる。
それは暗闇の中を懐中電灯を持ちながら移動する一人称視点で操作するものだった。
黒斗の身体は操作する前から強ばっており、額に汗が滲んでいる。
映像内で懐中電灯を点けて視点を動かし進んでいくと、壁の所々に落書きが書かれていた。
それを見つける度に小さな悲鳴をあげ、既に泣きそうになっている。
「あのさ……これ、何したらクリアになんの?」
黒斗は声を震わせる――というより全身が震えている。
ルナがパッケージ内の説明書を確認する限りでは脱出ゲームらしく、敵から逃げながら必要なアイテムを入手して外に出るという流れだと書かれていた。
現に黒斗は今、開かない扉の前で右往左往している状態だ。
「あ、あった……。これで開ければいいんだよな……」
架空のセカイで鍵を拾い、懐中電灯の光しかない暗闇の中で閉ざされた扉へ向かう。
一歩、二歩と進んでいくと微かな音が何処からか聞こえてくる。
そうして数歩歩いた所で『ガシャン!』という大きな音が聞こえ、黒斗は音にビビりながら恐る恐る音の鳴る方へ振り向くと、映像が対象物の元へと吸い寄せられ、画面いっぱいに軽快な動きをするゾンビが映っていた。
「ああああああああぁぁぁ!!」
黒斗は大声で叫んで逃げようとしたが、操作を誤ってしまい、そこでゲームオーバーになってしまった。
このゾンビは子供に合わせたキャラクターデザインとなっているのでさほど怖くはない。
驚かされるという点が強いホラーゲームだ。
『逃げ足は早いのにゲームでは逃げ切れないんだね』とルナがからかってくるが、反応出来る余裕などなく意識消沈している。
「やぁー、最初は黒斗が適任だと思ってたけど正解だったねぇ! 反応が良いから面白かったなぁ!」
「そうだね。ホラーはやっぱりこれくらいじゃなきゃ」
ルナと蛍吾を筆頭に皆は笑っている。
少しだけ気力を取り戻した黒斗はもうやらないと言ってコントローラーをテーブルへ置いた。
さっさと退散しようと考えていると、左側から手がゆっくりと伸びてくる。
碧が両手を広げてコントローラーを取ろうとするので、黒斗はそれを彼女へ手渡した。
――あれ? 碧ってこういうの平気だったっけ……?
黒斗は疑問に思ったが、今はこの場から離れる事が大事だ。
席を譲ると言い訳をして立ち去ろうとした時だった。
黒斗の左腕に碧の腕が絡まっている。
顔を向けると首を振り、涙目で必死に訴えている姿があった。
彼女は離してくれそうにない。
――ちょ……勘弁してくれよ!
黒斗は半べそをかきながら暫くの間二択に苛まれる事になる。
時間が経てば経つほど周りの視線が痛い。
「……ん」
黒斗は渋々その場に座り直す事にした。
顔を逸らしてはみたが、背後の空気が明るくなっている様子が背中を伝ってくる。
恥ずかしさと怖さが合わさった複雑な気持ちを抱いていた。
そうして碧がゲームを開始して少し経つと、先程黒斗が負けてしまった場面に到着した。
碧はゲーム内で鍵を拾うと勢いよく走り、扉のある道を逸れた先まで走り続けた。
逃げている途中でゾンビの声が聞こえなくなった。振り返ってみると誰も居ない事に安心する。
碧は扉の前まで戻って鍵を使用すると、ガチャッという音が鳴り響いた。
扉にカーソルを合わせ、指定のボタンを押して扉を開ける。
ゆっくりと開いていく扉が突然、引き寄せられるかのような演出で勢いよく開くと、目の前には先程のゾンビが居た。
「「ああああああああぁぁぁ!!」」
黒斗と碧の叫び声がアトリエ中に響き渡り、あっという間にゲームオーバーとなってしまった。
二回目という事もあり、ぐったりしている二人はこれ以上遊ぶ事も観覧する事も厳しいだろう。
「じゃあ次、どうするー?」
「私は最後でいい。魔法が発動しちゃうし、隠し要素を探す係になる」
「そっかぁ。藍凛ちゃんの魔法は自在に発動出来るわけじゃないんだっけ……って、わたしも似たようなものかも」
藍凛と瑠璃は最後を希望し、蛍吾は右手を上げて控えめにアピールしている。
「じゃあ、次は蛍吾ね! さぁさぁ、二人は奥のソファーに移動してっ!」
ルナは強引に黒斗と碧を玄関側のソファーへ押しやると、蛍吾と一緒にテレビ前のソファーへ座った。
タイトルに戻った画面から、蛍吾は開始ボタンを押してゲームを始める。
緊張感を感じさせない笑みを見せながらゲームを開始して五分が経過する。
「えぇぇ!? どうやったらゲーム内でも迷子になるんだよぉ! 入り組んだマップじゃないでしょ!?」
「そ、そんな事言われてもさー……」
この五分間、蛍吾が一向に扉も鍵も見つけられないという衝撃にルナは嘆いた。
見る限りでは普通に操作し、移動している。
なのに辿り着けないのだ。
更に五分ほど彷徨ったが現状は変わらず、何かの呪いでもかかっているのではないかと、首を傾げながら蛍吾の番は終わってしまった。
「それじゃあ気を改めて、ルナ、やりまーす!」
ルナはご機嫌な様子で蛍吾からコントローラーを受け取るとタイトル画面に戻ったテレビ映像と向き合った。
「……ん? ルナ、どうしたの?」
先程まであんなに元気だったルナが動かなくなった。
正に電池切れの機械のように微動だにしない。
瑠璃は心配になってもう一度声をかけた。
「……こ、怖くないもん」
「えっ?」
「怖くなんかないもんっ! ほ、ホントだよ!?」
そう言って訴えかけるルナの瞳は揺らいで見えた。
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田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
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出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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