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Episode 7 【結縁のチャームローゼ】
#57《親睦を深めるファッションショー》
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翌日。
険悪な空気は変わらぬまま、女子達は本館のリビングに集まって談話している。
これも親睦を深める為に瑠璃が提案した催しだ。
今回はルナにも協力してもらい、碧が逃げないように見守ってほしいと、ハリセンを持ってお願いしたのだ。
ルナと碧は不服そうな顔をしているが、ここに居てもらうだけでもかなりの進歩。
二人を横目に瑠璃は桜結に話題を振る事にした。
「ねぇ、桜結ちゃんは街から来たんだよね? どんな所なの?」
「桜結でいいよー! もう友達なんだからっ! えっとねー、《來望湖》って名前の港街なんだけど、他の街との交易が盛んな街だよ。……って黒斗から聞いてないの?」
「あー……余裕なかったみたいだから……」
瑠璃はチラッと碧の様子を覗くと、案の定『むぅー』と言って膨れている。
「桜結は確か、おばあさんの家にお世話になってるって言ってたよね? どんな人なの?」
「すっごく良い人だよ! 桜結を最初に見つけてくれて、落ち着くまでここで過ごしていいよって、名前まで付けてもらってさー。桜結にとっては恩人なの!」
そう言って魅せた桜結の笑顔には嘘偽りを感じさせないものがあった。
先日語られた通り、女子とはすぐに友達に、男子には告白されるというめでたい展開の中で過ごしていたらしいが、桜結の話し方からはどうも全てが良いものではなかったようだ。
「明らかに怪しい男が近寄ってきた事もあったんだけど、何て言うのかなー? 一定の距離でヘラヘラ笑ったまま立ち止まっちゃって、おかしいなぁーって思いながらその場を去った事もあったんだよねー。今思えばそれって桜結の魔法のおかげで助かったって事なのかも……って、暗い話はやめやめっ! 街の皆とは服の話とか恋バナをする事が多いんだよ!」
「恋バナ!? 良いなぁ! わたしもそういうお話聞きたい!」
「おっ! 瑠璃もこういう系好きだったりする? 今度お話しようよ! ところで……」
桜結が唐突にルナを覗き込む。
瑠璃に捕まり、監視されているルナは碧と同じように今も機嫌が悪いままだ。
「ねぇルナ。この家に衣装ってないの?」
「衣装って?」
「ドレスとかー、学生服とかー、サンタ服とかっ! コスプレ衣装って言うんだけど」
「あー……そういえば、ババアが何着か持ってたなぁ……」
そう言ってルナは重い足取りで大浴場がある奥の部屋へ行ってしまった。
「女の子は衣装を着て輝くんだよっ! せっかく集まってるんだからファッションショーやろうよ! モチベ上がるし、男子に見てもらお!」
「えぇ!? は、恥ずかしいんだけど……」
「いいじゃん、瑠璃。桜結がコーデしてあげるから! 今日は黒斗だけ? 獣とあともう一人居るんだっけ?」
「うん……。颯は夕方まで居て、お昼には蛍吾さんが来る予定かなぁ……」
桜結が図々しく話を進めていると、ルナがゆっくりとした足取りで戻ってきた。
大浴場の前には一つの扉がある。
そこはソレイユが作った衣装が沢山入ったウォークインクローゼットとなっているらしく、どちらかというとここには普段着ではなくステージ衣装のような、云わばコスプレ衣装が保管されている。
「確か魔法が付与されてるから、誰が着てもジャストフィットすると思うよ」
「マジで!? ね、皆やろーよ、ファッションショー! 新たな発見があるかもよ?」
「ファッションショー!? ボク、やりたい! 参加する!!」
先程まで不機嫌だったのが嘘のようにルナの表情が変わる。
――そういえばこの前、ソレイユさんは恋愛とか服飾が好きだって話をルナから聞いたんだっけ。もしかしたら、桜結とソレイユさんはウマが合うのかも……。
瑠璃は色々と想像しながら辺りを見回した。
藍凛は気にとめている様子はないが、碧は興味を持ったのかソワソワしている。
「碧! どっちが黒斗のハートを射止められるか勝負よ! そーね……もし勝ったら黒斗と……」
「わっ、私、本人の意思を無視した賭けなんてしないもんっ!」
「えぇー、つまんなーい。でもいいよ! 桜結の方が上だって事を思い知らせてやるんだからっ!」
二人は火花を散らして睨み合っているが、先程までの啀み合った重い空気が少しだけ和らいだように思える。
これをキッカケに親睦を深められたらいいと、瑠璃は二人の様子を見守る事にした。
◆
そうして一時間程が経過し、碧達はファッション雑誌を見て時間を潰していると、男子三人が本館の中へ入って来た。
蛍吾が来る時は青屋根倉庫前に集合してからこちらへ来る流れが日常と化しているようだ。
「……でねっ、会って早々なんだけど、今から女子でファッションショーをするから立ち会いしてよ!」
瑠璃の仲介で挨拶を交わした桜結が図々しく黒斗達に告げると、返事をする間も与えずに皆を連れてそそくさと衣装部屋へ行ってしまった。
「へ、何……? 俺達、何かされんの?」
「ビビりなのは相変わらずだなー。ファッションショーだから、普段とは違う服装が見れるって事だよ! 碧ちゃんは何を着ても天使なんだろーな!」
「へぇ……ファッションショーかー……」
碧は立ち尽くしている黒斗達をキッチンの横から眺めていた。
ぼんやりとした思考の中でふと黒斗と目が合う。
彼の瞳に吸い込まれてしまいそう――そう想うだけで碧の鼓動が激しくなる。
まるで見透かされているかのように黒斗に微笑みかけられ、碧は恥ずかしくなって、慌ててこの場を後にした。
桜結達の後を追って衣装部屋に入ると、そこは凡そ十数畳程の広い間取りの部屋となっていた。
クローゼットが壁沿いに敷き詰められている。
各々でクローゼットを開けて衣装を見つけては全身鏡で確認しているようだ。
「そーね、今回は一人一着選んで着替えましょ! 準備が終わったら一人ずつリビングへGO! わかった?」
言い出しっぺの桜結が自然と輪の中に馴染んで仕切っている。
碧は複雑な気持ちになったが、今は目の前の事に集中しなければと、頬を叩いて気持ちを切り替える。
――黒斗が好きな服って何だろ……?
クローゼットに掛けられている衣装をじっくりと調べていく。
この中にはアイドル衣装のようなものから職業の制服等、正にコスプレと言わんばかりの衣装が勢揃いだ。
「わぁ!」
碧が見つけた物――それは星空の絵柄がプリントされた青いジャンパースカートと、フリルが沢山付いている白いブラウスがセットになったロリータ服だ。
足元を見ると靴が沢山並べられており、その内の一つ――ロリータ服に似合いそうな青色の靴を取り出した。
その靴は安定感のある、ヒールが高いものだ。
――可愛いけど……私じゃ釣り合わないよね……。
碧はため息をつき、取り出した靴を戻そうとした。
「碧、良い服見つかった?」
瑠璃に後ろから声をかけられたので、手を止めて立ち上がる。
『いっぱいあると迷っちゃうよね』と言って碧が見ていた衣装に視線が向けられた。
「その服可愛いね。碧はその衣装を着るの?」
「ふぇ!? そ、そんな……可愛いけど、私には似合わないよ……」
「そんな事ないよ。普段はこういう服は着ないんだから、いい機会だし着てみなよ!」
着るだけならタダだと瑠璃に背中を押され、碧は着替える事にした。
ハンガーにかかった衣装を一つずつ外していくと、かかっていたのはブラウスとスカートだけではなく、青と白の二色が混ざったヘッドドレス、水色のパニエ、白いレースのニーハイソックスが内側にかけられていた。
瑠璃に手伝ってもらいながら試着を終えると、全身鏡の前に立って姿を確認する。
「……わぁっ!」
可愛いものに包まれた碧の胸の高鳴りが止まらない。
新しい自分に出会えた気がする。
そう思うだけで心が温かくなっていくのを感じ取っていた。
「でも……黒斗はこういうの、好きなのかな……」
自信が無い。
この姿で会って嫌われたらどうしようと、後ろ向きな考えが不安を増幅させる。
「大丈夫だよ。凄く似合ってるんだから、もっと自信持って! それにわたしは、碧の好きなもので勝負しなきゃ意味がないと思うなぁ」
瑠璃の両手が碧の両肩を支えてくれた。
部屋を見回すと、ルナと藍凛は今も衣装を選んでいる。
職業の衣装を見せ合ってはああだこうだと話し合っているようだ。
桜結は衣装が決まったようで、先程から試着室で着替えている。
「じゃじゃーん! どーよ!? 桜結が選んだこの衣装、似合うと思わない?」
試着室から出てきた桜結は、赤いチャイナ服と赤いピンヒールを履いてモデル顔負けのポーズを決め込んでいる。
それは身体のラインが強調された、目のやり場に困るほど露出度の高い衣装だ。
「あら……その服、似合うわね。可愛いじゃない」
「ふぇ!? あ……ありがとう……」
「もう少しこうした方がいいわよ」
碧の衣装を桜結が手直ししてくれているその様子をぼんやりと眺めていた。
さっきまであんなに啀み合っていたからこそ、拍子抜けしてしまったのだ。
「それじゃあ碧、準備はいい? 勝負よ!」
桜結はどこからか取り出した鞭をパチンと床に鳴らすと、先攻を選んで試着室を出て行ってしまったので、碧と瑠璃も慌てて後に続いた。
ヒールのある靴に慣れていない為、瑠璃にエスコートされながらリビングへ向かう。
キッチンの入口に到着すると、既にリビングで衣装を披露している桜結の姿があった。
「おおお! スッゲー可愛い!! それチャイナ服だよな? 雑誌で見た事ある!」
黒斗達はダイニングテーブルに雑誌を広げて暇を潰していたようで、黒斗は玄関が見える廊下側の椅子、蛍吾は黒斗の向かい――キッチンが見える廊下側の席、颯は廊下に居る。
露出度の高い桜結に対して目のやり場に困っている様子ではあったが、今回のファッションショーは良い調子でスタートを切れたようだ。
颯が一人大はしゃぎしている反面、黒斗と蛍吾の反応は薄く見える。
「ねぇ黒斗ぉー、どう? この衣装、似合う?」
胸元を強調する色気のある体勢と口調で黒斗に攻め寄っている。
桜結の行動を目の当たりにし、碧の心に怒りが込み上がった。
ファッションショーという名目上、相手がステージから退くまでは待機しなければならないというルールが設けられている為、『むぅ』と頬を最大限に膨らませる事しか出来ずにいる。
「ちょ、近過ぎ! やめてくれって昨日も言ったよな?」
黒斗は青ざめながらテーブルの上に置いてあったファッション雑誌を盾代わりに突き出して身を守っている。
蛍吾の反応は薄いというよりも、掴みどころのない穏やかな波のような反応で、結局のところ良い反応をくれたのは颯だけ。
桜結は不服そうにしながらステージから降りてきたのだった。
「さ、碧。今度はアンタの番! お手並み拝見といくわよ!」
桜結は挑発してキッチンの中へ入ると、冷蔵庫にもたれかかり、腕を組んで碧を見下している。
緊張している碧の肩は瑠璃の手によって支えられる。
視線を送ると、瑠璃が頷き返してくれたので、碧は深く息を吸い、意を決してキッチンを出た。
ヒールの高いこの靴はどうにも歩き難い。油断すると転倒してしまいそうだ。
「おお! 碧ちゃん可愛い!! やっぱり天使だー!」
碧はぎこちない足取りでリビングに到着すると、真っ先に颯が声をかけてきた。
自然と二人も碧を見るので、緊張感が増して赤面してしまう。
――ど、どうしよう……!?
辺りをキョロキョロと見回すが、この場にいる男子三人とキッチンで見守っている二人の視線は碧に集中している為、プレッシャーが増幅するばかりだ。
「あ、あ、あのっ……、ど、どうかな……?」
思い切って話を切り出すが碧の身体は目に見えて解るほど震えている。
颯は相変わらず『可愛い』『天使だ』とはしゃぎ、蛍吾は評価はそこそこに碧を事を心配してくれている。
「ふぇ……あ、あれ? 黒斗……?」
目の前に居る黒斗は固まったまま動く気配がない。
「ど、どうしよう!? 黒斗がまた魂抜けちゃった……」
涙目で周囲に助けを求めるが、颯と蛍吾、そして瑠璃までもがニヤケ顔でこちらを見ている。
「ま、待って! 抜けてない! 抜けてないからっ……!」
黒斗が呼びかけ、碧は振り向く。
そこには顔を合わせられないほど照れている、初めて見る黒斗の姿があった。
「えっと、その……に、似合ってる……」
その返事は熱を帯び、同時に碧の中に恥ずかしさと照れが生じ、心身の熱が急上昇する。
顔を上げられない。自然と笑みが零れるのを見られないように隠す事で精一杯だ。
何時しか止まっていた時間が、桜結以外の宝石達の手によって動き出す。
碧達を横目にしてファッションショーが再開されたのだった。
険悪な空気は変わらぬまま、女子達は本館のリビングに集まって談話している。
これも親睦を深める為に瑠璃が提案した催しだ。
今回はルナにも協力してもらい、碧が逃げないように見守ってほしいと、ハリセンを持ってお願いしたのだ。
ルナと碧は不服そうな顔をしているが、ここに居てもらうだけでもかなりの進歩。
二人を横目に瑠璃は桜結に話題を振る事にした。
「ねぇ、桜結ちゃんは街から来たんだよね? どんな所なの?」
「桜結でいいよー! もう友達なんだからっ! えっとねー、《來望湖》って名前の港街なんだけど、他の街との交易が盛んな街だよ。……って黒斗から聞いてないの?」
「あー……余裕なかったみたいだから……」
瑠璃はチラッと碧の様子を覗くと、案の定『むぅー』と言って膨れている。
「桜結は確か、おばあさんの家にお世話になってるって言ってたよね? どんな人なの?」
「すっごく良い人だよ! 桜結を最初に見つけてくれて、落ち着くまでここで過ごしていいよって、名前まで付けてもらってさー。桜結にとっては恩人なの!」
そう言って魅せた桜結の笑顔には嘘偽りを感じさせないものがあった。
先日語られた通り、女子とはすぐに友達に、男子には告白されるというめでたい展開の中で過ごしていたらしいが、桜結の話し方からはどうも全てが良いものではなかったようだ。
「明らかに怪しい男が近寄ってきた事もあったんだけど、何て言うのかなー? 一定の距離でヘラヘラ笑ったまま立ち止まっちゃって、おかしいなぁーって思いながらその場を去った事もあったんだよねー。今思えばそれって桜結の魔法のおかげで助かったって事なのかも……って、暗い話はやめやめっ! 街の皆とは服の話とか恋バナをする事が多いんだよ!」
「恋バナ!? 良いなぁ! わたしもそういうお話聞きたい!」
「おっ! 瑠璃もこういう系好きだったりする? 今度お話しようよ! ところで……」
桜結が唐突にルナを覗き込む。
瑠璃に捕まり、監視されているルナは碧と同じように今も機嫌が悪いままだ。
「ねぇルナ。この家に衣装ってないの?」
「衣装って?」
「ドレスとかー、学生服とかー、サンタ服とかっ! コスプレ衣装って言うんだけど」
「あー……そういえば、ババアが何着か持ってたなぁ……」
そう言ってルナは重い足取りで大浴場がある奥の部屋へ行ってしまった。
「女の子は衣装を着て輝くんだよっ! せっかく集まってるんだからファッションショーやろうよ! モチベ上がるし、男子に見てもらお!」
「えぇ!? は、恥ずかしいんだけど……」
「いいじゃん、瑠璃。桜結がコーデしてあげるから! 今日は黒斗だけ? 獣とあともう一人居るんだっけ?」
「うん……。颯は夕方まで居て、お昼には蛍吾さんが来る予定かなぁ……」
桜結が図々しく話を進めていると、ルナがゆっくりとした足取りで戻ってきた。
大浴場の前には一つの扉がある。
そこはソレイユが作った衣装が沢山入ったウォークインクローゼットとなっているらしく、どちらかというとここには普段着ではなくステージ衣装のような、云わばコスプレ衣装が保管されている。
「確か魔法が付与されてるから、誰が着てもジャストフィットすると思うよ」
「マジで!? ね、皆やろーよ、ファッションショー! 新たな発見があるかもよ?」
「ファッションショー!? ボク、やりたい! 参加する!!」
先程まで不機嫌だったのが嘘のようにルナの表情が変わる。
――そういえばこの前、ソレイユさんは恋愛とか服飾が好きだって話をルナから聞いたんだっけ。もしかしたら、桜結とソレイユさんはウマが合うのかも……。
瑠璃は色々と想像しながら辺りを見回した。
藍凛は気にとめている様子はないが、碧は興味を持ったのかソワソワしている。
「碧! どっちが黒斗のハートを射止められるか勝負よ! そーね……もし勝ったら黒斗と……」
「わっ、私、本人の意思を無視した賭けなんてしないもんっ!」
「えぇー、つまんなーい。でもいいよ! 桜結の方が上だって事を思い知らせてやるんだからっ!」
二人は火花を散らして睨み合っているが、先程までの啀み合った重い空気が少しだけ和らいだように思える。
これをキッカケに親睦を深められたらいいと、瑠璃は二人の様子を見守る事にした。
◆
そうして一時間程が経過し、碧達はファッション雑誌を見て時間を潰していると、男子三人が本館の中へ入って来た。
蛍吾が来る時は青屋根倉庫前に集合してからこちらへ来る流れが日常と化しているようだ。
「……でねっ、会って早々なんだけど、今から女子でファッションショーをするから立ち会いしてよ!」
瑠璃の仲介で挨拶を交わした桜結が図々しく黒斗達に告げると、返事をする間も与えずに皆を連れてそそくさと衣装部屋へ行ってしまった。
「へ、何……? 俺達、何かされんの?」
「ビビりなのは相変わらずだなー。ファッションショーだから、普段とは違う服装が見れるって事だよ! 碧ちゃんは何を着ても天使なんだろーな!」
「へぇ……ファッションショーかー……」
碧は立ち尽くしている黒斗達をキッチンの横から眺めていた。
ぼんやりとした思考の中でふと黒斗と目が合う。
彼の瞳に吸い込まれてしまいそう――そう想うだけで碧の鼓動が激しくなる。
まるで見透かされているかのように黒斗に微笑みかけられ、碧は恥ずかしくなって、慌ててこの場を後にした。
桜結達の後を追って衣装部屋に入ると、そこは凡そ十数畳程の広い間取りの部屋となっていた。
クローゼットが壁沿いに敷き詰められている。
各々でクローゼットを開けて衣装を見つけては全身鏡で確認しているようだ。
「そーね、今回は一人一着選んで着替えましょ! 準備が終わったら一人ずつリビングへGO! わかった?」
言い出しっぺの桜結が自然と輪の中に馴染んで仕切っている。
碧は複雑な気持ちになったが、今は目の前の事に集中しなければと、頬を叩いて気持ちを切り替える。
――黒斗が好きな服って何だろ……?
クローゼットに掛けられている衣装をじっくりと調べていく。
この中にはアイドル衣装のようなものから職業の制服等、正にコスプレと言わんばかりの衣装が勢揃いだ。
「わぁ!」
碧が見つけた物――それは星空の絵柄がプリントされた青いジャンパースカートと、フリルが沢山付いている白いブラウスがセットになったロリータ服だ。
足元を見ると靴が沢山並べられており、その内の一つ――ロリータ服に似合いそうな青色の靴を取り出した。
その靴は安定感のある、ヒールが高いものだ。
――可愛いけど……私じゃ釣り合わないよね……。
碧はため息をつき、取り出した靴を戻そうとした。
「碧、良い服見つかった?」
瑠璃に後ろから声をかけられたので、手を止めて立ち上がる。
『いっぱいあると迷っちゃうよね』と言って碧が見ていた衣装に視線が向けられた。
「その服可愛いね。碧はその衣装を着るの?」
「ふぇ!? そ、そんな……可愛いけど、私には似合わないよ……」
「そんな事ないよ。普段はこういう服は着ないんだから、いい機会だし着てみなよ!」
着るだけならタダだと瑠璃に背中を押され、碧は着替える事にした。
ハンガーにかかった衣装を一つずつ外していくと、かかっていたのはブラウスとスカートだけではなく、青と白の二色が混ざったヘッドドレス、水色のパニエ、白いレースのニーハイソックスが内側にかけられていた。
瑠璃に手伝ってもらいながら試着を終えると、全身鏡の前に立って姿を確認する。
「……わぁっ!」
可愛いものに包まれた碧の胸の高鳴りが止まらない。
新しい自分に出会えた気がする。
そう思うだけで心が温かくなっていくのを感じ取っていた。
「でも……黒斗はこういうの、好きなのかな……」
自信が無い。
この姿で会って嫌われたらどうしようと、後ろ向きな考えが不安を増幅させる。
「大丈夫だよ。凄く似合ってるんだから、もっと自信持って! それにわたしは、碧の好きなもので勝負しなきゃ意味がないと思うなぁ」
瑠璃の両手が碧の両肩を支えてくれた。
部屋を見回すと、ルナと藍凛は今も衣装を選んでいる。
職業の衣装を見せ合ってはああだこうだと話し合っているようだ。
桜結は衣装が決まったようで、先程から試着室で着替えている。
「じゃじゃーん! どーよ!? 桜結が選んだこの衣装、似合うと思わない?」
試着室から出てきた桜結は、赤いチャイナ服と赤いピンヒールを履いてモデル顔負けのポーズを決め込んでいる。
それは身体のラインが強調された、目のやり場に困るほど露出度の高い衣装だ。
「あら……その服、似合うわね。可愛いじゃない」
「ふぇ!? あ……ありがとう……」
「もう少しこうした方がいいわよ」
碧の衣装を桜結が手直ししてくれているその様子をぼんやりと眺めていた。
さっきまであんなに啀み合っていたからこそ、拍子抜けしてしまったのだ。
「それじゃあ碧、準備はいい? 勝負よ!」
桜結はどこからか取り出した鞭をパチンと床に鳴らすと、先攻を選んで試着室を出て行ってしまったので、碧と瑠璃も慌てて後に続いた。
ヒールのある靴に慣れていない為、瑠璃にエスコートされながらリビングへ向かう。
キッチンの入口に到着すると、既にリビングで衣装を披露している桜結の姿があった。
「おおお! スッゲー可愛い!! それチャイナ服だよな? 雑誌で見た事ある!」
黒斗達はダイニングテーブルに雑誌を広げて暇を潰していたようで、黒斗は玄関が見える廊下側の椅子、蛍吾は黒斗の向かい――キッチンが見える廊下側の席、颯は廊下に居る。
露出度の高い桜結に対して目のやり場に困っている様子ではあったが、今回のファッションショーは良い調子でスタートを切れたようだ。
颯が一人大はしゃぎしている反面、黒斗と蛍吾の反応は薄く見える。
「ねぇ黒斗ぉー、どう? この衣装、似合う?」
胸元を強調する色気のある体勢と口調で黒斗に攻め寄っている。
桜結の行動を目の当たりにし、碧の心に怒りが込み上がった。
ファッションショーという名目上、相手がステージから退くまでは待機しなければならないというルールが設けられている為、『むぅ』と頬を最大限に膨らませる事しか出来ずにいる。
「ちょ、近過ぎ! やめてくれって昨日も言ったよな?」
黒斗は青ざめながらテーブルの上に置いてあったファッション雑誌を盾代わりに突き出して身を守っている。
蛍吾の反応は薄いというよりも、掴みどころのない穏やかな波のような反応で、結局のところ良い反応をくれたのは颯だけ。
桜結は不服そうにしながらステージから降りてきたのだった。
「さ、碧。今度はアンタの番! お手並み拝見といくわよ!」
桜結は挑発してキッチンの中へ入ると、冷蔵庫にもたれかかり、腕を組んで碧を見下している。
緊張している碧の肩は瑠璃の手によって支えられる。
視線を送ると、瑠璃が頷き返してくれたので、碧は深く息を吸い、意を決してキッチンを出た。
ヒールの高いこの靴はどうにも歩き難い。油断すると転倒してしまいそうだ。
「おお! 碧ちゃん可愛い!! やっぱり天使だー!」
碧はぎこちない足取りでリビングに到着すると、真っ先に颯が声をかけてきた。
自然と二人も碧を見るので、緊張感が増して赤面してしまう。
――ど、どうしよう……!?
辺りをキョロキョロと見回すが、この場にいる男子三人とキッチンで見守っている二人の視線は碧に集中している為、プレッシャーが増幅するばかりだ。
「あ、あ、あのっ……、ど、どうかな……?」
思い切って話を切り出すが碧の身体は目に見えて解るほど震えている。
颯は相変わらず『可愛い』『天使だ』とはしゃぎ、蛍吾は評価はそこそこに碧を事を心配してくれている。
「ふぇ……あ、あれ? 黒斗……?」
目の前に居る黒斗は固まったまま動く気配がない。
「ど、どうしよう!? 黒斗がまた魂抜けちゃった……」
涙目で周囲に助けを求めるが、颯と蛍吾、そして瑠璃までもがニヤケ顔でこちらを見ている。
「ま、待って! 抜けてない! 抜けてないからっ……!」
黒斗が呼びかけ、碧は振り向く。
そこには顔を合わせられないほど照れている、初めて見る黒斗の姿があった。
「えっと、その……に、似合ってる……」
その返事は熱を帯び、同時に碧の中に恥ずかしさと照れが生じ、心身の熱が急上昇する。
顔を上げられない。自然と笑みが零れるのを見られないように隠す事で精一杯だ。
何時しか止まっていた時間が、桜結以外の宝石達の手によって動き出す。
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