機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

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Episode 7 【結縁のチャームローゼ】

#58《二人の事を調べるお話》

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 翌日。
 女子達は朝から昨日のファッションショーの話題で盛り上がっている。
 あの後ルナは警官、藍凛あいりは怪盗、瑠璃は修道女の衣装を身に纏ってファッションショーを堪能していた。
 次回も桜結みゆ主催で実行しようという案が出され、誰かと一緒に遊ぶ事が殆ど無かったルナは感情を露わにして目を輝かせる。


「そういえばアイツ……はやてだっけ? 桜結みゆ達全員を煽ててたけど女たらしなの?」

「そういうのじゃないわよ。女の子が好きなんでしょうけど、はやては優しい子よ」

「うんうん、藍凛あいりの言う通り優しい奴だよ! ロボットのボクの事も女の子扱いしてくれるし!」

「そっかぁー。アイツには酷い事を言っちゃったなー……」


 昨日のはやてはファッションショーを一番に楽しんでおり、瑠璃とあおが作った美味しい夕食を美味いと言って食べた後、ご満悦な様子で一人アトリエを後にしていた。
 彼が居ると自然と空気が明るくなる。
 ルナ達にとってもはやてがアトリエに来る日は楽しみの一つなのだ。


「おはよう。あおー、行くぞー」


 扉の開閉音が聞こえると同時に黒斗が中へ入ってくる。
 いつもより一時間程早い来訪である為、ルナ達は少しばかり驚いていた。
 まるで黒斗の声で電源が入ったかのようにあおは俊敏に立ち上がる。
 慌ててキッチンへ駆け込んだかと思うと、お菓子が入ったタッパーと水筒をカバンの中に詰め込んでいた。
『急いでないからゆっくり来い』
 そう言われながらバタバタと準備をしているのは日常茶飯事だ。


「おまたせっ!」

「ん。じゃあ、行こっか」


 二人が外出するところを見送ると、慌ただしかった空気が一瞬で静かになる。
 ルナ達は暫し玄関を呆然と眺めていた。


「……ねぇ、あの二人って付き合ってるの?」


 先に沈黙を解いたのは桜結みゆで、率直な疑問をルナ達に投げかけてきた。
 この数日、どれだけ攻め寄っても相手にされなかった結果に納得していない様子だ。


「さぁ……? そういう話は聞いた事ないけど……」


 桜結みゆからの質問に瑠璃が答えると、そこからまた静寂な時間が訪れる。
  少しだけ気まずい空気が続く中、桜結みゆが何かを閃いたという顔で、勢いよく机に両手をついて立ち上がった。


「ねぇ! あの二人を尾行してみない?」

「「「えっ!?」」」

「黒斗達っていつも出かけてるんでしょ? 何処に行って何をしてるのか知りたくない?」


 突拍子のない提案が瑠璃と藍凛あいりを誘惑している。
 ルナは何となく嫌な予感はしていたが、予想が当たってしまったと心の中でため息をついた。


「それは確かに気になるかも……」

「ねっ!? 瑠璃も気になるよね? こっそり着いて行けばバレないって!  藍凛あいりは?」

「私も気になるかな……」


 意気投合してしまった三人の視線は一斉にルナに向いた。
 知らせていない事もあるので致し方ない事ではあるが、何より二人の恋路の邪魔はしたくない。
 そもそも、私利私欲を交えた魔力感知能力の使用――他人のプライバシーに踏み込むような行為は禁止されている。
 あからさまな不機嫌顔を醸し出して反抗する以外に手段がない。


「うーん……、二人の時間に勝手に踏み込むのはどうかと思うなぁ……」

「そこをなんとか! ルナなら二人が何処にいるのか視えるんでしょ?」

「駄目!」


  桜結みゆがグイグイと攻め寄って圧力をかけてくる。
 ――どうしてこういう時に限って味方がいないんだよぉ……。
 三人は怯む事もなく期待の眼差しでルナを見つめている。
 そんな中、玄関から扉の開く音が聞こえた。
 蛍吾だ。
 昨晩はいつも通り別館で一泊をして、今日の昼過ぎに帰宅する。
 毎週の日課の一つとなっている。


「おはよー。あれ? 皆揃ってどうしたの?」

「あっ! 蛍吾、おはよっ! 今ね、黒斗とあおがいつも何処で何をしているのか、尾行して調べてみよって話してるんだー。蛍吾はどう?」

「あ、それは僕も気になるかもー」

「でしょ!? ねぇルナー、お願いだって! 今ならまだ間に合うんだからっ!」


 女子三人に蛍吾も加わり、祈るようにおねだりされる。
 仮にここへはやてが来たとしても一致団結しているだろう。
 ――止めたところで言いつけも守らずに追いかけるんだろうなぁ……。
 ルナはたじろいでしまい、渋々了承する事になってしまった。


「いーい? 少し見たらすぐ帰るからね? ボクより前には絶対に行かない事!」


 ルナは桜結みゆ達にスピーダーを装着させると、一定以上の距離からの尾行が始まった。
 二人が出かけてから少し時間が経っているので、二人の姿が遠目で見えるまでは小走りで向かう事になる。
 ――ごめん、黒斗……。
 ルナは大きなため息を零した。

 それから十分程で二人の姿が見えたので、ここからは気付かれないようについて行く。
 点のように小さく見えるにも関わらず親しげな様子が解るのも凄いものだと、桜結みゆ達の小声が後ろから聞こえた。
 そうして一時間、二時間と過ぎていき、敷地の地図でいう南西まで来ていた。


「ねぇ……想像以上に遠くない? ここまで歩くなんて思わなかったんだけどー……」


 桜結みゆが一人愚痴を零している。
 合間に何度か小休憩を挟んではいるが、なにぶん黒斗達の移動が早い。
 普段から歩き回っているおかげか、他の宝石達と比較しても体力が付いているようだ。
 ――やっぱり、あの場所は確か……。
 ルナは一度だけ、ソレイユに連れられてこの場所を訪れた事があった。
 それはルナ自身が、このセカイにあるものはつらいものだけではないのだと教えてもらった場所だ。


「そろそろ着くよ」


 黒斗の呼びかけにあおがぴょこっと反応している。
 後ろがザワついている中、ルナはここで立ち止まって隠れるように促した。
 桜結みゆ達が不服そうな顔をしているが気に止めてはいない。


「わぁっ!」


 遠くであおの嬉しそうな声が聞こえる。
 絶景だ。その言葉を聞いた後、ルナは拡張型集音器のスイッチをオフにした。
 瑠璃達の様子を伺うと、口を開けたまま目の前にある光景に心を奪われている。
 ここからでは二人が見ている景色は見えない。
 それはルナが意図的にこの場で立ち止まったからだ。
 誰彼構わず見せていい場所ではない――そう強く思ってしまうほど、ここは特別な場所だとルナは思っている。


「……なるほど。確かにこれは付け入る隙はないわね……」


 桜結みゆが切なげな想いを浮かべて大きなため息をつき、完敗を伝達する瞼を閉じた。
 徐に開いたその瞳は、落ち込んだ様子から一変して気持ちを切り替えたかのようににこやかでいる。


「そろそろ帰ろう。蛍吾もおじいちゃんの家に帰らないと行けないんだから」


 ルナは頃合いを見計らって全員に声をかけた。
 蛍吾には二度手間になってしまうが、一度一緒に本館へと戻り、休憩した後で帰宅する事を提案する。彼の承諾を得るとそのまま来た道を戻っていった。

 代わり映えのない道を歩くというのは今も変わらない。この森はルナが居なければ皆は確実に迷子になっている。
 黒斗に貸していた魔法の地図は他人に渡ると危険な物である為枚数もなく、そう簡単に借せるものではない。
 ルナと男子三人以外は云わば閉じ込められているようなものなのだ。


「ねぇ。桜結みゆさ、作りたい物があるんだけど誰か手伝ってくれない? 確か藍凛あいりって何でも作れるんだっけ?」

「大抵の物は……何を作りたいの?」

「えっとねー」


 桜結みゆ達が帰宅後の話で盛り上がっている様子を背中越しに受け取りながら、ルナは先頭を歩き続けたのであった。

 ◆

「……」


 時はルナ達が帰路について数十分後、黒斗の機嫌はすこぶる悪い。
 ――どいつもこいつも邪魔ばっかしやがって……。勘弁してくれよ……。
 計画が台無しじゃないかと、あおに気付かれないように嘆く。
 黒斗が連れて来たこの場所は敷地の南西部――敷地の境界線上にある崖の上。
 森を抜けた先の小川が、崖を伝って滝となり流れている。
 滝の下には少しばかりの草原と砂浜があり、小川は海と繋がっている。ここは海が一望出来る絶景スポットの一つだ。
 ルナ達に尾行されていると気付いたのは二時間と少し前――つまり、ルナ達が尾行を開始した時だ。
 黒斗は平然を装っていたが、内心はと怒っていた。
 到着した後、景色を堪能しながらふたりでおやつの時間を共有し、現在、あおが描画に夢中になっている。
 ――あー……こんな状態で話を切り出すのは無理だ……。
 黒斗は頭を抱え、大きく息を吐いた。


「……どうしたの?」

「え? あ、えっと……なんでもない。ちょっと考え事」


 首を傾げていたあおだったが、スケッチブックに視線を戻して作業を再開してしまった。

 微かに混ざった潮風が心地いい。
 海の匂いはここまで流れて来るものなのかと、最初は驚いたものだ。
 これからの季節は海で水浴びをして遊ぶ行事が人間の間で流行っていると、はやてと読んだ雑誌や漫画に書かれていたのを思い出す。
 ――泳いだ事はないけど、一緒に遊びに行ったら楽しいだろうなぁ……。
 うっかり想像してしまい、顔が熱くなるのを必死で抑えた。
 ここ最近はこうして出かけても、色々と考えてしまって鍛錬に集中が出来ない。
 ――誰にも邪魔されない場所……。もうこれしかねぇよなぁ。
 今は鍛錬に集中しようと、一度呼吸を整えて励む事にした。

 それからいくつかの時が過ぎ、それぞれが目的を終えてもう一度紅茶とお菓子を嗜む。
 いつもと変わらないやり取りを交わし、いつもと同じように帰路についた。


「あの、さ」


 黒斗は気付かれない程度の震えた声で話を切り出す。


「良かったら今度さ。星、見に行かね?」

「星……?」

「うん。本当はずっと見に行ってみたかったんだけど、夜の森が怖くて諦めてたんだ。でもこの前みんなで肝試ししただろ? あの時、一人じゃなければ案外怖くないんだなって解ってさ」


 無意識に身体も震えている。どうか気付かれませんようにと、黒斗は心の中で祈った。


「だからあおが良かったら……じゃなくて、あおと一緒に見に行きたいって思ったんだけど……ダメかな?」


 いつもと違う誘い方は緊張の仕方も格段に変わる事を身をもって知る。
 断られたらどうしよう。そんな不安が頭の中でぐるぐる回り、調子を狂わされそうになる。


「ダメじゃないよ。行きたいっ!」

「本当!? 良かった……。 それじゃあ天候とか場所とか、決めたら言うから」

「待ってるね。ふふっ、楽しみだなぁ!」



 あおは無邪気にスキップをして身体全体で嬉しさを表現している。
 双眼鏡や天体望遠鏡で星や月を観測した事はまだないと彼女が話していたのをふと思い出した。
 風が心地良い。普段と何ら代わりのない景色の筈なのに、何かが違って見える。
 複雑に絡まった感情を背負いながら、約束の日に想いを馳せたのだった。

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