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Episode 8 【憂愁の我楽多】
#67《転換》
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「いいかい? 僕がいいって言うまではスイッチを入れちゃ駄目だよ」
「えぇー……なんで?」
「聞きたくないものまで聞こえちゃうからね」
奏が訪れてから数日が経つ。
家族三人で都会を離れた広い草原まで訪れていた。
都会を離れたと言っても近くには小さな街があってそれなりに人通りがある場所だが、ルナを連れて外出するには最適な場所なのだ。
今日の外出は先日プレゼントした拡張型集音器のテストを兼ねている。
ルナは拡張型集音器の犬耳を大層気に入ったようで、外出時と就寝時以外は常に頭に付けて過ごしている。
『父さん! ボク、犬になりたい!』
『えー……流石に犬の姿にはなれないよ……』
『ちょっと湊音? 子供の夢を現実で壊すなっ! まだ生まれて間も無いんだからさぁ』
『なれるなら柴犬がいいなぁ!』
『あはは! ルナはワンちゃんが好きかぁ。可愛いなぁ!』
あの時、すみれがルナの頭を愛おしく撫でていたのを思い出していた。
ルナには最初から高い知識と共に学習機能を備えている。
それは我が子である証と家族で過ごす時間を忘れずにいて欲しいと願っての事だ。
湊音としてはルナには自身の事を『私』と言って欲しかったが、上手い具合に夫婦の癖を学習しているようで、少々困った事も覚えてしまっている。
「うわぁっ! ……ルナ、不意打ちで背中に乗るのは止めなさい!」
「えぇー、お尻に敷いてあげてるのにー」
「それはものの例えであって、実際に乗るものじゃないから!」
先日の奏の余計な一言まで覚えてしまったので、湊音は頭を抱えていた。
ルナはあくまでロボットだ。倒された上に勢いよく乗られると骨折しかねないし、最悪の場合は死んでしまう。
ルナをキツく叱ると不服そうに降りてくれたが、背中の痛みは早々消えてくれるものではない。
湊音は背中を擦りながら立ち上がって砂埃を払う。
「さぁ、そろそろ始めようか」
湊音はルナに声をかけると、彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうだね……今日は直径一キロメートルに設定して聞いてみようか」
「ねぇ湊音、本当に大丈夫なの?」
不安で堪らないのだろう。すみれが心配そうに尋ねてくる。
「ここは比較的静かな場所だ。この子の為にも集音器を自在にコントロール出来るように練習しないといけないんだよ」
湊音は苦笑しながら答える。
拡張型集音器はルナ専用の機械だ。ルナが扱わなければ調整も叶わない。
それは今後の生活の為にも必要なものなのだ。
「わぁっ、凄い! ねぇねぇ、鳥の声が聞こえるよ! 水が流れる音もする!」
ルナは色んな方向に指を差して聞こえるもの全てを二人に伝えてくれる。
そうして次は遠くに見える街に身体を向けようとしたので、湊音はルナの両肩を抱き、同じ視線になるように屈んだ。
「いいかい? このセカイには父さんや母さんのような人間が大勢集まって暮らしている。人々の声の全てを真に受けて聞いてはいけないよ」
「どうして?」
「ルナが混乱して辛い思いをしてしまうからだよ。知りたくない事は勿論、誰かのプライバシーを覗く事にも繋がってしまう。父さんも母さんも、ルナには辛い思いをして欲しくないんだ。人間と、人間のように言葉を話す生物の音や声を聞く時は、危険がないかどうかを調べる時だけにしなさい」
「解った! 危険な時ってどんな時なの?」
ルナは好奇心に溢れた様子で湊音の話を一語一句インプットしているようだ。
現時点での不具合は特にない。
それから三十分ほど集音器の検証をし、終わった後は弁当を広げて軽い昼食を取る。
『食事機能を付けてあげたかったんだけど、今の僕の技術じゃ限界だった』
湊音は悔しくて堪らないと大きなため息を零す。
「ボクは父さんと母さんが居てくれるから平気だよ!」
「ルナ……ありがとう」
湊音はルナの頭を優しく撫でると、ルナは気持ち良さそうにしている。
人と比べると乏しい表情と口調の筈なのに、二人には人間の子供同然の表情と振る舞いに見えている。
親バカなのかもしれない。だけどそれでも嬉しくて、愛おしくて堪らないのだ。
「ねぇ、湊音。トイレに行くついでにお菓子と飲み物を買ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
すみれは街へ向かって歩いて行く。
その姿が小さくなるまで見送ると、湊音とルナはレジャーシートの上で大きく寝転んだ。
今日は綿雲が流れる晴れの日。貴重な休日に晴れてくれて良かったと、何気ない幸せに浸っていた。
「……?」
ルナが何かに反応してピョコっと起き上がったので不思議に思い聞いてみると、音と声が聞こえる事を教えてくれた。
「……何を話しているか聞こえるかい?」
「えっとね……『護身ロボット……を……捕獲……?』って。電動車の音も聞こえるよ!」
「!?」
湊音の心は血の気がさし、額からは異常な早さで汗が伝ってくる。
――嫌な予感がする。
ルナが不思議そうにしている横で荷物を乱雑にリュックへ詰め込んで移動の準備を始めた。
「ルナ、これから急いで会社へ行くよ。犬耳は外しなさい」
「どうして?」
「……嫌な予感がするんだ。走るよ!」
手汗が滲み出る左手でルナの手を取って走り出した。
――電動車の音、護身ロボット……まさか、どうして……?
湊音の思考が眩暈のようにぐるぐる廻る。
――情報漏洩? 国に限ってそんな事……。
焦りがより一層混乱させる。
二人は勢いよく、煉瓦造りの道がある街の中へと足を踏み入れた。
「えっ!?」
目の前から、左右から、黒いスーツの男達が湊音達の元へ向かってきた。
すみれが居る店は左手にある。彼女は無事だろうかと焦燥感に駆られた。
「ルナ。あの店に母さんが居るから、母さんを背負って全速力で会社まで行きなさい。キサラギグループの場所は解るね?」
「うん……解るけど、急にどうしたの? 父さんは行かないの?」
「すぐに追いつくから。母さんに『必ず帰る。今すぐ奏に連絡してくれ』って伝えて。さぁ、早く行って!!」
血相を変えてルナの背中を押す。
ルナにとって湊音は父親であり、製造者――つまり従うべき存在であり、指示は絶対に守らなければならないと、彼女の人工知能にはそうインプットさせている。
すみれのいる販売店へと向かうのを確認すると、湊音は男達が居ない道を選んで走ったが、それも虚しく足止めを喰らってしまう事になる。
「くそっ……囲まれた……」
ルナが聞いた電動車は二台、湊音の前に停車する。
逃げ道を完全に塞がれてしまった。
「わざわざこっちから出迎えてやってんのに逃げてんじゃねぇよ、如月さんよォ」
電動車の中から金髪の厳つい男が現れる。
がたいがよく鋭い目をしており、威圧感で圧倒されそうになるほどの空気と強い声を発している。
「オレらが何をしに来たのかわかるよなァ? オマエの作った護身ロボットをさっさと寄越してもらおうか」
「月城祐治……」
「恍けたって無駄だぜ? こちとら情報は手に入れてんだからよォ」
「どうしてそれを……?」
「ハッ、手口なんざ幾らでもある。オマエらが隠蔽した話も全部筒抜けってわけさ」
金髪の男――月城に睨みつけられ、湊音は怖気付いた。
この男は『月城組』という暴力団のボスであり、先代が立ち上げたそれを引き継いだ者だ。
彼の行いに巻き込まれた人物が帰ってきた話は聞いた事がなく、今も行方不明者が後を絶たない。
湊音は月城組の存在は知っていたが、こうして出会ったのは初めてだ。
「……嫌だと言ったら?」
「……ハ? オマエにそんな選択肢はねぇよ。オマエら、やれ」
湊音は後ろの男に拘束され、身動きが取れなくなったところをもう一人の男に鳩尾を殴られた。
力が出ない。拘束された事で身を委ねてしまう状態となる。
「父さん……!!」
「馬鹿! どうして戻ってきたんだ!? 早く逃げなさい!」
すみれと一緒に逃げるように指示した筈のルナが湊音の元へ走ってくる。
――そんな……もしもの時の為に僕の指示に従うようにプログラミングした筈だ……。言う事を聞かないなんて事……。
月城の手に渡ってしまえばこの国の秩序が乱れてしまう可能性が高い。
湊音の冷や汗が止まらなくなる。
人型の人工知能を携えた機械少女は、奏と意見を出し合いながら内密に生み出した――日ノ国にとって最新技術で創り上げた護身機能を搭載したロボットだからだ。
「父さんを離せ!」
ルナは乏しくも怒りを全面に出して戦闘態勢を取り、湊音を拘束する月城の子分に向かって蹴りを入れたが、月城の威圧感のある太い声か響き渡って怯んでしまった。
「そこのロボット! この男を殺されたくなけりゃ大人しく着いて来い」
「早く逃げなさいと言っただろう! 頼むから僕の言う事を聞いてくれ……!」
「うるせェ!」
月城に急所を突かれ、湊音の意識が揺らいでいく。気をしっかり持たなければ。今ルナに指示を――命令しなければ娘が危ない。
すみれと共に会社で匿ってもらえれば守れるのに。
湊音は力を振り絞ろうとしたが、そこで意識が途絶えてしまった。
◆
一方その頃、すみれは飲食店の店員に匿われていた。
『お姉さん、今すぐこっちへ来て。早く……!!』
『えっ、急にどうしたんですか?』
『月城組が居ます。早く隠れて下さい! 捕まってしまえば危険です!』
『そんな訳にはいかないわよ! 外には主人と娘が居るんです! 助けに行かないと……!』
切羽詰まった様子の店員に強引に引っ張られ、店員の控え室へと連れて行かれて現在に至る。
そんな事を言っている場合では無い。貴女の命が危険だ。
店員はそう言ってすみれを離そうとしなかった。
月城組は暴力団の一つ。日ノ国の何処にでも現れ、その類いの話は噂で聞いているが、誰かが連行される場面に遭遇する者は少ない。
大都会に潜伏されている時は今回のようにスーツ姿ではないという話を誰もが耳にしている。
そこそこの人数の住民が一斉に行方を晦ます事はザラにあるのだ。
これはあくまで遠くで隠れて見ていた者の証言だ。
警官は事件を追ってはいるが、唯一武器を扱える警官でさえも行方を晦ましている為、完全な糸口を掴めていない状態だった。
長いようで短い時間が過ぎていく。言葉は聞き取れないが怒鳴り声だけが聞こえてくる。
すみれの心がざわついている。早く二人の安否確認をしたい。その思いだけが彼女を震わせていた。
息を潜めていると突然音がしなくなったので、店員が恐る恐る外を確認しに行く。
戻って来ると出てきて良いと言われ、すみれは勢いよく飛び出して必死で二人を探した。
街中の隅々まで走り回って聞き込みをしてみたが、湊音とルナの姿を見た者は居らず、すみれは絶望に苛まれる。
「そんな……。湊音……ルナ……嫌ぁぁぁ!!」
崩れ落ちたすみれを住民が支える。今にも発作が出てしまいそうで、胸を強く押さえた。
混乱している中でふとあの時言われた事を思い出す。
「そうだ……奏くんに言わなきゃ……。誰か助けて……!!」
その後、貰った防犯スイッチを押したすみれは奏に保護され、キサラギグループに匿われる事になる。
従業員や警官が全ての街を探し回ったが、二人が見つかる事はなかった。
「えぇー……なんで?」
「聞きたくないものまで聞こえちゃうからね」
奏が訪れてから数日が経つ。
家族三人で都会を離れた広い草原まで訪れていた。
都会を離れたと言っても近くには小さな街があってそれなりに人通りがある場所だが、ルナを連れて外出するには最適な場所なのだ。
今日の外出は先日プレゼントした拡張型集音器のテストを兼ねている。
ルナは拡張型集音器の犬耳を大層気に入ったようで、外出時と就寝時以外は常に頭に付けて過ごしている。
『父さん! ボク、犬になりたい!』
『えー……流石に犬の姿にはなれないよ……』
『ちょっと湊音? 子供の夢を現実で壊すなっ! まだ生まれて間も無いんだからさぁ』
『なれるなら柴犬がいいなぁ!』
『あはは! ルナはワンちゃんが好きかぁ。可愛いなぁ!』
あの時、すみれがルナの頭を愛おしく撫でていたのを思い出していた。
ルナには最初から高い知識と共に学習機能を備えている。
それは我が子である証と家族で過ごす時間を忘れずにいて欲しいと願っての事だ。
湊音としてはルナには自身の事を『私』と言って欲しかったが、上手い具合に夫婦の癖を学習しているようで、少々困った事も覚えてしまっている。
「うわぁっ! ……ルナ、不意打ちで背中に乗るのは止めなさい!」
「えぇー、お尻に敷いてあげてるのにー」
「それはものの例えであって、実際に乗るものじゃないから!」
先日の奏の余計な一言まで覚えてしまったので、湊音は頭を抱えていた。
ルナはあくまでロボットだ。倒された上に勢いよく乗られると骨折しかねないし、最悪の場合は死んでしまう。
ルナをキツく叱ると不服そうに降りてくれたが、背中の痛みは早々消えてくれるものではない。
湊音は背中を擦りながら立ち上がって砂埃を払う。
「さぁ、そろそろ始めようか」
湊音はルナに声をかけると、彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうだね……今日は直径一キロメートルに設定して聞いてみようか」
「ねぇ湊音、本当に大丈夫なの?」
不安で堪らないのだろう。すみれが心配そうに尋ねてくる。
「ここは比較的静かな場所だ。この子の為にも集音器を自在にコントロール出来るように練習しないといけないんだよ」
湊音は苦笑しながら答える。
拡張型集音器はルナ専用の機械だ。ルナが扱わなければ調整も叶わない。
それは今後の生活の為にも必要なものなのだ。
「わぁっ、凄い! ねぇねぇ、鳥の声が聞こえるよ! 水が流れる音もする!」
ルナは色んな方向に指を差して聞こえるもの全てを二人に伝えてくれる。
そうして次は遠くに見える街に身体を向けようとしたので、湊音はルナの両肩を抱き、同じ視線になるように屈んだ。
「いいかい? このセカイには父さんや母さんのような人間が大勢集まって暮らしている。人々の声の全てを真に受けて聞いてはいけないよ」
「どうして?」
「ルナが混乱して辛い思いをしてしまうからだよ。知りたくない事は勿論、誰かのプライバシーを覗く事にも繋がってしまう。父さんも母さんも、ルナには辛い思いをして欲しくないんだ。人間と、人間のように言葉を話す生物の音や声を聞く時は、危険がないかどうかを調べる時だけにしなさい」
「解った! 危険な時ってどんな時なの?」
ルナは好奇心に溢れた様子で湊音の話を一語一句インプットしているようだ。
現時点での不具合は特にない。
それから三十分ほど集音器の検証をし、終わった後は弁当を広げて軽い昼食を取る。
『食事機能を付けてあげたかったんだけど、今の僕の技術じゃ限界だった』
湊音は悔しくて堪らないと大きなため息を零す。
「ボクは父さんと母さんが居てくれるから平気だよ!」
「ルナ……ありがとう」
湊音はルナの頭を優しく撫でると、ルナは気持ち良さそうにしている。
人と比べると乏しい表情と口調の筈なのに、二人には人間の子供同然の表情と振る舞いに見えている。
親バカなのかもしれない。だけどそれでも嬉しくて、愛おしくて堪らないのだ。
「ねぇ、湊音。トイレに行くついでにお菓子と飲み物を買ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
すみれは街へ向かって歩いて行く。
その姿が小さくなるまで見送ると、湊音とルナはレジャーシートの上で大きく寝転んだ。
今日は綿雲が流れる晴れの日。貴重な休日に晴れてくれて良かったと、何気ない幸せに浸っていた。
「……?」
ルナが何かに反応してピョコっと起き上がったので不思議に思い聞いてみると、音と声が聞こえる事を教えてくれた。
「……何を話しているか聞こえるかい?」
「えっとね……『護身ロボット……を……捕獲……?』って。電動車の音も聞こえるよ!」
「!?」
湊音の心は血の気がさし、額からは異常な早さで汗が伝ってくる。
――嫌な予感がする。
ルナが不思議そうにしている横で荷物を乱雑にリュックへ詰め込んで移動の準備を始めた。
「ルナ、これから急いで会社へ行くよ。犬耳は外しなさい」
「どうして?」
「……嫌な予感がするんだ。走るよ!」
手汗が滲み出る左手でルナの手を取って走り出した。
――電動車の音、護身ロボット……まさか、どうして……?
湊音の思考が眩暈のようにぐるぐる廻る。
――情報漏洩? 国に限ってそんな事……。
焦りがより一層混乱させる。
二人は勢いよく、煉瓦造りの道がある街の中へと足を踏み入れた。
「えっ!?」
目の前から、左右から、黒いスーツの男達が湊音達の元へ向かってきた。
すみれが居る店は左手にある。彼女は無事だろうかと焦燥感に駆られた。
「ルナ。あの店に母さんが居るから、母さんを背負って全速力で会社まで行きなさい。キサラギグループの場所は解るね?」
「うん……解るけど、急にどうしたの? 父さんは行かないの?」
「すぐに追いつくから。母さんに『必ず帰る。今すぐ奏に連絡してくれ』って伝えて。さぁ、早く行って!!」
血相を変えてルナの背中を押す。
ルナにとって湊音は父親であり、製造者――つまり従うべき存在であり、指示は絶対に守らなければならないと、彼女の人工知能にはそうインプットさせている。
すみれのいる販売店へと向かうのを確認すると、湊音は男達が居ない道を選んで走ったが、それも虚しく足止めを喰らってしまう事になる。
「くそっ……囲まれた……」
ルナが聞いた電動車は二台、湊音の前に停車する。
逃げ道を完全に塞がれてしまった。
「わざわざこっちから出迎えてやってんのに逃げてんじゃねぇよ、如月さんよォ」
電動車の中から金髪の厳つい男が現れる。
がたいがよく鋭い目をしており、威圧感で圧倒されそうになるほどの空気と強い声を発している。
「オレらが何をしに来たのかわかるよなァ? オマエの作った護身ロボットをさっさと寄越してもらおうか」
「月城祐治……」
「恍けたって無駄だぜ? こちとら情報は手に入れてんだからよォ」
「どうしてそれを……?」
「ハッ、手口なんざ幾らでもある。オマエらが隠蔽した話も全部筒抜けってわけさ」
金髪の男――月城に睨みつけられ、湊音は怖気付いた。
この男は『月城組』という暴力団のボスであり、先代が立ち上げたそれを引き継いだ者だ。
彼の行いに巻き込まれた人物が帰ってきた話は聞いた事がなく、今も行方不明者が後を絶たない。
湊音は月城組の存在は知っていたが、こうして出会ったのは初めてだ。
「……嫌だと言ったら?」
「……ハ? オマエにそんな選択肢はねぇよ。オマエら、やれ」
湊音は後ろの男に拘束され、身動きが取れなくなったところをもう一人の男に鳩尾を殴られた。
力が出ない。拘束された事で身を委ねてしまう状態となる。
「父さん……!!」
「馬鹿! どうして戻ってきたんだ!? 早く逃げなさい!」
すみれと一緒に逃げるように指示した筈のルナが湊音の元へ走ってくる。
――そんな……もしもの時の為に僕の指示に従うようにプログラミングした筈だ……。言う事を聞かないなんて事……。
月城の手に渡ってしまえばこの国の秩序が乱れてしまう可能性が高い。
湊音の冷や汗が止まらなくなる。
人型の人工知能を携えた機械少女は、奏と意見を出し合いながら内密に生み出した――日ノ国にとって最新技術で創り上げた護身機能を搭載したロボットだからだ。
「父さんを離せ!」
ルナは乏しくも怒りを全面に出して戦闘態勢を取り、湊音を拘束する月城の子分に向かって蹴りを入れたが、月城の威圧感のある太い声か響き渡って怯んでしまった。
「そこのロボット! この男を殺されたくなけりゃ大人しく着いて来い」
「早く逃げなさいと言っただろう! 頼むから僕の言う事を聞いてくれ……!」
「うるせェ!」
月城に急所を突かれ、湊音の意識が揺らいでいく。気をしっかり持たなければ。今ルナに指示を――命令しなければ娘が危ない。
すみれと共に会社で匿ってもらえれば守れるのに。
湊音は力を振り絞ろうとしたが、そこで意識が途絶えてしまった。
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一方その頃、すみれは飲食店の店員に匿われていた。
『お姉さん、今すぐこっちへ来て。早く……!!』
『えっ、急にどうしたんですか?』
『月城組が居ます。早く隠れて下さい! 捕まってしまえば危険です!』
『そんな訳にはいかないわよ! 外には主人と娘が居るんです! 助けに行かないと……!』
切羽詰まった様子の店員に強引に引っ張られ、店員の控え室へと連れて行かれて現在に至る。
そんな事を言っている場合では無い。貴女の命が危険だ。
店員はそう言ってすみれを離そうとしなかった。
月城組は暴力団の一つ。日ノ国の何処にでも現れ、その類いの話は噂で聞いているが、誰かが連行される場面に遭遇する者は少ない。
大都会に潜伏されている時は今回のようにスーツ姿ではないという話を誰もが耳にしている。
そこそこの人数の住民が一斉に行方を晦ます事はザラにあるのだ。
これはあくまで遠くで隠れて見ていた者の証言だ。
警官は事件を追ってはいるが、唯一武器を扱える警官でさえも行方を晦ましている為、完全な糸口を掴めていない状態だった。
長いようで短い時間が過ぎていく。言葉は聞き取れないが怒鳴り声だけが聞こえてくる。
すみれの心がざわついている。早く二人の安否確認をしたい。その思いだけが彼女を震わせていた。
息を潜めていると突然音がしなくなったので、店員が恐る恐る外を確認しに行く。
戻って来ると出てきて良いと言われ、すみれは勢いよく飛び出して必死で二人を探した。
街中の隅々まで走り回って聞き込みをしてみたが、湊音とルナの姿を見た者は居らず、すみれは絶望に苛まれる。
「そんな……。湊音……ルナ……嫌ぁぁぁ!!」
崩れ落ちたすみれを住民が支える。今にも発作が出てしまいそうで、胸を強く押さえた。
混乱している中でふとあの時言われた事を思い出す。
「そうだ……奏くんに言わなきゃ……。誰か助けて……!!」
その後、貰った防犯スイッチを押したすみれは奏に保護され、キサラギグループに匿われる事になる。
従業員や警官が全ての街を探し回ったが、二人が見つかる事はなかった。
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