機械少女と霞んだ宝石達~The Mechanical Girl and the hazy Gemstones~

綿飴ルナ

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Episode 8 【憂愁の我楽多】

#68《昏い瞼が堕ちる時》

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 *今回、軽度の暴力表現がございます。

 ──────────────────


 湊音みなとは意識を取り戻すと暗い部屋にあるベッドの上で横たわっていた。
 見覚えのない天井には小さな裸電球がぶら下がっており、気持ち程度の明かりが点いている。
 ――ここは……?
 ぼんやりとした思考は時間が経つにつれてくっきりと浮かび上がってくる。


「いっ……た……」


 殴られた鳩尾と頭が響くように痛い。まだ起き上がれそうにないので、湊音みなとは光が差し込む方へゆっくりと顔を動かした。
 扉の上部は拳大の鉄格子がある。この部屋には換気扇も窓もないので、それを補う為に作られたのだろう。


「父さん……?」


 視線だけを声のする方へ向けると、ルナが湊音みなとの足元でパイプ椅子に座り込んでこちらを見ている。
 機械少女は満面の笑みでこちらを向いた。


「ルナ、ここが何処だかわかるかい?」

「んー。わからないけど、あのスーツのおじさん達と一緒に来たよ」

「そうか……」


 最悪だ。湊音みなとは重い溜息を大きく吐いて頭を悩ませた。
 おそらくここは月城組のアジトだ。
 場所は会社が特定している。そこは大都会から大きく離れた、開けた丘に挟まれた場所にあった。
 月城組は警官や政府のセキュリティのみが許される拳銃等の武器を所持しており、数十年前まではそれを街中で振り回していたが、現在はそれらしき物の音は誰も聞いていないらしい。
 街を訪れては拳を掲げ、脅迫して住民を連行している様子が度々見受けられるようになったようだ。
 キサラギグループに存在する保安部からの情報によると、拐われた住民は月城組のアジトに連行されている事が判明している。


「ルナ、犬耳は持ってるかい?」

「うん。持ってるよ!」


 ルナが拡張型集音器を投げて来たので、湊音みなとは慌てて受け取った。
 湊音みなとは集音器全体を確認する。
 家を出た時と変わりないそれを、ポケットに忍ばせておいた専用の箱に折り畳んで入れた。


「暫くは父さんが預かっておくから」

「えー……。どうして?」

「知らない方がいい事もあるんだよ。ここでは絶対に使っちゃダメだ」


 身体はまだ痛むがちょっとは動かせるようになった。湊音みなとはゆっくり起き上がって周囲を確認する。
 よく見ると端っこの壁にはコンセントの差し込み口が二つ付いていた。
 ――念の為に充電器を持って来ておいて良かった……。
 先程の箱にはバッテリーが搭載されたチョーカーも入っている。
 湊音みなとは三日月のデザインが施された丸型のバッテリーを取り出すと、表面上にある三日月を強調させる円形デザインの蓋を開けて、ボタンが配置されたそれに暗証番号を入力した。
 認証されると三日月の蓋が開き、その中にも幾つかのボタンが備えられている。
 外の様子を伺いながら急いで入力する。それが完了するとひと呼吸ついた。


「バッテリー交換をしようか」

「どうして? ボク、まだ元気だよ?」

「こっちのバッテリーは長持ちするんだ。外してくれるかい?」


 湊音みなとは引き攣った顔を誤魔化して笑うと右手を差し出してルナの返答を待った。
 不満気な表情を浮かべながらも渋々バッテリーを取り外して手渡してくれる。
 ルナのバッテリーは外しても一定時間は行動出来る。自力でバッテリーを交換し、充電する事が出来るようにプログラムしているのだ。
 目を瞑るように促すと、湊音みなとは替えのバッテリーを装着した。


「いいかい、ルナ。これからは僕の事をと呼ぶんだ。父さんと呼んでいいのは二人きりで居る時だけだよ」


 湊音みなとは声を震わせた。もしもの時の為にこの機能を備え付けておいて良かったと心の中で言葉を零す。
 先程の入力でセーフティモードを起動させたのだ。
 それは暗号を入力する事で人工知能のいくつかの動作を停止させるもの。
 湊音みなとはそこで『知識と記憶のインプット機能』と『感情表現をアウトプットする機能』をオフにしたのだ。
 今は一部の機能が起動したままの状態だが、バッテリーの側面にある肉眼では見えづらい小さなスイッチを切ると、本来のロボットのような振る舞いをするようになる。


「……足跡が聞こえる」


 湊音みなとは急いでバッテリーのスイッチを動かし、完全なセーフティモードを起動させた。
 次第に大きくなる足音は扉の前で立ち止まり、大きな解錠の音と乱暴な開閉音を立てて部屋の中へ入ってきた。


「よォ。お目覚めのところ悪ィがそっちの護身ロボットに用がある。さっさと寄越せ」


 月城は目付きを細めて威圧と併せて刺してくる。


「残念だがそれは出来ない。この子は僕の指示じゃなきゃ動かないように作ってある」

「はァ!? そんな嘘はここでは通用しねェんだよ! さっさと渡せ! 言う事を聞かねぇとどうなるか


 月城が脅迫してくるが、湊音みなとは怯まない。
 事実を述べているのだけに過ぎないのだから。


「残念だけど本当なんだよね。第一、今はまだ動作確認中で完成はしていないんだ」


 湊音みなとは汗が滲み出る程ジッと睨み返した。
 下手な事は言えない。言ってしまえば自分も、ルナとすみれも、何よりこの国全体が今以上の危険を伴う事になる。


「まァいい。言い逃れをしたところで、オマエらはここから二度と出られねェんだからよ」


 それからは月城の子分二人に拘束されながら、とある部屋に強制的に連行された。
 入った先には重苦しく血腥い牢獄があった。
 床と壁は固く冷たい。何かが染みついた跡があちこちに広がっている。
 各牢屋の奥には拘束道具が壁に備え付けられていた。


「手始めに今日は一人してもらう。コイツはオレらを密告しようとした裏切り者だ」


 牢の中にはやせ細った男が手首を拘束され、壁に吊られていた。
 痛々しい痣や傷が身体のあちこちにあるその男は目に見えて分かるほど震えている。
 この部屋で何が行われていたのか。
 受け止めざるを得ない目の前の現実が湊音みなとに恐れを擦り込ませた。


「処分ってどういう事だ? この子は護身ロボットだぞ?」

「恍けてんじャねェよ。護身と名付けるからには潰せる程の攻撃は出来んだろ?」

「それは身を守る為の護身であって、殺める機能はない」

「はァ!?」


 湊音みなとは月城に思い切り頬を殴られる。
 暴力団を取り締まっているだけあって力が強い。殴られただけで壁まで飛ばされ、湊音みなとは背中を強打した。


「恍けは通用しねェって言ったよなァ? これは命令だ。アイツを殺せ」


 月城がルナを睨みつけて命令する。だがルナが行動を起こす事はなかった。
 最初から自らの意思など持ち合わせていなかったかのように呆然と立ち尽くしている。


「おい。さっさと殺せ! コイツがどうなってもいいのか!?」

「駄目だ!」

「あァ!? オマエに拒否権なんざねェんだよ! おい!」


 月城は部下に目配せを送ると、出入口を塞いでいた部下二人が牢屋の中へ入ってくる。
 内一人が手にしていた金属バットを月城に手渡すと、湊音みなとを倒して地面に強く押し付け、両腕を拘束して頭を無理やりルナへと向けられた


「オラ! さっさと動け!!」


 月城が怒鳴り声を上げながら金属バットを力強く振り回し、ルナの頭部や身体を殴る。
 何度も、何度も。繰り返される拷問に湊音みなとは泣き叫んだ。
 ルナの身体は鋼のように固い特集な金属を用いて作られている。
 おかげで多少の攻撃で破損する事はないが、耳に刺さる程の痛々しい金属音が部屋中に鳴り響いた。
 同じ人間である筈なのに、どうして残酷な行いを意図も簡単に出来てしまうのだろう。
 徐々に視界がぼやけ、先程までの幸福だった記憶さえどこかへ消えてしまいそうだ。
 湊音みなとはルナと共に拷問を受け続け、思うように身体を動かす事が出来なくなってしまった。


「しょうがねェ。次からは殺ってもらうぞ」


 月城は湊音みなとへ向かって唾を吐くと、上着ポケットから拳銃を取り出してやせ細った男に銃口を向けた。
 男の叫び声が複数の銃撃音と共に部屋中に響き、男の胸と牢屋の壁や床に赤い液体が飛び散る。
 目の前で人が殺された。衝撃的な事実を身心が拒絶し、消化された後の何もない胃袋から穢れたものを全て吐瀉した。


「マス……ター……?」


 ルナの声が微かに聞こえたような気がしたが、湊音みなとはそこで意識を失ってしまった。


 ◆


 あれからどれほどの時間が経ったのかは解らない。
 湊音みなとは目を覚ますと固いベッドの上で寝かされていた。
 身体は重いが辛うじて動ける。ゆっくり起き上がって部屋を見回すと、ここは先程まで閉じ込められていた部屋とは違い、広い部屋と奥の扉の先にトイレがあった。
 機械や工具が充実した――製造や修理に適した場所のように伺える。
 これら機械の全ては見覚えがあるが、キサラギグループにしか存在しないものは置かれていない。
 どうやら情報の全てが奪われているわけではなさそうだ。


「ルナ……!」


 ルナは部屋の中心部に、手術を始めるかのような姿勢でベッドの上にいる。
 彼女は目を瞑っていた。スリープモードが作動しているのだろう。
 拐われる前のワンピースはボロボロになっており、完成した時から着用しているレオタードさえも破れ、所々肌が見えてしまっている。
 湊音みなとはルナの身体全体の怪我を確認した。
 故障は見受けられないが、身体全体に凹みがある。
 ルナの右手の下には一枚のメモが挟まってあった。


 ――ロボットの為の部屋を用意した。準備を整えてここで待機しろ――


 どうやらルナを修理する為にこの部屋に閉じ込められたようだ。
 扉は鍵がかかっているが、先程の部屋とは違って横に細長い窓が取り付けられている。この窓には鍵がないので開ける事は叶わなかった。
 部屋の隅々を調べてみたが、監視カメラや盗聴器といった物は見受けられない。
 湊音みなとは涙を零しながらルナの修理を行った。


「……父……さん……?」


 メンテナンスの最中ではあるが、ルナのスリープモードが解除され、機械少女は湊音みなとを見つめている。


「父さん、どうして泣いてるの?」


 悲しそうな声が、湊音みなとの首を絞めた。
 両腕が塞がっているせいでクシャクシャな顔を整える事が出来ない。
 壁沿いの機械音が小さく鳴るこの部屋で、ルナだけは澄んだ瞳を魅せていた。


「……なんでもないよ。メンテナンスが終わったら、あのお話をしようか」

「うん!」

「じゃあ、もう少しだけ待ってて」

「わかった!」


 何も知らないルナの純粋さが、今後の湊音みなとにとって唯一の支えとなり、刃物と化してしまう事になる。
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