放課後の秘密~放課後変身部の活動記録~

八星 こはく

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第7章 日常の魔法

第32話 届かない声

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「如月さん!」

 腕を掴んで、強引に如月さんの足を止める。
 振り向いた如月さんの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「……委員長」

 私を見て、如月さんはまた泣いた。

「急に取り乱して、ごめん……」

 言いながら、如月さんはウィッグを外し、鏡もないのにカラコンも外した。
 きっと如月さんにとっては、変身を解くのは重要なことなんだろう。
 如月さんにとって、蓮さんは特別な理想。だからこそ、その姿のまま泣いたり、取り乱したりするのが嫌なのではないだろうか。
 如月さんにならって、私もウィッグとカラコンを外した。

「……へ、変身部はね、私にとって特別な場所なの。あ、あそこで、蓮の姿になったら……ちゃ、ちゃんと、話したりもできて」
「うん」
「だからこそ、ああいう風に日常の話を持ち出されるのが嫌だった。……変身部では、私は、地味で根暗で不登校の如月姫乃には戻りたくなかった……」

 如月さんは床に座り込み、膝を抱えた。

「早瀬くんに悪気がないことも、ちゃんと分かってる。私のことを心配して、修学旅行の班に誘ってくれたことも……」
「……うん」
「で、でもね、ああいう人にはきっと分からないの。私みたいに、自分が嫌で嫌でたまらない人の気持ちなんて」

 如月さんの気持ちはなんとなく想像できる。でも私は、早瀬くんの気持ちだって想像できてしまう。
 どうしたらいいんだろう?

「……ねえ、委員長。私、どうしよう」

 如月さんが、震える手で私の手を握った。

「優斗にもきつい言い方しちゃったし、優斗が男だって早瀬くんにバレちゃった。……本当に大好きな場所なのに、私が壊しちゃった……」

 如月さんの瞳から、大粒の涙が大量にこぼれ落ちる。とっさにハンカチを渡すと、如月さんがそれで目元をぬぐった。
 ハンカチに、黒い汚れが付着する。きっと、アイライナーとマスカラの汚れだろう。
 なんだか、魔法が解けていくみたい……。

「如月さん、私は……」

 もっと、如月さんのことを知りたい。踏み込んで、仲良くなりたい。如月さんが困っているなら、如月さんの力になりたい。
 私が如月さんに出逢って救われたように、私が、如月さんを救ってあげたい。

「ねえ、委員長。もしかして、優斗だけじゃなくて……先生になにか言われたり、してる?」
「えっ?」
「修学旅行に誘ってやれとか、教室にくるように言ってやれとか。……ひょっとして、早瀬くんもそうなんじゃないの? そもそも委員長が保健室にきてくれたのだって、先生に言われたからだろうし……」
「違う! そんなこと、絶対にないから!」

 確かに、最初に保健室に行ったきっかけは先生だ。委員長だから気にしてやってほしいと言われて保健室へ通っていた。
 でも、今は違う。私が保健室へ行くのは、如月さんに会いたいからだ。誰かになにかを言われたからじゃない。

「私が……私自身が、如月さんと一緒にいたいって思ってるだけ」
「……委員長」
「私は、如月さんのことも、蓮さんのことも、大好きなの」

 如月さんが求めている言葉も、如月さんにかけるべき言葉も、正直よく分からない。でも、私の気持ちはちゃんと伝えたい。

「私は如月さんのこと、大切な友達だって思ってる」
「……ありがとう」

 如月さんは薄く笑って、ゆっくりと立ち上がった。

「でも、ごめん。私今、ちょっと一人になりたいの」
「如月さん……」
「ハンカチ、汚しちゃってごめんね。ちゃんと洗って返すから」
「……そんなの、別にいい」
「ううん。悪いから」

 そう言って、如月さんはハンカチをポケットにしまった。
 そして、軽く頭を下げる。

「またね、委員長」

 追いかけてこないで、と如月さんの顔にはっきりと書いてある。そのまま、如月さんは歩き出した。
 走っているわけじゃない。如月さんの背中は、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていくだけ。
 手を伸ばせばきっと、簡単に届く。
 だけど、今また追いかけて、今度は何を言えばいい? どうすればいい?
 如月さんは今、一人になりたいって言ってるのに。

「……待ってよ、如月さん」

 私の声はあまりにも小さくて、如月さんには届かなかった。
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