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サヴァロン
しおりを挟む煌々と魔法の光に照らされる巨大な空間を近くにして、グレンは今更のように目が闇に慣れた。
洞窟の途中から、足元にゴブリン以外の死体が転がっている気はしていたが、やはり間違いない。
ネジイが黙々とゴブリンを始末して進む為、敢えて口にはしなかったが。
おそらくは入り口のターバンの男同様、強化ゴブリンの〝餌〟として扱われた者達だろう、とグレンは考える。
やがて辿り着いた広大な空間に足を踏み入れると、その光の下には〝あの顔〟があった。
サヴァロン・デミタスである。
そしてその隣に、これまでのゴブリンと違う不自然に体格の良い個体が控えていた。
首には階級プレートが五つ。
武器は何も持っていないが、拳には鉄甲が着けられている。
格闘専用ゴブリンとは少し意外だったが、その体格とプレートの数から、強さが別次元だろう事は想像に容易い。
「おやおや、その服装。冒険者ギルドの従業員さんだよね? そう言えば見た事がある顔じゃないか。何故こんな所に?」
「サヴァロンさん、まだこんな実験してるんですか?」
「なんだ知ってたのかい。この最高傑作の過程を……」
そう言ってサヴァロンは隣の大型のゴブリンの背中をさする。
筋肉の塊のような屈強なゴブリンは、ノシノシとこちらに歩いてきた。
グレンが剣を構えると、その後ろからネジイが飛び出してゴブリンに斬りかかった。
その一撃はゴブリンの鉄の拳により弾かれる。
ネジイの攻撃を止めるのだから相当に強い。
だが、グレンは思う。
〝アレ〟を従えているのはサヴァロンだ。つまり、サヴァロンを押えるのが先決だと。
「サヴァロンさん。悪いけど、これ以上は好きにさせられません」
一応の礼儀として不意打ちだけは控え、ルクルに託された罪悪の鉄の剣を、一瞬にしてサヴァロンの首目掛けて突き付けた。
あまりのグレンの速さに、サヴァロンは驚いた顔を見せたがそれも一瞬だ。
直ぐに、ハハハと笑い始めるのだ。
「いやいやいやいやいやいやいやいやぁ」
首に剣を突き付けられたまま、サヴァロンは悠然とした態度で喋りだす。
「驚いたよキミ。ただの従業員だと思っていたが、どうやら違うね。ありがとう……キミも最高の〝餌〟になるよ」
この状況で何を言ってる? と、思ったグレンは次の瞬間目を疑った。
サヴァロンは、突き付けられた鉄の剣を瞬時に手で掴み、パキンッと軽くへし折ったのだ。
グレンは呆気に取られた。
そして、この男はゴブリンに頼っているだけの人間ではないのだ、と瞬時に理解したのだ。
──この男、かなり強い! と気付いた時には、彼は一瞬でグレンの後ろに回り込んでおり。
グレンの体を後ろから羽交い締めにしていた。
その力はかなりのもので、人が到達出来る限界レベル程の拘束力を有している。
なるほど、どうりで名だたる高ランク冒険者達が次々と〝餌〟にされてきたわけだ。
「さて。早速キミには私の最高傑作である〝彼〟の餌になってもらおう。生きたまま喰われるのを体験するといい」
何を言ってるのだと、グレンが顔をあげると目の前には更に信じられない光景があった。
ゴブリンはこちらを向いており、ボロボロにされたネジイが床に転がっているのだ。
あのネジイが、一瞬で倒されるとは思いもしない。
「驚いたかい? キミはなかなか凄い方だよ。でも残念ながら……僕と〝彼〟の相手にはならない。そちらで転がっているお友達は立派だよ。死んでないじゃないか。彼に殴られて死なない奴は初めてだね」
ネジイはボロボロのまま、なおも立ち上がる。
もはや戦えるとは思えないが、何をそんなに頑張るのだろうか? とグレンは思う。
しかも、ネジイは何故ここにいるのだ? と考えているグレンに──いや、グレンの後ろにいる男──サヴァロンに向かって、ネジイは言い放った。
「お前は、サヴァロンじゃない」
辺りは静まりかえった。
サヴァロンも言い返さないので、グレンは混乱する。
どういう事だ? サヴァロンじゃない? いや、サヴァロンだろうあれは、と。
グレンは一度サヴァロンをギルドで見ている。
間違いなく今、自分を拘束してるスーツの男はサヴァロン本人なのだ。
そう思っていると、グレンの頭の後ろからサヴァロンはようやく声を発した。
「ほほう。お前……何処かで見た顔だと思ったら、サヴァロンの家にあった肖像画の男に似ているな。何者なのかね? 死ぬ前に聞いてあげよう」
「サヴァロンは俺の父だ」
「これは面白い。そうかそうか、どうりで僕がサヴァロンではないとわかったわけだ」
サヴァロンがサヴァロンではない。
ネジイの父親がサヴァロン? 情報が混雑してグレンは理解が追い付かない。
ネジイがサヴァロンを追っている……という意味は、どっちのサヴァロンを追っていたのだろうか?
ただ、グレンがギルドで会ったサヴァロンは初めから別人だったという事だろう。
「これは偶然だがね。教えてあげるよ坊主頭。キミをぶん殴った〝彼〟は僕が初めて作った所謂〝処女作〟でね。そして、彼が食べた最初の人間はキミの父親──サヴァロンなのだ。
彼は僕と顔も似ていたし、ルウラに家もあり一人暮らしだったので都合が良かったんだよ。それだけの理由だけどね。ああそうだ、つまり? キミは今。〝ある意味〟では、父親と感動の再開を果たしたわけだね。おめでとう」
ケタケタと不快な笑い声がグレンの後ろで〝鳴り〟続けている。
ネジイの固く握った拳が地面に打ち付けられ、悔しさで震えているように見えた。
想像以上の〝害虫〟を相手にしていた事をグレンは今になって理解したのだ。
基本的に他人に興味がないグレンだが、珍しく自分の中の〝不快指数〟が相当な所まで達している事を感じていた────
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