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シラル村の悲劇
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── 中央大陸、冒険者の街リンザール ──
「エイシュリッツ、あなたは〝あの子〟を西方大陸に送った事を今も後悔はしてないのですか?」
真っ白な長い髪の可憐な女性──シオン・ハイドの問いに、自慢の顎髭を撫でながらエイシュリッツは少し考えた。
我が子のように育ててきたのだから、親元を離れさせるには勿論不安はあった。
「さあ、していないと言えば嘘になる。しかしアイツはもっと人に触れなければならない。このギルドに〝いるだけ〟では、お主も知っての通り〝人として〟ダメになる」
「人として……ね。精霊を〝飼ってる〟時点で、人とは言えないけども。もし何かあったら、次は立ち直れないと思いますよ?」
「覚悟の上だ。あいつをあのようにしてしまったのは我の所為でもあるのだからな」
エイシュリッツは、今でも鮮明に覚えている。
あの少年の怒りに満ちた瞳を。
「シラル村の事は残念です。しかし、何度も言いますがあなたのせいではありません」
シオンは言うが、あれは冒険者ギルドを立ち上げた者が追うべき責任だったのだ、とエイシュリッツは瞳を閉じる。
シラル村は中央大陸ギルスタイラ帝国傘下の国──ペイルース公国の東の辺境にあった。
周囲は山に囲まれておりながら、自警団も優秀で長年平和な村だった。
ある日、そのシラル村近郊で魔物の巣らしきものがあると、公国の騎士団に調査依頼が出された。
だが当時のペイルース公国は隣国【ラギア】で起きた内戦に半数以上の兵を出していたのだ。
残りの兵も飛び火を警戒し自国の防衛を固めていた為、シラルの依頼に兵を回す余裕がなかった。
そこでシラル村は、遠く離れたこのリンザールの冒険者ギルドに依頼を出したのだが。
その依頼は、なかなか請け負われなかった。
理由は、万が一にも本当に魔物の巣だった場合の危険度の高さ。そして、シラル村までの距離が相当に遠かった事などで。
結局、依頼が出されてから一ヶ月以上も掲示板に放置されていたのだ。
やがて、ギルド本部にシラル村から一人の少年が訪れた。
少年は言った。村は、巣から押し寄せた魔物の大群に襲われ滅びたと。
その少年がシラル村の生き残りとして背負った激しい怒りは、ギルドと全ての冒険者に向けられたのだ。
「いや、我の責任だ。冒険者ギルドは民の味方だ、などと始めた事業なのだからな。肝心な時にアレでは、村を見捨てたも同然だ」
「でも、あなたはその後何年もかけてソティラスを作ったではありませんか。全てはあの時の悲劇を繰り返さない為でしょ?」
エイシュリッツは黙って頷いた。
だが、それだけではない。ソティラスを作ったのは自分の罪への懺悔でもあった。
つまりは心の平穏の為……自分の為なのだ。
その少年──グレン・ターナーは、魔物に襲撃されたシラル村でどう生き延びたのかを覚えていなかった。
そして当時の彼からは激しい怒りと共に、途方もない魔力の漏れが感じられた。
最初エイシュリッツは、その怒りが自分に向けられる事に恐れすら感じていたのだが。
その覚悟の元に、グレンを育てる事にした。
「しかし、あの時。あなたがあの子を連れてきた時は驚きましたね。肉体に精霊が宿っているのですから」
「よほど怖いめにあったのだろうと言ったのは、お主だろ。しかも、精霊は精神の不安定な者に取り憑くのだろ? 我の過ちが彼の心を壊したゆえ」
「そうね。でも、実は生まれつき……って可能性もあるのですよ。南方大陸の〝水巫女〟の様にね。とは言え、未だに、あなたの心は許されないのですね」
シオンは悪戯に微笑む。
何故そんな顔をするのか、とエイシュリッツは疑問に感じたが。
そもそも今更、こんな昔話をしてくる事も不自然な事なのだ。
「ところでお主。わざわざこんな話をしに来たのではあるまい?」
「ええ、そうね。少し虐めにきたのは確かだけど、あなたの負担を軽くしに来たのですよ」
エイシュリッツは、言葉の意味がわからず首を傾げる。
すると、シオンは一つの手紙をヒラヒラと見せ付ける。
「先日、私の所にこの手紙が来たのだけれど。誰からだと思います?」
「わかるわけがないだろ」
「ですよね。ではまず内容ですが、とある女性の話が書いてありました。彼女は先天性魔力血栓症のようですね。驚くべきは彼女には〝無詠唱魔法〟の才能があるらしいのです」
つまりは魔力血栓症の女性からの手紙か……と、エイシュリッツは考えた。
しかし、それがなんだ? と、続きを促すとシオンは続ける。
「つまり。無詠唱が出来るなら、それを昇華させる事で魔力血栓症の根元を消滅させる事が可能だと考えたわけです。そこで、この彼女の面倒を見てくれないか? というのが手紙の内容です」
「なるほど。つまり、その女性を助けてくれという依頼だという事か?」
「その通りです。とても優しいお手紙だと思いません? そしてこれは西方大陸から送られてきました」
「それはそうだが、その手紙の差出人は結局誰なんだ?」
シオンは呆れるようにため息を吐いた。
まだわからないのか? と言わんばかりの表情を向けている。
それで、エイシュリッツは少し仏頂面で「我が知ってる者だとでも?」と口にしてから、ふと〝西方大陸〟という言葉に勘が働いた。
「まさか、グレンか!?」
「はい。その通りです。彼はあなたが心配しなくても立派な人間に育っているようです」
エイシュリッツは驚いた。
今や怒りの感情すら失っていた少年が、他人を助ける為に手紙を書いたのだと思うと目頭が熱くなる。
「あなたの行動は間違ってませんでしたね」
微笑むシオンの顔を見てエイシュリッツは、何度も頷いた。
「後は、あの子の感情を逆撫でするような〝愚か者〟に出会わない事を祈るだけです」
「フフッ、全くだ。あいつは、怒らせると手につけられんからな」
そうは言いつつも、エイシュリッツは心の底から安堵していた。
まるで自分自身が許されたかのように────
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