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[ブッシュ視点] 一時の英雄

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 ◇◇◇◇◇◇◇◇

「まだ良い知らせは入ってこんのか。敵はたかだか二千程の兵力だろう! 一体何をやっておるのだ。そもそも、あの小僧は生かしておいてはならんかったのだ。こうなったのも、お前達が二度もあの小僧を始末するチャンスを逃したからだぞ!」

「申し訳ありません。二度に渡り彼を逃してしまったのは確かです。ただ、彼──レクセル・バートンの強さは昔とは違いまして。それに彼に加担しているのが魔族という事もあり……」

「冒険者ふぜいが、我に口ごたえするのか!」

 国王、シュゼルフ・レ・バリアレは相当お怒りだ。マルコがどんなに頭を下げても、その怒りはおさまりそうにない。そもそも、宮廷魔法士長が俺達はあまり役に立たない……等と報告してから、国王の俺達への態度は手のひらを返したように強くなった。

 グレートバジリスクを倒して呼び出された時は、満面の笑みで俺達を歓迎してくれたのを今でも覚えてる。〝君達のような強者が国にいる事を我は誇りに思う〟だったか? 今思えばあれが俺達の頂点だった。

 その後の俺といえば、一体何が出来た? そうだ。全ては雑魚セルに関わったのが間違いだったのかもしれない。
 奴らが虹の石を手に入れた事を知って、ドラゴンの餌にする計画を実行し。それが失敗に終わったばかりか、そのせいでドラゴンが俺を狙ってきた始末。
 あの時には、雑魚セルやあの変な女に散々恥をかかされた!

 しかも、国の一部の奴らは雑魚セルが国をドラゴンから救ったのじゃないか? なんて意見まで出始めたから、俺は急いで虹の石の件を王国に報告し、雑魚セルはドラゴンを操れる謀反者だと訴えたのに。どいつもこいつも渋い顔をしてやがった。

 まあ、結果的に国王が直ぐにその話に乗ってくれたから俺の思い通りになったわけだが。しかし、今思えば国王は何故俺の意見を聞き入れたのだろうな。
 国王にとっても雑魚セルが邪魔だと思う何かがあったのだろうか?

 だが、結局その後も最悪だったな。王国の地下牢から逃げた魔物ってのは、結局生きていたわけだし。あんな事なら、虹の石を手に入れた雑魚セルになんて最初から構う必要がなかった。
 しかもあの魔物との戦闘で俺は、王国のやつらに大した事ない魔法使いだなんて思われてしまった。喉まで焼かれて戦ったのに、散々な結末だ。そのせいで今でも魔法の詠唱すらまともに出来ないのだから。
 
 しかし、あの雑魚セルがまさかの魔王とは。
 魔族に仕立てあげたつもりが、本当に魔族になろうとは……笑い話にしか思えなかったが、何がどうなったのか本当の話のようだし。本当に、とことんついてないぜ!
 雑魚セルなんかに関わったせいで、俺の人生は最悪な方向に向かっている。

「いえ、口ごたえというわけでは。申し訳ございません! 次こそは必ずお役に立ってみせます」

「その魔法使いなんて詠唱もろくに出来んのに、使い物になるのか!? お前達冒険者は所詮、口先だけの無能ばかりだ! まぁよい。お前達は騎士達と共に城の守備にあたるがよい。挽回のチャンスを与えてやる。────まったく、あのレクセルという小僧。あいつらの子供だとわかった時点で確実に殺しておくべきだった!」

 国王は何かを考えるように天を仰ぎ、やがて、持っている杖を床に叩きつけた。俺達をバカにするような発言には、さすがのマルコも顔をしかめている。俺の横ではマリンが大きく溜め息をついた。

「とにかく。奴さえ殺せば終わる。ゼッシュゲルトという国はそういう国だからな。どうせ、父親の仕返しにでも来たのだろう」

「父親? それはどういう事でしょうか?」

「お前達が知る必要はない。とにかく魔王不在ではあの国は動かんはずなのだ。それは過去の経験から知っておる。ゆえに魔王を名乗るレクセルの小僧を討ち取れば、我々の勝利だ」

「はあ。しかし、国王陛下。魔王という立場の男が、ノコノコと戦場に顔を出すとは思えませんが?」

 珍しくマルコは、常識で考えればわかるような正論を国王に返した。口ごたえするなと言われたばかりだというのに、やはり彼も少し国王に対してイライラしているに違いない。

 だが、俺はマルコとは敢えて別の見解を抱いている。前に会った雑魚セルは、もはや雑魚と呼べる雰囲気ではなかったし相当な怒りをその身に宿していた。
 絶対に自分が国を滅ぼしてやる!という強い意思だ。あの様子だと自ら顔を出す可能性は高い。

「いや、お前達は何も知らんのだ。あいつは必ずここを目指して来るはずだ。我を殺す為にな」

 どういうことだ? その言葉から、まるで国王は魔王となった雑魚セルを恐れているようにも見える。いや、ゼッシュゲルトという魔族の国を恐れているのか。
 何にしろ俺はここで名誉挽回しなけれ終わりだ。こんな大事な時に喉をやられているとは……情けない!

 一瞬の沈黙の後、突然耳をつんざくような爆音と激しい地揺れが起きた。一体何が起きたのだ? このような激しい地揺れは敵の攻撃というわけでもあるまい。

 国王も周りの者達も全員が慌てていた。やがて地揺れが収まり国王が一人の兵士に状況を確認するように指示を出した。そんな切迫した空気が続いてから十数分後。
 大きな声をあげて一人の騎士が玉座の間に飛び込んで来た。

「申し上げます! 王国軍、主力の殆んどは壊滅したとの伝令! 以前に国境付近を襲った天災が、我が軍の中心に落ちたようで。残りの兵も敵軍の攻撃で次々に倒れ、前線にいた騎士団長、魔法士団長共に戦死。
 残りの兵は総崩れしており、もはや城内への敵軍侵入は時間の問題です。城門前にて迎え撃っておりますが、敵軍の勢いを考えると、こちらの残存兵力では奴らの足を止められないと予想されます!」

 いや、早すぎないか? 十万の王国軍があっさりと全滅はおかしいだろ。そんな都合のいい天災なんてあってたまるか。相手は何かとんでもない手段を持っているのではないか?

「くそっ、バカな! 我が王国軍がこんなアッサリと魔族に屈するのか? ありえん。ブレストガルドの再来じゃあるまいし! おい、何をしているお前達。聞いたであろう? 早く行かんか! この玉座の間に敵を入れたら、お前達の冒険者資格は剥奪だぞ!」

 なんて国王だ。こんな奴がトップではこの国も未来がないな。どうりで誰も、王国専属を受けたがる奴がいなかったわけだ。こんな国王だとわかっていれば、さっさと別の国で冒険者としての名声を高めていた方がよかった。

 敵にここに入られた時点で、この王は殺されてしまうんだろ? そうなれば冒険者資格を剥奪するなんて話では脅しにもならない。どうしたものか……いっそ、このまま逃げた方がいいんじゃないのか?
 このままでは本当の意味で俺の人生は終わりを迎えてしまう。他の国に逃げ、やり直した方が良い気がする。

「どうやら敵の強さを見誤っていたようですね、国王陛下。この調子では、おそらく私の軍もここに辿り着けない事態に陥っているのかもしれません」

 国王の横で、今も一人冷静に語るのはジュペルヌーグの騎士団長。確かセイルズと言ったと思うが、彼にはさすがの国王も何も言わなかった。
 同盟国の人間は大事なのだろうが。しかし、その同盟国すらあいつらは既に手を打ったというのか? 

「よし。ブッシュ、マリア。下に行くぞ……」

「お゛お゛、わがっだ……」

「ねぇ、ブッシュ。大丈夫? あなた、そんなんで詠唱出来るの?」

 大丈夫なもんか! 俺はろくに声が出ないのだ。そうだ、こんな状態で戦って勝てるはずがないじゃないか。もうダメだ。この戦はバリアンテが負ける。逃げ出そう! 国王の為に死ぬなんて人生、まっぴらゴメンだ!

「お、おい! ブッシュ! どこに行くんだ!」

 俺は玉座の間を出て直ぐに走り出した。この戦いは何かがおかしい。不自然に起きる天災、それをわかっていたかのような敵の一斉攻撃。
 何かがおかしい! そう俺の勘が教えている。逃げるべきだ────

「おっと。おじさん? ここから先は誰も行かせられないんだ。悪いけど戻ってくれるかな?」

 階段を降りようとした所で、突然喉にナイフをあてがわれた。いつの間に現れたのか、まったくわからなかった。しかし、俺の首にナイフを押し付ける者はどう見ても幼い少年だった。
 女性のような綺麗な顔に、透き通るような蒼白色の髪をした少年は再度、俺に囁いた。

「従わないなら、このまま首を切るよ……」

 無邪気な笑みを浮かべているが、その言葉には嘘ではないとわかる程の殺気が満ちていた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇
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