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王国軍の壊滅

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 最小限……最小限……最小限……。 そう考えていると俺のはるか頭上に浮かぶ魔方陣の数は一つずつ減っていった。自分の魔力の放出を抑えるイメージを持つ。そうしないと魔方陣は次々増えていってしまうからだ。

 数が増えれば、その結果が大きなものになってしまう。こうして、最小限に抑えられたレギオン・ブレイクは完成した。魔方陣の数は五つ。そこから一つずつ灼熱の火球が現れると、先ほどまで勝ち誇ったような顔でこっちに攻め入ってきていたバリアンテ軍にも動揺が見え始めた。

 大体これくらいだろう……、目安でしかない。失敗すればバリアンテの王都ごと消し飛ぶ可能性があった。そうだ。街に届けば、俺の『慈愛』の効果で魔法による直接の死は無くとも別の二次災害により、一般人を死に至らしめる可能性はある。それは出来るだけ避けたい。

 何故こんな事になったのか。そもそも俺が甘かったのだ。俺の名前で出した書状にバリアンテ王国がどこまで本気にするか、という疑問が俺にはあり。せいぜい何千。多くても王都ブルームに駐在している一、二万程の兵士を念のために準備させるくらいだろう……なんて思っていた。

 ところが蓋を開ければ、ほぼ全軍でのお出迎えだ。さすがのグレイピットも覚悟を決めて部隊の先頭に立つと言い出し、ルカもそれにならうと言い出した。
 いっても個人的な復讐。半分脅しのつもりだったのだが、それが生きるか死ぬかの状態になっては、さすがに一旦は撤退も考えた。

 だが。ここまで来て退却は出来ないのだ。ルビー部隊もジュペルヌーグと既に戦闘に入っているかもしれないのに、ここで魔王である俺が撤退しては示しがつかなかった。そこでやむを得ず、レギオン・ブレイクの使用に至った。

 ダイヤモンド部隊は既にバリアンテ軍の一部と交戦に入っているが、それを少しずつ後退させている。もちろん戦術的な後退だ。
 予想通り、追撃に来るバリアンテ軍はかなり密集していた。逃げる敵を追い、一気に勝負をつけてしまいたいのだろう。だがそれこそが狙い。

 俺は、敵部隊の頭としっぽを残すイメージで敵の中心にレギオン・ブレイクを放った。
 十万程いるバリアンテ軍の中心付近で爆散した火球。激しい光と轟音が響き、周囲には灼熱の突風が吹き荒れた。その熱はかなり離れた俺達の元まで届く。自国のダイヤモンド部隊には、相当な熱風が吹き込んでいるのは間違いない。

 光に眩んだ目が回復する頃にはバリアンテ軍の殆んどが地べたに伏していた。普通なら形を留める事すら出来ないのだろうが、微かに生きている気配があるのは慈愛の効果によるものだろう。
 
「お見事です、魔王様。まさか短時間でここまで魔力をコントロール出来るとは思いませんでした。もはや敵の軍は壊滅。王都は混乱状態でしょう。最後の仕上げといきましょう。────全軍突撃! 残りの敵兵を刈り取れ!」

 グレイピットの掛け声で、残り数百名となったバリアンテ軍に向かって一気に、ダイヤモンドの部隊が押し寄せる。これまでの後退はわざとだったのだと知らしめるように、破竹の勢いで敵軍を殲滅していった。
 レギオン・ブレイクの直撃を避けた部隊を突破すれば、後は瀕死の兵達を踏みつけて進撃していくだけだ。

「うおおおおぉぉ!! たとえ騎士団の殆んどを壊滅させようとも、貴様らの首はこのジェスターが貰うぞ!」

 先頭集団を束ねる騎士団長ジェスターは、数十名以上の敵兵に囲まれながらも諦めずに戦う。その姿は、まさにバリアンテ最強の騎士。かなり強いダイヤモンド部隊の騎士を確実に減らしている。
 だが────悪いな。お前を相手にしてる時間はないのだ。

 俺はジェスターに向かって伸ばした手のひらをグッと握りしめた。彼の体内にある心臓を掴むようなイメージで。その瞬間、ジェスターは驚いたような顔でその場に倒れた。動けなくなった彼に、周りの騎士達からの容赦ない一撃が降り注ぐ。

「こ、この悪魔めがぁぁぁ!」

 ジェスターは全身から血を噴き出しながら死んだ。やはりどんなに強かろうと数にはかなわないのだ。いや、今のは俺が手を加えたせいかもしれないが。ジェスターの死で敵の先頭集団は壊滅。
 あとは足の踏み場もない程倒れているバリアンテ軍の奴らを踏みつけて俺は前進した。母親が同じように踏みつけられていた光景を思いだしながら。
 銀の鎧の集団に何度も踏みつけられ死にゆく者もいるかもしれないが、それを思うと俺の心は高揚していた。


 それからは早かった。ダイヤモンド部隊は敵後方部隊もあっさり壊滅させ王都の正門を突破した。この部隊の強さは目を見張るものがある。普通の人間の兵士の数倍。いや、数十倍の活躍を個々がしているイメージだ。俺がいなくても何とかなったのではないだろうか?

 王都に入ると一般の人達は皆、突然の魔族部隊の突入にパニックを起こしていた。中央大通りを大勢の魔族の騎士を引き連れて城へと向かい歩く俺を見て「魔族だ!」「この国は終わりだ」と口々にこぼしている。

 冒険者達も見えるが、誰一人として見ているだけで抵抗はしてこない。いや、出来ないのだろう。国の為に戦う兵士とは違い、冒険者は無駄に命を散らすような行動は避ける。
 だが、きっと城にはマルコ達がいるのだろう。王国の勅命を受ける程の冒険者になっている彼らは、きっと国王の近くにいるだろう。


「おい坊主!」

「────ああ、ハマンさん。まさか俺を止めるなんて言いませんよね?」

 沿道から突如声をかけてきたハマンは、少し悲しげな表情を宿してその首を横に振った。

「いいや。噂を聞いた時は正直驚いたけどな。お前がまさか魔族の国の王になるなんてな。でも、なんていうか因果応報だと思ってよ。もう俺が坊主を止める理由は何もねぇ」

「どういう意味ですか?」

「ん? いや、お前の母親レミアと俺は知り合いでな。それで多分、お前の父になるんだろうがレックスも俺の昔の仲間でよ。あいつらの仇討ちで、お前はこんな事してるんじゃないかと思ったんだが。レックスの事は知らなかったのか?」

 何を言ってるんだ? レックスは確かに俺の父親の名前だ。でもそれが何故、今になって出てくるんだ。と、いうかハマンさんが母さんを知っている? しかし、俺の父親、レックスは確か魔王だって話じゃなかっただろうか。
 思えばグレイピットは俺の父を『ブレストガルド』と呼んでいたが、それは魔族としての名前だと勝手に俺は思っていた。実はそもそもブレストガルドとレックスは別人なのか? では俺が思ってる父親とは? その答えを知っていそうな者といえば……

「ルカ、どういう事だ?」

「いえ。私が知ってる事は……」

 途中まで言ってルカは口ごもった。まだ何か俺に言い辛い事があるのか? と思っていると、グレイピットが話を中断させた。

「魔王様、逃げられる前に国王の所に急ぎましょう。レックスと聞いて私には何となくわかりました。おそらく魔王様が知りたい事は国王に聞くべきでしょう」

 そういってグレイピットは先を促した。気になる話だが確かに前もバリアンテが襲われた時、逃げ出そうとしていた国王だ。今は急ぐ必要がある。
 俺は城へと向かった。城門では二十名ほどの兵士が「ここを通すわけにはいかない!」と叫んでいたが、その声は震えている。

 ダイヤモンド部隊の数人が一瞬で制圧する間を抜けて、俺達は城の中へと歩みを進めた。左には凛とした表情のグレイピット。右には複雑な表情のルカ。それぞれの想いを胸に玉座の間を目指して……
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