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第6話 小さな決意、寄り添う影
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昼休みの中庭は、涼やかな風が抜けていた。だが、クラリッサの胸の内はざわついていた。
(リディア様があんな風に扱われるなんて……納得がいかない)
公爵令嬢は厳格で近寄りがたい雰囲気を持っている。けれどクラリッサは知っていた。あの人は冷たさの仮面の下に、確かな優しさを秘めていることを。
かつて、震える自分に黙って手を差し伸べてくれた記憶が、それを証明していた。
そんな思いを胸に抱きながら、彼女は中庭の隅に立つ黒衣の男へと歩み寄った。鋭い雰囲気を纏い、周囲から一歩引いた存在。リディアの執事、オスカー・グレイだ。
「あの、オスカーさん、ですよね?」
偶然にその姿を見つけた時、ためらいながらも声をかける決心をしたのだ。
「ご用件は?」
足を止めることなく、冷淡な声が返ってくる。クラリッサは少しだけ怯んだが、踏みとどまった。
「リディア様が、ミレイユ様をいじめたなんて、信じられないんです。あなたはあの方をずっとお傍で見てきたでしょう? 本当のことをご存じではありませんか」
沈黙が落ちる。彼はようやく歩みを止めた。そして、ゆっくりとこちらに向き直る。
「令嬢。詮索はおやめなさい。」
「どうしてですか?」
「あなたが正義感で踏み込めば、巻き込まれて傷を負うこともある」
その瞳は冷ややかだった。だが、その言葉はクラリッサの立場を本当に思ってのものであることを感じ取った。
「私。興味本位で言っている訳ではありません。リディア様に、助けられたことがあるんです。言葉ではなく、ただ黙って寄り添ってくれた。あんな人が、悪人のはずがない」
ほんのわずか。オスカーの目が細められる。
「その恩を返したいと?」
「ええ。できることは限られていても、せめて真実を知る努力くらいはしたい」
その言葉に、オスカーは小さく息を吐いた。
「貴女のような方が、ひとりでも現れたこと。それ自体が、あの方にとって救いかもしれません」
それは、感謝ではなかった。だが、否定でもなかった。
「私は貴女を信じたわけではありません。ですが、少しだけ、見込みはあると思いましょう」
「えっ……?」
「ただし忠告しておきます。正義感だけでは、この学院では立っていられません。好奇心と信念の区別を、どうか間違えぬように」
そう言い残して、オスカーはまた背を向ける。
その背中を見送りながら、クラリッサはそっと拳を握った。
リディアは一人、屋敷の自室で机に向かっていた。
ノックの音に顔を上げると、オスカーが静かに扉を開けた。
「失礼いたします。少々、お耳に入れておくべきことがございます」
「なにかあったの?」
彼女の声はいつもの通り冷静だった。オスカーは一礼し、淡々と続けた。
「本日、クラリッサ・ミルフォード嬢が、私に接触してきました」
「……クラリッサ嬢?」
「ええ。以前あなた様がさりげなく助けられた同級生かと。令嬢は、今の状況に疑問を持ち、独自に真相を探ろうとする意志を示しました」
リディアは視線を机上に落としたまま、静かに黙考する。
「……それで、あなたの判断は?」
「即座に信頼するには尚早と考えます。ですが、立場を忘れず礼節をもって接し、無用な詮索は避けるようにと伝えておきました」
リディアは小さく頷く。
「ありがとう。少しでも冷静な目を持った人がいるのなら、それだけで十分よ」
声は静かだったが、オスカーにはその内にあるわずかな“温度”の変化を感じ取っていた。
「今後も動向を見守ります。必要があれば、情報を渡すこともあるかと」
「任せるわ。あなたの判断を信じている」
その言葉に、オスカーは深く一礼する。
その影は変わらず冷静でありながら、静かに彼女の孤高を支え続けていた。
(リディア様があんな風に扱われるなんて……納得がいかない)
公爵令嬢は厳格で近寄りがたい雰囲気を持っている。けれどクラリッサは知っていた。あの人は冷たさの仮面の下に、確かな優しさを秘めていることを。
かつて、震える自分に黙って手を差し伸べてくれた記憶が、それを証明していた。
そんな思いを胸に抱きながら、彼女は中庭の隅に立つ黒衣の男へと歩み寄った。鋭い雰囲気を纏い、周囲から一歩引いた存在。リディアの執事、オスカー・グレイだ。
「あの、オスカーさん、ですよね?」
偶然にその姿を見つけた時、ためらいながらも声をかける決心をしたのだ。
「ご用件は?」
足を止めることなく、冷淡な声が返ってくる。クラリッサは少しだけ怯んだが、踏みとどまった。
「リディア様が、ミレイユ様をいじめたなんて、信じられないんです。あなたはあの方をずっとお傍で見てきたでしょう? 本当のことをご存じではありませんか」
沈黙が落ちる。彼はようやく歩みを止めた。そして、ゆっくりとこちらに向き直る。
「令嬢。詮索はおやめなさい。」
「どうしてですか?」
「あなたが正義感で踏み込めば、巻き込まれて傷を負うこともある」
その瞳は冷ややかだった。だが、その言葉はクラリッサの立場を本当に思ってのものであることを感じ取った。
「私。興味本位で言っている訳ではありません。リディア様に、助けられたことがあるんです。言葉ではなく、ただ黙って寄り添ってくれた。あんな人が、悪人のはずがない」
ほんのわずか。オスカーの目が細められる。
「その恩を返したいと?」
「ええ。できることは限られていても、せめて真実を知る努力くらいはしたい」
その言葉に、オスカーは小さく息を吐いた。
「貴女のような方が、ひとりでも現れたこと。それ自体が、あの方にとって救いかもしれません」
それは、感謝ではなかった。だが、否定でもなかった。
「私は貴女を信じたわけではありません。ですが、少しだけ、見込みはあると思いましょう」
「えっ……?」
「ただし忠告しておきます。正義感だけでは、この学院では立っていられません。好奇心と信念の区別を、どうか間違えぬように」
そう言い残して、オスカーはまた背を向ける。
その背中を見送りながら、クラリッサはそっと拳を握った。
リディアは一人、屋敷の自室で机に向かっていた。
ノックの音に顔を上げると、オスカーが静かに扉を開けた。
「失礼いたします。少々、お耳に入れておくべきことがございます」
「なにかあったの?」
彼女の声はいつもの通り冷静だった。オスカーは一礼し、淡々と続けた。
「本日、クラリッサ・ミルフォード嬢が、私に接触してきました」
「……クラリッサ嬢?」
「ええ。以前あなた様がさりげなく助けられた同級生かと。令嬢は、今の状況に疑問を持ち、独自に真相を探ろうとする意志を示しました」
リディアは視線を机上に落としたまま、静かに黙考する。
「……それで、あなたの判断は?」
「即座に信頼するには尚早と考えます。ですが、立場を忘れず礼節をもって接し、無用な詮索は避けるようにと伝えておきました」
リディアは小さく頷く。
「ありがとう。少しでも冷静な目を持った人がいるのなら、それだけで十分よ」
声は静かだったが、オスカーにはその内にあるわずかな“温度”の変化を感じ取っていた。
「今後も動向を見守ります。必要があれば、情報を渡すこともあるかと」
「任せるわ。あなたの判断を信じている」
その言葉に、オスカーは深く一礼する。
その影は変わらず冷静でありながら、静かに彼女の孤高を支え続けていた。
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