婚約破棄され悪役令嬢にされました

綾取

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第5話 笑顔の下に潜む罠 

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肩までの柔らかな栗色の髪に、あどけない笑み。
 ミレイユ・ランフォードは、学園の誰からも「可憐で親しみやすい令嬢」として人気を博していた。

 平民の出ながら男爵令嬢となり、努力と愛らしい仕草で地位を得た少女。
 ──少なくとも、人々の目にはそう映っていた。

 だがその微笑みの奥には、冷ややかな計算が潜んでいた。

 ──リディア・エヴァレット。
 高位貴族の娘として何もかもを与えられている彼女は、ミレイユにとって憧れの的では無く「越えるべき壁」であり、「排除すべき障害」だった。



「殿下はほんとうにお優しいですね」
ある昼下がり、そう遠慮がちに、微笑んでミレイユは言った。。
「私つい、殿下を頼ってしまって……」と可憐に呟く。

 その言葉はすべて、計算づく。

 数週間前、偶然を装って階段から滑りかけ、セドリックに救われた。その一幕をきっかけに無邪気な少女を演じ、会話を重ね、相談を持ちかける。
「弱き者」を演じることで、王太子の騎士道精神をくすぐり、優越感を与えるのだ。
 王太子としての責務を真面目に果たそうとする男に、「自分を頼る弱き者」の姿を植え付ける。

「リディア様にもご意見を伺えればと思ったのですが……きっとご迷惑ですよね」

 婚約者であるリディアは人に頼る事をしない。常に冷静で正論を返す。セドリックは自分が何も出来ない人間のように、突き放されたと感じた。
 だからこそ、ミレイユの言動は王子の騎士道精神をくすぐり、優越感を与える手段でもあった。

 そして、彼女は続ける。

「実は最近、リディア様のご機嫌を損ねてしまったみたいで。私、なにか失礼な事をしてしまったのかしら? でも何も思い当たらないのです。」
「もしかして、こうして殿下にご相談する事で、何か誤解をされているのではないかしら。」
 まるで悪気のない、戸惑いを浮かべた少女のように。

 ──それが狙いだった。

 ミレイユは決してリディアを直接責めない。ただ、自分の戸惑いと不安を語るだけ。

 セドリックへの種まきは、それで十分だった。



 ミレイユは周りにも戸惑いを漏らし始めた。
「そんなつもりではなかったけれど、セドリック様にご相談していた事で、リディア様に嫌な思いをさせてしまった自分が悪い」と潤む瞳で肩を落としてみせた。
 リディアの毅然とした態度を面白く思っていなかった者が、「高慢」「嫉妬深い」といったレッテルを貼るようになり、ミレイユの周囲には、少しずつ「同情」と「味方」が集まりはじめた。

 幾人かの貴族令嬢を味方につけ、リディアが口を開けば「冷たい対応」「高圧的」「ミレイユ様に冷徹な目を向けた」と噂を広め、リディアの執事であるオスカーの動きまで、「ミレイユ様を監視している」「陰湿だ」と曲解されていく。

 そうした声は、セドリックの耳にも届いていた。



 舞踏会の前夜、ミレイユは涙ぐんだ瞳でセドリックを見上げた。

「私、リディア様のことを悪く言うつもりなんてなかったんです。でも今日も凄い目で睨まれてしまって⋯。セドリック様にこんな事を申し上げるべきではありませんが、私怖くて⋯」
と真っ赤な目で辛そうに訴えてきた。

 その瞬間、すでにセドリックの心には、「ミレイユを守らねば」という決意が芽生えていた。


「リディアとの婚約は破棄する。君への態度にはもう耐えられない」
 すべて、ミレイユ・ランフォードが描いた通りの台詞だった。



 そして彼は舞踏会の日、言ったのだ。

「リディア・エヴァレット、婚約を破棄する。その高慢と嫉妬には、もう耐えられない」と。

 広間にはざわめきが走り、人々は「天真爛漫な令嬢」を守る王太子に賛辞を送り、涙を流す少女を讃える。

 ミレイユの瞳の奥で、仮面の笑みがわずかに歪み、満足げに光を宿した。


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