婚約破棄され悪役令嬢にされました

綾取

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第12話 絹糸の綻び

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「つまり、ミレイユ様の言動と証言の食い違いを拾っていけばいいんですね」

クラリッサは机の上に並べたメモを指しながら言った。そこには、ミレイユがこれまでに学園内で口にしていた発言や、周囲が語った“噂”が詳細に記されていた。

「どれも細かい。でも、綻びは確かにあるな。話が噛み合わない部分やリディア嬢の近くにいた生徒がそんな場面は見ていない。とか」

オーリスが椅子の背に体を預けながら呟いた。彼の前にも、すでに調査した数名の生徒についての簡単な報告が並んでいる。

「でも、焦らない方がいい」ジュリアンが言葉を差し挟む。「一度に攻め立てれば、彼女も勘づく。また小賢しい手を打って来ない様、疑念が“自然に広がる”形で崩して行くのがいい」

「それについては、いくつか手はある。俺が話を聞いた生徒たち、特に口が軽そうな連中に“うっかり”気づかせてやればいい。いやらしい話さ。だが、こういうのは尾ひれがついて大きくなるのが世の常だ」

「私の方でも、仲の良い子たちを通じて“別の角度”から広めてみます。直接言わなくても、暗に“あれ、おかしくない?”と示唆するだけで、案外伝わりますから」

クラリッサの目が静かに光る。彼女もまた、表には出さぬ観察眼と知略を持つ少女だ。

「いいだろう」オーリスが立ち上がる。「まるで少しずつ糸が解けて行くようだな」

三人は頷き合い、それぞれの役目に取り掛かっていった。


数日後。

学園の空気が、少しだけ変わり始めていた。

きっかけは、オーリスが軽く圧力を掛けていた生徒が、突然やけに大人しくなったことだった。

「ねえあの子、ミレイユ様の話をあんなに吹聴してたのに、最近は全然話さなくなったわね」

「この前なんて、“あんまり深入りしない方がいいよ”って言われたわ。どういう意味かは分からないけど……」

囁かれる声が、廊下にじわじわと広がる。

さらに、クラリッサが放った言葉に気づいた少女たちの間で、ある違和感が共有され始めていた。

「ミレイユ様って、前に“リディア様に厳しく叱責された”って言ってたけど、あのとき一緒にいた子は“ミレイユ様が教授に呼ばれているのをリディア様が伝えに来て下さっただけ”って……言ってなかった?」

「そうそう。どっちが本当なの?」

その疑問がひとつ、またひとつと、さざ波のように周囲に広がっていく。

ミレイユ本人は、まだその変化に気づいていない。

今日も変わらぬ笑顔で、セドリックの隣に寄り添い、まるで“真のヒロイン”のように振る舞っている。

だが彼女の足元に敷かれた舞台は、静かに、確実に軋みを上げ始めていた。



 その日も三人は、短く情報を共有し合っていた。今日も数名の生徒の証言に食い違いがあったこと、ミレイユを取り巻く噂が徐々に歪み始めていること。手応えは確実にあった。

「明日、例の子に話を振ってみるわ。あの子なら、きっと何か知ってる」

クラリッサがそう言ったとき、背後から気配が忍び寄った。

「意外な顔ぶれですね」背後から声を投げかけられる。

三人が振り向いたその先には、完璧に整えられた黒服をまとい、無駄のない所作で佇むオスカー・グレイが立っていた。

「リディア嬢付きの執事、でしたか」

ジュリアンが低く呟くと、オスカーは目を細める。その視線はまるで、相手の奥底を見透かすようだった。

「これほど妙な組み合わせを、偶然とは見なせません。目的は、なんでしょう?」

威圧するわけでもなく、だが一切の油断も見せず、オスカーは言葉を続ける。

「ミレイユ嬢に関わる噂と、あなた方の周囲の動き。いくつか、興味深い一致があるようで」

ジュリアンが一歩前に出ようとしたその瞬間、オーリスが手で制した。

「悪いが、脅しをかけるならやめてくれないか。俺たちだって、リディア嬢がこれ以上貶められるのは見てられないんだ」

「“俺たち”?」

オスカーの視線がクラリッサ、ジュリアン、オーリスの三人を順に見渡す。思考を巡らせる瞳が、静かに瞬く。

「どうやら、あなた方はただの好奇心や打算ではないようですね」

沈黙が、ひととき場を支配する。

やがて、オスカーはふっと一歩、足を引いた。そして淡々と告げる。

「忠告しておきましょう。リディア様は、今も日々噂に晒され、心ない視線を浴びています。これ以上の傷を負わせるような真似をするのであれば、たとえ誰であろうと――」

言葉を途中で切ったオスカーの眼差しは、氷のように鋭かった。

「敵とみなします」

その威圧に、一瞬クラリッサが息を呑む。だが、ジュリアンは目を逸らさずに応じた。

「僕たちは、彼女を守るために動いています」

その言葉に、オスカーの目が一瞬だけ揺れる。

 冷たい風が通り抜け、オスカーは静かに言った。

「ならば、見せていただきましょう。あなた方の“覚悟”を」

そう言い残して、彼は音もなく去っていった。



オスカーはその夜、リディアの書斎の前で一度立ち止まった。

(……報告すべきか)

一瞬、扉の前に佇んだが、彼は軽く首を横に振る。

(今は⋯。)

彼は何も言わず、そのまま静かに立ち去った。
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