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第13話 予兆
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昼休みの鐘が鳴ると同時に、教室のざわめきが一層強くなった。
友人同士で集まり、笑い合う生徒たちの輪の中に、リディアの居場所はなかった。
(今日も、いつも通りね)
誰にも話しかけられることなく、一人で昼食をとる。
それが、いつの間にか日常になっていた。
無言で避ける者。遠巻きに囁き合う者。あからさまに侮蔑の目を向ける者。婚約破棄を告げられてから、何週間もそんな日が続いていた。
リディアは、何事もないかのように背筋を伸ばし、冷静なふるまいを崩さなかった。
だが、(少し、頭が重い)
最近は、夜もあまり眠れなくなっていた。
目を閉じれば、あの日の光景が蘇る。結婚を約束したはずの相手から、大勢の前で浴びせられた理不尽な言葉。
周囲の囁きや視線は、今も胸を締めつけて離れない。それに、どんなに目を閉じても心が休まることがない。
「また今日も、睨まれたわ……」
「あんなふうに見下ろされると、気分が悪くなるのよね」
背後で囁かれる声。
わざと聞こえるように放たれた悪意の言葉は、鋭く胸に突き刺さる。
(別に、睨んだつもりなんてないのに)
それでも、顔をしかめることも、睨み返すこともしなかった。
ただ黙って教科書に視線を落とし、時が過ぎるのを待つ。
本当は、もう何もかも投げ出してしまいたいと思うこともある。
けれどそれを表に出した瞬間、すべてが崩れてしまう気がして怖かった。
(負けたくない)
ただその思いだけを胸に、今日も一日を乗り越える。
そんな日が続く中、今日もひとり歩く学園の外れにある並木道。
リディアは、淡く染まり始めた夕陽を見上げながら歩いていた。
黄金色の光が、揺れる木の葉を照らす。
美しい風景のはずなのに、その色も温もりも、彼女の胸には届かない。
(今日も、誰とも話さずに終わったわ)
誰も気づかない、誰も手を差し伸べない。
冷たい世界の中で、ただ独り立ち尽くすしかない。そんな気持ちに、もう慣れてしまった。
だが、その日。わずかな違和感があった。
──視線が、変わっている?
すれ違った少女が、リディアを見て一瞬だけ目を伏せた。
いつもの嘲りではない。ためらいのような色を帯びていた。
(……気のせいかしら)
ふと視線を上げた先、階段の陰にいた生徒が彼女を見て、友人と何かを囁いていた。だがその声音には、笑いの気配がない。
(確かあの子は、以前ミレイユ嬢の噂話を広めていたはず)
胸に広がる小さな違和感を抱えたまま、リディアは足を進める。
人気のない小道――いつもオスカーが迎えに来てくれる場所。
「お嬢様」
低く落ち着いた声が、静かに風を切った。
リディアが顔を上げると、オスカーがいつものように道の傍に立っていた。
その佇まいは変わらず、冷静で、忠実で、どこか安心を与えてくれるものだった。
「お迎えに参りました」
「ありがとう」
リディアはほんの少しだけ、表情を緩める。
それはほんの一瞬のことで、すぐにまた何もなかったように無表情に戻った。
彼女が弱音を吐かないことを、オスカーはよく知っていた。
だからこそ、彼は何も問わず、静かに彼女の隣を歩く。
だがふと、彼の瞳に一瞬の迷いがよぎった。
忠義に厚い彼が、何かをためらう――それは珍しいことだった。
「何か、あったの?」
問いかけに、オスカーはわずかに目を伏せる。
「いえ、お嬢様はお変わりありませんか?」
「ええ。何も」
二人の言葉は、互いに本音に触れることなくすれ違う。
けれど、それでもリディアは感じていた。
何かが、確かに動き出しているのだと。
風が、少しだけ柔らかくなっていた。
友人同士で集まり、笑い合う生徒たちの輪の中に、リディアの居場所はなかった。
(今日も、いつも通りね)
誰にも話しかけられることなく、一人で昼食をとる。
それが、いつの間にか日常になっていた。
無言で避ける者。遠巻きに囁き合う者。あからさまに侮蔑の目を向ける者。婚約破棄を告げられてから、何週間もそんな日が続いていた。
リディアは、何事もないかのように背筋を伸ばし、冷静なふるまいを崩さなかった。
だが、(少し、頭が重い)
最近は、夜もあまり眠れなくなっていた。
目を閉じれば、あの日の光景が蘇る。結婚を約束したはずの相手から、大勢の前で浴びせられた理不尽な言葉。
周囲の囁きや視線は、今も胸を締めつけて離れない。それに、どんなに目を閉じても心が休まることがない。
「また今日も、睨まれたわ……」
「あんなふうに見下ろされると、気分が悪くなるのよね」
背後で囁かれる声。
わざと聞こえるように放たれた悪意の言葉は、鋭く胸に突き刺さる。
(別に、睨んだつもりなんてないのに)
それでも、顔をしかめることも、睨み返すこともしなかった。
ただ黙って教科書に視線を落とし、時が過ぎるのを待つ。
本当は、もう何もかも投げ出してしまいたいと思うこともある。
けれどそれを表に出した瞬間、すべてが崩れてしまう気がして怖かった。
(負けたくない)
ただその思いだけを胸に、今日も一日を乗り越える。
そんな日が続く中、今日もひとり歩く学園の外れにある並木道。
リディアは、淡く染まり始めた夕陽を見上げながら歩いていた。
黄金色の光が、揺れる木の葉を照らす。
美しい風景のはずなのに、その色も温もりも、彼女の胸には届かない。
(今日も、誰とも話さずに終わったわ)
誰も気づかない、誰も手を差し伸べない。
冷たい世界の中で、ただ独り立ち尽くすしかない。そんな気持ちに、もう慣れてしまった。
だが、その日。わずかな違和感があった。
──視線が、変わっている?
すれ違った少女が、リディアを見て一瞬だけ目を伏せた。
いつもの嘲りではない。ためらいのような色を帯びていた。
(……気のせいかしら)
ふと視線を上げた先、階段の陰にいた生徒が彼女を見て、友人と何かを囁いていた。だがその声音には、笑いの気配がない。
(確かあの子は、以前ミレイユ嬢の噂話を広めていたはず)
胸に広がる小さな違和感を抱えたまま、リディアは足を進める。
人気のない小道――いつもオスカーが迎えに来てくれる場所。
「お嬢様」
低く落ち着いた声が、静かに風を切った。
リディアが顔を上げると、オスカーがいつものように道の傍に立っていた。
その佇まいは変わらず、冷静で、忠実で、どこか安心を与えてくれるものだった。
「お迎えに参りました」
「ありがとう」
リディアはほんの少しだけ、表情を緩める。
それはほんの一瞬のことで、すぐにまた何もなかったように無表情に戻った。
彼女が弱音を吐かないことを、オスカーはよく知っていた。
だからこそ、彼は何も問わず、静かに彼女の隣を歩く。
だがふと、彼の瞳に一瞬の迷いがよぎった。
忠義に厚い彼が、何かをためらう――それは珍しいことだった。
「何か、あったの?」
問いかけに、オスカーはわずかに目を伏せる。
「いえ、お嬢様はお変わりありませんか?」
「ええ。何も」
二人の言葉は、互いに本音に触れることなくすれ違う。
けれど、それでもリディアは感じていた。
何かが、確かに動き出しているのだと。
風が、少しだけ柔らかくなっていた。
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