婚約破棄され悪役令嬢にされました

綾取

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第14話 信頼の灯火

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屋敷の門へと向かう道すがら、オスカーと別れ、一人で中庭を通り抜けようとしたときだった。
前方の石畳の上に、背の高い影が立っていた。

「リディア嬢」

低く穏やかな声に、足が止まる。
振り返ると、ジュリアン・アルヴァインが、落ち着いた眼差しでこちらを見ていた。

(また、あなた)

以前も彼は、こうして突然声をかけてきた。
 兄セドリックとは正反対の控えめさと、しかしぶれない真っ直ぐさを持つ人。

「ごきげんよう。何かご用でしょうか」

「お加減が、少し優れないように見えたので」

 彼の視線が、そっと自分の顔色を探る。
それは詮索ではなく、気遣いだと感じた。
だがそう簡単に心を許せるほど、彼女は甘くはない。

「お気遣いなく。私は大丈夫ですわ」

そう言って歩き出そうとした瞬間、彼が一歩、道を塞ぐように進み出た。

「大丈夫という言葉を、俺はすぐには信じません」

 その声音は、驚くほど穏やかで、しかし揺るぎなかった。
リディアは思わず足を止め、彼の目を見返した。

「俺は兄のことも、ミレイユ嬢のことも、そしてあなたがどんな誤解を受けているのかも、知りたいと思っています。
 ただの同情ではなく、理由があって。あなたを一人にしておきたくない」

 理由?一人にしておきたくない?
その言葉は、胸の奥で固く閉ざしていた何かを、ほんの少しだけ揺らした。

(どんな理由か分からないが、この人は、嘘をついていない)

 そう直感できた。
彼の瞳には打算や憐れみではなく、ただ静かな誠実さだけが宿っていた。

「でしたら、せめて名前で呼んでください。『リディア嬢』では、距離がありすぎますわ」

ジュリアンは、わずかに目を見開き、そして口元を緩めた。

「リディア」

その響きは、不思議なほど温かく胸に染みた。
リディアは短く頷き、歩き出す。
その背後には、彼が静かに寄り添う気配があった。

(信じても、いいのかもしれない。)


 それから数日、学園内では小さな変化が起きていた。
 私が歩くと、ひそひそと囁く声はまだ聞こえるものの、その数が以前より減っている。不躾な視線も感じなくなってきた。

 変化の理由を探る間もなく、昼休みの中庭でジュリアンに呼び止められる。
 彼の隣には、明るい茶髪でどこか軽薄そうな笑みを浮かべる青年オーリス。
そして向かいのベンチには、見覚えのない令嬢クラリッサがいた。

「ご紹介します。彼はオーリス。僕の友人です」
「はじめまして、リディア嬢。いや、リディア殿と呼んだ方がいいかな。俺、軽く見えても人捜しと情報集めは得意でして」
「クラリッサ・ベネットと申します。以前から、あなたが受けている扱いに疑問を抱いておりました」

突如として並べられた名前と顔ぶれに、私は一瞬返事をためらう。
けれど、ジュリアンの表情は変わらず真剣だった。

「彼らは今、俺と一緒にミレイユ嬢の発言や、それを広めた者たちの矛盾を探しています」

 ジュリアンはこれまでの自分達の動きをリディアに説明し始めた。

 オーリスは数名の生徒に軽く探りを入れ、根拠のない噂を流した者を牽制していた。
 クラリッサは図書室や談話室で、ミレイユの言動と事実の食い違いを丁寧に記録しているらしい。
 この三人の動きが、噂の勢いを少しずつ削いでいるのだという。

「もちろん、一気にひっくり返すことはできません。が、少しずつ彼女の足元から崩していく」
ジュリアンの言葉に、私は静かに頷いた。
 
胸の奥に、微かな光が灯るのを感じながら。


その日の帰り道、いつものように迎えに来たオスカーが、私を見て目を細めた。

「何か、変化がありましたね」

「どうしてそう思うの?」

「少しだけ、肩の力が抜けておられる。それに、殿下の弟君と過ごす時間が増えたようです」

彼の観察眼には隠せない。
私は小さく息をつき、昼間の出来事をかいつまんで話した。

「なるほど。ジュリアン殿下と、その友人と令嬢、三人で動いておられるのですか」
「ええ、なぜ私にそこまでしてくれるのかは分かりませんが。」

オスカーは短く考え込み、やがて口元にわずかな笑みを浮かべた。

「面白い。では私も、その動きに加わらせていただきましょう」

「あなたも?」

「ええ。あなたを守るためなら、どんな手も惜しみません。あの令嬢の裏の顔は、私も早くから何かあると考えておりましたから」

その声には、冷ややかな鋼のような響きがあった。
リディアの孤独に、小さな灯火がともったのだ。
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