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白い髭、ふっくらした体型。サンタクロースみたいな外見をした年配の男性がいた。彼の前にはスーツ姿の男性が立っていて何か話している。
この時間、庭には私以外誰も入れないはずだ。そういう規則だと聞いていた。でも規則はいろいろな理由で破られる。
彼らが私に気づく。スーツの男性がこちらに向かって歩いてくる。
「三鬼カイナだな」
彼は言った。釣り上がり気味の目が、冷たく私を見下ろした。
「私は副室長の荒鐘だ、今日はきみに仕事の依頼があって来た」
依頼。私は思わず周囲を見渡す。
「ここで、ですか?」
「そうだ」
私は警戒する。何もかもがいつもと違いすぎる。いつもは、私の担当研究員である圭か遊理が地下室に来る。なのになぜ今日に限って見知らぬこの人が、この庭で、仕事の依頼をするのだろう。
「あの、私の担当者はいないんですか」
荒鐘は大きなため息をついた。デジタルブックを取り出し「見ろ」と私の目の前に突きつけた。
“東京第三アビリティ研究室
室長代理 兼 副室長 荒鐘 仁”
表示されたIDの背景には、以前、遊理に見せてもらったのと同じ透かし模様が入っていた。
「私は、きみの担当研究員の上司だ。さらに言えば、現在、室長が不在のため私は室長代理に任命されている。この研究室のトップであり、すべての裁量権は私にある。つまり私には、きみに仕事をさせる権利があるし、きみには従う義務があるということだ。理解できたか?」
素直にうなずけなかった。権利と義務について理解できても、なぜ、わざわざ副室長が庭で私に仕事を依頼するのか、その答えはもらえていない。
「反応が鈍いな。本当にいくつもの案件を解決に導いたあの三鬼カイナか?」
荒鐘は不機嫌に言い捨てて、来い、と手を振った。
解決したのはリグルで私じゃない、と心の中で答えてついていく。
荒鐘はベンチの前で立ち止まり、サンタクロース似のおじいさんに一礼した。
「これが三鬼カイナです」と紹介される。
「突然すみません」おじいさんは優しく言った。
「私は城木といいます。座ったままで申し訳ない。先日、ちょっと腰を痛めてしまいましてね、立ち上がるのが辛いのです。年には勝てませんね」
彼の手にはステッキが握られていた。
「ご謙遜を」と荒鐘が言う。「先日の城木さんの武勇伝、伺いましたよ。暴漢を返り討ちにしたとか。その時のおケガですか?」
「いや、あれとは別件です。実は滑って転んでしまったんです。恥ずかしいから誰にも言わないでください」
「そうだったんですか。もちろん誰にも言いません。でもどうぞお体を大事にしてください。城木さんがにらみをきかせているからこそ、この国の正義と秩序は守られているのですから」
明らかにお世辞っぽい台詞を荒鐘は何のためらいもなく言った。だが、この研究室に入ることができて、副室長である荒鐘自らが案内しているということは、恐らく“城木さん”は実際にそういう立場の人なのだろう。
向かい合ってみると、ふっくらしているように見えた城木さんの体にはゆるみがなかった。首が太く、肩幅が広く、胸板が厚い。鍛えている人間特有の逞しさが全身からにじみでている。豊かな白髪と整えられた白髭。優しそうなおじいさんという印象は変わらないが、目は力強く、まっすぐに人を見る。そこには自信と余裕があった。自分自身に確信を持ち、他人に迎合することなく優しくする余裕。
「よろしければ、隣に座りませんか?」城木さんに言われ私は従う。
「庭で過ごす時間が、研究室の地下で暮らすあなたたちにとって大切な息抜きの時間だということはわかっています。お邪魔して本当に申し訳ない。どうしても緊急にお願いしたいことがあり、荒鐘くんに無理を言ったのです」
丁寧な物言いに私は少し驚く。外の人間と顔を合わせる機会は時々ある。でも基本的に話すこと自体が禁じられているし、稀に会話が許されても、物珍しい動物のように好奇心を向けられるか、触れてはいけないもののように警戒されることが多かった。
「何をすればいいんですか」
久しぶりの人間扱いに報いたくて尋ねる。
ありがとう、と、城木さんはつぶやき、一拍の間のあと
「一つ確認です。あなたのアビリティは写真の人物について、現在の生死をあてること。間違っていませんか?」
と真剣な顔で言った。
「えぇ」私はうなずく。
「荒鐘くん、申し訳ないが彼女と少しだけ二人きりにしてもらえませんか」
「しかし」
「お願いします」
荒鐘は一瞬迷ったあと、
「わかりました」と立ち去った。
荒鐘の背中が十分に遠ざかると城木さんはにっこりと笑った。親し気であたたかな笑顔だった。
「ずいぶん、たくさん荷物を持っていますね」
ベンチの端に置いたバスケットとバッグを見て城木さんは言った。
「こっちは昼食のサンドイッチで、こっちは本とか」
私はバスケットと専用バッグを交互に指さす。
「本ですか。私も本は好きです。もしよければ見せてもらえますか?」
言われるままに私はバッグから本を取り出す。“銀河鉄道の夜”とコローの画集。彼はコローの画集に興味をひかれたようだった。
「見てもいいですか」
「どうぞ」
城木さんは、時々、ほぉとか、ふむとか、ため息交じりのつぶやきをもらしながらページをめくった。ページをめくるスピードはほとんど一定だったが、あるところで指が止まった。
それは“モルトフォンテーヌのボートマン”という風景画のページだった。水辺の景色で、右手には影のような樹木が生い茂り、左手では男がボートに乗っている。
「私は芸術には疎い人間です。でもこの絵は美しい。どこかの公園にありそうな風景なのに、なぜか不思議で特別な場所のように感じます」
「この絵は銀灰色のベールで画面をにじませて、夢の中のような風景を創り上げているそうです」
「他の絵とは少し傾向が違いますね」
「コローは写実的な絵を多く残しているけど、50台半ばくらいから作品の傾向が変わって夢想的になったんです」私は手を伸ばし画集のページをめくる。
「これもそう」
“ヴィル・ダブレー、木の間の沼”という絵のページを開く。私がコローの中で最も好きな絵の一つだった。
城木さんはじっと見入った。「ひきこまれます」
「この庭にも似た景色があって」私は言った。「そばに小さな東屋があって、いつもそこでお昼ご飯を食べています」
城木さんは絵から顔をあげて私を見た。
「そのバスケットに昼食が?」
私はうなずく。
「もしよければ、ここで食べてはどうですか?」
「ここで?」
「はい、そろそろお昼時ですし、ぜひ」
なぜ突然そんなことを言い出すのだろう。ためらっていると城木さんは目を伏せた。
「すみません、おかしなお願いをして」
お願い?今のはお願いだったのだろうか。私はますます混乱して理由を考える。
もしかしたら城木さんはお腹がすいているのだろうか。
私はバスケットを開ける。
「あ」
「どうしたんですか?」
「タマゴサンドです」
嬉しくてつい声がはずむ。すると城木さんの顔がほころんだ。
「タマゴサンドが好きなんですね」
「えぇ」バスケットを城木さんと私の間に置く。「一緒に食べましょう」
城木さんはちょっと驚いた顔をした後、「ありがとう、いただきます」と言ってタマゴサンドを一つ手に取った。
タマゴサンドは美味しかった。パンは柔らかく、タマゴはなめらかで、ブラックペッパ―がかすかに香った。いつもの味だった。でもいつもより美味しかった。なぜだろうと考えて、城木さんと一緒だからだと気づく。人と食事をするのは久しぶりだった。
「本当においしそうに食べるんですね」
感慨深げに城木さんが言った。城木さんの目は優し気に細められていた。
「……私の息子もタマゴサンドが好きでした。あなたと同じくらい美味しそうに食べていましたよ」
そう言って、上着のポケットから一枚の写真を取り出した。
写真には頬杖をついて静かに微笑む青年がうつっていた。テーブルの上にはグラスやおしぼりがあり、青年の右斜め後ろには腰エプロンを着けた女性の半身が写りこんでいる。どこかのお店のようだ。
「息子です」と城木さんは言った。「居酒屋で友人と酒を飲んでいる写真です」
「彼が今回の?」
「えぇ」
「いつの写真ですか」
「息子は2年前、20才の時に家出しました。その少し後に撮られたものです。写真を撮られるのがあまり好きじゃないから、私が手に入れることができた中で一番良く写っていて、直近の写真です。……古い写真だと、あなたのアビリティに影響すると聞きましたが大丈夫でしょうか」
「2年前なら大丈夫」
「どれくらいまでなら問題ないのですか?」
「5年以上経った写真だと画質が落ちます。でも結果はわかります。8年を超えると厳しいです」
「では大丈夫ですね、安心しました」
私は少し迷った後「なぜ家出なんて?」と聞いた。
城木さんの視線が寂し気に地面に落ちた。踏み込み過ぎた質問だったようだ。
「話したくなければいいんです、ごめんなさい」
「いえ、構いませんよ。対象者の身近な人間から話を聞くことで、あなたのアビリティは感応度をあげるのでしょう?」
「えぇ。でも二年前なら大丈夫です。聞いたのは……私がただ単に知りたかったから」
「ありがとう」
「なにがですか?」
「私は仕事柄、多くの人間にあってきましたし、観察することも得意です。息子がいなくなってからの二年間、表面的な優しい顔や、ゴシップ好きの舌なめずりしそうな顔はたくさん見てきました。でもあなたは本当に悲しそうな顔をしている。他人である私や息子のことを心配してくれている。共感性の高さ、それがあなたのアビリティの源なのでしょうね」
私は答えようがなくてだまりこむ。城木さんもしばらくの間、手の中の写真をだまったまま見下ろしていた。
強い風が吹き、地面の枯葉が生き物のように一斉に移動した。木々がざわざわと予感めいた音をたて、新たな枯葉が地面に舞い落ちた。
風が止むと、城木さんはつぶやくように言った。
「久しぶりに自分やあの子のことを話したくなりました。聞いてもらえますか?」
この時間、庭には私以外誰も入れないはずだ。そういう規則だと聞いていた。でも規則はいろいろな理由で破られる。
彼らが私に気づく。スーツの男性がこちらに向かって歩いてくる。
「三鬼カイナだな」
彼は言った。釣り上がり気味の目が、冷たく私を見下ろした。
「私は副室長の荒鐘だ、今日はきみに仕事の依頼があって来た」
依頼。私は思わず周囲を見渡す。
「ここで、ですか?」
「そうだ」
私は警戒する。何もかもがいつもと違いすぎる。いつもは、私の担当研究員である圭か遊理が地下室に来る。なのになぜ今日に限って見知らぬこの人が、この庭で、仕事の依頼をするのだろう。
「あの、私の担当者はいないんですか」
荒鐘は大きなため息をついた。デジタルブックを取り出し「見ろ」と私の目の前に突きつけた。
“東京第三アビリティ研究室
室長代理 兼 副室長 荒鐘 仁”
表示されたIDの背景には、以前、遊理に見せてもらったのと同じ透かし模様が入っていた。
「私は、きみの担当研究員の上司だ。さらに言えば、現在、室長が不在のため私は室長代理に任命されている。この研究室のトップであり、すべての裁量権は私にある。つまり私には、きみに仕事をさせる権利があるし、きみには従う義務があるということだ。理解できたか?」
素直にうなずけなかった。権利と義務について理解できても、なぜ、わざわざ副室長が庭で私に仕事を依頼するのか、その答えはもらえていない。
「反応が鈍いな。本当にいくつもの案件を解決に導いたあの三鬼カイナか?」
荒鐘は不機嫌に言い捨てて、来い、と手を振った。
解決したのはリグルで私じゃない、と心の中で答えてついていく。
荒鐘はベンチの前で立ち止まり、サンタクロース似のおじいさんに一礼した。
「これが三鬼カイナです」と紹介される。
「突然すみません」おじいさんは優しく言った。
「私は城木といいます。座ったままで申し訳ない。先日、ちょっと腰を痛めてしまいましてね、立ち上がるのが辛いのです。年には勝てませんね」
彼の手にはステッキが握られていた。
「ご謙遜を」と荒鐘が言う。「先日の城木さんの武勇伝、伺いましたよ。暴漢を返り討ちにしたとか。その時のおケガですか?」
「いや、あれとは別件です。実は滑って転んでしまったんです。恥ずかしいから誰にも言わないでください」
「そうだったんですか。もちろん誰にも言いません。でもどうぞお体を大事にしてください。城木さんがにらみをきかせているからこそ、この国の正義と秩序は守られているのですから」
明らかにお世辞っぽい台詞を荒鐘は何のためらいもなく言った。だが、この研究室に入ることができて、副室長である荒鐘自らが案内しているということは、恐らく“城木さん”は実際にそういう立場の人なのだろう。
向かい合ってみると、ふっくらしているように見えた城木さんの体にはゆるみがなかった。首が太く、肩幅が広く、胸板が厚い。鍛えている人間特有の逞しさが全身からにじみでている。豊かな白髪と整えられた白髭。優しそうなおじいさんという印象は変わらないが、目は力強く、まっすぐに人を見る。そこには自信と余裕があった。自分自身に確信を持ち、他人に迎合することなく優しくする余裕。
「よろしければ、隣に座りませんか?」城木さんに言われ私は従う。
「庭で過ごす時間が、研究室の地下で暮らすあなたたちにとって大切な息抜きの時間だということはわかっています。お邪魔して本当に申し訳ない。どうしても緊急にお願いしたいことがあり、荒鐘くんに無理を言ったのです」
丁寧な物言いに私は少し驚く。外の人間と顔を合わせる機会は時々ある。でも基本的に話すこと自体が禁じられているし、稀に会話が許されても、物珍しい動物のように好奇心を向けられるか、触れてはいけないもののように警戒されることが多かった。
「何をすればいいんですか」
久しぶりの人間扱いに報いたくて尋ねる。
ありがとう、と、城木さんはつぶやき、一拍の間のあと
「一つ確認です。あなたのアビリティは写真の人物について、現在の生死をあてること。間違っていませんか?」
と真剣な顔で言った。
「えぇ」私はうなずく。
「荒鐘くん、申し訳ないが彼女と少しだけ二人きりにしてもらえませんか」
「しかし」
「お願いします」
荒鐘は一瞬迷ったあと、
「わかりました」と立ち去った。
荒鐘の背中が十分に遠ざかると城木さんはにっこりと笑った。親し気であたたかな笑顔だった。
「ずいぶん、たくさん荷物を持っていますね」
ベンチの端に置いたバスケットとバッグを見て城木さんは言った。
「こっちは昼食のサンドイッチで、こっちは本とか」
私はバスケットと専用バッグを交互に指さす。
「本ですか。私も本は好きです。もしよければ見せてもらえますか?」
言われるままに私はバッグから本を取り出す。“銀河鉄道の夜”とコローの画集。彼はコローの画集に興味をひかれたようだった。
「見てもいいですか」
「どうぞ」
城木さんは、時々、ほぉとか、ふむとか、ため息交じりのつぶやきをもらしながらページをめくった。ページをめくるスピードはほとんど一定だったが、あるところで指が止まった。
それは“モルトフォンテーヌのボートマン”という風景画のページだった。水辺の景色で、右手には影のような樹木が生い茂り、左手では男がボートに乗っている。
「私は芸術には疎い人間です。でもこの絵は美しい。どこかの公園にありそうな風景なのに、なぜか不思議で特別な場所のように感じます」
「この絵は銀灰色のベールで画面をにじませて、夢の中のような風景を創り上げているそうです」
「他の絵とは少し傾向が違いますね」
「コローは写実的な絵を多く残しているけど、50台半ばくらいから作品の傾向が変わって夢想的になったんです」私は手を伸ばし画集のページをめくる。
「これもそう」
“ヴィル・ダブレー、木の間の沼”という絵のページを開く。私がコローの中で最も好きな絵の一つだった。
城木さんはじっと見入った。「ひきこまれます」
「この庭にも似た景色があって」私は言った。「そばに小さな東屋があって、いつもそこでお昼ご飯を食べています」
城木さんは絵から顔をあげて私を見た。
「そのバスケットに昼食が?」
私はうなずく。
「もしよければ、ここで食べてはどうですか?」
「ここで?」
「はい、そろそろお昼時ですし、ぜひ」
なぜ突然そんなことを言い出すのだろう。ためらっていると城木さんは目を伏せた。
「すみません、おかしなお願いをして」
お願い?今のはお願いだったのだろうか。私はますます混乱して理由を考える。
もしかしたら城木さんはお腹がすいているのだろうか。
私はバスケットを開ける。
「あ」
「どうしたんですか?」
「タマゴサンドです」
嬉しくてつい声がはずむ。すると城木さんの顔がほころんだ。
「タマゴサンドが好きなんですね」
「えぇ」バスケットを城木さんと私の間に置く。「一緒に食べましょう」
城木さんはちょっと驚いた顔をした後、「ありがとう、いただきます」と言ってタマゴサンドを一つ手に取った。
タマゴサンドは美味しかった。パンは柔らかく、タマゴはなめらかで、ブラックペッパ―がかすかに香った。いつもの味だった。でもいつもより美味しかった。なぜだろうと考えて、城木さんと一緒だからだと気づく。人と食事をするのは久しぶりだった。
「本当においしそうに食べるんですね」
感慨深げに城木さんが言った。城木さんの目は優し気に細められていた。
「……私の息子もタマゴサンドが好きでした。あなたと同じくらい美味しそうに食べていましたよ」
そう言って、上着のポケットから一枚の写真を取り出した。
写真には頬杖をついて静かに微笑む青年がうつっていた。テーブルの上にはグラスやおしぼりがあり、青年の右斜め後ろには腰エプロンを着けた女性の半身が写りこんでいる。どこかのお店のようだ。
「息子です」と城木さんは言った。「居酒屋で友人と酒を飲んでいる写真です」
「彼が今回の?」
「えぇ」
「いつの写真ですか」
「息子は2年前、20才の時に家出しました。その少し後に撮られたものです。写真を撮られるのがあまり好きじゃないから、私が手に入れることができた中で一番良く写っていて、直近の写真です。……古い写真だと、あなたのアビリティに影響すると聞きましたが大丈夫でしょうか」
「2年前なら大丈夫」
「どれくらいまでなら問題ないのですか?」
「5年以上経った写真だと画質が落ちます。でも結果はわかります。8年を超えると厳しいです」
「では大丈夫ですね、安心しました」
私は少し迷った後「なぜ家出なんて?」と聞いた。
城木さんの視線が寂し気に地面に落ちた。踏み込み過ぎた質問だったようだ。
「話したくなければいいんです、ごめんなさい」
「いえ、構いませんよ。対象者の身近な人間から話を聞くことで、あなたのアビリティは感応度をあげるのでしょう?」
「えぇ。でも二年前なら大丈夫です。聞いたのは……私がただ単に知りたかったから」
「ありがとう」
「なにがですか?」
「私は仕事柄、多くの人間にあってきましたし、観察することも得意です。息子がいなくなってからの二年間、表面的な優しい顔や、ゴシップ好きの舌なめずりしそうな顔はたくさん見てきました。でもあなたは本当に悲しそうな顔をしている。他人である私や息子のことを心配してくれている。共感性の高さ、それがあなたのアビリティの源なのでしょうね」
私は答えようがなくてだまりこむ。城木さんもしばらくの間、手の中の写真をだまったまま見下ろしていた。
強い風が吹き、地面の枯葉が生き物のように一斉に移動した。木々がざわざわと予感めいた音をたて、新たな枯葉が地面に舞い落ちた。
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