1 / 25
影のヒーロー
しおりを挟む「影は、光に殺される。そんな当たり前のことを、俺は消えゆく意識の中で理解した」
通り魔に刺されたのは、学校をサボって路地裏でタバコをふかしていた罰だろうか。視界が白む中、俺の魂は肉体を離れ――気づけば、丸々と太った「豚」の足元にいた。
(……は? なんだこの景色。地面が近すぎんだろ)
頭上を見ると二重顎にでっぷりした腹のおっさんが嬉々として美少女の背中に鞭をしならせていた。
俺は豚みたいな奴隷商人のおっさんの影に転生していた。奴隷商人のあまりにも下衆な態度に愛想がついた。
「お、抜けるのか?てことは、こいつ死ぬよ?」
「行く当てなんてないだろうに」
他の影の小精霊たちが言う。
それに答えず移動しながら、他の人の影で休憩を取る。
「早く退けよ」
そんな感じで追い出されるを繰り返していると、
正午の太陽が真上に来て、影が極限まで小さくなった瞬間。逃げ場を失い、蒸発するように消えかけていた俺。慌てて、大きなお屋敷の一部屋に駆け込む。
ダメだ…もう。
その瞬間、鉢植えが置かれて、影が維持できた。
「ごほっごほっ」
苦しそうに咳き込む少女に弱ってる影は言った。
「私のせいなの…この子についてあげて」
そう言い残すと、少女の影を離れ太陽に身を投じた。チリッ、と黒い霧が光に溶けて消えていった。慌てて少女の影に潜り込む。
「あれ?苦しくない」
少女は両親のもとに走った。母親の方が悲鳴をあげた。
「走ってはだめだ!」
父親が止めるのも無視して、抱きついた。
「おお!セレナに新しい影だ!」「良かったわ!」
両親の影も歓迎ムードだった。どうやら少女の名前はセレナというらしい。
「私治ったの!ほら、咳が出ないでしょう?」
その声を聞いて、俺は驚いた。 (…まさか、俺が影に入っただけで? 豚おやじの影にいた時は、ただ泥みたいに重いだけだったのに…セレナの素質か?)
母親の影が語りかけてくる。
「実は、メイドのアリスが私たちの宿主たちに分からない程度に毒を盛ってるみたいなの」
「薬どうしますか?」
執事が時計を見る。父親は「まだ不安だ。さあ、部屋に行こう」とセレナの手を引く。
「新入り、アリスが今、毒薬を調合し始めたぜ。作っちまえば何とでもなるからな」
すれ違ったメイドが頭を下げると、影が言った。
アリスは絶世の美少女だった。しかし、影に禍々しくツノが生えている。その影が、ニヤリと歪んだ。
「お疲れさん新入り。お前の主、あと数回で『あっち』に行けるぜ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の影が怒りで黒く染まった。
「さあ、お嬢様口を開けてください。あーん」
アリスが持ってきた「お薬(毒)」を、セレナが口にする寸前、影を伸ばして、液体の中から毒の成分だけを濾し取るように吸い上げる。
死を覚悟した。
しかし自分の中で何かが爆ぜるような音がした。
「レベルが上がりました。【影の大精霊:幼体】へ進化。スキル『毒素捕食』『影操(ぬいぐるみ)』を獲得しました」
毒を食べて膨れ上がった魔力。それを使って、セレナが心細そうに抱きしめている「ぬいぐるみ」の腕を、影の中からグイッと動かす。
毒を盛ったアリスを、ぬいぐるみの目がギロリと睨みつける。アリスだけが「えっ?」と顔を青くさせた。
毒を食らい、レベルの上がった俺の影が、床を這ってアリスの影へと迫る。 セレナの足元から伸びた影は、まるで黒い入道雲が湧き上がるようにボコボコと膨れ上がり、アリスの足元を絡めとった。
「ひゃっ!?」
何もない場所で、アリスが盛大に転ぶ。手にした毒入りのコップが宙を舞い、彼女自身の顔にバシャリとかかった。
「きゃあっ!?ど、毒が!誰か水を!」
その時、父親の様相が変化した。
「なんだと…?」
父親が詰め寄る前に母親がアリスをぼこぼこにしていた。
両親の足元では、両親の影がハイタッチしてきた。「おいおい新入り、初日から派手にやったな!」「最高!あのメイドの顔見た?」と影たちがきゃっきゃっと大騒ぎする。
「お前はこの子のヒーローだ!」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる