2 / 25
影の影
しおりを挟む
アリスが連行され、嵐のような騒動が去った夜。静まり返ったセレナの部屋に、窓から青白い月明かりが差し込んでいた。
「いつか……自分の足で歩いて、お外の世界を見てみたい。…私、いつかあなたを連れて冒険に出るのが夢なの」
強く抱きしめられたぬいぐるみを通して、俺は力強く首肯する。
(なら、やることは一つだ)
翌日、セレナが馬車に乗り込むアリスに駆け寄る。元の顔がわからないくらいボコボコにされたアリスがいた。両親が止めるのも無視して、セレナは尋ねた。まだ幼いセレナはうやむやにさせたくなかったのだろう。
「アリスさん、どうしてあんなことしたの?」
「あんたの目の色が嫌いだったから」
セレナは紫紺の瞳をしている。けっけっけ、とアリスの影が笑う。
「俺の宿主、まあだ、諦めてないぜ」
言わなきゃいいことを影は言った。
俺の巨大化した影が上から覆いかぶさるように抑えつける。
半分だけバリバリと喰べると絶叫し、「アリス、どうしたの?」とセレナはアリスの変化に気づく。アリスは胸の辺りを掻きむしった。
だらりとアリスの表情が抜け落ちる。
「主!主!どうしたんだよ?」
アリスの影が汗を流しながら、小さくなった身体を震わせる。衛兵に無理矢理立たされて、連行される。
馬車の車輪の音が遠ざかる中、俺の中にドロリとした力が満ちていく。 『アリスの影を一部捕食。スキル【影渡り(シャドウ・ステップ)】を獲得しました。』
遠ざかる馬車を見送りながら、俺は影の中で独りごちる。
(……諦めてない、だったか。上等だ。次は主(あるじ)ごと喰らってやるよ)
セレナは心細そうに自分の足元を見つめる。 俺はそっと、彼女の影を花の形にした。一瞬だったので、少女が目を擦ると普通の影に戻っていた。彼女が冒険に出るその日まで、俺はこの影を、世界で一番安全な場所にしてみせる。
馬車が走り去る街道を見下ろす、小高い丘の木陰。 そこには、ボロを纏った男が一人、不気味に静止して立っていた。
男の足元には、アリスのものよりも遥かに巨大で、無数の「眼」が蠢く悍ましい影が広がっている。
「……ほう。アリスの奴、ただ廃人になったわけではないな。影を『喰われた』か」
男は耳元を這う影の声を聴き、口角を吊り上げた。
「あのガキに憑いているのは、ただの小精霊ではない。…もっと巨大な…面白い、実に面白い『苗床』だ。もう少し育ててから、その影ごと収穫してやろう」
男が背を向けると、その姿は陽炎のように揺らめき、影の中に溶けるように消えていった。
「いつか……自分の足で歩いて、お外の世界を見てみたい。…私、いつかあなたを連れて冒険に出るのが夢なの」
強く抱きしめられたぬいぐるみを通して、俺は力強く首肯する。
(なら、やることは一つだ)
翌日、セレナが馬車に乗り込むアリスに駆け寄る。元の顔がわからないくらいボコボコにされたアリスがいた。両親が止めるのも無視して、セレナは尋ねた。まだ幼いセレナはうやむやにさせたくなかったのだろう。
「アリスさん、どうしてあんなことしたの?」
「あんたの目の色が嫌いだったから」
セレナは紫紺の瞳をしている。けっけっけ、とアリスの影が笑う。
「俺の宿主、まあだ、諦めてないぜ」
言わなきゃいいことを影は言った。
俺の巨大化した影が上から覆いかぶさるように抑えつける。
半分だけバリバリと喰べると絶叫し、「アリス、どうしたの?」とセレナはアリスの変化に気づく。アリスは胸の辺りを掻きむしった。
だらりとアリスの表情が抜け落ちる。
「主!主!どうしたんだよ?」
アリスの影が汗を流しながら、小さくなった身体を震わせる。衛兵に無理矢理立たされて、連行される。
馬車の車輪の音が遠ざかる中、俺の中にドロリとした力が満ちていく。 『アリスの影を一部捕食。スキル【影渡り(シャドウ・ステップ)】を獲得しました。』
遠ざかる馬車を見送りながら、俺は影の中で独りごちる。
(……諦めてない、だったか。上等だ。次は主(あるじ)ごと喰らってやるよ)
セレナは心細そうに自分の足元を見つめる。 俺はそっと、彼女の影を花の形にした。一瞬だったので、少女が目を擦ると普通の影に戻っていた。彼女が冒険に出るその日まで、俺はこの影を、世界で一番安全な場所にしてみせる。
馬車が走り去る街道を見下ろす、小高い丘の木陰。 そこには、ボロを纏った男が一人、不気味に静止して立っていた。
男の足元には、アリスのものよりも遥かに巨大で、無数の「眼」が蠢く悍ましい影が広がっている。
「……ほう。アリスの奴、ただ廃人になったわけではないな。影を『喰われた』か」
男は耳元を這う影の声を聴き、口角を吊り上げた。
「あのガキに憑いているのは、ただの小精霊ではない。…もっと巨大な…面白い、実に面白い『苗床』だ。もう少し育ててから、その影ごと収穫してやろう」
男が背を向けると、その姿は陽炎のように揺らめき、影の中に溶けるように消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる