【完結】夢魔の花嫁

月城砂雪

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番外編2(成長編)

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 待って、と。唇に押し当てられた手のひらに、美しい伴侶が不思議そうに瞬く。
 愛しい人と甘い時間を過ごすための寝台の中で、自分が無粋な真似をしたことは解っていたけれど。今夜は、何が何だか分からなくなってしまう前に、レーヴェに聞いておかなくてはいけないことがあった。

「あ、あのね、レーヴェ。僕って、小っちゃくない……?」

 ずっと、と。口にした年数は、きっと人間のままであったなら、少年が青年になるために必要なだけの時間はあっただろう。
 けれど、夢魔の貴公子の花嫁に選ばれて、彼と共に過ごす時間の中で――ジュゼは、自分の身体が成長してくれた自覚がない。

「もう、その……子供じゃないのに」

 とは言っても、そんなことを気にしていること自体が子供っぽいような気もして、ジュゼの語尾は小さくなった。
 こんなことを言われても困るだろうレーヴェは、それでもちゃんとジュゼの話を聞いて、考えてくれたらしい。そうですね、と。相槌を打ちながら、ジュゼの頬を優しく撫でた。

「確かに私と比べればお小さいままですが、あなたは十分にご立派に、私の伴侶として過ごしてくださっていますから。何も心配することはありませんよ」

 伴侶として、というその言葉だけで。彼と過ごす子作りの甘い日々を想ってしまったジュゼは赤くなる。
 宥めるようなその言葉は、ジュゼを安心させてはくれるけれど、それでもどうしても気になってしまう。いつだって、美しく大人な彼と、釣り合わないような気がして仕方がないのに。
 晴れないジュゼの顔を見て、レーヴェは柔らかく微笑んだ。

「でも、あなたには。具体的な不安があるのですね?」

 それを教えてくれますか? と。いつも優しい声に核心を突かれて、ジュゼは口を開いた。

「う、ん。……僕ね、ずっと同じ背丈のままでしょう? その、レーヴェが気にしないならいいんだけど。でもね」

 人の寿命のまま、彼よりもうんと早くしわしわになって、死んでしまうよりはずっといい。だから、身体の成長が止まってしまったように思えるほどゆっくりでも、仕方ないとは思っているのだが。
 頬に添えられた手を取って、ジュゼはその手をきゅっと握り締める。言葉にしようとすれば、やっぱり子供っぽいことで悩んでいるような気がして。それでも自分を誤魔化し切れなかったジュゼは、ささやかに目線を俯けながら小さく呟いた。

「……子供たちにまで、抜かれたらやだなあって」

 小さな沈黙の後、思わず噴き出してしまったレーヴェに、ジュゼはかあっと頬を熱くした。笑わないで、と。恥じらいながら弱々しく抗議する声がますます笑いを誘ってしまうのか、くすくすと色っぽい吐息を漏らして笑っていたレーヴェが、自らの口を品よく押さえた。

「ふふ、ふ。……すみません、あまりにもお可愛らしいお悩みだったので」

 からかうようなことを言っていても、レーヴェは優しい。愛しいものを見つめる瞳で、ジュゼのことをじっと見つめる。
 彼にこんなに愛されているのだから、背が伸びない不安くらいどうでもいいものだとも思えるのだけど。時間を見つけては会いに行くようにしている、ジュゼが産んだ夢魔の子供たちが、健やかに成長していく様を見て不安になってしまったのだ。
 最初は可愛い人形のようだった子供たちも、最初の頃の子供たちは、すらりと手足が伸びていて。勿論まだまだ子供ではあるのだけれど、もう人形だとは思わない。そんな風に、子供たちは成長しているのに――ジュゼだけが、取り残されてしまうような気がして。
 不安の滲んだ伴侶の声に、レーヴェはそっと身を屈める。安心させるようにその額へ口付けを落としてから、そっとジュゼの身体を抱き寄せると、甘い声で囁いた。

「大丈夫ですよ。ご自分ではお解りにならないものかもしれませんが、あなたもちゃんと成長していますからね」
「……本当?」

 ジュゼを慰めるために、嘘を吐いたりしていないかと。レーヴェの表情を窺えば、美しい彼は魅惑の塊のような赤い瞳を微笑ませた。

「ええ。私の妻となってしまった以上、普通の人間のようには大きくなりませんが。それでもちゃんと、子供たちよりも早く成長していきますよ。種族の差はそのままなので、身長は子供たちが抜いてしまうかもしれませんが」

 レーヴェのその言葉に、ジュゼはほっと息を吐く。――身長については、ジュゼがレーヴェくらい大きくなれるとは思ってもいないので、元より諦めは付いている。

「そうなんだ……! そっかあ、よかった……」

 安心したように笑うジュゼをもう一度抱き締めて、レーヴェは愛しい伴侶に口付けを落とした。お悩みはもう大丈夫ですか? と。悪戯っぽく尋ねながら、服の下にじれったく触れる大きな手の感触に、ここが閨であったことを急に思い出したジュゼの頬が赤く染まる。
 うん、と。頷いたジュゼに、嬉しそうに笑いかけると、レーヴェはジュゼの華奢な体を、優しく寝台に押し倒した。
 何年経っても、大人になっても。この瞬間にもその先にも、慣れることはできないような気がする。割れんばかりの音を立てて、全身の体温を上げて行く胸の鼓動を聞きながら、ジュゼはそんなことを物思う。
 ここまで来てしまったら、いっそ、一刻も早く訳の分からない状況まで追い込んでもらいたいような気持ちにもなりながら。大人しくレーヴェのことを待っていると、何か思いついたらしいレーヴェの瞳が眩く輝く。

「……大人の身体。少しだけ、試してみますか?」
「え……?」

 咄嗟に、何を言われたのか解らなくて。ジュゼは興奮と緊張に潤んでしまっていた青い目を、ゆっくりと一つ瞬いた。
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