サンタヤーナの警句

宗像紫雲

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サンタヤーナの警句(第一話)

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                 一

「はぁ~っ。なんだよ、またかよぉ~」
 パソコンの画面へ向かってため息交じりに毒づいた隆三は、大きくバンザイをしたまま椅子の背にもたれた。これでこの通販サイトも使えなくなった。
 羽柴隆三はとある雑誌の記者をして三十年あまりになる。雑誌の編集部というものは、よほどの大手でない限りどこも思いのほか小所帯でやっているものだ。隆三の職場も例外に漏れず、ほんの数えるほどの人材で何とか仕事を回している。

 定年を間近に控えた彼は、いつものサプリメントを購入しようと職場のパソコンで検索をかけた。このところモノの値段が上がっているようだし、年末に向けてさらに値上げラッシュが続くとも言われる。ちょうど「残り3個」で安売りしているショップを見つけたので、この際買いだめしておこうとしたのだった。
 商品を選んで購入ボタンをクリックし、いざ決済しようとしたらIDとパスワードの入力画面が出てきた。ここで彼は“はた”と気づいた。かなり久しぶりのアクセスだったから、不覚にも両方忘れていたのだ。うろ覚えのアルファベットと数字の組み合わせを試しに打ってみたが、案の定、「IDもしくはパスワードが正しくありません」とはねられた。過去に何度か繰り返した、苦い経験が蘇った。
 入力画面の下には大抵、「パスワードを忘れた場合」という救済欄が設けられている。そこでパスワードを再設定すればいい。問題は他のサイトと一緒に使いまわしているワードや、覚えやすい語呂がほとんど使えなくなったことにある。スキミングだフィッシングだ何やらと、ネット犯罪がはびこるにつれて、やれ大文字を混ぜろ、記号を加えろ、それでいて「使える記号はこれとこれ」など細かい注文が増えていった。セキュリティ対策の強化という事情も分かるが、その挙句に到底凡人には記憶できない複雑怪奇なパスワードへと変じていくのだ。
 メールアドレスの入力からはじまるサイトはもっと厄介で、ID、パスワードの再設定に辿り着く前に「このメールアドレスはすでに使われています」と門前払いを食らうのが関の山である。
 セキュリティの前にサイトそのものが利用できないのでは本末転倒だと思うのは自分だけだろうか……。

 パスワードの管理なんて自己責任だし、それを忘れたのだから誰をとがめ立てられるものでもない。だがせめてIDとパスワードのどちらを間違えたのか……。それだけでも知るすべはないものか? パスワードだけならいくつか思い当たる節もあるし、IDだってデタラメを打ち込んだ訳ではない。ただ二つの不確かな要素を「もしくは」という曖昧な接続詞でつなぐと、組み合わせは一気に乗数倍へ膨らんでしまう。それを一つずつ試すだけの根気を要するくらいなら、そもそも手軽にネットで買い物なんかしない方がよさそうだ。
(涼しい顔して……、みんないったいどうしてるんだろう?)

 実は以前、これについて上の娘に聞いてみたことがある。
「ネットで買い物なんかしたことないもん」
 娘の返答はにべもなかった。今どきの若い娘がそんな訳ないじゃないかと疑ってみたものの、(そういえば、アイツ宛の荷物が届くことって少ないなぁ)と思い直した。家族だからといってそれぞれが普段何をしているかなど、知ろうはずもない。自分の若い頃を振り返れば分かりそうなものである。
 ではといって職場の誰かに聞いてみようにも、これまた相手を探すのに難儀しそうだ。
 昔は何でも話ができた。家の中でも職場でも……、無駄な話も真面目な相談も……。呑みの席だって今よりたくさんあったし、就業中に周囲をはばからず雑談を交わしたからといって、とくに咎めだてられることもなかった。いったい、いつの頃からだろう……。急にみんなして“品行方正”になってしまったのは……。
「いかん、いかん……」
 ついつい懐古趣味に陥りかけた自分を恥じた。「昔はこうだった、ああだった」という先輩たちの姿を横目に、「自分は将来、決してああはなるまい……。そうだとも、なるはずがない……」と、根拠のない独り決めをしたものだ。そんな独善に浸りきったまま、いつしか己がその“境地”に至ってしまった。
 
 思わぬネットのハードルに阻まれ、お目当てのモノはついに手に入らなかった。
「仕方ない、帰りにドラッグストアでも寄るか」
 まさかとは思うが、在庫切れでないことを願いつつ、仕事に戻った。
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