サンタヤーナの警句

宗像紫雲

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サンタヤーナの警句(第二十八話)

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                二十八

「高橋君からドル暴落の可能性を示唆したとの連絡をもらったが、その話を引き継いでいいのかな?」
 春日は静かな物腰で、本日の議題を提示した。
「はい、お願いします」

「先ず昨今のようなドル高で最も有名なのは、1981年に発足したレーガ政権時代の『強いドル政策』でしょう。ご承知の通り、当時のアメリカは10年近く続いたインフレと不況に喘ぎ、すっかり自信を失っていました。そこへ登場したのが『強いアメリカ』の復活を標榜するロナルド・レーガン大統領です」
 「ハリウッドの大根役者が大統領になった」と皮肉られながらホワイトハウス入りした第40代大統領は、「レーガノミクス」と呼ばれるサプライサイド(供給力)重視の経済政策を断行してインフレの鎮静化や息の長い景気拡大を実現した。それにも増して彼が名声を博すに至った第一の功績は、「アメリカ人の自信を取り戻した」ことだろう。

「ベトナム戦争後のアメリカは実に混沌とした時代を経ました。カーター政権時代のイラン革命に続いて1979年6月には裏庭の中米ニカラグアで反米左派のサンディニスタ政権が誕生するなどショッキングな事件が相次ぎ、経済的には日本の輸出攻勢に飲み込まれてしまうのではないかという脅迫感に駆られ、国民はすっかり自信を喪失していたのです。そうした沈滞したムードの中で、『レーガノミクス』による大規模な減税や産業界への規制緩和、軍備増強など政府支出を拡大させて景気の浮揚を図った訳です」
「そんなレーガン時代の再来を期して、『Make America Great Again(MAGA)』を標榜する政権が誕生したのですね」
 日本でアベノミクスを口にするのと同じく、アメリカではこのフレーズに対して“踏み絵”を踏まされるという。春日はただニヤリと笑みを浮かべた。

「『レーガノミクス』は『強いアメリカ』の復活という功績を持つ一方で、かつてない規模の財政赤字を生み出したという“負”の側面も持ち合わせました。1980年に738億ドルだった財政赤字は6年後に2212億ドルへと3倍増します。今からすればかわいいものですが、それでも当時としては“空前規模”の赤字だったのです。財政への信認が損なわれれば、国債価格は下落して金利が上昇します。その高金利に引き寄せられたのが『強いドル』だったんですね」
「しかし、ドル高は輸入価格を押し下げ貿易赤字を減らす効果があるのではないでしょうか?」
 隆三は今回の取材を通じて得た乏しい知識を使って、反駁を試みた。
「それは程度問題なのですよ。その点について今から説明しましょう」

「『双子の赤字』のもう一方の片割れである経常赤字……、その大半が貿易赤字でしたが、これが膨らんだのには二つの要因が関係します。ひとつはクレジットカードの普及によって、人々が実際の所得以上に買い物ができるようになったこと。こうした個人信用の拡大が個人消費を増大させて、当時の経済を最も力強くけん引したのです。ただしお気づきの通り借金はあくまで借金ですから、後に“光と影”を投げかけるのですがね……」
「……」
学生時代に教室で同じ話を聞かされていたなら、きっと居眠りをしていただろう。だがこうして「目的」を持って聞いてみると、いかに貴重な話かと思い知らされる。
「もうひとつの要因ですが、アメリカ企業は最大限に利潤を追求しようと、すでに当時から生産コストの少しでも安いところへ工場を移し、そこから製品を逆輸入する構図を描いていました。ドル高はその流れをさらに加速させたのです」
「ああ、円高や不買運動を経て日本の自動車メーカーが相次ぎ生産拠点を海外へ移したのと同じですね」
「その通り。その原型は1950年代にはすでに確立されていました」
 なるほど、“双子の赤字”の誕生秘話は分かった。で、強いドルはいかにして終わったか--。

「本来、どのような国であっても貿易を考えれば緩やかな自国通貨安となるのが望ましい。ただしアメリカほど巨額の財政赤字や経常赤字を抱えると、これらを資金手当てする必要から海外の資金を呼び寄せなければならない。それらの投資家に見放されたらアメリカと言えども破綻は免れません。つまり、口で『強いドル』と強がってみても、内心はいつ投資家に見放されるか、戦々恐々としているのが実態なのです」
 「強いドル」は“はったり”のあかし--。春日はさりげなくとんでもないことを言っている。
「レーガン時代の『強いドル』が出現するまで、経済学の教科書は、『変動相場制の下では経常黒字の国の通貨は買われ、赤字国の通貨は売られる』と記してきました。しかし現実にはこれと正反対の現象があらわれたのですから、世の中に不安が広がります。『いつかドルは暴落するのではないか』とね……」
 他人の不幸は蜜の味--。春日はそんな表情を浮かべて話を続けた。

「近年、『ドルは基軸通貨だから、いくら借金を重ねても破綻することはない』という暴論を吐く人が散見されますが、まったく噴飯ものです」
 蜜を味わった直後にゴミでもくわえたのか、春日の表情は猫の目のように変わった。隆三はそこに、最近どこかであったような既視感を覚えた。
「基軸通貨こそ他国の通貨発行の裏付けとなり、国際間の貿易決済に用いられる訳ですから『絶対の信認』を得ておかなければならないのです。レーガン政権も通貨の信認に対しては今よりちょっとだけ真面目だったようで、1984年に再選を果たしてからは『ドル高=強いアメリカ』という金看板を捨て、本気で財政の立て直しに取り組みます。そして85年9月、有名な『プラザ合意』によって実質的なドルの切り下げに合意するのです」
 「レーガノミクス」だ「プラザ合意」だといって断片的な知識やフレーズで満足していたが、いざ何かを書こうとした際にそれらがどのような因果関係にあったかまで知らなかったことに気づく。そうした意味ではやはり“その”時代を生きた人の記憶は強い。つくづく感心させられた。

「レーガン時代ほど華々しくはありませんでしたが、第二期クリントン政権のロバート・ルービン財務長官の下でも同様に『ドル高』政策がとられます。この時は政権交代とともに政策を転換し、2006年の住宅バブルへとつながっていきました」
「ドル高によって経常収支が縮んで見えるとか、赤字を手当てする資金の調達とか、アメリカにとって好都合な面が“不都合”に転じるのは何を境にしたことなのですか?」
「まあ、それはあくまで程度問題で、マーケットがドル高の水準に警戒感を抱き始める頃としか言いようがありません」 
「今回はどうでしょう?」
「『強いドル』などと言って金利で動くのは極めて投機色の濃い“短資”です。片や長期投資の主戦場となる10年国債にはまとまった買い手が現れず、市場の流動性も危機に瀕しています。こんなときに“円安”なんて話じゃない。この先、いつ何が起こっても不思議はないんだ。我々は、再び“いつか来た道”に立っているのです……」
 ちょうどその時、秘書が衝立から半分だけ顔を覗かせて、「お先に失礼します」と言った。春日は遠い目をしたまま、返事に代えて右手を顔の高さまで挙げた。

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