サンタヤーナの警句

宗像紫雲

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サンタヤーナの警句(第二十七話)

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                二十七

「いいと思ったのになぁ~」
 大手町のツインビルを出た途端、鉾田が溜息をついた。
「何が悪いの? いい青年だったじゃないか」
 隆三はフォローしたつもりだったが、失望した“乙女”にはまったく響かなかった。
「途中から何を言っているのか分からなくなっちゃった……。もう幻滅! まるで羽柴さんみたいなんだもん」
「オイオイ! 何を言うんだ」
 秋の日のようにコロコロ変わる“乙女心”を前に、ただオロオロするばかりの隆三へ向けて、鉾田はいたずらっぽく笑って見せた。

「金利と実需と投機の3要因だけは分かったから、それで記事をまとめます」
 きっぱりという鉾田へ、隆三は「うん、頼むよ」と返した。
「企画の最後、どう締めくくるんですか?」
 ふと不安げな表情を浮かべた鉾田がおもむろに尋ねた。
 特集のメインテーマは「インフレ」。最初のパートは「値上げラッシュ」で、すでに鉾田が記事をまとめた。これに続くのが円安の行方で、こちらも目鼻が付いた。問題は隆三が担当する最後のパートをどう締めくくるかだ。
 締め切りまではあと3日--。

「うん。鉾田さんには不評だったけど、さっきの話は得るものが多かった。イメージだけならすでに頭の中に描いてあるんだ」
 隆三はいつものように遠い目をしながらそう言った。
「だ・か・ら、それが羽柴さんの悪いところなんですよ! どうして自分独りの世界で企画を進めようとするんですか?」
 鉾田はお尻の「ですか」の語気を強くして、隆三をたしなめた。
「ごめんなさい」
 一昨日のことを思い出して二の句を告げなかった。
「そうだな……。あくまで仮の題なんだけど、話の順番的にこんなのどうかなぁ? 『インフレ、円安、そして次にくるもの……』」
 隆三はくうへ向けてそらんじると、くるりと振り返って鉾田を見た。

      「常和プランニング株式会社
            代表 春日哲也」

 会社へ戻ると高橋からのメールが届いていた。住所は西新橋--。話は通してあるから日程だけ調整すればいいともあった。
 すぐさま連絡を入れると、秘書が出てきて翌日の夕方なら時間を取れると言った。
「どうする? 行く?」
 無駄とは思ったが、義理立てのつもりで一応鉾田も誘ってみた。
「ワタシ、今回はちょっと遠慮しておきます。今日の原稿を先にまとめなくっちゃ……」
 黙って独りで出かけたらつむじを曲げるくせして、今度に限って鉾田は二の足を踏んだ。どうせ怪しい筋の者とみたからだろう。

 締め切りが迫ってきた。高橋や井坂の話をベースに記事のイメージは描けたが、決定的な要素が欠けている。最後の取材でそれを得られなければ、中身の薄い原稿になる恐れがある。かと言って、これから他の取材先を当たるなど時間的にも無理がある。ここは一発勝負で臨まねばならない。
 
 教えられた住所には八階建ての古ぼけた雑居ビルが建っていた。入口の脇に張られたプレートに、入居者の社名がはめ込んであった。半ば消えかかった印字を目で追って、常和プランニングが最上階を占めているのを知った。
「本当にここで間違いないだろうか?」
 高橋からメールをもらった段階で気づくべきだった。怪しげな建物に怪しげな社名--。いったい何のプランニングをするというのか--? 現場を見るにつけ、これから会いに行く相手の得体に知れなさが実感をともなってひしひしと湧いてきた。すると突き当りのエレベーターが開いて、そそくさと出て行く人物とすれ違った。
「あれっ? 井坂じゃないか……」
「えっ、あっ? おお……、んじゃっ……」
 ひょんなところで鉢合わせた井坂は妙に他人行儀な態度で、隆三を振り払うようにして去って行った。
「何だアイツ、いったいどうしたんだろう……?」

 つい先日あったばかりなのに、今日はまるで別人のような旧友の態度をいぶかしく見送りながら、一基しかないエレベーターに乗った。ガタゴト音を立て、今にも落ちそうな頼りなさで上って行ったエレベーターのドアが開くと、真っ赤な消火栓の扉が目に飛び込んできた。所々が剥げかかったピータイルのフロア、薄汚れた壁、低い天井--。建物は外観に劣らず内側も、かなりの年季が入っていた。
 ガランとした廊下の中ほどに、このビルの雰囲気と全く溶け込まないマホガニーの重厚な扉があった。その上に金文字で「常和プランニング」のプレートが掲げられていた。インターフォンがないのでノックして「ゴメンください」と中へと入った。

 こけおどしのマホガニーの扉の内側は、スチールの什器に積み上げられた書類の山だった。手前の席にいた秘書の女の娘が半立ちで隆三を迎え入れ、「どうぞ奥へ」と取り次いだ。秘書と奥の部屋は1枚の衝立で仕切られているばかりだ。言われるままに衝立をぐるりと回って奥へと進む。
 奥の院といた感じのそこには扉と同じマホガニーの大きな机が陣取り、薄くなった頭髪をしっかりなでつけた初老の男性が椅子に深々腰を掛けていた。
「『月刊 ニコニコジャーナル』の羽柴と申します」
「春日です。どうぞよろしく」
 慇懃いんぎんな挨拶を交わした春日は、「ご趣旨は高橋君から大まかに聞いています。アメリカを軸にした世界情勢のお話をすればよろしいのかな?」と、自分から話を切り出した。
「ええ、今回の企画のメインテーマがインフレなものですから、そうした趣旨に結びつくようなお話をいただければありがたいです」

「そうですな……、ご期待に沿えるかどうか分かりませんが、私に話せることをお話ししましょう」
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