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サンタヤーナの警句(第二十六話)
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二十六
「しかし、ひとつ気になるのですが……」
隆三は昨日浅井女史が見せたドル円の実質実効為替レートを念頭に、疑問を投げかけた。
「何でしょう?」
高橋は鷹揚な構えでそれを迎えた。
「日銀が公表している実質実効為替レートによると、日本円は51年振りの水準まで下がったと言います。よく言われるように政府の負債残高はGDPの200%を超え、以前のような“安全資産”ではないのではないでしょうか?」
隆三の質問が終わらないうちから高橋はタブレットを操作して、昨日の浅井女史と同じグラフを表示した。
「これのことですね」
「ああ、そうです」
日銀がホームページに掲載しているのは1980年以降の数字だ。グラフもそれを基に作られていた。
「円の“実力”が高まれば何か良いことでもあるのでしょうか? よくごらんください」
高橋は余裕しゃくしゃくの表情で、グラフへ解説を加えた。
「2009~12年までのところが山になっていますね。一時は1ドル76円台まで進んだ“超円高”によって、日本の輸出企業の国際競争力は深刻なダメージを受けました。半導体のシェアは奪われ、お家芸の白物家電もメタメタになったのをお忘れじゃないでしょうね……」
「……」
通貨の“実力”が弱くなるのは悪いこと、高くなるのは良いこととあまりに単純に考え過ぎていた。
「それに政府の負債の件ですが、もし巷間言われるように日本政府が借金まみれで首が回らないなら、先ず海外に保有している約411兆円の純資産をどうにかすべきです。本当に借金に困っている人なら、そうするのが筋ですよね」
なるほど、それは確かに銀行らしいものの見方だ。
「また、もし海外の投資家が日本国債の債務履行力に不安を抱えていたならば、それはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)レートへ即座に反映されます。日本国債のCDSは東日本大震災に際して一時140ベーシスポイント(0・01%、bps)を超えたこともありましたが、おおむね20~40bpsの範囲内で推移しています。AAA格付けの米国債ですら10bps台後半から20bps台ですので、時おり米国債を下回ることだってあるのですよ」
「いわゆる債務危機というのは、どの辺の水準を指すのですか?」
隆三は完全に鉾田を放ったらかしにしたまま、高橋の余談にのめり込んだ。
「そうですね、欧州債務危機に見舞われたときのスペイン国債が600bps、イタリア国債で550bpsくらいでしたかね……。そしていま注目されているロシア国債は1万bps、つまり10%を超えている訳です」
「ではなぜ、日本の借金問題がこうも騒がれるのでしょうか?」
ことのついでに隆三は半分答えを知っている疑問をぶつけてみた。
「それは間違っても僕の口からは言えないことです。羽柴さんご自身が分かっておられるはずですよ」
身の守り方をよく心得た答えだったので、顔を見合わせて「ハハハハハ」と笑った。
「財務省の『ミスターJGB』こと斎藤通雄理財局長が、9月20日付の『日本経済新聞』とのインタビューで『金利さえ付けば(日本)国債の引き受け手はいくらでもいる』とつい本音をこぼしました。もっともそれは“つい”だったのかあらかじめ計算づくのメッセージなのかは、私には判読し兼ねますが……」
その記事のことは隆三の記憶にもある。高橋ほど深読みはしていなかったが……。
「コメント自体もさることながら、問題はその発言がマーケットに対して何らサプライズを起こさなかったことだと思います。みんな知っているんですよ」
「繰り返しになりますが、いま世界で何かが起こっているとするならばそれは日本の側ではなくアメリカを中心に起こっているはずです。そこをよく見た方がいいと思いますよ」
高橋がまるで井坂のようなものの見方をしているのは意外だった。その趣旨は隆三も決して嫌いではない。それが顔に出ていたようだ。
「もしご関心があるようでしたら、良い人を紹介しましょう。私の名前を記事に使われては困るので、いまの話を記事かしたいのであれば、そちらへご相談されてはいかがでしょうか? 後ほどメールで連絡先をお知らせします」
「しかし、ひとつ気になるのですが……」
隆三は昨日浅井女史が見せたドル円の実質実効為替レートを念頭に、疑問を投げかけた。
「何でしょう?」
高橋は鷹揚な構えでそれを迎えた。
「日銀が公表している実質実効為替レートによると、日本円は51年振りの水準まで下がったと言います。よく言われるように政府の負債残高はGDPの200%を超え、以前のような“安全資産”ではないのではないでしょうか?」
隆三の質問が終わらないうちから高橋はタブレットを操作して、昨日の浅井女史と同じグラフを表示した。
「これのことですね」
「ああ、そうです」
日銀がホームページに掲載しているのは1980年以降の数字だ。グラフもそれを基に作られていた。
「円の“実力”が高まれば何か良いことでもあるのでしょうか? よくごらんください」
高橋は余裕しゃくしゃくの表情で、グラフへ解説を加えた。
「2009~12年までのところが山になっていますね。一時は1ドル76円台まで進んだ“超円高”によって、日本の輸出企業の国際競争力は深刻なダメージを受けました。半導体のシェアは奪われ、お家芸の白物家電もメタメタになったのをお忘れじゃないでしょうね……」
「……」
通貨の“実力”が弱くなるのは悪いこと、高くなるのは良いこととあまりに単純に考え過ぎていた。
「それに政府の負債の件ですが、もし巷間言われるように日本政府が借金まみれで首が回らないなら、先ず海外に保有している約411兆円の純資産をどうにかすべきです。本当に借金に困っている人なら、そうするのが筋ですよね」
なるほど、それは確かに銀行らしいものの見方だ。
「また、もし海外の投資家が日本国債の債務履行力に不安を抱えていたならば、それはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)レートへ即座に反映されます。日本国債のCDSは東日本大震災に際して一時140ベーシスポイント(0・01%、bps)を超えたこともありましたが、おおむね20~40bpsの範囲内で推移しています。AAA格付けの米国債ですら10bps台後半から20bps台ですので、時おり米国債を下回ることだってあるのですよ」
「いわゆる債務危機というのは、どの辺の水準を指すのですか?」
隆三は完全に鉾田を放ったらかしにしたまま、高橋の余談にのめり込んだ。
「そうですね、欧州債務危機に見舞われたときのスペイン国債が600bps、イタリア国債で550bpsくらいでしたかね……。そしていま注目されているロシア国債は1万bps、つまり10%を超えている訳です」
「ではなぜ、日本の借金問題がこうも騒がれるのでしょうか?」
ことのついでに隆三は半分答えを知っている疑問をぶつけてみた。
「それは間違っても僕の口からは言えないことです。羽柴さんご自身が分かっておられるはずですよ」
身の守り方をよく心得た答えだったので、顔を見合わせて「ハハハハハ」と笑った。
「財務省の『ミスターJGB』こと斎藤通雄理財局長が、9月20日付の『日本経済新聞』とのインタビューで『金利さえ付けば(日本)国債の引き受け手はいくらでもいる』とつい本音をこぼしました。もっともそれは“つい”だったのかあらかじめ計算づくのメッセージなのかは、私には判読し兼ねますが……」
その記事のことは隆三の記憶にもある。高橋ほど深読みはしていなかったが……。
「コメント自体もさることながら、問題はその発言がマーケットに対して何らサプライズを起こさなかったことだと思います。みんな知っているんですよ」
「繰り返しになりますが、いま世界で何かが起こっているとするならばそれは日本の側ではなくアメリカを中心に起こっているはずです。そこをよく見た方がいいと思いますよ」
高橋がまるで井坂のようなものの見方をしているのは意外だった。その趣旨は隆三も決して嫌いではない。それが顔に出ていたようだ。
「もしご関心があるようでしたら、良い人を紹介しましょう。私の名前を記事に使われては困るので、いまの話を記事かしたいのであれば、そちらへご相談されてはいかがでしょうか? 後ほどメールで連絡先をお知らせします」
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