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サンタヤーナの警句(最終話)
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最終話
「ひゃへほっ! ひゃへてふでぇっ!!」
声を大にして必死に抵抗したつもりだが、呂律の回らない叫びはただ情けなく抜けて行った。黒ずくめの男たちは生贄をいたぶるように、ゆっくりとことを運んだ。
すると施錠したはずのドアが勢いよく開き、別の黒ずくめの男たちが踏み込んで来た。
「なっ」--。
屈強な男たちは言葉を発する間もなく、もっと屈強な男たちに組み伏せられ、首の骨を折られた。それは一瞬の早業だった。開け放たれた扉の向こう側には静寂に包まれた夜の公園が感じられた。
隆三を襲った男たちの素性には思い当たる節があった。そしてその目的にも察しはついた。だがその男たちを襲いに来た、新しい男たちはいったい誰なのだろう? 体格からみて日本人ではなさそうだ。黒服と覆面の間から覗かせた首筋は赤みを帯びていた、彼らは予め設定された無機質な動作を繰り返す工業用ロボットのように、すべての動作を無駄なく正確に成し遂げた。躯と化した黒ずくめたちは、そんな彼らの方に担がれ次々と外へ運び出された。
最後に残った一人が人工の合成音のような日本語でこう言った。
「ワレワレハ、キミタチヲカンシシテイタ。ソノワレワレヲ、タコクガカンシシテイル。サラニソレヲ、ニホンノコウアンガカンシシテイル。キミタチノクニノコウアンハ、ジコクミンヲキキカラスクウツモリガナイヨウダ」
「あなたがたはいったい、たれ、なんれすか……」
さっきよりは随分ましになったが、呂律は依然回らなかった。男は隆三の問いには答えずに、こう宣言した。
「ワレワレノニンムハ、シュウリョウシタ」
男のしゃべり方には母国語なまりを悟られないよう、慎重に言葉を選んだ様子がうかがえた。それでも発音のクセがどうも“英語圏”の人間ではないように思われた。
後から来た男たちは遺留物をすべて回収した。彼らが去った後には、最初から何もなかった侘しい公園のトイレがあるばかりだった。隆三はふらつく足で外へ出た。ベンチを探して辺りをさまよっていたら、ここを根城にする浮浪者と目が合った。警戒心と敵意に満ちた目で隆三を睨みつけた浮浪者は、取り敢えず彼が自分の縄張りを侵しにきた勢力でないと見るや、急に興味を失ったようにそっぽを向いた。
浮浪者から離れた隆三は、やっと見つけたベンチに身を投げた。
間もなく冬がやってくる。暗がりの公園は寒かった。身体がガタガタ震えた。このまま眠ってしまおうか、それとも家へ帰ろうか……。散々迷ったが、寒さに勝てなかった。
身体は依然重たく足に力が入らなかったが、どうにか地下鉄の入口までたどり着いた。手すりに縋り付きながら一段、また一段と階段を下りた。自動改札のおかげで異様な姿を駅員に見とがめられなかった。ホームにも駅員の姿はなかった。やがて滑り込んできた電車のシートにどっかと倒れこむと、まばらに座っていた他の乗客が一斉に彼の方を向いた。
どうにかこうにか自宅へ着いたときには深夜だった。ふろにも入らず布団に潜り込み、泥のように眠った。
翌朝、家中がざわつく音に無理やり起こされた。
「お母さん、そっちどう?」
娘の声に続いて妻とのやりとりが聞こえた。
「ダメ。つかない--」
「電気もダメ、テレビもダメ。コンロもつかないわ……」
「水道だけは大丈夫みたい」
命からがら戻ってきた夫のことなんか知らない家族は、折からの停電に慌てふためいていた。何の予告もなく平日の昼近くまで寝ていた夫がのそのそやってきたのを見た彼女らは、深いため息とともに「どうするの?」と詰め寄った。
停電の正体が分かったのは夕方近くになってからのことだった。何でも異常な規模の太陽フレアが断続的に発生し、北米大陸とユーラシア大陸の東と西の端っこに大規模な電磁波を降らせたという。放送局のような施設は、あらかじめこうした事態へ備えていたが、一般家庭の家電類は回路が焼き切れほぼ壊滅状態という。たまたま被害を免れたラジオを情報源に、口伝てで流れてきた。
今ではガス給湯器も電気と一体だから、電気が止まればガスも出ない。被害が広域に及んだだけに、復旧には相当時間がかかるという。その間、非常食でつなぐしかないのだが、そんな備えはしていなかった。幸い、近所の公園で町内会の炊き出しが行われるという。妻にせかされ、鍋を持って列に並んだ。
近所づきあいなどトンと縁がなかったから、誰が隣人かすら判然としなかった。ただ妻が町内会費を納め続けてくれた有難みをこの時ほど痛感させられたことはなかった。なぜなら炊き出しは町内会の扶助であり、会費を納めていない者たちは列からはじき出され、もっと遠くの自治体の避難所へ回されたからだ。
「ひどいっ、困ったときはお互い様ではないかっ」
列からはじき出された男が叫んだ。
「何ですかっ、これまで散々町内会の仕事を拒否し続けてきたのにっ! 私たちがどんなに悔しい思いをしてきたか分かりますかっ!?」
町会の役員らしい夫人が抑えてきた不満と怒りを爆発させるように、男を振り払った。
経済--。通貨--。秩序--。
そのほとんどが誰のせいにもできない力によって失われた。この先果たして何がまっているだろうか? 協調か対立か、混とんか、はたまた新しい世界か? 隆三にはもはや思いも及ばなかった。
「ひゃへほっ! ひゃへてふでぇっ!!」
声を大にして必死に抵抗したつもりだが、呂律の回らない叫びはただ情けなく抜けて行った。黒ずくめの男たちは生贄をいたぶるように、ゆっくりとことを運んだ。
すると施錠したはずのドアが勢いよく開き、別の黒ずくめの男たちが踏み込んで来た。
「なっ」--。
屈強な男たちは言葉を発する間もなく、もっと屈強な男たちに組み伏せられ、首の骨を折られた。それは一瞬の早業だった。開け放たれた扉の向こう側には静寂に包まれた夜の公園が感じられた。
隆三を襲った男たちの素性には思い当たる節があった。そしてその目的にも察しはついた。だがその男たちを襲いに来た、新しい男たちはいったい誰なのだろう? 体格からみて日本人ではなさそうだ。黒服と覆面の間から覗かせた首筋は赤みを帯びていた、彼らは予め設定された無機質な動作を繰り返す工業用ロボットのように、すべての動作を無駄なく正確に成し遂げた。躯と化した黒ずくめたちは、そんな彼らの方に担がれ次々と外へ運び出された。
最後に残った一人が人工の合成音のような日本語でこう言った。
「ワレワレハ、キミタチヲカンシシテイタ。ソノワレワレヲ、タコクガカンシシテイル。サラニソレヲ、ニホンノコウアンガカンシシテイル。キミタチノクニノコウアンハ、ジコクミンヲキキカラスクウツモリガナイヨウダ」
「あなたがたはいったい、たれ、なんれすか……」
さっきよりは随分ましになったが、呂律は依然回らなかった。男は隆三の問いには答えずに、こう宣言した。
「ワレワレノニンムハ、シュウリョウシタ」
男のしゃべり方には母国語なまりを悟られないよう、慎重に言葉を選んだ様子がうかがえた。それでも発音のクセがどうも“英語圏”の人間ではないように思われた。
後から来た男たちは遺留物をすべて回収した。彼らが去った後には、最初から何もなかった侘しい公園のトイレがあるばかりだった。隆三はふらつく足で外へ出た。ベンチを探して辺りをさまよっていたら、ここを根城にする浮浪者と目が合った。警戒心と敵意に満ちた目で隆三を睨みつけた浮浪者は、取り敢えず彼が自分の縄張りを侵しにきた勢力でないと見るや、急に興味を失ったようにそっぽを向いた。
浮浪者から離れた隆三は、やっと見つけたベンチに身を投げた。
間もなく冬がやってくる。暗がりの公園は寒かった。身体がガタガタ震えた。このまま眠ってしまおうか、それとも家へ帰ろうか……。散々迷ったが、寒さに勝てなかった。
身体は依然重たく足に力が入らなかったが、どうにか地下鉄の入口までたどり着いた。手すりに縋り付きながら一段、また一段と階段を下りた。自動改札のおかげで異様な姿を駅員に見とがめられなかった。ホームにも駅員の姿はなかった。やがて滑り込んできた電車のシートにどっかと倒れこむと、まばらに座っていた他の乗客が一斉に彼の方を向いた。
どうにかこうにか自宅へ着いたときには深夜だった。ふろにも入らず布団に潜り込み、泥のように眠った。
翌朝、家中がざわつく音に無理やり起こされた。
「お母さん、そっちどう?」
娘の声に続いて妻とのやりとりが聞こえた。
「ダメ。つかない--」
「電気もダメ、テレビもダメ。コンロもつかないわ……」
「水道だけは大丈夫みたい」
命からがら戻ってきた夫のことなんか知らない家族は、折からの停電に慌てふためいていた。何の予告もなく平日の昼近くまで寝ていた夫がのそのそやってきたのを見た彼女らは、深いため息とともに「どうするの?」と詰め寄った。
停電の正体が分かったのは夕方近くになってからのことだった。何でも異常な規模の太陽フレアが断続的に発生し、北米大陸とユーラシア大陸の東と西の端っこに大規模な電磁波を降らせたという。放送局のような施設は、あらかじめこうした事態へ備えていたが、一般家庭の家電類は回路が焼き切れほぼ壊滅状態という。たまたま被害を免れたラジオを情報源に、口伝てで流れてきた。
今ではガス給湯器も電気と一体だから、電気が止まればガスも出ない。被害が広域に及んだだけに、復旧には相当時間がかかるという。その間、非常食でつなぐしかないのだが、そんな備えはしていなかった。幸い、近所の公園で町内会の炊き出しが行われるという。妻にせかされ、鍋を持って列に並んだ。
近所づきあいなどトンと縁がなかったから、誰が隣人かすら判然としなかった。ただ妻が町内会費を納め続けてくれた有難みをこの時ほど痛感させられたことはなかった。なぜなら炊き出しは町内会の扶助であり、会費を納めていない者たちは列からはじき出され、もっと遠くの自治体の避難所へ回されたからだ。
「ひどいっ、困ったときはお互い様ではないかっ」
列からはじき出された男が叫んだ。
「何ですかっ、これまで散々町内会の仕事を拒否し続けてきたのにっ! 私たちがどんなに悔しい思いをしてきたか分かりますかっ!?」
町会の役員らしい夫人が抑えてきた不満と怒りを爆発させるように、男を振り払った。
経済--。通貨--。秩序--。
そのほとんどが誰のせいにもできない力によって失われた。この先果たして何がまっているだろうか? 協調か対立か、混とんか、はたまた新しい世界か? 隆三にはもはや思いも及ばなかった。
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